第5話 野生のラスボス依頼を受ける
何、JOJO。こんなMMOはありえない?
逆に考えるんだ。存在しないMMOなんだから何やったっていいさと考えるんだ。
ゴーレムの拳が振るわれる。
一体どんな攻撃が来るのかと警戒を最大にしていた俺だが、その速度を見て思わず脱力しそうになった。
――遅い、いや、遅すぎる。
何だこれは、昔の漫画に出ていた幸運のヒーローの幸運パンチか?
蠅が止まるとはまさにこの事。この遅さならば虫が着地して一息をついてから飛び立つ事も出来るだろう。
何だこのやる気のない緩慢な動作は……俺はもしかして舐められているのか?
「動きの悪いゴーレムだな」
思わず不満を口にし、軽く跳躍してゴーレムの上に乗る。
そして全力の1割くらいの力で踏みつけを行う。
するとゴーレムはまるで紙で出来ていたかのようにペシャリと潰れ、原型を完全に失った。
……も、脆い。脆すぎる。
これならまだダンボール箱の方が固いくらいだ。
俺は地面に膝まで埋まっていた足を抜き、そしてマスターを一瞥した。
……どうでもいいけど、ここの地面脆すぎませんかね?
「店主。加減は不要だぞ。
もう少しマシな動きをさせる事は出来んのか?」
「……え、あ、え……?
ば、馬鹿な……ご、ゴーレムが一瞬で潰れ?
な、何が起こった……?」
「……もしや其方、今のが見えてなかったのか?」
俺はゴーレムを遅くて脆いと考えていた。
だが店主の反応を見て間違いを悟る。
ああ、そうか。違うのだ。
ゴーレムが遅すぎるわけでもなく、脆すぎたわけでもない。
戦闘に意識を集中させてからの俺が強すぎて速過ぎたのだ。
互いの時間軸が圧倒的にズレているのだ。
「なるほど……つまりアレで全力なのか」
あのゴーレムはレベル5だ。
そしてレベル5となれば駆け出しの冒険者……この世界で言うならそこらの腕自慢程度の強さだ。
対し俺のレベルは1000。特にスピードに関してはちょっと自信がある。
結果、向こうの全速力は俺にとってただの緩慢な動作にしか映らず、わざと当たってやる事すら難しい程に時間軸がズレてしまっている。
ゲームでもそうだが、速度差がありすぎるとわざと攻撃を受けてやろうと棒立ちしていてもミスしか出ない。
俺とこのゴーレムの戦いはまさにそういう次元の戦いになってしまっているのだ。
「これでは試し斬りにもならんな」
2体目のゴーレムを軽く蹴り砕く。
その手応えときたらまるで豆腐だ。
あまりに簡単に崩れるものだから逆に倒したという実感が持てない。
――ああ、これは……これはもう戦いじゃない。
ただの勝ち確の消化試合。そこらを歩く虫を潰すかのような、何の達成感も得られない茶番だ。
それでもまあ、これがテストなのだからやるしかない。
無駄に壊すだけの作業で何が計れるかは分からないが、俺は残り3体のゴーレムを蹴り砕いた。
適当にそこらの石を蹴るような緩慢かつ気の抜けた攻撃だったが、それでもゴーレムは避ける素振りすら出来ず、抵抗の一つもなく呆気なく壊れてしまう。
さっき、『この身体になってからの初戦闘』とか考えていたが早々に訂正するとしよう。
俺はまだ、この身体での『戦闘』を行っていない。
「は、速すぎる……強すぎる……。
あ、あんた、一体……」
店主が呆然と、恐怖を込めた視線で俺を見る。
いかんな、どうも俺は間違えたらしい。
余計な注目を今浴びるのはあまりよくないんだが……まあ、やってしまったものは仕方ない。
次からはこれを教訓として気を付けるとしよう。
「ちょっとルファス様、やりすぎです!
今は200年前と違って戦いの水準そのものが低いんですから、もっと加減しないと怖がられますよ!」
ディーナが走り寄ってきて小声で文句を言ってくる。
というか200年前より戦いの水準が落ちているとか今聞いたぞ。
そういうのは普通、もっと早く言うべき事じゃないか?
「ああ、済まぬなディーナ。
やはり200年間の間に少し勘を失っていたらしい。
匙加減を間違えたわ」
「もう、次からはお気をつけ下さいね」
1割くらいの力で攻撃したはずなのだが、どうやらこれでもまだやりすぎだったらしい。
あのくらいの相手ならば次からはデコピンでも打っておけばいいか。
あ、でも今腕動かせないから蹴りしか出ない。
……思い切りゆっくり動いて思い切り軽く蹴るしかないな。
それにしても不思議だ。
普段は別にあそこまで相手の動きなどがスローモーションに見えるわけではない。
しかし意識を戦闘へ向けた途端あれだ。
つまりこれは平常時と戦闘時の切り替えがスムーズに出来ているという事だが、果たして俺にそんな真似が出来るものか?
ルファスの感覚に助けられている……という事なのだろうか。
「それで、どうでしょう店主さん。
この方の実力ならば申し分ないと思いますけど」
「あ、ああ……そうだな。
アンタならどんな依頼でも問題ない。
依頼書は酒場に貼ってあるから好きな物を持って行ってくれ」
店主の許可も得たところで俺とディーナは店内へ戻る。
そして壁に貼ってある依頼書を適当に見るが、どれもイマイチパッとしない。
ぶっちゃけ何度も依頼をこなす気などないので、一度に大金を稼げるような依頼が欲しい。
俺は早くスヴェル国へ行きたいのだ。
理想はユーダリルからスヴェル国への商人の馬車護衛とかそういうのだ。
これなら金を稼ぎつつスヴェル国へ向かう事が出来る。
俺一人なら飛んで行けば済む話だが、それだとディーナを置き去りにしてしまう。
だが馬車なら彼女も簡単に連れていけるはずだ。
……と、思ったのだが。
「いい物が無いな」
「無いですねえ」
馬車の護衛依頼はあるにはあるが、これはレーヴァティン国への護衛依頼だ。
スヴェル国に行くどころか逆走してどうする。
残念ながら、俺の期待に合う依頼が見付からない。
「あ、ルファス様。これなんかどうでしょう?」
「ん?」
ディーナが一枚の紙を持ってきたので、俺はそちらに目を向けた。
【依頼・猫探し】
難易度:☆☆
報酬:見付けた猫の数×100エル
我が家の飼い猫12匹がどこかへいなくなってしまいました。
探して下さい!
「猫を12匹探すだけで最大1200エル! お得です!」
「あー、まあ、確かに破格ではあるが」
猫探しで上手く行けば1200エル……確かにお得だ。
エルとはこの世界の通貨で、日本円にして大体1エル=200円という設定だったはず。
つまりこれを達成すれば24万の儲けだ。
よほどの猫好きか、金が余っている貴族か、どちらにせよ羽振りがよくて羨ましい限りだ。
尚、余談だが1エル=200円はゲーム時はあくまで設定だけのもので、実際の価値は逆もいいところだった。
これは当たり前の話で、ゲームの金とリアルマネーなら当然後者の価値が勝る。
10000エルを積んで手に入る装備と、リアルマネー500円で買った課金装備なら後者が断然上だ。
世の中なんとも世知辛いものであった。
「やめよう。余は探し物は得意ではない。
そういうのは獣人の分野だ」
「で、ではこれなんかどうでしょう?」
【依頼・オーク討伐】
難易度:☆☆☆☆
報酬:1500エル
村の近くにオークが巣を作り、好き放題して困っています。
助けて下さい。
「ほう、中々いい依頼ではないか。何故誰も取っていないのか不思議だな」
俺はディーナの持ってきた依頼に声を弾ませる。
オーク退治ならば依頼でなくても率先して引き受けたい狩りだ。
何せこのオークという連中、倒せば3%という高確率でHP限界値が上昇するドーピングアイテムの『オーク肉』を落としてくれるのである。
オーク――別名豚丼。
ゲーム時の彼等はプレイヤーにとって、ただ食われるためにだけ存在する、まさに豚肉だった。
特にレベルカンスト組は安易に入手可能なHPアップを求めて毎日のようにオークを狩って回ったし、巣ごと潰すなんていうのも日常茶飯事だ。
pop地点に陣取り根気よくオークを狩っていた奴もいる。
そのせいでオークはゲーム中でもほとんど姿を見ないレアモンスターと化してしまい、pop地点から1歩でも動けるオークがいれば、それはもう偉大な勇者扱いだった。
人間の村を襲撃するなんて当然出来るはずもない。
群れる事すら許されず、生まれると同時に殺されて喰われる。
オークとはそういう、美味しすぎて逆に可哀想な事になってしまったモンスターなのだ。
そのオークが動いて群れて、そして人を襲う……。
何だか感慨深さすら感じる依頼ではないか。
「そりゃあ、旨みがないからですよ」
「何? オーク狩りというだけで旨みの塊だろう」
「そりゃルファス様にとってはそうでしょうけど、この時代ではそうもいかないんです。
何せオークときたら1匹でも一人前の戦士と同じくらいの強さがありますし、それを巣ごと退治するとなればもう騎士団出動でどうにかなる難度です。それでも結構な犠牲が出るでしょうけど。
そこまでやって依頼金わずか1500エルじゃ誰もやりたがりません」
「時代も変わるものだな……あの頃であれば、1500などとケチな事を言わず15000払ってでも引き受けたいという者が溢れ返ったであろうに」
俺はゲーム時との違いに溜息をついた。
オーク狩りなんてこっちにとっては旨みしかない仕事だ。
金を貰う所か、こっちから金を払ってでもやらせてもらいたいとすら思う。
それが依頼金まで貰えて狩り放題なのだから、例えるならば極上のステーキを食べ放題の権利を貰えた上に『このステーキ食べてくれたら30万あげるよ』と言われたようなものだ。
美味しすぎて裏があるとしか思えない。
「つまり……このオークの巣は殲滅してしまってもよいのだな?」
「勿論です」
「よし、この依頼を受けよう。
旅立つ前に金と食料を同時に得られるこの依頼を逃す手はない」
「うわあい、オークの氷河期再来ですね。
自分で持ってきておいて何ですけど、オークかわいそー」
金が手に入って肉を大量にゲット出来て、HPも上がる。
これを逃がすようなら俺はカンスト組失格だ。
迷わず依頼書を手にした俺は店主にこれを引き受ける事を伝え、そして宿を後にした。
*
「そういえばディーナよ」
「はい、何でしょう」
オークが出るという村はユーダリルから徒歩で半日ほどの距離にある。
そこへ向かう道すがら、俺は暇潰し代わりにディーナに疑問を投げかけていた。
この世界はどうも俺の知る知識と様々な差異がある。
やはり200年の歳月は決して小さくないという事だろう。
「先ほど、200年前と比べて水準が下がっていると云っていたな。
どの程度下がったのか分かり易く教えてくれ」
200年前……ゲームの頃、俺は確かに最強のプレイヤーだった。
総合能力で判定されるランキングではトップにいたし、誰が相手でもそうそう負けない自信もあった。
しかし決して俺に並び立つ奴がいなかったわけではなく、むしろそんな奴がゴロゴロしていたのがあの頃だ。
プレイヤーの人数が確か約800万だったか……そのうちの2割はレベル1000でカンストしていたし、上位陣はそれが最低ラインだった。
勿論レベル1000にするのは結構な労力だが、それでも毎日狩りを続けていればいずれは辿り着く領域。これだけでは上位プレイヤーにカウントされない。
真に難しいのはその後で、レベルが上がらなくなった後にいかに効率よくドーピングアイテムを入手して底上げするかが重要だった。
そうしてカンスト後に能力をアホみたいに伸ばしまくった一部の連中が上位のプレイヤーとして名を連ねるのだ。
思うに……今のこの世界はドーピングとかをほとんどやっていないのではないだろうか。
つまりレベル1000カンストの時点で成長を止めてしまい、それが最高ランクになってしまった。
だからこうまで水準が下がったのでは?
そう思う俺に、しかしディーナが返した返答は俺の予想の遥か下を行った。
「ええと、そうですねえ……。
ルファス様が喚び出されたレーヴァティンは別名『剣の国』と呼ばれていますが……そこで剣聖と呼ばれ、世界でも最強クラスの剣士と謳われるフリードリヒがレベル120だったはずです」
「…………120?」
「はい、120です」
俺は耳を疑った。
ちょっと待て、120だと。
世界最強クラスの剣士で120!? 何だその低すぎるレベルは。
そいつ、よくそれで剣聖とか名乗れたな。
ゲーム開始して100を初めて越えたビギナープレイヤーが調子に乗って変な二つ名を自称する事は多々あったが、そいつもその手合いとしか思えない。
せめてレベル1000に達してから名乗れ。じゃなきゃ恥ずかしい思いをするだけだ。
「冗談だろう? 低レベルにも程があるぞ」
「あのですね、ルファス様。異常だったのはあの時代の方なんです。
よく考えて下さい、命は一つしかないんです。命を失う事なくレベル1000の領域に辿り着ける怪物なんて普通はそういません。
まして、そこに至るには毎日毎日気が狂ったように戦い続け、休む事なく鍛錬に費やしてようやく、という狂気の所業……それを行える英雄が群雄割拠していたあの時代こそがおかしかったのです」
ディーナの説明を聞いて、俺はまたしても自分がズレていた事を悟った。
そうか、そうだったのか。
確かにレベル1000なんていうのは、ゲームだから達成出来るようなものだ。
死んでも復活出来る、自分は傷一つ負わない。
そんなゲームだから出来た事であって……例えば、『一度でも死んだらもう二度とそのキャラでログイン出来ない』、なんてルールが出来たらほとんどのプレイヤーはカンストまで行かずに終わる。
毎日毎日、一日中魔物との殺し合いに身を投じ、それを一年間以上続けて生き延びる。
そんな事をリアルに出来る奴がどれだけいる。
出来たらそいつは狂人だ。間違いなく普通じゃない。
つまりレベル120でも、普通に考えれば信じられない大偉業。称えられて然るべき超人。
ズレていたのは、俺の方だったのだ。
「なるほどな……確かに、余の知る世界と随分違うようだ」
俺はこの世界では狂人で、そして化物だ。
その事実を突き付けられたようで、何だか虚しい気持ちにさせられた。
【別に覚えなくてもいい設定】
エクスゲートオンラインにおける転職システム
エクスゲートオンラインには『レベル』と『クラスレベル』の2つが存在し、ステータスはレベルに依存、ステータスの伸び方はその時就いているクラスに依存する。
クラスレベルの限界は100だが、クラスチェンジの度にレベルダウンが発生する。
なんという転職涙目仕様。
※ただしこれは課金する事で制限解除され、クラスレベル限界値を200まで伸ばす事が可能。
このゲームの運営はこういう所で課金を迫ってくる悪質な面を秘めている。