第65話 おや? ルファスのようすが……
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スコルピウスとカルキノスの戦い方は、全くの正反対と呼んでいいものだった。
高速で駆け回り連続で仕掛けるスコルピウスと、まるで動かずにカウンターを狙うカルキノス。
俺は余波で巻き添えを食わないようにウィルゴを背に庇いながらスコルピウスの動きを目で追う。
魔神王さんと比べれば霞むが充分に速い。
しかしカルキノスも決して見失っているわけではなく、ちゃんとスコルピウスの動きを捉えているようだ。
フェイントを織り交ぜて背後から急襲したスコルピウスだが、その攻撃すらもカルキノスが反応して相打ちのアクベンスを叩きこんでいる。
「今の所カルキノス様が押していますね」
「うむ。元より正面からの衝突ならばカルキノスに分がある」
不利を悟ったらしいスコルピウスが距離を取る。
カルキノスは確かに強いが、本質的には一対一での戦いを想定した強さではなく、その本領を発揮するのはPT戦だ。
味方を護る堅牢な盾としての戦いこそがカルキノスが最も輝ける戦いであり、基本的に彼は『攻め』には向いてないのだ。
だから距離を取るのは正しい。俺がスコルピウスの立場なら反撃覚悟のゴリ押しも行えるがスコルピウスの火力じゃそれは自殺行為だ。
しかしその弱気を突くように、今度はカルキノスが打って出た。
「あ、突撃した」
「ほお、自らが攻勢に出てる間はアクベンスも使えぬというのに、それでも出るか。
なかなか思いきった事をする」
アクベンスはゲーム的に言えば先に構えておいて敵の攻撃を待つ技だ。
だから対人戦だとモーションから狙いを読まれて、挙句構えが終わった瞬間を狙い打ちされたりもする。
更にその特性上、自分が攻撃などをしている時は当然アクベンスは発動しない。
強力だが使い難いスキルなのだ。
「あ、あの、よくあんな動きが見えますね。私全然見えないんですけど……」
ディーナと俺はカルキノス達の動きを目で追えるので呑気に観戦も出来るがウィルゴは違うらしい。
必死にキョロキョロと見回して戦いを何とか見ようとしている。
現在、俺達の前ではカルキノスとスコルピウスが同じ鋏という武器を操り何百合にも渡る刃の応酬をしているのだが、それもウィルゴには見えていないのだろう。
威力と手数はスコルピウスが勝るがカルキノスにはあのアホみたいな堅さがある。
そして更に、スコルピウスの攻撃を読んで素早く迎撃に切り替えてのアクベンスまで行っていた。
「上手いな」
「思ったより善戦出来てますね」
「ああ。だが……善戦止まりだな」
善戦は出来ている。
このまま戦いが続けばカルキノスが勝つだろう。
だが善戦以上にはならないだろう。このまま何も変わらず戦いが続くなんて事は有り得ない。
前も言ったがカルキノスとスコルピウスは相性の時点で既に詰んでおり、スコルピウスが本気になればカルキノスに勝ち目はない。
故に観戦はここまで。スコルピウスが本気を出す前にこちらから仕掛けて終わらせてしまおう。
俺はそう決断を下し、今まさに毒霧を吐こうとしていたスコルピウスの前へと一足で移動。その腕を掴んだ。
「え?」
「悪いな。少し眠ってもらうぞ」
『峰打ち』込みで手刀を叩き込む。
すると本気でやったつもりはなかったのだが、スコルピウスが派手に吹き飛んで地面を数回転がった。
……おかしい、攻撃力が以前よりも上がっている?
否、違う。俺がこの身体の使い方を『思い出して』きているんだ。
ヴァナヘイムを訪れた時に俺の中のルファスとの同調が一気に進んだが、それはどうやら意識だけではなく身体の方もらしい。
どちらにせよ、今まで以上に身体がよく動く。これは素直にいい結果として受け止めていいだろう。
「Amazing! 流石ルファス様、見事な技の冴え! 惚れ惚れします!」
「ふ……済まぬなカルキノス。其方の戦いを邪魔してしまった」
「No Problem。正直な話、あのまま戦ってもミーの勝ちはなかったでしょう。
ナイス判断であると感謝致します」
カラカラと笑うカルキノスに、俺も釣られて笑みを零す。
ちょっとハイテンションだが、実に気のいい奴だ。
これなら他の十二星と無用な衝突もしないだろうし、能力も申し分ない。
これは頼もしい奴が仲間になってくれたな、と素直に嬉しく思う。
問題は……スコルピウスだな。
とりあえず気絶はさせておいたが、起きた時にまた暴れないとも限らない。
まあ、先ずは寝ているうちに縛るなどして動きを封じてしまうべきか。
そこまで考えた俺だったが、後ろから感じる不穏な気配に気を引き締めた。
……加減を間違えたか? 如何に高レベルとはいえ不意打ちでアレを頭部に受ければしばらくは目が覚めないと思っていたが。
「……して……」
「ふむ、立ち上がるか。少し其方を侮りすぎたらしいな」
「どうして……どうしてですかルファス様!
どうして、妾のこの熱い気持ちを解ってくれないんですかァァァ!!!」
「っ!」
スコルピウスが咆哮し、気のせいかその瞳が赤く輝く。
そしてその全身から立ち昇るのは禍々しい妄執。
そして、それに反比例するかのように、いっそ神聖さすら感じられる白い輝きだった。
魔力、ではない。むしろその反対。
神の奇跡に分類される命の輝き……天力だ。
……いや待て。スコルピウスにそれは使えないはずだろう?
「馬鹿な……天力だと? スコルピウスが天法を使うなど聞いた事がないが」
「ミ、ミーも初めて見ましたが……しかし、これは……」
「見覚えがあるのか?」
俺にとってはこれは初めて見る不可解な光景だ。
だがカルキノスには覚えがあるらしく、険しい顔をしている。
俺がその事を尋ねると、彼は大きく頷いた。
「Yes! ルファス様、これはあの時と同じです!」
「あの時?」
「お忘れですか? 二百年前のあの時と……あの時の七英雄と同じ現象です!」
俺はその言葉にハッとなり、同時に魔神王の言葉が脳裏で蘇っていた。
二百年前の不自然な、短慮極まる反乱。
その裏に隠れているという、争いを望む女神の存在。
スコルピウスから溢れる天力に、かつてと同じと答えるカルキノス。
つまりは、そういう事か?
今スコルピウスは……『女神に操られている』という事なのか?
――瞬間、『思い出した』のは俺が知らぬはずの、だが確かに知っている光景。
そこは戦場だった。俺が追い詰められている激戦の最中だった。
かつては共に戦い、同じ場所を目指した仲間達。
それぞれに俺に対し思うところはあったのだろう。
それは嫉妬だったり恐怖だったり羨望だったり……それらの感情が不自然なまでに増幅され、全身から女神の祝福たる天力を漲らせて襲いかかってくる英雄達。
そして、追い詰めているというのに苦しげに歪んだその顔に勝利を前にした喜びはなく……俺を打ち倒したアリオトの目からは血の涙が流れていた。
「…………」
――どうやら、また切っ掛けを手にした事で脳裏の中の記憶が蘇ったらしい。
非常に興味深い映像だったが、今はとりあえず目の前のスコルピウスをどうにかするのが先決か。
「どうして……どうして……!
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!
どうしてどうしてドウシテどうしてどうしてどうしてドウシテドウシテドウシテ
ドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテェェェェ!」
狂ったかのように『どうして』を繰り返しながら、スコルピウスが発する圧力が増大していく。
気のせいではない。今、彼女は間違いなく強くなっている。
まるで何者かに後押しされているかのように、本来のステータス以上に力を増している。
物語などではよくある事だ。
本来ならば敵よりも圧倒的に劣るはずの主人公が絆の力だの諦めないだの言いながら突撃を繰り返し、敵との力の差を埋める要素がないにも関わらず気付いたら互角になり、気付いたら逆転してしまっているという展開が。
往々にして行われるそれを人は『ご都合主義』と呼ぶが、あれは要するに作者――神による補正がかかって力を増しているという事なのだろう。
ならばきっと、これも同じだ。
この世界の女神たるアロヴィナスの後押しを受け、理不尽な強化を果たしている。
……二百年前のルファスが負けるわけだ。
「なるほどな。スコルピウスは余への想い故に限界を超えてレベル900に達したと聞いてはいたが……その時より女神の支配下にあったわけだ」
「ルファス様!」
「下がっていろディーナ。アレは余でなければ止められん」
蛇腹剣を肩に担ぎ、スコルピウスと正面から相対する。
恐らくは自分の事すら認識出来無くなっているだろう彼女は相も変わらず『どうして』を連呼しているが、それに言葉で返しても意味はないだろう。
俺は思わず口の端を吊り上げ、更に一歩距離を詰める。
全く、重い愛情だ。愛が重すぎて女神に利用されるなど笑い話にもならん。
だがまあ、それでも俺が言える事はただ一つ。
ソレは余の配下だ。
返してもらうぞ、アロヴィナス。
「ふっ!」
掛け声を軽く発し、蛇腹剣を薙ぐ。
まだ剣が届く距離にないが、この武器の前にそんな常識は意味を成さない。
刀身がまるで蛇のように伸び、うねり、獲物目掛けて飛びかかっていく。
スコルピウスは機敏にそれを避けるが、それと同時に今度は余自身が距離を詰め、その柔な腹を蹴り飛ばす。
「ぐっ、は……!」
「どうしたスコルピウス、隙だらけだぞ」
「あ、アアアアアアア!」
スコルピウスは吹き飛びながらも尾を伸ばして反撃してくる。
余は咄嗟に顔の位置を逸らしたが、僅かに尾が頬を掠り一筋の流血を齎した。
ふむ。余に傷を与えたか。まずは上々といったところだろう。
それに今ので『毒』も喰らったな。
ステータス異常を防ぐのは外套ではなくドレスの方なので、今の余は普通に毒も喰らう。
とはいえ天法で治す事など造作もない。
余は指で傷をなぞると体内の毒素を消し去り、指に付着した血を舐め取った。
「よし、いい攻撃だ。もう少し速度を上げるぞ」
傷を付けられた事への怒りなどは余の中にない。
むしろ喜ばしいとすら思う。
よくぞここまで腕を磨いたと感慨深さすら抱く。
これが女神の操り人形になっての結果というのが残念で不甲斐ない所だが、それは正気に戻してから言ってやればいい。
「練成――『剣の冬』!」
蛇腹剣を地面に突き立て、練成を発動する。
すると地面から無数の蛇腹剣の刀身が生え、それらが一斉にスコルピウスへと殺到した。
このスキルは地面から無数の刀身を生やして攻撃する全体攻撃スキルであり、更に無数の練成剣の中に本物の蛇腹剣を紛れ込ませる事によってどれが本命かを分からなくする撹乱技でもある。
勿論練成された剣一本一本も弱いとは言わないが、本命に直撃するよりはマシだろう。
だがどうやらスコルピウスは本物と偽者を区別出来なかったらしい。
足を深く斬られ、地面に倒れ込んだ。
だがそれでもまだ諦めてはいないらしく、余目掛けて毒霧を吐き出した。
「……フン」
当たれば猛毒にかかるだろう毒の霧だが、余に躊躇いはない。
あの霧は確かに強力だが、同時に敵の姿を隠してしまうという弱点もある。
ならばあえてその中を進む! 霧を裂き、驚愕に顔を歪ませているスコルピウスの頭を掴むと地面へと叩き付けた。
毒の痛みはあるが、死ぬほどではない。
むしろ心地よき痛みとでも言うべきか。部下の成長ぶりがこの身で実感出来る。
さあ、次は何を見せてくれる? 何をしてくれる?
二百年間、其方とて唯遊んでいたわけではあるまい。
手札を全て出し切って見せろ。
せっかくの再会なのだ。余をもっと愉しませて――。
……――いや待て、落ち着け、俺。これじゃただの戦闘狂だ。
クールダウンしろ。
ヒートアップ……というには度が過ぎている自分自身を叱咤し、かろうじて俺は自分を止める。
何が愉しませろ、だ。戦いの目的を見失ってどうする。
今はスコルピウスを大人しくさせるのが先決であって、必要以上に殴る事は目的でも何でもないだろう。
全く。今の俺はどうかしてたぞ。
戦いはあくまで手段だ。目的じゃない。
……闘争そのものを愉しんでどうするんだよ……全く……。
――瞬間、『思い出した』のは俺が知らぬはずの、だが確かに知っている光景。
アリオトが鼻にパスタを詰めて転げ回……。
アリオト「何でこの場面でそこ思い出してるんだよ!? 違えだろ!
そこ今関係ねえから!?(血涙)」




