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第61話 アイゴケロスのおおきくなる

※おおきくなる

スマブラにおいてプリンが使う最後の切り札

「どちらもお断りだ!」


 突き付けられた死の宣告を前に、ルーナはあらん限りの矜持を振り絞って吼えた。

 相手は覇王に仕えし十二の星。その中でも残虐性と無慈悲さにおいて随一とされる悪魔の化身。

 『山羊』のアイゴケロス。

 されどルーナもまた魔神族が誇る七曜の一角であり、奇しくもアイゴケロスと同じ『月』を司るものだ。

 同属性であるが故にその強みも弱点も知り尽くしている。少なくとも、アイゴケロスが放つ精神干渉に抵抗出来る数少ない存在である、というだけで他の七曜よりはマシだと言えるだろう。


「はあっ!」


 マナを凝縮して黒い剣を創り出し、跳躍して上段から斬りかかる。

 アイゴケロスはそれに対し避ける素振りも防御する動きすらも見せない。

 腕組みをしたまま、甘んじて七曜の攻撃を受けた。

 結果は、無傷。

 攻撃したはずの剣が霧散し、アイゴケロスには傷の一つすらも付いていない。

 何か特別な魔法を行使したわけではない。

 単純な、そして絶望的なまでのステータス差により毛ほどの傷も付かなかった。それだけの事だ。


「何と遅い。何と脆い。そして何と弱い」


 アイゴケロスが侮蔑の言葉を吐き、中指を弾くだけでルーナの身体を弾き飛ばした。

 俗に言うデコピンというやつだ。

 それだけでルーナは吹き飛び、地面を削りながら100m以上の距離を移動させられた。

 その後を追うようにアイゴケロスが地面へ潜り、僅かなロスもなくルーナの影から現れる。

 いや、現れただけではない。

 その体躯が明らかに、先程よりも巨大化しているのだ。

 頭はブルートガング第一街の天井にギリギリ届く程に巨大化し、伸びてきた腕をルーナは咄嗟に回避した。


「マ、マナの凝縮による巨大化!?」

「ほう、その程度の事を察する事は出来るか」


 アイゴケロスのこの姿は実体ではない。

 マナを集めて作り出した分体であり、要は魔法の一種だ。

 魔法とはマナを事象へと変換する術であり、金属性の魔法に至っては鉱石などの物質すら作り出す事が可能となる。

 つまりはそれと同じ事。

 アイゴケロスはマナを使う事で、『自分自身』を創り出したのだ。

 それは魔法が終われば消えてしまう幻影のようなものであり……だが、消えるまでは確かにそこに存在する実体であった。


「化物め……!」


 これが十二星! これが地獄(ヘルヘイム)の住人!

 己と相手との間に横たわる圧倒的な差を痛感し、ルーナは正面からの衝突を即座に選択肢から捨てた。

 距離を取ろうと跳躍したルーナへ、アイゴケロスが感情を感じ取れない眼光を向ける。


「捕らえよ」


 巨大化したアイゴケロスの身体から黒い触手が生える。

 ただの触手ではない。一本一本、その全ての先端に牙が付いた異形の触手だ。

 耐えがたい奇声と、堪え難い腐臭を放ちながら、生理的な嫌悪感を伴って触手がルーナへと殺到した。

 もしこの時、アイゴケロスが周囲に何ら考慮せずに全力を出していたならばルーナに避ける術などなかっただろう。

 きっと、周囲の被害や犠牲など知った事ではないと家屋ごと攻撃を加え、幾人かの住民を巻き添えにして殺しながらもルーナを容易く捕らえたはずだ。

 だがアイゴケロスは主により『周囲を巻き込むな』と命じられており、それが動きを大きく鈍らせていた。

 面積が狭いが故に密集している家屋が邪魔になる。

 皮肉な事だが、ブルートガングを陥落させる為に来たルーナを、ブルートガングの街が守ってしまっている。

 だが、だからといってルーナが優位に立てるかと言えば否である。

 そもそもまず攻撃が通じない。

 むしろ下手に攻勢に出てしまえば、その隙を突かれて捕獲されるのが目に見えている。


 撤退するべきか……? 弱気が鎌首をもたげ、じわじわと心を侵食していく。

 この悪魔はとても自分が敵う存在ではない。

 それが分からない程ルーナは鈍くはないし、分からずに飛びかかっていった馬鹿(マルス)の末路も知っている。

 だが……。


(駄目だ、ここで退けば『あの方』の顔に泥を塗る事になる!

これ以上、私達の無能のせいであの方の肩身を狭くするわけには……!)


 だがルーナは撤退を選ばなかった。

 選べない理由があった。

 自分達七曜はここ最近、失態を重ねている。

 マルスのスヴェル攻略失敗にアリエスの失踪。

 リーブラは消え、彼女が守っていた王墓の宝の大半は何者かが持ち去った。

 ユピテルはギャラルホルンにて死亡し、アイゴケロスが魔神族から離反。

 そして遂にはルファス・マファールの復活が確定的となった。

 これらが意味する所、それはつまりルファスの元に十二星が集まりつつあるという事だ。

 一体何星回収しているのかは知らないが、極めて不味い事態であると言える。

 既に魔神族の中では『七曜は大した事がない』とまで言われており、部下からの求心も落ちてきている。

 それはいい。自分達が侮られるのは構わない。

 だが、自分達の失態はそのまま、七曜という組織を結成した『あの方』の失態となる。

 それがルーナには耐えられなかった。


(私は……私達は、弱くなどない!)




 七曜という集団は、寄せ集めである。

 二百年前の戦いで魔神族の実力者がほとんど消え、無秩序になった魔神族を安定させる為にとりあえず用意された仮初の指揮官達。

 実力で選ばれたといえば聞こえはいいが、要するに魔神族が劣化しすぎたから比較的マシな者達を選んだという、ただそれだけのハリボテでしかない。

本来ならレベル300など魔神族の指揮官になれる器ではない。

 それどころか指揮官の取り巻きとしてすら機能しないだろう。

 何せ二百年前は、レベル1000の魔神族が溢れ返っていたのだから。


 魔神族の強さは生まれたその瞬間に決定する。

 強い者は強く、弱い者は弱く、そして半端な者は半端なレベルで……。

 生まれた瞬間定められたレベルに抗う術などなく、下降も上昇もしない。

 最初から役割(ロール)が決められているその種族の中で、レベル300に生まれたルーナの生は、決して明るい物ではなかった。

 ルファス・マファールやその配下と出会えば死は免れないから、必死に出会わないようにした。

 他の高レベルの魔神族に蔑まれながら、彼等が死んでいくのを傍目に生き延びて来た。

 死にたくない、生き続けたい。

 人類を襲うだとか、そんな本能などどうでもいい。

 ただ、生きたいとだけ願った。


 そうして生き続けて、気が付けば魔神族の中でも上位の実力者となっていた。

 ルーナが強くなったわけではない。ルーナよりも強かった者達が死んだから、自動的に上に上がってしまっただけ。

 本来ならば上がる事など出来るはずもない高すぎる舞台に、役者がいなくなったからと急遽上げられた七人の代役者達。それが七曜であり、ルーナもその一人だった。

 生まれて始めて座らされた強者の椅子。

 大根役者である事を自覚しているが、それでも降りたくないと思った。

 見下されて、蔑まれて、みっともなく逃げ続けるのはもう嫌だったのだ。

 何よりも、ここに留まりたい理由があった。だから必死に自分を強く見せた。

 男の格好をし、男の口調で話し、弱い自分を隠してきた。

 だが虚勢は虚勢。仮面は仮面。

 本物の強者と対面する度に、彼女は己の小ささと弱さを自覚させられた。


『あまり強い振りをして無茶をするな。貴公は女なのだ』


 そう言っていつもルーナを嗜める男こそ、生まれながらの強者。

 ルーナと同時期に生まれ、幼い頃を共に過ごしながらも強者としての運命を最初から与えられていた男。

 魔神王の息子、テラ。彼女達が仕えるべき主であり、七曜を組織した本人である。


『侮らないで頂きたい、テラ様! 私は七曜です!』

『自惚れるな。七曜は他にいないから選ばれた仮初の指揮官でしかない。

決して貴公等が強いというわけではないのだ』

『……!』

『だから無理をせずともよい。身の丈に合った事をしてくれ。

あまり無理をせず、隠密と撹乱にだけ精進せよ』


 幼い頃から憧れていた。

 常に強く、自分のような弱者が決して届き得ない高みにいる彼の背中を眺めていた。

 釣り合わないとは分かっていたし、散々言われた事だ。

 それでも近くにいたかった。

 他の誰に認められずとも、彼にだけは認めて欲しかった。

 声をかけてほしかった。

 振り向いて欲しかった。

 彼を見返して、使える奴だと思って欲しい。

 それがルーナという少女の、偽りの強さの中に隠した本当の望みだった。


*


「ターゲット、ロック。攻撃開始」


 リーブラがスナイパーライフルを構え、ブルートガング内を飛ぶ魔神族を次々と狙撃していく。

 必殺必中の弾丸が魔神族の頭部を西瓜のように破壊し、哀れな死体が地面に積み重なった。

 淡々と、そして的確に。

 一切の情を挟まず、殺戮人形は主から受けた魔神族掃討の任をこなし続ける。

 一方でリーブラの静かな掃除とは対照的に、アリエスはアクロバティックに王都内を跳び回っていた。

 民家を蹴って空中へ跳び、両手で魔神族を掴んで焼却する。

 そのまま勢いを殺さずに上昇し、今度は天井を足場に地面に向けて跳躍。

 すれ違い様に数体の魔神族を素手で屠り、着地と同時にまた跳ぶ。

 既に戦意を失い、背を向けて逃げているが知った事ではない。

 一番近くにいた魔神族を掴み、燃やしてから集団の中へ投げ入れる。

 すると他の魔神族にも引火し、あっという間に炭へと変えた、

 だがその炎が民家に飛ぶ事はない。アリエスが指を鳴らすと、炎そのものが消えるからだ。


「アリエス、他の階層にも何匹か逃げました。追いますよ」

「わかった」


 リーブラとアリエスは上へと続く階段を素早く駆け上がり、次の階層へと行く。

 ギャラルホルンで周囲を気にせず破壊の限りを尽くした二人とは思えぬ動きだ。

 もしこの動きをメラクが見れば、『そんな動きも出来るんなら、ギャラルホルンでもやってくれ』と怒った事だろう。


「見付けました」


 ライフルが火を吹き、遠く離れた敵を一撃で撃ち落とす。

 このブルートガング内では右の天秤を使えば壁を貫通してしまうだろうし、ブラキウムなど以ての他だ。

 こう建物が密集していては、どう範囲を制限してもどこかを巻き込んでしまう。

 だがリーブラには自身が備えた武装以外にも、状況に応じて使い分ける事が出来る武器がある。

 少なくとも魔神族如きがいくらいようと、彼女の放つ弾丸から逃れる事は出来ないだろう。


「もしかしなくても今回、僕達一番楽なポジションかな?」

「いえ、数をこなさねばならない事を考えれば、むしろ雑魚を一匹始末するだけでいいアイゴケロスの方が楽をしているでしょう」

「そっか」


 アリエスは地面を蹴って跳躍すると、射線上にいた魔神族を五体同時に引き裂く。

 そして壁を蹴って反射し、あっという間にリーブラの隣へと戻ってきた。


「ところでリーブラ、ここだけの話、今のルファス様ってどう思う?

何だか昔と比べて随分優しくなった気がするんだけど」

「昔に比べて敵に情けをかけるようになったと考えます。

しかし私達の敬愛すべきマスターである事は変わりません」


 ヤケクソを起こして突撃してきた魔神族をリーブラが光刃で斬り裂き、アリエスの拳が燃やす。

 更にそのまま流れるようにライフルと炎弾が離れた敵すらも撃ち落とした。

 スコープを覗くという動作は必要ない。リーブラの眼そのものが何よりも精密なスコープだ。


「これはミザール様から聞いた話ですが、マスターは元々冷酷な方ではなかったといいます。

これは私よりも貴方の方が詳しいでしょうが……推測するに、マスターの冷酷さや残忍さは後から必要に応じて身に付けたものであり、元々は穏やかな方だったのでしょう。

私は冷酷になる以前のマスターを知りませんが、今のマスターは私が知るよりも自然体であると考えます」

「確かに……昔のルファス様は厳しかったけど、そこまで容赦のない方じゃなかった。

じゃなきゃ僕なんて、初めて会った時に殺されているはずだし」


 アリエスとリーブラは話ながらも魔神族を次々と片付け、フロアから敵がいなくなり次第次の階層へと移動する。

 その繰り返しによりブルートガング内の魔神族は瞬く間にその数を減らしていた。


「けど、だから思うんだ。

ルファス様にとって、記憶を取り戻すのっていい事なのかな?

記憶が戻らない方が、もしかしたらルファス様にとっては幸せなんじゃないのかな」

「戻って欲しくないのですか?」

「まさか。戻って欲しいよ。

一部とはいえ、僕達と過ごした日々を忘れてるなんて、僕には耐えられない。

けどルファス様が辛い思いをするのも嫌なんだ」


 追いかける、撃つ。

 追いかける、潰す。

 言葉を交わしながらも足と腕は止まらない。

 主から受けた任務を忠実に遂行し続け、いよいよ残りの魔神族の数が一桁となった。


「どちらにせよ、鍵を握るのは恐らくあの方……ディーナ様でしょう。

あの方の行動は余りに不自然が過ぎます」

「え? そうなの?」

「……気付いていなかったのですか。いや、これも思考誘導能力の一つなのかもしれませんね」


 最後の一体を駆逐し、リーブラはアリエスへと語る。

 それは精神支配系の干渉を一切受けないゴーレムだからこそ、確信を以て言える言葉だ。



「私が推測するに貴方達の何人か……いえ、最悪、貴方も含めた私以外の全員。

既にディーナ様による記憶操作、あるいは思考誘導を受けています。

決してあの方……いえ、あの女に気を許してはなりません」



マルス「僕って死んだ後も色々と目立ち過ぎじゃないかな。

さすが僕! 死んでも尚残る存在感!(ドヤッ」

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