幻
懿嬪は冷静沈着であった。いつものように着飾り、その枯れない美貌を引き立たせていた。
「念のためよ。承政院を燃やしなさい」
「承政院ですか!?」
「早くなさい!」
懿嬪の剣幕に押し出されるように内人は部屋から出て行った。承政院は様々な資料が保管されている。それを燃やすということは記録や日記が失われるという王室にとっては大損害をこうむる話だった。
内人は紙に火をつけてそれを何個も承政院に投げ入れた。書物だらけの部屋に投げ入れられた火は直ぐに燃え移った。しかし、これでは小火である。内人は当たりを照らしていた松明を手にして投げ入れた。こうなるとやけである。燃えればなんでも良くなっていた。
承政院からの出火騒ぎは直ぐに宮廷中に広まった。
懿嬪は部屋に鎮座して不敵な笑みを浮かべていた。承政院が燃えれば後宮抹殺書は燃えたと思われるからだ。それが無ければ自分は殺されず、監国の生母、王の生母になれるのだ。
「生母大人、左承旨と朴昭容がお見えです」
「裏切りか…命乞いかだ、ね…一応、聞いてあげるわ。通せ」
金尚宮に案内されて部屋に朴昭容と左承旨が入ってきた。2人は懿嬪に対して礼をしなかった。懿嬪はその態度に腹が立って机を叩いた。
「生母大人に対して不敬であろう!」
すると左承旨が袂から紙切れを取り出して、それを読み上げた。
「趙氏、その傲慢さ甚だしく、後宮抹殺書において処刑する」
「後宮抹殺書だと?それなら私の手元に…」
すると朴昭容が言った。
「それは偽物です。御名御璽がないでしょう?」
懿嬪は韓奎から手渡された後宮抹殺書を見返した。確かに御名御璽はなかった。




