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グロリアスマーチ(休止中)  作者: 織上ワト
第一部 悪夢襲来 -Fall In The Nightmare-
1/12

序章 追憶 -catastrophe-

一度挫折しましたが復活です。某イラストレーターさんを見習って週一日曜更新を目標にやっていきます!(早速遅刻)【2016/9/4現在】

【追記】無理でした! 二週間に一回更新になってます。そのうち週一にしたいので許してください(するとは言っていない)。【2016/11/3現在】

 ここが何処で、一体いつのことなのかもわからない遠く彼方にある記憶の話。

 あの日のあの夜、君と視線を交わしたあの場所のことは今でもよく憶えている(・・・・・・・・・・)


 風に晒され舞い上がる色とりどりの花びら。雲間からスポットライトのように差し込む一条の月光。その光をキラキラと反射しながら天上より舞い降りる雪の一片(ひとひら)

 そのどれもが幻想的で美しく――何よりその中心にある君の存在が、見ているこちらの意識の総てを惹き付けてやまなかった。

 夜闇に煌めく白雪髪(スノーブロンド)。ところどころに走る黒のメッシュは艶やかで、長い前髪のベールの奥から覗く双眸は左右で異色。純度の高い宝石を思わせる翡翠(エメラルド)琥珀(アンバー)の大きな瞳は、美しいと言うより質のいい人形(ドール)のような彼女の蠱惑的な可愛らしさを際立たせているように思えた。


 ふわりと、一瞬だけほんの少し強さを増した風が彼女の前髪を揺らす。

 ただそれだけのことに、何故だか自然と目を奪われた。揺れる髪を押さえるその仕草に、知れず鼓動が高鳴った。

 単純だなと、自分でも思う。

 しかしその時の自分は、この出会いはきっと運命に違いないと、まるで空想めいた妄想を一片の疑いもなく信じていて……彼女の為ならこの命さえも喜んで捧げよう。そんな馬鹿げた誓いを本気で胸に抱いてしまうほど、その圧倒的存在に魅せられていた。


 ――貴女の騎士として、貴女の為に総てを懸けよう。


 それは御伽噺の中に登場するようなお姫様と騎士の契約。

 きっとこの時、総てが始まった。

 彼女と紡いでいく物語の出発点。魂に刻み込まれた原初の記憶。

 色褪せることのない美しい思い出は例え何年、何十年……いいや何百年経とうと、何千回生まれ変わろうと、決して忘れることはないだろう。


 故にそう……今でも強く信じている(・・・・・・・・・・)


 ――何を? 決まっている。

 輝かしい未来を。栄えある勝利を。


 ――何故? それも決まっている。

 約束したから。

 必ず勝つと。絶対に守り抜いてみせると。


 傍から聞けば思わず失笑ものの、どこまでも少年じみた青臭さに塗れた誓いの言葉。

 しかしそれは一切の混じり気ない希望と自信に満ち溢れていることと同義であり、眩しいくらいにまっさらなその想いこそが自らの原動力であり、彼女と共に歩む道を照らし出す光となるのだと、固く強く信じていたから。


 そう、信じていたからこそ……気づいてしまったのだ。


 徐々に……徐々に徐々にゆっくりと、世界が暗く黒く染まっていく。

 知らないままならどれほど幸せだったか、今となってはもう知る由もないが、一度気づいた致命的齟齬は加速度的に光の世界を喰らい蝕み支配してゆき……心地の良い温かさと優しさで満ちた夢の箱庭は、もはや光の一筋すら及ばない暗黒へと塗り替えられた。

 いいや正しくは、意識が戻ったのだ(・・・・・・・・)


 ――現実逃避の時間は終了だ。キミの現実(リアル)はこちらだろう?


 自分に都合のいいだけの思い出に彩られた世界を嘲笑う声が聞こえてくる。

 咄嗟に何かを言い返そうと口を開きかけるも声が上手く出せない。まるで金魚のようにぱくぱくと無様に口を開閉しながら意識が望まぬ覚醒へと向かっていく。

 そして今、刹那にも満たない甘美な妄想の世界から自己の意識が浮上する。

 その直前に誰かがどこか遠くの方で――


                              ――冷笑(わら)った気がした。


     ◇


「――っ、……――!!」

 意識を取り戻すと同時、全身余す所なく駆け抜ける激痛に思わずその場で叫び散らしたい衝動に駆られた。


 ――一体、何が? どうして? 自分は今どういう状況に置かれている?


 そもそもの根本からくる様々な疑問は当然の如く瞬間的に脳内を埋め尽くすも、すぐさま痛みに塗り替えられてまともに思考をしている余裕がない。

「ぃ……ぁ、ぐ――」

 立ち上がって状況を確認しようにも指一本すら動かせない始末で、首を左右に巡らすことすら叶わない現状は端的に満身創痍と言っていいだろう。

 殴られ斬られ刺され抉られ穿たれ炙られ……負った怪我の数々も片手の指では収まり切らないほど多種多様なものに溢れていたが、それらに共通して言えるのは総て与えられたもの(・・・・・・・)であるということ。

(ああそうか、僕は……)

 と、そこまで考えたところでようやく現況に対する不理解から脱することが叶う。

 そうだ、自分は――天笠(あまがさ)静騎(しずき)は敗けた。完膚なきまでに、言い訳などできないほどに。

『何に』ということは然したる問題ではなかった。自分にとっては敗北の二文字そのものこそが絶対不可侵の禁忌なのであって、例え相手が何者であろうと、今この敗北の地に背を付かされているという事実に変わりはないのだから。


 今や王都は破滅の一途を辿っていた。

 以前は美しいレンガ造りの建物に囲まれ喧騒に満ちていた表通りも、子どもたちの無邪気な声が絶えず響き渡っていた王城前の噴水広場も、どんな外敵が攻めてこようと突破不可能と嘯かれていた王国軍自慢の外縁城塞も、どれもが等しく蹂躙され、陵虐された後、そこには総てを呑み込んだ業火の残り火と、最早悲鳴や呻き声すら聞こえない空虚な空間が広がるばかりだった。

「っ、ぁ――……」

 轟々と竜巻のように荒々しい音を立てながら逆巻く炎の渦が視界の端に映り込み、潰れた喉奥からはヒューヒューと間抜けな空気音が漏れ出る。

 自分では大声を張り上げたつもりだった。

 そうでもしなければあまりの情けなさに気が狂ってしまいそうだったからだが、外側のみならず内臓(なか)まで破壊され尽くしたこの身体ではまともな言語すら口にすることができず、僅かな自慰的行為も許されない絶望を前に静騎は文字通り為す術なく天を仰いだ。

 霞む視界の遥か天上には望の月が妖しく艶やかな光を纏い、輝いている。

(……死ぬのか? 僕は)

 不意に冷静さを取り戻した頭でそんなことを思う。

 相も変わらず身体は動かず、視界もおぼろげ、むしろ生きているのが不思議なくらいの重傷を負いながらもいまだそんな悠長なことを考えていられるのは、自分の無力さに一周回って感覚が麻痺してしまったからなのか、それとも――


 ――先ほどから必死に考え(・・・・・・・・・・)まいと努めてきた決定(・・・・・・・・・・)的事実を掻き消そうと(・・・・・・・・・・)したからなのか(・・・・・・・)


「――っ」

 ドクンと、ここにきて一際大きく心臓が跳ね上がった。


 やめろ、やめろやめろやめろ駄目だ考えるな――!


 血走った眼を見開き、舌を噛み切らんばかりに顎に思い切り力を込める。

 結果発生した新たな痛みに加え、筋収縮による反動で再び全身に走った激痛により一瞬だけ意識を逸らすことには成功したが、ひと度坂の上から転がり始めた思考はそう簡単に勢いを殺せるはずもなく、むしろ加速度的に静騎の思考を奈落の底へと追いやっていく。


 そうだ、自分は敗けた。だがそれはいい。

 諦観のまま総てに納得しそれを受け入れられるほど老成しているつもりはないが、揺るぎようがない結果として突き付けられた現実からなお目を逸らし続けようとするほど子どもでもないのだ。

 総ては自分の力不足が原因なのだから、起きてしまった事実はどれだけ悔しくとも情けなくとも認めなくてはならない。

 問題なのはその次だ(・・・・)

 自らの敗北、その結果に付随して引き起こされる必然の事象。

 そもそも自分は一体何のために戦い、そして誰を守ろうとしていたのかという至極真っ当な疑問は愚問と言う外なく……守る者が敗北するということ、その結果守られる者は一体どうなるのか。

 その問いに対する解答もまた馬鹿でもわかるほどに明快で――


「――悲しいのか? 亡国の騎士よ」


 最悪の想像が脳内を過ろうとしたその時、不意に頭上に影が差した。こちらを覗き込むように見下ろすその人影を前に、再び心臓が大きく脈打つ。

「悔しいか? 腹立たしいか? それとも、自分が情けないか? お前はいつも馬鹿の一つ覚えのように言っていたからな。守る、守る、守ってみせると」

 人影の輪郭は茫洋として掴めない。まるで本当の影のように暗くぼんやりとしていて、顔かたちはおろか背格好すら曖昧で、破れた鼓膜を通して聞こえる雑音交じりの声からかろうじて男だということしか判断がつかない。それが損傷を負った視界のせいなのか、妖術幻術の類なのかはわからなかったが、一つだけはっきりとしていることがあった。

「そんなに怖い顔をしてくれるなよ。俺は感動しているんだ。自らの命も顧みず、ただ己が主への忠義のために死力を尽くす。見上げた覚悟だ。例えそれが一歩及ばず敵に敗北を喫し散ったとして、一体誰がそれを責めることができるだろう?」

 纏う空気の端々から伝わってくる圧倒的な重圧(プレッシャー)。言葉とは裏腹に己以外の総てを見下し、しかしだからこそ愛おしいと、まるで愛玩動物相手にでも向けるような歪んだ慈愛で世界を睥睨する傲岸不遜さ。

 この影、この男こそがこの惨劇を演出した張本人。たった一人でこの国――いいや全世界を敵に回し、混沌の渦に落とし込んだ異次元の怪物に他ならない。

 静騎と刃を交え、瀕死の状態にまで追いやったのもこの男だ。敗者である自分の無様を嗤いに来たのかと、精一杯の目力を込めて睨み返すも、男の影は肩を竦めるように僅かに揺れるだけだ。

「正直、死なすには惜しい。できることならぜひとも俺の部下に欲しいくらいだが……お前のその強さも、主君という唯一無二があればこそ。ああ、そう言えば姫様に会ってきたよ。あちらもあちらで、相も変わらずと言ったところだったが」

「っ――!?」

 その言葉を聞いた瞬間、一瞬前までの気丈さに満ちていた静騎の表情に明らかな動揺が走る。そして男の影がそれを見逃すわけもなく、むしろ狙い通りといったように口元を三日月形に歪めてみせると、まるでお気に入りの玩具を手にした子どものようなうきうきとした調子で続きを口にし始めた。

「まともに会話をしたのは初めてだったが、一途というか盲目的というか……あれは一種の病魔だな。最期の最期までうわ言のように呟いていたよ。『彼は私を守ってくれる』『私は彼を信じている』とな」

 侮蔑の感情を隠そうともせずにくつくつと嘲笑(わら)う影を前に、怒りや憎しみ、様々な感情が暴れ狂うのを胸の内に感じる。

 黙れ、それ以上喋るな、今すぐその口を閉じろと、掴み掛りたくともそれができない身体がもどかしいが、心のどこかで隠れるように顔を覗かせている全く別の感情の存在にも密かに気付いていた。

「どうした? 何をそんなに焦っている(・・・・・)? お前とてこれくらいのことは理解していたはずだろう? 俺がこの場に戻ってくる前から予感し、戻ってきたことで確信へと変わったはずだ。もう全部終わった後だと」

「だ……ま、れ……」

 男の言葉に血反吐を吐きながらも、否定の意思をどうにか喉奥から絞り出す。

 しかしそれとは裏腹に胸中を渦巻く感情は勢いを増し、今すぐにでもこの場を逃げ出したい衝動に駆られてしまう。先ほどまでとは一転してネガティブな思考がじわじわと全身を蝕んでいく。

 そんな自分に苛立ち、そして同時に男にその続きを口にさせることにかつてないほどの恐怖を覚えた。

「守る者の敗北、その結果生じる必然の事象。守られる者がどうなるかなど馬鹿でもわかる……ああいや、違うな。お前の焦りは違う(・・・・・・・・)。お前は俺に知られてしまったんじ(・・・・・・・・・・)ゃないか(・・・・)と焦りを覚えているんだ」

 男の影が喜悦に震える。嗜虐的な声の調子はこれから告げる決定的一言を咀嚼しているようにも見え――


 やめろ、駄目だ、絶対に、その先を……その先を口にしてしまっては  い  け  な――



「――あれ(・・)はお前が殺したんだったか。少なくとも、俺が直接手にかけた覚えはないがね」



 その言葉を聞いた瞬間、怒り、悲しみ、羞恥に焦り。混沌に荒れ狂っていた静騎の心の更なる深層で――何かが、弾けた。


「――だ、まれえええぇぇぇえええええッ!!」

 激昂を上げると同時、まるで発条仕掛けの機械のように勢いよく身体を跳ね上げ、男の影へと拳を振るう。

 大気の壁を突き破り唸りを上げて放たれた静騎の拳が男の顔面目掛けて迫る。しかし男の影は実に楽しそうに一つ笑いを零しただけで、結果として静騎の拳は見えない壁にでも阻まれたかのように標的に届く直前唐突に下方へと弾かれた。

 目の前で突然起こった現象は、普通に考えれば不可解極まりないものだが静騎は欠片の動揺も見せずにさらに肉薄していく。

「づ、くぅあああっっ!!」

 何故ならここ(・・)はそういう場所だから。ありとあらゆる不条理、不合理が其処彼処に蔓延るこの世の理から外れた世界の裏側。必然そこに立つ人間もまた常識を超えた超常の力を行使する権利を得られる。

 まして眼前に立つこの男は中でも扱う力の規模が度外れて大きく、その才能も群を抜いている。この程度のことは呼吸をするに等しくやってのけるだろうし、静騎もまた先の一発で勝負がつくなど思っていない。

 十発、二十発じゃ足りない。例え百発、千発打ち込むことになろうとも必ずぶち抜いてみせると、波濤の如く拳を繰り出し続けるも男の余裕は微塵も揺るがず、逆に一層愉快さを増した調子で言葉を続ける。

「く、はははっ! やはり図星だったか? まぁ無理もあるまい。お前の忠誠に比べてあの女はあまりにも安い。お前に『守って』もらえる事実を当たり前に享受し続けている様はただの豚だ。嫌気が差したところで誰も文句は――」

「黙れと、言っている!!」

 聞くに堪えない口上を無理やり断ち切ろうと、神速の回し蹴りを顔面目掛けて放つ。当然の如くこの一撃も弾かれただけに終わるが、構うものかと攻めの勢いを緩めることは一切しない。

(何も知らないお前がわかったような口をきくな! 僕と彼女の想いも知らず、土足で踏みにじることなど断じて許さない!)

 先ほどまで真実身体は動かず、今なお常人ならば指一本すら動かせない致命傷なのは変わりないが、憎悪と憤怒を糧に限界を超えて拳を振るい続ける。

 精神が肉体を超越するなど所詮、敗者の負け惜しみからくる妄想に過ぎない机上の論理だが、それすらこの場所では容易に実現してしまう。

「いいなぁ! やはりお前の怒りは心地いい! もっとだ、もっと絞り出せよ! その想いの強さこそが、俺を斃し得る力となるのだ!!」

 男が賛美の咆哮を上げ、迫りくる静騎の拳を躱しざまにクロスカウンターを放つ。

 その拳が顎を捉えた瞬間、爆撃音にも等しい音と共に静騎の身体が後方へと吹き飛んだ。地面を抉り城壁へとぶつかると、そのまま外壁すら突き破りなお地面を転がり続ける。

「ご、はっ……がぁあっ!?」

 ただの人では決してありえない豪腕。それを受けてなお立ち上がる静騎も超人以上の耐久力を有していると言っていいはずだが、対する男の影は次元が違っていた。

「手加減してやったとは言え、俺の拳をまともに受けて立ち上がれる人間はそうはおらんよ。特にここ――深界(クリフォト)においてはな。誇っていいぞ」

 嗜虐的な笑みを浮かべながら向かってくる男は武器を手にしていた。いや、果たしてそれは武器と呼んでいい代物なのかどうか。

「こいつはサービスだ。聖装は使わん。この状態の俺の一撃を躱すことができればさっきの言葉は訂正してやろう」

 男の影が一歩進む度にずん、ずんと重苦しい音がその場に轟く。

 男の影、まるで道端で拾った棒切れのようにその肩に担がれているのは――今や廃墟と化した王城の一部。天を貫かんばかりに威風堂々聳え立っていた数ある尖塔の一つだった。

「ば、かな……」

 リアルタイムで視界に映し出される冗談みたいな光景を、現実のものと認識することができず知れず呆然としてしまう。

「おいおい、これしきのことでそんなに驚くなよ。底が知れるぞ、騎士殿よ」

 しかしそんな言葉も今の静騎の耳には入らない。

 有り得ない。こんな、こんなふざけたことが――

「ああそれと、一つだけ教えてやろう。お前は自分たちの絆が俺の言葉で汚されていると思っているようだがな……断言しよう。お前が汚されたくないのは単なる思い出だ。高尚なことを言っているがとどのつまりそれは、自らの内にある美しい思い出に横槍を入れられたくないというだけさ。証拠に……」

 そして次の瞬間、がくんと不意に膝から力が抜け重力落下に身を任せながら顔面から地面に叩き付けられる。いいやこれは力が抜けたのではなく――

「が、ああああぁぁぁああああ!?」

 脚が。両脚の膝から下が綺麗さっぱり斬り飛ばされている。焼けるような痛みにのたうち回っている静騎をよそに、男の影は手にした尖塔を払うように振って先端に付着した血を落とす。

 要するに、斬り裂いたのだ。男の身長の十倍はあろうかという大きさの尖塔で。狙いに寸分の狂いもなく、目で追えぬほどの神速で。

深界(クリフォト)は想い、感情の力がものを言う。俺の言葉に動揺を誘われ、こんな大ぶりの一撃すら視認できずに自らの敗北を招いた。つまりは、そういうことだろう?」

 所詮自分たちの想い、絆などその程度のものだと嘲笑い、自らの狂気(おもい)の強さを誇示するように尖塔を地面に突き立て、男は豪笑と共に勝利を謳い上げる。

「くく、ははは……は――っははははははははは!!」

 視界が滲む。喉が焼ける。ありとあらゆる傷口からは血が噴き出し、全身が燃えるように熱い。

 際限なく押し寄せる感情の激流はやがてその器すらも浸蝕しかねない勢いで荒れ狂い、自分は怒っているのか悲しんでいるのか、それすら不明の混沌のまま唯一つだけ――自らの血の海に沈んだ敗軍の騎士は、今ここに守るべき何もかもを失ったと理解し、一人声なき慟哭を上げ続ける。

 悪い夢ならば覚めてくれ。そう今でこそ神に懇願さえしたくなるほど心が破綻しかけているというのに……加えてああ、まだこれ以上の絶望があるのかと、全身を震わす大気の鳴動に今度こそ静騎はこの場における一切の思考を放棄した。

 妖光纏いし朱の真月がその時(・・・)を待ち侘び、大きく鼓動を打つ。


 ――さぁ始まるぞ。もう逃げられない。


 直接魂にまで響くかのような異形の魔声が大気を震わす。

 もはやこの世界の希望は潰えた。いいやもしかしたら最初からそのようなものありはしなかったのかもしれない。

 全身を苛む苦痛とは別に、じくじくと原因不明の膿のような痛みを胸の内に覚えながら、静騎の意識は徐々に暗闇に覆われていく。

 薄れゆく意識の向こう側、遥か上空から不遜に下界を見下ろす月が嘲弄の笑みを浮かべる光景を幻視した。

 もう何も見えない。何も聞こえない。

 まるで身体が水底に沈んでいくかのような奇妙な浮遊感を覚えたのを最後に、とうとう限界を迎えた静騎の精神はゆっくりゆっくりとどこまでも深い深海へと堕ちていった。

 ただ一言、守ると誓ったはずの彼女への謝罪を告げられなかったことを悔いながら……。


      ◇

 

「――――ッ!?」

 勢いよく跳ね上がるようにして上体を起こした。

「はぁ、はぁ……っ、はぁ」

 ドクドクと早鐘のように打ち鳴らされる心臓を鷲掴みする勢いで、自分の胸の辺りをギュッと拳で握り込む。

 気付けば全身汗みずくで、荒く吐き出される息と共に鼻先からぽたぽたと雫が垂れ落ちていた。

「ぁ……え、ここ……?」

 いまだ落ち着かない動悸はそのままに周囲を見渡せば朝日を遮るカーテンに、普段さして活躍しない学習机、ハンガーにかけられた少々くたびれた制服はここが現実の自分の部屋であることを強く認識させてくれた。

「ゆ、め……だった、のか」

 そう呟くことで初めて、この六畳一間の部屋の主である天笠静騎はここが現実なのだということを自分の中で明確なものとする。

「そう、だよな……そうだよ」

 まるで自分に言い聞かせるように、そう何度も呟きながら朝日を浴びるべく遮光カーテンを開ける。

 眩しい日差しが瞼の裏を刺激し、一気に目が覚めてきた。

「ん……?」

 と、いつものようにベッドわきの目覚まし時計の時刻を目にし、同時に戦慄する。

「やばい……」

 半ば現実逃避気味に現状を表す端的な言葉を呟いてみるも、いつも家を出る時間を十分も過ぎているという事実は覆らない。

 そうしていると階下から「しずくーん? まだ寝てるのー?」という間延びした呑気な姉の声が聞こえてきた。

 声をかけるのならもっと早くにかけてほしいと若干恨みがましく思ったが、そもそも寝坊をしたのは自分なので姉に責任を押し付けるのはお門違いである。

 急いで制服に着替える。この分だと朝食を食べている暇はなさそうだ。

(これは遅刻確定か……)

 最近この手の遅刻が増えているのでまた担任に小言を言われるかもしれないと、げんなりとした気分で溜息を吐く。

 もう数秒前まで己を苦しめていた悪夢のことは忘れてしまっていた。


 そう、これが天笠静騎の日常。戦いや殺し合いなどとは無縁の平平凡凡な世界。

 寝坊一つで取り乱す、愛すべき現実がここにはあった。



わけわからん! と思った方、安心してください。書いてて自分もよくわかってません! なので雰囲気だけでも味わってね♪ 次週日常編!

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