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カオスエクスプローラー ~バグに負けないセーブ&ロード~  作者: ジャンガリアン
最終章:始まりと終わりの地/そして大反省会
202/207

186:家に帰るまでが異世界転移です

「まだ帰せない?」

「ええ」


 鷹の問い掛けに、女神は頷いた。

 凶行の原因たるデバッグルームへの野望を断たれていっそ開き直ったのか、女神は随分と落ち着きを取り戻していた。カーテンの隙間から差し込む光に照らされる姿は美しく、まさに神域のものと言っても過言ではない。

 彼女は椅子に腰かけると優雅に足を組み、マリアベルが供したコーヒーカップを手に取り、静かに目を伏せて中の黒い液体をすすった。

 そして盛大に吹き出した。


「ぶっほ! めんつゆ! めんつゆですよこれ!!」

「あの、宿の方から開業何周年だかの記念に一瓶頂いたので、まず女神様に味を見ていただこうと……」

「なんでカップに注ぎました!? なんでカップに注ぎましたか!?」

「神として君臨されている方が一信徒の供物に物申すのは感心しませんね」

「あなた神に対してハードルが高すぎませんかね!」


 口を拭うと、女神は懐から水差しを取り出す。しばらく慎重に眺めた後、ふーっと冷ますように息を吹き掛けてから中の水で口をゆすいだ。愛紗に文字通りの煮え湯を飲まされたのがトラウマになっているようだ。あつものに懲りて何とやら、というところだろうか。




 場所はミロムの町の宿の一室。

 デバッグルームから脱出して元の草原に降り立った鷹達と女神は、立ち話もなんだという女神の言葉と、さすがにその場で自世界直帰も名残惜しいという姉弟の感傷が合致して、最寄りのミロムに移動する運びとなった。

 町の人々から『何かさっき空に大写しになっていた連中がいる』という類の好奇の視線を全身に浴びつつ、一旦女神おすすめの宿に避難した。

 偶然にもそこは、召喚初日にゴールド不足で泊まれなかったあの宿だった。念願のと言えば嘘になるが、奇妙な縁は感じる。



 その一室で早坂姉弟の送還の話を始めたところで、今に至る。

 鷹は入り口を塞ぐようにして女神の前に立つと、掌に拳を打ち付けた。


「で、帰せないってどういうことだ。俺らに計画潰された腹いせに足止めとかってんなら遺憾ながら姉ちゃんがロードするぞ」

「鷹君ってば超他力本願ー。する? しちゃう?」

「ヒィー! 違います! あなた方を異世界送還するだけのMPがまだ回復してないんですよぅ!」


 女神は瞬時に謝罪モードに入ると顔の前でバタバタと手を振った。

 なるほど、先程の消耗ぶりを見る限り納得の行く理由ではあった。確かに、同じくMP切れのマシュマロも数値的にはまだ大して回復できていない。体力などと違って回復に時間がかかるものなのだろう。

 やはりゲーム的に考えれば宿屋で休めば回復するものなのか。MPを持たない身なので、今ひとつどういうものなのか感覚が掴めない。

 尋ねると女神は頷き、質素ながらも清掃の行き届いた部屋を示した。

 

「そうですね、美味しいご飯を食べて、広いお風呂に浸かって、ふかふかのお布団で眠ったら明日の夜には十分な量が確保できるかと思います」

「マシュマロ、本当か?」

「睡眠以外は別に回復率に関係ないかな」

「よし、めんつゆ飲ませてろめんつゆ」

「あなた方は私に恨みでもあるんですか!?」


 強いて言えば恨む筋合いしかないことを自覚して欲しかった。



 そういった諸々の経緯を経て、自世界帰宅までに自由時間がぽっかりと丸一日空く運びとなった。

 致命的なセーブポイントという手綱がある上に最終目的を粉砕された今、女神は放置しても問題ないという判断が満場一致で下された。

 宿に戻ったとき姿を消してたら即ロードと言い含めると、主神はガクガクと頷いて留守番を自主的に申し出てくれた。



 異世界の最後の一日、仲間とゆっくり過ごしたいという気持ちはもちろんあったが、日はまだ高い上、せっかくのミロムの町だ。世話になった人への挨拶ぐらいはしても罰は当たらないだろう。おまけに罰を当てる存在は宿に精神的監禁をされている。

 

「というわけでお久しぶりですお婆さん」

「何がというわけかは知らんが、よく来たのう」


 そう言って、メリダ老人は突然訪れた二人を歓迎してくれた。

 卓上には以前と同様に焼き菓子と紅茶が置かれている。間違ってもバグの産物による鎧などは並んでいない。素晴らしいことである。


 ミロムの町に住む風水師の老人、メリダ。

 召喚されたばかりの二人を異世界の人間だと見抜いた上で、アルディアスの世界構成やクリスタルについて、そしてマシュマロやラドルといったこの時代に勇名を轟かせる面子を教えてくれた恩人だ。

 彼らとの出会い自体は成り行きと偶然に依るところが大きいが、クリスタルを巡る旅の道程を決められたのはこの老人のおかげである。

 面識があるのは鷹と愛紗だけであるため、訪問したのも二人だけだ。仲間達はしばらく町で散策してもらい、夕刻に再び集まることにした。



 相変わらずメリダの焼き菓子の味は素晴らしく、決戦続きで疲労していた体に砂糖とバターの暴力的な旨味が染み渡るのを感じた。

 老風水師は紅茶を一口飲むと、開いた窓から町の活気を眺めた。


「まぁ、先刻おぬしらの姿が空に浮かんでからすぐに町の入口の異変も収まり、孫が庭に埋めたのが焼き菓子でないことを思い出せた。何とかしてきたんじゃろうな、アイザック坊の時のように」

「一番大事なところに気づいてくれて何よりです」

「いや、何で悪魔の鎧を焼き上げられたのかのうワシ。超恐ろしいのう混沌」


 やはり真っ当な手順で小麦粉や砂糖を焼き上げたら鎧がオーブンから出てきたのだろうか。興味本位でその調理風景を見てみたかったところだが、間違いなく世界矛盾でフリーズ案件である。

 そして、認識は戻ったとはいえ変化したアイテム自体は恐らく戻らない。ラドルの剣のように、エミリの家の庭に埋まっているのも悪魔の鎧のままなのだろう。

 そのことを問いかけるとメリダは鷹揚に頷いた。


「ああ、もはや破壊のできんところまで伸びておったが、地脈の流れを閉じてこれ以上の生育を阻害したゆえ、ワシが生きている間は大丈夫じゃ」

「あれ、それ微妙にやべーフラグでは?」

「半端に封印してるのはマジやべーよね」


 根本的な解決になっていない上、破壊を試みて駄目だったあたりが特に恐ろしい。それにあと十年保つだろうか。

 メリダはホッホッホと笑い、改まって姿勢を正して二人を見た。


「あの時、おぬしらを送り出してからすぐにクリスタルから流れる地脈も戻った。じゃから、空に姿が浮かんでいるのを見たときも良い予感のようなものはあった。この世界を代表して――というのは烏滸がましいが、この地に生きる一人の人間として、改めて礼を言わせてもらうぞ」

「今いい感じのこと言って流しましたね」

「ホッホッホ」


 さらに笑って流された。



 それから、各地の祭殿とクリスタルの様子を話すと、メリダは興味深そうに頷きながら聞いてくれた。特にあの空への投映もクリスタルの力だということに関しては、納得しつつも大いに驚いている様子だった。もっとも、全てをつぶさに話すには時間がかかりすぎるし、ハイドロ祭殿を煮沸したりエアロ祭殿のある塔をへし折ったりのあたりはさすがに問題だらけなので省いたが。

 それに、黒幕のことも鷹達は口にしなかった。魔物を何とかしてクリスタルを解放したら世界は戻った。この世界の住人にとっては、それでいいのだ。


 話しているうちに時間は経ち、焼き菓子も綺麗に平らげてしまった。

 メリダはそれを見てゆっくりと席を立つ。


「おっと、皿が空じゃな。もっと焼いておるからちょっと待っておれ」

「や、そんな長居させてもらうのも悪いしそろそろ……」

「なに、さっき言ったとおりおぬしらが来る予感はあったゆえ、おぬしらのためだけに用意していた菓子じゃよ。食べるにせよ持ち帰ってお仲間と分けるにせよ、おぬしらに任せるわ」


 そうまで言われては断るのも失礼に思えた。

 姉弟は視線を交わすと、苦笑して頷く。


「じゃあ、貰っちゃおっか鷹君」

「そだな。ほんと旨いし、みんなにも食ってもらうか」


 最後の夜に、菓子をつまみながら談笑というのも悪くない。

 少し冷ましてから包んでもらおうかと思っていると、メリダが焼き立てのクッキーの乗った皿を持って姿を現した。


「ほれ、型は急ごしらえじゃが、いい出来じゃろ」


 皿に並んでいたのは、チョコかココアパウダーかを練り込まれた黒い生地で出来たクッキーだった。

 ――それは四方にトゲのように鋭く尖る、禍々しく冒涜的な鎧の形をしていた。 


「うわあああああ!!」

「うわあああああ!!」


 悲鳴を上げて立ち上がり怪鳥のポーズを取った愛紗とすかさずドリルを取り出した鷹は、メリダにクッキーを口に放り込まれ、その甘味で正気に戻った。

 ちなみに、なんと黒ゴマ風味だった。



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