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第84話 メルクリウスは命令を無視して捨て身タックル!

 ――メルクリウスは追い詰められながら思い出す。この国へ来る前の事を。


 魔神族は踊っている。メルクリウスは常々そう考えていた。

 どこからか発生し、何の理由もなく人類と敵対する魔の者達。それが自分達魔神族だ。

 そして人類と敵対する事を止めたなら、マナへと変わり死んでしまう。

 それはまるで、役目を果たせぬ魔法が霧散するのと同じように。

 きっと自分達は人形なのだ。生まれながらに人類を攻撃するという役目を与えられた人形……自我はあっても自由意志はない人の形をしただけの道具。

 だが何故? 何の為に? 一体誰がこんな不出来な人形を創りだしたというのだ。

 薄暗い城の中を歩きながら、メルクリウスは己の存在意義を自問自答していた。

 仮に人類に勝利したとして、その後どうする?

 人類を殺さねば消えてしまうというのに、人類を滅亡させてしまっては本末転倒。最後には自滅するしかない。

 役目を終えた道具は自壊しろとでもいうのか……全くふざけているではないか。


「メルクリウス!」

「ルーナか」


 メルクリウスを呼び止めたのは蜂蜜色の髪の少女だ。

 動き易さを重視した紫色のインナーの上から軽鎧を着込んでおり、本人は男装出来ているつもりのようだが実は全然出来ていない。

 これで騙されるのはマルスの馬鹿くらいだ。

 一応胸などはサラシで押さえつけているようだが、実は結構ボリュームがある事もメルクリウスは知っていた。

 走り寄ってきた彼女へと視線を向け、そこでメルクリウスは怪訝な顔をする。


「ルーナ……お前、その肌と瞳の色はどうした?」

「え?」


 魔神族の種族特徴として、青か緑の肌に白黒反転した瞳というものがある。

 ルーナも例外ではなく、この特徴を持っていたはずだ。

 だが今、メルクリウスの前にいるルーナの肌は白く、瞳もまるで人間のようだ。

 メルクリウスとしては少し気になって問いかけただけなのだが、ルーナは目に見えて慌て出し、まるで言い訳をするように答えた。


「あ、いや、その。これはだな……潜入! そう、潜入の為だ。

ほら、人間達の街に入り込む時とか、人間の姿じゃないと怪しまれるだろう?」

「……普段から変装する意味はないと思うが」

「ああ、その……ふ、普段からやっておく事で常に現場に出たときにボロを出さないようにする為だ!」


 ……嘘だな。メルクリウスは内心で彼女の稚拙な言い訳に駄目出しをした。

 人間の街へ行く時に変装をする。それは分かる、ユピテルもやっていた事だ。

 というか人間の街へ近付く時に何の変装もせず堂々と入り込む馬鹿はマルスしかいない。

 しかし、だからといって普段から人間のような姿でいるのは意味不明だ。第一これでは味方の魔神族に人間と誤認されて攻撃される恐れすらある。

 まあ、七曜である彼女を攻撃する不敬者は流石にいないだろうし、もしいたならばメルクリウスが葬ってしまうだろうが。

 つまりは別の理由。恐らく……魔神族らしからぬ外見のテラを意識したのだろう。

 少しでも彼に近付こうとして、外見も彼に合わせてしまったのだ。

 メルクリウスは内心で沸きあがったジェラシーを無理矢理に押さえつけ、あまり動いてくれない表情筋を無理矢理動かして微笑んでみせた。


「よく似合っている。人間はあまり好きではないが、その肌の色のお前も悪くはない」

「そ、そうか? それは嬉しいな」

「ところで何の用だ? 私にその姿を見せに来たわけではあるまい」


 内心では、そうだと嬉しいなどと思いながらルーナへ問いかける。

 すると彼女は思い出したように「あ」と呟き、それからメルクリウスを呼びに来た理由を語った。


「そうだった。テラ様が七曜に召集をかけているのだ。

既にサートゥルヌスは会議室に赴いている」

「テラ様が? ……わかった。私もすぐに行く」

「うむ、待っているぞ」


 先に走って行くルーナの背を見ながら、メルクリウスは小さく溜息を吐いた。

 全く慌しい事だ。そして少しばかり気に入らない。

 彼女の瞳に自分は映っていない。いつだって別の誰かの事を考えている。

 恋敵……というには少し違うだろう。決着が最初から付いているのだから敵として成立していない。

 まあ自業自得であるとは分かっている。ぶっきらぼうだし口下手だし、根暗だし本音である程口に出せないし。

 勝手に想っているだけの片思いなど相手に伝わるはずもない。

 ルーナみたいに分かり易すぎるくらい行動に移していれば相手も察するだろうが、自分にあれは無理だ。どうしてもクールぶって本心を隠してしまう。


「……爆発してしまえ。テラ様だけな」


 小声で不敬極まる事を口にし、メルクリウスは会議室へと向かった。

 ドアを開けばそこには七つの属性を象徴する七角形のテーブルがあり、月と土の席には既に先客が座っている。

 だが火と木、日と金は空席のままだ。

 それも仕方のない話で、マルスとジュピターは死に、ウェヌスは離反。

 そして日を司る、本来ならば彼等の纏め役であった男――ソルという名の魔神族はウェヌスの洗脳を受けていたという疑いがあり、会議から外されていたのだ。

 メルクリウスは水の席へと座り、どの席にも座っていない彼等七曜の長であるテラを見た。


「随分減ったわねえ」


 土の席に座る女、『土のサートゥルヌス』が頬杖を付きながら言う。

 彼等七曜は決して仲のいい面子ではない。むしろ隙あらば相手を蹴落とそうとする協調性のない集団だ。

 しかしこうして、七人のうちに四人までもが欠けると流石に思うものがある。

 あるいは、いがみ合わずに協力し合って入ればこうはならなかったのだろうか?

 ……いや、それは無理だろう。今にして思えばいがみ合うように仕向けていた爆弾(ウェヌス)が内部に潜んでいたのだから。


「集まったか」


 テラが皆を見渡し、全員いる事を確認する。

 とはいっても、僅か三人しかないのだが。


「既に知っている者もいるだろうが、ウェヌスが離反した。

いや、離反というよりは元々あちら側だったのだろう。

我等は今までいいように踊らされ、無駄に損害を出していたのだ」


 つい最近……それこそ、ほんの数週間前までは魔神族は人類に対し絶対的な優位を保っていた。

 七英雄は確かに恐ろしい存在ではあったが、それでも十二星のアイゴケロスやスコルピウス、アリエスがこちらにいた間はベネトナシュ以外の英雄や守護獣など恐れるに値しなかった。

 しかし今にして思えばそれがもうウェヌスの罠だったのだろう。

 優位に胡坐をかいて慢心している間にマルスとジュピターが消され、更に土産としてアイゴケロス、アリエス、スコルピウスまで持っていかれた。

 気付けば戦力は完全に逆転しており、ルファス一行どころか人類に勝てるかも怪しい所まで追い詰められている。

 こうなった以上、もう身内同士でいがみあっている場合ではない。

 そう語るテラの言葉に三人は真剣な表情で聞き入った。


「これ以上の損害を出すわけにはいかない。

故に貴公等は今後、ルファス一行の動向をよく観察し、間違えても奴等と接触せぬよう行動してくれ」


 本来ならここは様子見でしばらく城に篭るべき場面だ。

 もしかしたら人類とルファスが敵対して潰し合ってくれるかもしれないし、そうでないにしても確実にベネトナシュとレオンはルファスと衝突するだろう。

 しかし、そうはいかない事情が魔神族にはある。彼等は人類を襲わねば消える欠陥生物……戦闘を止めるという選択肢は取りたくても取れない。

 出来る事といったら、ルファス、ベネトナシュ、レオンを上手く避けて他を攻撃する事くらいだ。


「言われなくてもそうしますわ。私だってあんな化物の相手はしたくないもの。

ま、しばらくは小さい村とかをプチプチ潰す退屈な作業になりそうね」

「サートゥルヌス……あまり非戦闘員ばかり攻撃するのは……」

「相変わらず固いわね、ルーナは。そんな事言ったって、やらなきゃ死ぬのが私達魔神族なのよ?

てーかアンタ、その目と肌の色は何よ?」

「え? いや、これはその」


 サートゥルヌスとルーナが無駄口を叩くのをテラがわざとらしく咳払いをする事で静め、再び会議が再開される。

 もっとも、その日の会議で行われた事といえば主にルファス一行対策だけだ。

 予測されるルファス達の現在地だとか、彼女達の保有戦力はどれほどかだとか、そいうものだ。

 正確な位置が分からないのは偵察用に出した魔物や配下が全て遠距離狙撃にて撃墜されているからであり、これは恐らく『天秤』のリーブラの仕業だろう。

 逆を言えば撃墜されない場所などから大方の予測を立てる事は出来なくないが、それをやるには配下の数をかなり消耗するしリーブラの射程が長すぎるのとルファス達の移動速度が早過ぎる為、犠牲と正確性が釣り合わない。

 あくまで予想に過ぎないが、ルファス達は大体一時間に百km以上を移動していると考えられる。

 更にルファス本人は、以前にギャラルホルン付近からレーヴァティンへ移動した時の速度から推察するに、その飛行速度は三十分もあればミズガルズを一周半出来てしまうという結論に達した。

 いや、魔神王との戦いから考えるに瞬間最高速度は更にその数倍か数十倍か……。何だこの化物。

 ごく短い距離に限定するならば、それこそテレポート染みた移動すら可能だろう。

 どちらにせよ、『現在地』を割り出したとしても、それを使い魔がテラに伝える頃にはその情報はもう何の役にも立たないのである。

 何せ使い魔がテラの元へ戻るよりも早くルファスは世界を何周かしてしまえるのだから、これでは正確性など到底望めない。

 会議を終えたメルクリウスは真っ直ぐに魔神王のいるだろう玉座の間へと向かった。

 ルファスを避けながら戦う。それはいいだろう。

 だがそれは結局の所根本的な解決ではなく、仮に魔神族が最後に勝利しても消えてしまうという問題が残ったままだ。

 これを変えるには魔神族という存在そのものを……つまりは女神の敷いたルールそのものを変えなくてはならない。

 そうせねば魔神族に未来などないのだ。


「陛下。失礼致します」


 メルクリウスは玉座の間へと踏み込み、主の前で跪いた。

 魔神王は最近どこかで大きな戦いをしてきたらしく、今は傷の治療に専念している。

 とはいえ然程の深手でもないらしく、傷など感じさせずに悠々と玉座に腰掛けていた。

 彼はメルクリウスの来訪に興味深そうに目を細めた。


「メルクリウスか。何の用だ?」

「陛下……どうか、陛下のお力をお貸し下さい」

「ふむ、聞こうか」

「はっ。無礼を承知で申し上げます。陛下の持つ『天へ至る鍵』……正式名称『GMキー』を、我等の為に一度だけ使って頂きたいのです」


 『天へ至る鍵』。

 それは伝説の中にのみ登場する、女神の代行者のみが持つ事を許される摂理すらも捻じ曲げる神の道具だ。

 女神はかつてこれを原初の人類アイネイアースへと渡し、代々彼の一族の長へと引き継がれてきたという。そして女神はこの鍵を代行者以外が手にする事を最大の罪とし、あらゆる人種、あらゆる生物に言い聞かせた。この鍵を狙う事は女神への宣戦布告に他ならないと。

 故に歴史上どんな悪党だろうと魔物だろうと、魔神族だろうと代行者の一族にだけは手を出さなかった。

 どんな愚者でも、女神にだけは歯向かえない。歯向かいたくなかったからだ。

 だが二百年以上前に、この摂理に真っ向から喧嘩を売る者が現われた。

 それこそがルファス・マファール。

 彼女はあろう事か代行者達の聖域へ堂々と踏み込んで侵略し、その長であるパルテノスを鍵ごと持ち帰ってしまったのだ。

 その鍵は後に、彼女の配下の中でも最大の戦力を有する『双子』のジェミニ有するアルゴー船へと預けられ、今も厳重に保管されている……と思われていた。

 だがメルクリウスは考えた。それはもうアルゴー船にない、と。

 そう、ルファスとの戦いの後に行われた魔神王の遠征。彼があれだけの大戦力を連れて挑む相手など限られている。

 一つは獅子王レオンの軍勢。

 一つは吸血姫ベネトナシュ率いるミョルニル。

 そして一つはルファス・マファールと覇道十二星。

 だがその全てが健在であり、魔神王と戦った痕跡はない。

 いや、ルファスは魔神王と戦ったがそれは遠征の前の事だ。

 ならば残る候補は一つ。多くの英霊を抱えるアルゴー船しか有り得ない。

 つまり鍵はもう魔神王の手へと移動している。それがメルクリウスの推測であった。


「……知っていたのか。私がそれを持っていると」

「失礼ながら、色々と調べさせて頂きました」

「ふむ、一応聞いておこうか。この鍵を使って何を望む?」


 魔神王は今の所上機嫌だ。メルクリウスの事を面白そうに見ている。

 ならば機嫌が変わらないうちに本題へ切り込むべきだろう。

 メルクリウスは唾を呑み、緊張を顔に出さずに答える。


「我等魔神族を……いや、たった一人だけでもいい。

魔神族の宿命から解放して頂きたいのです。

それが出来るのは、鍵を持つ貴方を置いて他にいません」


テラ「接触するなとあれほど言ったのに……」


凄くどうでもいいですけど、投稿前にチェックしたら『玉座の間』が『餃子の間』になっていて慌てて修正しました。

そのまま投稿したら、魔神王さんが餃子溢れる部屋の中央でドヤ顔しているという謎の光景が完成する所だった……。

もしかしたら大好物なのかもしれません。


   / ̄\

  |  ^o^ | < てんへ いたるかぎ です

   \_[]⊂/)

   _| |/ |

  |    / 

         / ̄\

        |     | < それは ぎょうざ です

         \_/

         _| |_

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― 新着の感想 ―
ここ、南海この物語を読み返しても後書きの「餃子の間」で笑ってしまうwwww
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