慶びの華
宜宗12年に世子後宮揀擇が行われた。これは形だけの揀擇で楊慶華、鄭汝貞の2人が選ばれた。鄭汝貞は嬪宮の従姉妹で媵妾である。媵妾とは正室を助ける妾で、姉妹や従姉妹を側室にする古代の風習であった。
慶華は従四品の承徽に冊封された。一方の汝貞は嬪宮の媵妾という立場を考慮してか従三品の良媛に冊封された。側室たちは嘉礼を挙げないため、初夜は閑散としていた。
慶華は礼服姿のまま燭台が照らす部屋で世子の訪れを待った。静かな夜に不気味さを覚えて鳥肌が立った。
そこに呉尚宮(オ尚宮)が笑顔で現れた。そして世子がやって来ると告げた。
その瞬間、慶華の胸が高なった。静かな海のようだった心がいきなり高波が立った。頬が熱を帯びて紅潮していく。
「世子邸下がお見えになりました」
呉尚宮の明るい声と共に世子が部屋に入ってきた。慶華は瞳を閉じて気づかれないように息を吐き出した。
「承徽、酒を注いでくれ」
世子はどこか楽しそうに言いながら慶華のつい向かいに腰を下ろした。
「酒で酔うなら良媛媽媽の所でも良かったのでは?」
「初夜だというのに他所へ行けというのか?」
「違います。酔って私をお抱きになるくらいなら、私に酔ってお抱きくださいませ」
「なかなか大胆なことを言うのだな」
「きっと酔っているのです」
「飲んでいたのか?」
「いえ。この時間に、世子邸下に酔ったのです」
慶華の言葉を聞いた世子は大笑いした。その刹那、彼女を抱きしめた。燭台の灯りが揺らめく。そして消えた。