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第66話 ルファスのメガトンキック

 冷静に、冷静にだ。やりすぎるなよ、俺。

 俺は俺自身にそう言い聞かせながら相変わらず発狂しているスコルピウスと対峙する。

 多分、単純に戦いのみを考えればさっきまでの方がよかったんだろう。

 『ルファス』に呑まれている状態の方が、何と言うか身体が軽かった。

 いや、というよりは『身体の動かし方を思い出せる』というべきか。

 以前魔神王さんが言っていたが、俺はどうもまだ全力を発揮出来ていないらしい。

 俺自身はとっくに全力のつもりだったのだが、今になってその言葉の意味が少し分かった。

 多分、ルファスの本当の強さは俺が思うよりもずっと上だ。それが俺という蓋のせいで全然発揮出来ていない。

 弱体化したのは七英雄だけじゃなかった。他でもないルファスこそが俺によって一番弱体化させられているんだ。

 ステータスこそ以前見た時と何も変化していないが、先ほどまでの俺は明らかにそれ以上の強さを発揮していた。

 隠蔽か、それとも書き換えか……どうやら、俺が視ている俺自身のステータスはあまり正確とは言い難いらしい。

 とはいえ、今はこれでいい。これがいい。

 目的はあくまでスコルピウスの回収。殺す事じゃない。

 だからやり過ぎない為にも、今はこの程度でいい。


「アアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」


 スコルピウスが叫び、その身体がドス黒い瘴気に覆われる。

 全身の体積が明らかに増大し、それはやがて人など塵にも等しい巨体へと変貌した。

 俺の前にいるのは、先ほどまでの妖艶な美女ではない。

 羊形態のアリエスにも匹敵しそうな巨大な蠍の怪物だ。

 なるほど、ここからが本番……それが本当の姿ってわけかい。

 スコルピウスは近くにいたカルキノスを踏み潰して前進し、俺に鋏を振り下ろす。


「っ!」


 俺は咄嗟に飛翔して避け、地上にいるウィルゴ達を見る。

 何とかディーナがシールドで防いでくれているようだが、あちらに攻撃されたらそう持たないだろう。

 幸いスコルピウスは俺しか視界に入れていないようなのでディーナには軽い援護だけをさせつつ俺が止めるしかない。

 俺目掛けて放たれた尾の一撃をあえて避けずに両腕で掴み、渾身の力で引き寄せる。


「はあっ!」


 そして思い切り、ウィルゴ達から遠ざけるようにブン投げた。

 物理法則? 知らない子だな。

 俺は空からスコルピウスを見下ろしながら、これからどうするかを考える。

 今のスコルピウスは二百年前の七英雄と同じ状態にある。つまりは女神による思考誘導+パワーアップだ。

 女神の力が働いている以上、単純に叩きのめしてはいお終いってわけにもいくまい。

 だが俺にそれをどうこうする力などなく……やはりここは、彼女に一肌脱いで貰う必要があるだろう。

 まあ、その為にもまずは一度スコルピウスを行動不能にする必要があるわけだが。


「SYAAAAAAAAAAAAAA!!」


 奇声をあげながら薙ぎ払われた鋏を片腕で防ぐ。

 だが踏ん張りの効かない空中というのが不味かった。

 俺は文字通り弾かれたように吹き飛び、地面に不時着させられる。

 ダメージは軽いが、とんでもないパワーだ。空中だったとはいえ俺が押されるとは。

 続く第二撃を避け、俺は一足でスコルピウスの目の前まで移動する。

 とりあえず、様子を見ながら攻撃を加えていくか。

 まずはグラップラースキルの一つ、『パワーブレイク』! こいつで殴りつつ攻撃力を低下させる。

 更に右拳を腰に溜め、跳躍。スコルピウスの顔面に100%クリティカルのスキルである『スマッシュ』を叩き込んだ。

 吹き飛ぶ巨大な蠍の巨体。その先へと即座に回り込み――傍から見れば一瞬で移動したようにしか見えないだろう――踵落としで地面へと墜落させる。

 とりあえず、まずは三発。この程度で死なないとは分かっているが、万一にもやりすぎては不味い。

 相手のHPを調整しながらの戦いってのは、単純に倒せばいい戦いよりも面倒なものだ。

 スコルピウスはすぐに立ち上がると、自慢の毒霧を吐き出してくる。

 これを防ぐようなスキルは俺にはない……ないが、このゲームのようでゲームと異なる世界ならば何もスキルのみに頼る必要もまた無い。

 俺は包帯でステルスしている翼を強く羽ばたかせると、その風圧で前方に風の壁を作る。

 当然毒霧は反転し、スコルピウス自身へと向かった。……まああいつに毒は効かないから意味ないけど。

 続けて放たれた鋏の攻撃を避け、しかし即座に放たれた第二撃を側面に叩き込まれた。

 無論これもガードしているが、少しばかりスコルピウスの反応が早くなったか?

 それに威力も先ほどより若干増している。

 ……なるほど、時間が経てば経つほどに強くなるって事か。

 気付いたら互角を通り越して相手より強くなる、と。実に主人公的な理不尽強化だ。女神はそういう王道がさぞ好きなんだろう。

 だがもうそれも読めた。ならばやるべき事は至って単純。

 相手がこちらよりも強くなる前に叩きのめしてしまえばいい。


「少し痛いぞ……我慢しろよ」


 俺は軽く関節を鳴らし、一気に駆け出す。

 そしてスコルピウスの前まで行き、まずは一撃。拳を叩きこんでスコルピウスを跳ね上げる。

 更に追って二撃。空中で殴り、更に上へと運ぶ。

 三、四、五! 拳を連続して放ち、スコルピウスの巨体を雲の上まで強引に吹き飛ばし――俺自身はそれを追い越し、成層圏ギリギリまで一気に飛翔! そして急降下!

 重力を合わせて加速に加速を重ね、摩擦で炎すらも纏う。

 そして未だ空に向かって吹き飛んでいる最中のスコルピウスへと『峰打ち』込みでの『流星脚』!

 吹き飛ぶ勢い+落ちる速度+重力+落下による特大ダメージだ。いかにスコルピウスでも耐えられまい。

 ブルートガングからかなり離れた位置に落とし、俺はすぐにそれを追う事はせずに一度元の場所へと帰還した。

 今ので間違いなく戦闘力は奪ったが、このままではまた暴れる可能性もある。

 だから、スコルピウスにかけられた思考誘導を解かなければならないわけで……それが出来るのは多分、こいつだけだ。


「ふえっ!?」


 俺に襟首を捕まれたディーナが驚いたような声をあげるが、それを無視。

 お前、何他人事みたいな顔して観戦に徹してるんだ。

 しかも何時の間にかドライフルーツ取り出して食ってやがる。

 たまには活躍しようという気概がまるで見えない。

 というわけで、俺が活躍の機会を与えてやろう。拒否権はない。


「ちょ、ちょちょっ、ルファス様!? は、速っ、首が締まっ!?」

「其方なら平気だろう。この程度ならダメージにもならん」

「いやそうですけど! せめてここはこう、ライトノベルの表紙で主人公がヒロインにやるみたいにお姫様抱っことか!」

「何の話だ」


 俺はディーナを運び、墜落したスコルピウスの所まで飛ぶ。

 墜落地は……うん、ブルートガングから離してよかった。

 まるで隕石でも激突したかのように地表が抉れ、馬鹿みたいにでかいクレーターが完成してしまっている。

 スコルピウスも動く様子はなく、時折思い出したように痙攣するだけだ。


「カルキノスが言っていたが、今のスコルピウスは二百年前の七英雄と同じ状態らしく、要するに思考誘導を受けているらしい。恐らくは女神に何かされたのだろう」

「ああ、確かに天力が漲ってますもんねえ」

「そこで其方の出番だ」

「思考誘導を解除しろと?」

「出来るな?」

「いや、そりゃあまあ出来ますけど……私も似たようなスキルは持ってますし」


 ディーナは辺りを見回すようにし、それからあまり乗り気ではなさそうな声で言う。


「……これやったら、私も女神様から敵認定されたりしません?」

「されるかもしれんな」

「ちょっとー!? そこは嘘でも『案ずるな、余が守ってやる』とか言うべき場面じゃないんですかー!?」

「アンズルナ、ヨガマモッテヤル」

「棒読み!?」


 どうやらディーナは女神から敵認定されるのを恐れているらしい。

 だがこれは果たして本心なのか、それともポーズか……。

 ここまでに得た情報を吟味するに、ディーナは恐らく女神と無関係ではないだろう。

 一致している属性に思考誘導、記憶操作の能力。疑ってくれと言わんばかりの怪しさにこれまでの行動。

 何よりも、ここまでに起きた事件のタイミングがあまりに良すぎる。

 スヴェルにおけるアリエスの進撃、ギャラルホルンにおけるアイゴケロスの出現、そして今回のブルートガングにおけるスコルピウスの侵略。

 全て、“俺がいるタイミング”で狙ったかのように起こっている。

 更にこの三名に共通するのが魔神族と繋がっていたという事であり、魔神族側からある程度の行動のコントロールが出来るという事。

 ならば簡単な話だ。俺の動きを把握しつつ魔神族側から十二星の動きも操れる奴。そんなのは一人しか該当しない。

 何より決定的なのは、ディーナがヴァナヘイムを守る結界を素通り出来ていたという事だろう。

 ディーナは俺の元々の部下ではない。参謀を名乗っているだけで、二百年前にはいなかった存在だ。

 だが、こいつは俺達と一緒に森へと入ってしまった。味方以外を跳ね除けるパルテノスの結界を、だ。

 つまり少なくともパルテノスが味方と誤認してしまう何かがディーナにあったのは間違いなく、ここで思い出すのはパルテノスの元々の名だ。

 ――『女神に仕えし乙女』。

 パルテノスは元々女神に仕えていた存在である。ならば女神か、あるいはそれに属する者を味方と誤認してしまってもおかしくはない。

 あるいは彼女の奥底にまだ女神への信仰が残っていたか……。

 どちらにせよ、ディーナはパルテノスの仲間でもないのに結界をすり抜けてしまった。

 故に、俺の中でディーナが女神と何らかの繋がりがあるのはほぼ確定に近い所まで来ている。

 つまり俺の予想が当たっているとすれば、ディーナが女神に敵認定される事は多分ない。

 それどころか最悪、こいつ自身が女神のアバターという線も有り得るのだからな。


「ふーんだ、いいですよう。どうせ私は影の薄いポッと出ですしい。

女神様の不興を買ってお仕置きされて、最期は一人寂しく死んじゃうんです。

あーあ、何て可哀想な私」

「わかった、わかった。仮に其方が女神とやらの不興を買ったら余が全力で守ってやる。

だから早い所スコルピウスをどうにかしてくれ」

「本当ですか? 約束ですよ。絶対ですよ。

いやガチでちゃんと守って下さいよ」

「ああ、わかった。約束でも何でもしてやる」


 ポーズなのかガチなのか相変わらずイマイチわからんな。

 しかし言われずとも守ってやる気はちゃんとある。

 本当にディーナが女神の怒りを買える存在……つまり女神と別人なら、な。


「じゃあちょっと待ってて下さいね。少し時間かかりますので」


 ディーナはそう言うと倒れているスコルピウスの前へ行き、その巨大な顔の前に立つ。

 そして無言でスコルピウスの事を凝視し始める。

 なるほど、ああして目を見て凝視するのが発動条件か。

 ……ああ、うん。そういや何回かやってたな、ああいうの。


「ああ、うん。操作としては比較的軽度ですね。

主にルファス様に対する独占欲が無理矢理伸ばされているようですが、本来は意中の相手には決して攻撃を加えないそれなりに良識的なヤンデレのようです」

「ヤンデレに良識もクソもないだろう」

「何言ってるんですか、大アリですよ。最近はヤンデレって言葉を盾に暴力だの刃物だの振り回すただの犯罪者が増えて困ります。ヤンデレっていうのは本来誰かを慕うあまり精神を病んだ状態の事でしてね、決して狂ったストーカーの事ではないのです!

あ、それとツンデレって言葉を盾に何言ってもいいと思ってる男も同じくらい嫌いですよ、私」

「何故そんなどうでもいい所を力説する……其方の好みなど聞いとらんわ」


 とりあえずディーナがラノベやら漫画やらが好きだという事はよくわかったが、割とどうでもいい事だった。

家出中の物理法則さん「へっ、俺は風だぜ。自由気ままに流離うのさ」

マスター「……」

物理法則さん「ちくしょう……何が『ファンタジーにお前の居場所ないよ』だ。

俺だって、俺だってなあ……」

マスター「……お客さん、今日は私の奢りです」

物理法則さん「マ、マスター……!」

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