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第80話 リーブラのリフレクター(カルキノス)

 各所に残された僅かな、『射手』へと辿り着く手掛かり。

 それを追いながらリーブラは一つの疑惑を感じていた。

 手掛かりを見付けて『射手』に近付くにつれて益々確信は深まり、確信へと変わる。

 間違いない……これらの痕跡は意図的に残されている。

 普通の者では分からぬ程度に、しかし自分ならば分かるように。

 意図は知らぬが、どうやら相手は自分をご指名のようだ。

 ならば是非もなし。ここはあえて誘いに乗り、真意を問いただすまで。

 罠の気配はない。半径数キロに渡り地形や温度、音などを拾い続けているが、少なくとも罠の類は仕掛けられていないと確信出来る。

 『射手』とは狩りの名手。遠距離での撃ち合いこそリーブラも引けは取らないが、その本領は地形を利用した罠の設置と豊富な知識にこそある。

 また、ルファスが不得手とする攻撃魔法を補うのも彼の役割であり、彼の最も得意とする攻撃方法は矢ではなく魔法だ。

 だというのに、わざわざ本物の矢を用いて攻撃を行っていたあの行為自体、あえて手掛かりを残す為に他ならないだろう。

 しかしリーブラは引き返すという選択を選ばなかった。

 下手にここで戻り、ルファスを呼んでもその間に『射手』が行方を晦ましては元も子もない。

 本気で隠れてしまった彼を探すのはいかにリーブラでも決して簡単な事ではないし、彼の機動力ならば呼びに戻っている間にこの王都から離れるなど造作もないだろう。

 誘ってくれるというならばむしろ好都合。このまま踏み込むのみだ。

 その判断を下し、カルキノスを連れたままリーブラは更に手掛かりを追い続ける。

 僅かに残った足跡。草むらを踏んだ跡。草木の中に落ちている体毛。

 たったそれだけの手掛かりさえあればリーブラは目的地へと着く事が出来る。

 そうして探し続けて、やがて彼女が辿り着いたのは木々が密集した森林の中だ。

 身を隠す遮蔽物が数多くあり、こういう場所こそは『射手』が最も得意とする戦場である。


「来たか、リーブラ」

「サジタリウスですか」


 声のした方向へと振り向くと、そこには一人の青年が立っていた。

 確か狩猟祭の時に解説をしていたケイロンという名の優男だ。

 しかしその姿が魔法で作り出した幻影、幻だという事を見抜いたリーブラは彼の名を迷いなく口にする。

 その答えに射手――サジタリウスも満足したように笑い、そして腕を振るった。

 すると優男の姿は消え去り、逞しい半人半馬の魔物が姿を現す。

 下半身は馬。上半身は筋骨隆々の逞しい男。これがサジタリウスの本当の姿だ。

 黒い髪は角刈りにされ、太い眉毛とサングラスの奥に隠された鋭い眼光はまさに熟練の狩人の貫禄を漂わせる。

 無精髭を生やした口元には葉巻をくわえ、その外見年齢は人間で言えば四十台後半といったところだ。

 身に付けているのは頭からすっぽりと覆うタイプのローブで、これはルファスが彼に贈った彼女の作品だという事をリーブラは知っている。

 その効果は決して大したものではない。防御力の上昇もそれほどではなく、特定の属性や状態異常を跳ね除けるようなものでもない。

 ただ、周囲の景色に同化して色を変えるだけのものだ。

 隠密性においては優れた装備だが、呼吸や温度で位置を特定出来るリーブラの前ではあまり意味のない装備だろう。


「珍しいですね。滅多に自分の身を相手の前に晒す事のない貴方がこうして顔を見せるとは」

「…………」

「『最良は相手に敵と認識される前に仕留める事』……これは貴方の言葉です。

味方の前にすらほとんど姿を見せる事は無く、影のように敵を遠方から仕留める貴方とは思えない行動だと疑問を感じています」


 サジタリウスは同じ遠距離攻撃型でもリーブラとは方向性が異なる。

 リーブラはいわば追跡殲滅型。

 敵をどこまでも執拗に追いかけ回し、大火力を以て完膚なきまでに蹂躙する殺戮破壊マシンだ。

 つまり遠距離攻撃型でありながら、あえて自分からガンガン敵に近付くのがリーブラの基本スタンスである。

 彼女の遠距離攻撃は距離を取って戦う為のものではない。逃げる敵を背後から撃ち、あるいは逃げ場を塞ぐ為のものだ。

 だがサジタリウスはその逆。彼の種族――『ケンタウロス』の機動力を以てひたすらに敵から離れ、死角から攻撃し続ける完全狙撃型。

 リーブラはまず警告から始まり、敵に自分を認識させて恐怖と重圧を与える。

 だがサジタリウスはそれすら行わない。警戒すらさせずに、無防備な所を一撃で仕留めて葬る。

 いわば彼は暗殺者なのだ。

 リーブラは戦闘のプロフェッショナルだが彼は違う。サジタリウスは『殺し』のプロフェッショナルなのである。

 その彼が……人前に出る時は必ず変装してまで己の身を隠す彼がこうして出て来ている。

 それがリーブラには疑問だった。

 仲間だから危険を感じずに出てきた? 否、それならば最初からルファスの前に出ればいい。

 だがそれを行わずに自分の前に出てきた以上、『さあこれから仲間になりましょう』という用件では断じてないだろう。


「……今の俺はルファス様に合わせる顔がない。だからお前を呼んだ」

「その言葉、マスターに不利益な行動を取っていると判断しますが」

「構わない。だがまずは話を聞いて欲しい」


 リーブラとサジタリウスの視線が交差し、火花を散らす。

 そして完全に蚊帳の外な上、割り込める雰囲気でもないカルキノスは一人、虚しく木に寄りかかって体育座りをしていた。

 相変わらず盾以外には何の役にも立たない男である。


「俺は今、レオンと行動を共にしている」

「……あの裏切り者とですか。理由を問いましょう」


 リーブラは真偽を確かめるよりも早く、機関銃を手にした。

 返答次第ではこのまま撃つ、という意志表示だ。

 だがサジタリウスの表情は揺らがない。ゴーレムであるリーブラにも劣らぬ鉄仮面ぶりだ。


「獣人と魔物には殆ど差がない。にも関わらず俺達ケンタウロスの一族は魔物として扱われる。

何故かは知っているか?」

「二足歩行ではないからです。今の世界における人類の定義は人間(ヒューマン)を基本形とし、翼などの多少の付属品はあれど、大きくその形状から逸脱せずに人と共生可能なものを人類と定義します。

より正確に言うならば女神に似せて創られたのが『人類』であり、したがって大きく基本系から逸脱しては、それはもう『人』ではない。故に貴方達ケンタウロスは当てはまらないとされます。人魚などが魔物とされるのも同様の理由です」

「そうだ。だが俺達ケンタウロスはオークなどのように女を攫うわけでもなく、積極的に他者を襲う事もしない。ただ静かに暮らしているだけだ。

ケンタウロスの一族は人間と共生可能なのだ。だが俺達は敵視されている……魔物だという、それだけの理由でだ」


 ケンタウロスとは温厚で思慮深い魔物だ。その物腰の穏やかさなどは、あるいは今人類と認められている獣人達などよりも余程知的で文明人と呼ぶに相応しいものかもしれない。

 実際エルフなどは彼等を『森の賢者』と称え、敬意を以て接する。

 知的で物静かで、そして優しい。サジタリウスのような例外は稀にいるが、ケンタウロスとは基本的に平和を重視する、殆ど危険性のない生物なのだ。

 だが彼等はエルフ以外の人類からは敵視されるし、場合によっては攻撃すらされてしまう。

 今の世界では彼等は魔物であると教えられるからだ。


「俺は今のこの世界を変えたいと思っている。変えたい理由が出来てしまった」

「だからレオンに味方すると?」

「そうだ。奴が世界を制すれば魔物の権利は向上する。そうすれば俺達ケンタウロスの立場も今より遥かにマシになるだろう」

「変わりましたね、サジタリウス。昔の貴方はそのような事を気にする性格ではなかったと記憶していますが」

「変わりもするさ……二百年も経ったんだぞ。

……あの時のままでは、いられんのだ。俺はもう、守りたいものが出来てしまった」


 レオンはルファスに従わない十二星の異端児であり、そして彼女や魔神王に代わり世界を支配しようという野心を抱いている。

 もしも彼が世界を支配すれば、確かに魔物の権利は向上するだろう。

 だがそこに待っているのは弱肉強食の、知恵も文明もあったものではない殺し合いと喰らい合いの日々だけだ。

 人類が生まれる前の、獣と恐竜だけの知恵なき世界に逆戻りしてしまう。

 それは決してルファスが思い描いた未来像ではない。


「レオンに王は務まりません。あの男に出来るのは群の長が精々。そんな事も貴方は分からなくなったのですか?」

「分かっているさ。奴に足りない知恵は俺が隣にいて補うつもりだ」

「いいえ、分かっていません。あの男が貴方の進言などを聞き入れるわけがない。

本能と欲求だけで生きている、魔物そのもののような男なのですから」


 リーブラは機関銃の銃口をサジタリウスへと向け、そして感情を捨てた声で告げる。


「故に警告します。このままマスターの元へ戻るならば良し。

あくまでレオンに付くと言うならば脅威と判断し、ここで貴方を排除します」

「悪いが俺はもう決めてしまったのだ。あの子達の未来の為ならば、どんな事でもすると。

それが例え……ルファス様と敵対する道であろうとも!」


 サジタリウスが吠え、弓を引いた。

 放たれるのは本物の矢ではない。赤く燃える炎の魔法だ。

 サジタリウスの属性は木だ。だから本来はリーブラにとって恐ろしい敵ではない。

 だがルファスが二百年前、彼に与えたあの弓が厄介! あの弓の効果は発動する魔法の属性変化。

 名を『カウス・メディア』といい、どんな敵の弱点をも突けるようにと彼に与えられた世界に一つだけの弓だ。

 つまり本来ならば絶対優位であるはずのリーブラの有利を、あの弓一本で崩してしまう事が出来る。


「なんの! カルキノスバリア!」

「what's!?」


 リーブラは素早く近くにいたカルキノスを掴むと、飛んできた魔法の矢に彼をぶつけた。

 カルキノスは盾以外では無能だが、盾としては十二星随一の優秀さを誇る。

 少し使い方が違う気がしないでもないが、彼という盾を使う事でリーブラはサジタリウスの初撃を無傷でやり過ごした。


「マスターとの敵対の意思を確認しました。

これよりサジタリウスを敵と判断し、排除に移行します」


 機関銃の引き金を引き、銃弾をばら撒く。

 だがサジタリウスはすぐに木々の中に姿を眩まし、弾丸を避けてしまった。

 恐らくこの展開は予測済みだったのだろう。

 リーブラはすぐに武装を機関銃からライフルへ換装し、カルキノスを掴んだままサジタリウスの反応を追う。

 サジタリウスとレオンの組み合わせは少し厄介だ。合流される前にここで仕留めなければ必ず主の障害となるだろう。

 木々を避けて飛んでくる魔法を、カルキノスを盾にする事で防ぎながらリーブラは構わず前進。

 頭上から飛んできた炎の塊をカルキノスで弾く。


「NO!?」


 木々の間を縫って飛んできた水の矢をカルキノスに当てる。


「Stop!」


 地面から出てきた土の槍を踏んで跳躍し、鋼鉄の矢にカルキノスを投げて相殺した。


「oh my God!」


 カルキノスを回収して加速し、前方に出現した炎の壁にカルキノスを翳す。

 そして彼を壁とし、炎を突破した。


「Help me!」


 魔法に当たる度にカルキノスが悲鳴をあげるが、普段なかなか訪れない見せ場を折角与えているのだ。我慢しなさいと一蹴し、リーブラはサジタリウスへ銃を向けた。

 そして発砲。ルファスに造ってもらった追尾弾を連射し、サジタリウスを狙い撃ちにする。

 勿論ただ真っ直ぐ狙うだけではない。

 弾のいくつかはわざと外して跳弾とし、あるいはサジタリウスの前の木を撃ち抜いて倒し、道を塞いだ。

 だがサジタリウスは弾を全て回避し、さらに倒れてきた木の下を崩れるよりも早く通過してしまった。

 流石は脚力自慢のケンタウロスといったところか。厄介なほどに早い。

 アストライアを装備して一気に薙ぎ払ってやりたいところだが、あれはルファスの許可なくしては使えない。

 つまりルファスと連絡を取れない現状、自力でどうにかサジタリウスを排除する他ない。

 リーブラはライフルを一度カルキノスに預け、右腕の機構を解放した。


「スキルセレクション・右腕のリミッターを解除。

右の天秤(ズベン・エル・ゲヌビ)解放!」


 宣言と同時に右腕が砲門へと変化し、前方を逃げるサジタリウスへ向けられる。

 リーブラの視界の中ではサジタリウスの迷彩ローブなど無視したかのように熱源反応が表示され、その部分に円形のマーカーが重なりロックオンの文字が表示された。


「命中率62%……ファイア!」


 砲門から紫電が迸り、発射の余波でリーブラの後ろの草木が吹き飛ぶ。

 そして放たれた閃光の如き一撃は前方の木々などの遮蔽物を吹き飛ばし、サジタリウスへと迫った。

 だがサジタリウスも咄嗟に身をかわし、直撃を避ける。

 しかし今の一撃でサジタリウスへの道が開けた。

 リーブラは背中からバーニアを吹かすと急加速し、自らが弾丸となってサジタリウスへ迫る。


 そして鋼鉄の頭を以て、サジタリウスの顔へと頭突きを叩き込んだ。


Q、サジタリウスさん、解説の時とキャラ違くね?

A、変装時にはどんなキャラクターでも演じます。

だからこんな厳つい外見のくせに女の子に変装してる時は「あっはん」とか「うっふん」とか「いやーん」とか言います。

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