第81話 メルクリウスのなみのり
秘伝技の中では妙に強くて普通にハイドロとの二択で採用出来るなみのりさんマジ有能。戦闘中だと何もない所に自分で波を召喚して敵を飲み込んだりと、結構滅茶苦茶な技。
どうでもいいが、ニドキングはなみのりで普通に海を泳げるくせにバトルだと水鉄砲で大ダメージを受けてしまう。何故だ。
もしかしてレッドさんが気付いていないだけで、本当は血を吐きながら泳いでいるのだろうか……。
森の中をサジタリウスが駆け抜け横へと視線を向ける。
木々を挟んで少し離れた位置をリーブラが飛んでおり、無機質な瞳がサジタリウスを凝視していた。
二人共に速度は並の人間や魔物では到底追い付けぬものであり、しかし器用に木々を避けて移動している。
いや、よく見ればリーブラは時折掠っているが気にしていないだけだ。
「ターゲット、ロック。ファイア!」
リーブラが機関銃を持ち、銃口を向ける。
そこから発射される追尾弾の数々は遮蔽物を避けて、おおよそ弾丸とは思えぬ軌道を描いてサジタリウスへ殺到した。
だがサジタリウスも己の周囲に暴風を発生させる事で弾丸の軌道を逸らし、反撃とばかりに魔法の矢を放つ。
しかし正面から放った矢などリーブラには通じない。
彼女はまたもカルキノスを盾に魔法を防ぎ、目から光線を発射する。
それも何とか避けたと思えば次は翳した掌の中央が開き、中から砲門が飛び出してきた。
そして放たれるのは火炎放射だ。
「森を焼くつもりか」
サジタリウスは即座に魔法の属性を水に変更し、矢として放つ事で鎮火させる。
しかしその隙を付いてリーブラの腕が本体から切り離されて飛翔し、空飛ぶ鉄拳となってサジタリウスを襲った。
俗に言うロケットパンチというやつだ。
だがサジタリウスとて遠距離戦しか出来ぬわけではない。
仮にも十二星の一人。基礎ステータスだけでも接近戦をこなせるだけの強さはある。
飛んで来た鉄拳に自らも拳をぶつける事で威力を相殺し、リーブラへ腕を返品した。
戻ってきた腕を装着しながらリーブラは冷たい声色で呟く。
「今ので骨に皹が入ったようですね。対象の命中精度を下降修正します」
「本当にやりにくい相手だな、お前は」
二人は遂に森を抜け、荒れた岩山へと入り込んだ。
この地形は一転してサジタリウスが不利だ。
これではどうしても空を飛べるリーブラが有利になってしまうし、遮蔽物もない。
だがサジタリウスは構わずに岩山を登った。
半身である馬の部分はあくまで全力疾走を行い、荒れた岩山を垂直に駆け上っていく。
リーブラも追走を続けるが、それを阻むように魔法の矢が連射されて矢の弾幕を作り出した。
それらを悉く避けて飛翔し、リーブラがお返しとばかりに弾丸をばら撒く。
だがサジタリウスも負けてはいない。機敏な動作で弾丸を避け、反撃を行う。
矢と弾丸が幾度も飛び交い、だが技量が拮抗している故にどちらも当たらない。
そんな中にあって、先に切り札を切ったのはサジタリウスであった。
大きく弓を番え、矢の先端に魔力が集まり始めたのだ。
「撃てば必ず敵を貫く必中の矢、『アルナスル』ですか」
「そうだ。お前といえどもこれは避けられんぞ」
ミズガルズの世界には『絶対命中』と呼ばれ、恐れられる技能がいくつか存在する。
それはリーブラのブラキウムのように逃げ場なしで放たれるタイプもあれば、当たるまで追尾し続けるようなものもある。
ルファスの『シャインブロウ』のような回避不可能の速度による攻撃も絶対命中技能の一つだ。
だがアルナスルはそのどれでもない。発射したが最後、次の瞬間にはもう命中しているのだ。
つまり当たるまでの過程がない。
撃ち落すとか避けるとか、そんな次元にない攻撃であり発射=命中を意味する。
いかにリーブラといえどこれを回避する術など存在せず、撃たれる前に止める以外に方法はなかった。
勿論リーブラを対象として放たれた必中の矢はカルキノスを盾にしても防ぐ事は出来ない。
いかに彼のカバーリングでも、飛んで来る過程すらないのでは代わりに受ける事が出来ないのだ。
だがリーブラはあえてこれを好機と判断した。
「なるほど。しかし攻撃の瞬間こそが私にとっての最大の好機です」
サジタリウスの攻撃の構えに対し、リーブラはカルキノスを捨てて右腕を変形させた。
彼の技に合わせてこちらも攻撃を放ち、直撃させてしまおうという魂胆だ。
いかにサジタリウスほどの達人でも最大技を放つ瞬間はどうしても無防備になる。
どうせ避ける事が出来ないならば相打ち覚悟でこちらも大技を撃ってしまおうというのだ。
両者が共に眉一つも動かさずに睨み合い、発射の瞬間を待つ。
「……アルナスル!」
「右の天秤!」
サジタリウスの弓から炎の矢が放たれ、そこからほんの僅か――コンマ一秒の遅れもなくリーブラの右腕から閃光が発射された。
放たれた閃光がサジタリウスに命中すると同時にリーブラはジェットを吹かす。
アルナスルのダメージはこの直後に入るだろうが、リーブラはそれを気にはしなかった。
どこに当たるかは知らない。胴体か胸部か、それとも首か頭部か。
どこに当たるにせよ、一撃ならば耐え切れる。
そして多少破損しようがゴーレムの自分ならば戦闘続行可能だ。
ならばダメージなど気にするまでもない。このまま追い討ちをかけて仕留めるまで!
しかしサジタリウスの動きは次の瞬間、リーブラの予測を上回った。
放たれた矢はリーブラに当たらず、サジタリウスが消えたのだ。
「!?」
走って移動したわけでもない。高速で飛んだわけでもない。
サジタリウスが、リーブラも察知出来ない何らかの方法で『消えた』。本当にそうとしか表現の出来ない状況にリーブラは珍しく混乱した。
その場で急停止し、周囲を見回して捜索するも影も形も音も熱すらも感じられない。
身を隠しているのではない。本当にこの近くに存在していないのだ。
彼女はすぐに原因を究明すべく自らが見た過去の映像を自分の視界内で再生させる。
ほんの数秒前、サジタリウスが矢を放つ瞬間に何をしたのかをスローにしてつぶさに観察する。
そして分かった事は、発射した直後に彼が自分の撃った矢を掴んでいたという事だ。
「……やられましたね」
サジタリウスの狙いは最初からリーブラではなかった。
恐らくは、ここから遠く離れた何処か……遥か遠くに見える木か何かを攻撃対象としたのだろう。
そして因果を超えて必ず標的に突き刺さる必中の矢を掴み、矢ごと攻撃対象の元へ飛んで行った。
そしてこれは、リーブラが初めて見る矢の使い方であった。
二百年前の時点でサジタリウスがあの必中の矢を使った場面は数あれど、こんな使い方をした事は一度だってない。
リーブラは過去のデータを元に予測をする事が出来る。
それこそ現代のコンピュータを上回る精度で正確に、だ。
だが逆を言えば記録にないものはそもそも想定すらしない。
それ故の穴。思考の抜け道。
サジタリウスは二百年前にも見せなかった切り札を切る事で、誰も逃げられないとまで言われたリーブラの追跡から見事逃げ遂せたのだ。
サジタリウスの切り札を知る事が出来たのは大きい。
だが彼とレオンが手を組む厄介さを考えると、ここで捕獲出来なかったのは余りに痛手であった。
*
瀬衣達は霊峰フニットビョルグの山道を一列に並んで歩いていた。
入り込んだそこは、霊峰と呼ばれるだけあって奇妙な場所だ。
山というからには厳しい登山を瀬衣は予想していたのだが、この山は違った。
あちこちが空洞となっており、その空洞を通る事で少しずつ上へと登っていくのだ。
まるでRPGのダンジョンだな、と瀬衣は場違いな感想を抱く。
内部には紫に輝く水晶が点在し、壁や天井、地面と至る箇所に張り付いている。
それらを驚いたように見回しているのは一行の後方支援担当でもあるクルスだ。
「す、凄い……これ、全部マナの結晶ですよ。
物質化したマナがこんなに沢山あるなんて……こ、ここにある水晶だけでも持って帰ればどれだけの価値になるか」
「高く売れるんですか?」
「はい。物質化したマナは錬金術における最高の材料の一つです。
それに魔法の触媒にもなるし、杖の先端に付ければ魔法の補助としても機能します。
正直、ここが霊峰でなければ今すぐに持てるだけ持って帰りたい気分ですよ」
どうやらクルスのような魔法使いにはあの水晶は宝の山に見えるらしい。
かなり興奮した様子でチラチラと水晶を物欲しそうに見ている。
そんなに気になるなら少しくらい持っていけばいいのに、と思ってしまうがそれが出来ないのが彼の真面目さなのだろう。
アリエスも、過去にルファスがマナの集まる山や洞窟に赴いてはこの結晶を乱獲していたのを知っているのでクルスの興奮は少しだけ理解出来た。
とはいえ、マナの集まる場所ならば結構頻繁に自然発生する結晶だったはずなのでそこまで値打ちがある物だとも思わないが。
確か発生条件はマナが集まる場所であり、かつマナが外に漏れにくくマナを取り込んでしまう生き物などもいない事だったか。
つまりはこういう山の空洞や洞窟などが狙い目だ、と過去にルファスが教えてくれたのを覚えている。
加えてここにはマナ避けの結界があり、マナは結界を通る事が出来ない。
結果、恐らくは元々この山に溜まっていたマナは結界のせいで出る事が出来なくなってしまい、山の中を漂う事も出来ずにこうして結晶体として固まってしまったのだろう。まさに偶然が生み出した産物というわけだ。
とりあえず主へのお土産としていくつか持って帰れば喜んでくれるだろうか。
そう考えて彼はその場の誰にも知覚出来ない速度で水晶を掠め取り、黒マントの内側へと入れた。
かろうじてウィルゴだけはアリエスが一瞬動いたのを知覚したが、何をしたかまでは見えていない。
「ウィルゴさん、大丈夫? つ、疲れてない?」
「はい、大丈夫ですよ」
それなりに険しい道を歩いている事を心配してか、瀬衣が息を切らしながらウィルゴの心配をする。
だがウィルゴだってこう見えてもレベル300だ。体力はこの中でも二番目に高い。
全く平気そうな顔でヒョイヒョイ登っており、むしろ瀬衣が一番遅れているという有様であった。
元気に瀬衣の足元を歩いている犬よりも遅い。
レベル格差社会はとても辛いのだ。
「ところで、思ったんですが……いや、思ったのだが、そちらのゴリラの獣人は大丈夫なんですか……なのか?」
アリエスが慣れない口調に手こずりながらも、先を行く女騎士を心配した。
ここは魔物避けの結界があり、自分のような高レベルはともかくレベルの低い獣人には毒だ。
ならばゴリラの獣人にとっても等しく辛いのではないだろうか、と気を利かせての言葉だったのだが、それに女騎士は硬直してしまった。
「おい、それは禁句だ! そいつは獣人じゃなくて人間だぞ!
確かにゴリラみてえな顔してるけど!」
慌ててフォローを入れるジャンだが、それはフォローどころか追い討ちであった。
ゴリラ――否、女騎士の拳がジャンの顔にめり込み、彼をダウンさせる。
そして憤慨したようにウッホウッホと先を歩き始めた。
彼女だってレディなのである。ゴリラと似ていると自覚していても少しは傷も付く。
「ところで、あの魔神族……七曜のメルクリウスだったな。
仕掛けてくると思うか?」
「ああ、間違いなく来るだろう。奴だってエリクサーは放置出来ないはずだ」
瀬衣の仲間の一人である元冒険者のニックが注意深く辺りを警戒しながら呟き、ガンツがそれに答えた。
ここは結界の中なので魔神族が来ても多少有利な条件で戦えるが、フリードリヒ抜きはやはり心細いものがある。
問題はどこで仕掛けてくるかだ。
恐らくは人間などを洗脳して向かわせて来る、とカイネコは言っていたが今の所それらしき人物は見えない。
しかし、代わりに聞こえてきたのは水が流れるような音だ。
「……? あの、何か妙な音が聞こえませんか?」
皆が警戒している中、最初に気付いたのはウィルゴだった。
最初は気のせいかとも思ったが、すぐに考え直す。
気のせいではない。確かに水の音が響き、そしてそれは除々に大きくなっている。
瀬衣達も聞き取ったのだろう。一体何だろうと不思議そうに考えているが、クルスが顔を青褪めて音の正体に気が付いた。
「ま、まずい! 皆、私の近くに集まって下さい」
「え?」
「説明している暇はありません! 早く!」
クルスの叫びにせかされ、瀬衣達は何事かと彼の周囲へと集まった。
そしてクルスは説明する事もなく、全員を覆うように光の結界を展開した。
それはまるで、これから攻撃を受けるかのような備えであり、一層瀬衣達を緊張させる。
そして説明は必要なかった。
何故なら、すぐにその音の正体――空洞全てを満たすような水の奔流が流れ込んできたのだから。
【アルナスル】
・命中までの過程が存在せず、撃てば必ず命中する。距離は関係ない。
・ただし見えていないものはそもそも狙えないので発射自体が出来ない。したがってまだ登場すらしていない女神をスナイプとかは不可能。
・見えてさえいれば必ず当たる。天体望遠鏡で遠く離れた惑星を見ながら撃てばその惑星にも当たる。
【注意点】
・夜中に空を見ながら矢を発射して掴むのはやめましょう。
宇宙空間に放り出されて死にます。




