牡丹
次の日も鄭良媛は秘苑を散策した。昌陵君に会いたかったからだ。偶然、秘苑で趙淑儀に出くわした。
王の側室であっても、鄭良媛には庶母になるから礼を尽くさねばならなかった。
「淑儀媽媽、ご機嫌麗しく」
「あら、鄭良媛。一人で秘苑に?嬪宮を誘えばよかったのに。ちょうど牡丹が見頃よ」
「さようでございますか。見てきますわ」
鄭良媛は淑儀の指さした方に歩いていった。ちょうど台の見える位置に面した一角に牡丹が生えている。あまりにも牡丹が見事で華麗だったから、その離れた台は牡丹台と呼ばれていた。
「確かに牡丹が見事だわ」
そっと、鄭良媛は牡丹を手にとった。ふわりとした感触が伝わる。次に深紅の花弁を指でなぞった。自分もこの牡丹のように華麗な美貌があれば世子は愛してくれたのだろうか。そう思うと胸が締め付けられた。
「また会いましたね」
背後から聞き覚えのある声がした。振り向くとそこには昌陵君がいた。
「あら、昌陵君」
「ご機嫌麗しく。昭儀媽媽、それとも淑容媽媽でしょうか?」
「私は世子宮の後宮、良媛鄭氏です」
「このように美しい方が。世子邸下が羨ましい」
昌陵君は微笑した。美しいと言われた鄭良媛は顔を赤らめた。
「私はこの牡丹にも劣る女です」
「何をおっしゃいますか。牡丹以上にお美しい」
昌陵君が鄭良媛の頬に触れた。その刹那、鄭良媛は体を離して手を振りほどいた。
「戯れを。私は妓生ではありません!」
鄭良媛はチマを翻して、その場を後にした。その場にひとり残された昌陵君は振りほどかれた手をじっと見つめた。その様子を趙淑儀が見ていたとは知らずに。




