第50話 野生のラスボス、戦慄する
パルテノスはかつて、神に仕える一族に名を連ねていた。
世界の均衡を保ち、女神の仕事を陰ながらに補佐する下界における女神の代行者。
恐らくは人間という種が生まれた時より続いてきたその役割を、彼女は誇りに思っていた。
自分達は他の下賎な民とは違う。
女神に見出され、認められ、そして女神に惜しむ事のない愛と忠義を捧げる神の僕なのだ。
神の何たるかも知らずに、ただ信仰を捧げているだけの無知な聖職者など彼女に言わせれば滑稽でしかなく、それがまた優越感を助長した。
世界の秘密を知っている。
女神の本当の目的を知っている。人類への紛れもない愛を真の意味で理解している。
魔物も魔神族も、人類も動物も、その全ては女神の意のまま。
盤上で動く駒でしかなく、自分達だけが盤面の外に立つ事を許されている。
原初の人類『アイネイアース』。
それが彼女達の偉大なる祖先の名であった。
かつてアロヴィナスが人間を創世した際に一番最初に作り出したと言われる神の子。
その直系の子孫こそが神の代行者。人類の中で唯一、神の本当の目的を知り、それを支える義務を持っている。
パルテノスはそれを疑う事などなかったし、心からの誇りであった。
女神への揺らぐ事のない愛と信仰であった。
……揺らぐ事などない。そう、信じていた。
黒翼の覇王との出会いは、彼女の侵略に端を発した。
これまで不可侵の地とされ、魔神族も、歴代のどんな暴君すらも立ち入らなかった『女神の聖域』。
あろうことか彼女はメグレズ、アリオト、ミザール、ドゥーベの後の英雄4人を引き連れ、聖域など知らぬと踏み込んで来たのだ。
最強の門番たる選定の天秤は逆に彼女に取り込まれ、立ち向かった神の尖兵は悉く返り討ちに遭った。
そして遂にはアイネイアース家の当代当主であるパルテノスを引きずり出したのだ。
『去りなさい、侵略者よ。ここは女神の座する神域。
下賎な民が立ち入ってよい場所ではありません』
『それはそれは。しかし生憎、こちとら下賎な民でな。
高貴な者の言い分など解らぬのだ』
不吉の象徴である黒翼を羽ばたかせ、人の世界の覇者が嗤う。
口の端を好戦的に歪め、目は刃物のように鋭く、首元辺りから朱に変色している黄金の髪はまるで炎のようだ。
本来天翼族は純白の翼を持って生まれる。
しかしマナと交わる事によってその翼は穢れ、黒へと近づいて行く。
ましてや漆黒ともなれば、それはもう魔物だ。
彼女は天翼族ではない。人の姿をした魔物……あるいは全く新種の、第8の人類。
かつて人間がエルフや獣人、小人へと枝分かれしたように、天翼族から全く別の生物として変異してしまったのだ。
『ましてや、民に絶望と苦痛を強いる者となれば尚更だ。
ノブレス・オブリージュ、高貴さに伴う義務。それが余の信条でな。
……余の愛する民に絶望を強いるならば、それが神だろうが知った事か。
この手で引き摺り落とし、神の座を余が握るまでだ』
この女、危険だ。
パルテノスは一目でその危険性を理解した。
この世界は全て女神の意のまま、シナリオのままに動いている。
魔神族が人の数を減らし、死すればマナに還元されて人類の力となる。
そのシーソーゲームもまた世界の摂理であり、魔神王とて女神のシナリオから外れているわけではない。
いや、そもそも魔神王が女神の意を外れるなど、そんな事があるわけもないのだが……。
しかしルファス・マファールは違う。
天翼族の変異体など、女神は想定していない。
ましてやそれが比類なき力を持ち、世界を統一し、魔神族を滅亡の瀬戸際へ追いやっているなど、完全にシナリオ外の出来事だ。
『愚かな。その思い上がり、心より恥じなさい』
『ハッ。生き恥などとうに晒しておるわ。言うのが270年遅いぞ小娘』
パルテノスが杖を構え、ルファスが愛用の蛇腹剣を肩に担ぐ。
それに呼応して数十、数百の神の尖兵がルファスを取り囲んだ。
いずれも女神に選ばれた優れた戦士であり、その平均レベルは600を超える。当然『威圧』など跳ね除ける。
強い者に至ってはルファスと同等の1000にすら届いている。
いかにルファスがレベル1000の猛者だろうが、この包囲にかかれば網にかかった獲物でしかない。
しかし彼女は不敵に嗤うと、その紅蓮の瞳を更に強く輝かせた。
「――笑止! その程度で余を止められると思うてか!
余を止めたくば、せめて『龍』を連れて来い!」
『……う、嘘……こんな事って……』
1時間後。そこには勝者と敗者の明確な差があった。
いずれ劣らぬ神の座を守護する精鋭達が無様に伏し、パルテノスも倒れ、中央には黒翼の堕天使だけが立っている。
そのドレスには汚れ一つなく、顔も肌も、戦う以前そのままの美しい状態のままだ。
違う……こいつは違う。
これは、ただのレベル1000では説明がつかない。
いかに魔物を喰らい、その能力を上昇させ続けてきたとしても、こんな化物にはならない。
実際、彼女が連れてきた者達や、配下の魔物はそれほどの脅威ではなかったではないか。
『あ、貴女は一体……』
『何を驚いている。仮にも神を討とうというのだ。
この程度の芸当は出来ねば笑い話にもならぬだろう』
侵略者がさも当然といわんばかりに語り、パルテノスの前に立つ。
もう自力で立ち上がる事も出来ないパルテノスと、まるで無傷のルファス。
ここからの逆転の手段などあるはずもなく、後は止めを刺されるのを待つだけだ。
『や、やりなさい。私の命は女神に捧げたもの……今更、死など怖くはない。
使命を帯びたこの魂は死して尚自我を失わず、女神の従者として留まり続けるだけ。
ここで私を殺しても、それは無意味です』
『ほう。女神に捧げた命か』
何が可笑しいのかルファスは笑みを更に深くし、パルテノスの首を掴む。
そして己と目が合うように持ち上げると、彼女の瞳を覗き込んだ。
『ならばその捧げた命、奪い取るのも一興か』
『な、何を……?』
『殺すのは容易い。しかし、その前に選択の機会を与えてやろう。
……其方は少し、無知が過ぎる』
ルファスはそう言うと、まるで荷物でも運ぶかのようにパルテノスを樽抱きにした。
それから付近を捜索していた仲間達……後の英雄達へと声をかける。
『戻るぞ鼻パスタ。目的は達した』
『その呼び名止めろって言ってるだろォォ!?』
『帰るって……女神様に会うんじゃないベア?』
『ああ、ドゥーベ。その必要はなくなった。情報ならば此奴が持っている』
ズカズカと歩くルファスの後ろを、甲冑を着込んだ剣士のアリオトと重鎧に身を包んだドワーフのミザール、そして白熊の獣人であるドゥーベが続く。
よく見ればドゥーベは気絶したメグレズを引き摺っており、彼等もここまで無傷で来たわけではないと分った。
恐らく、門番の『ブラキウム』にやられたのだろう。
『ま、待って下さい! 私をどこへ連れて行く気です!?』
『言ったろう、其方は無知過ぎると。
まずは其方に今の世界を見せてやる』
そうしてパルテノスは生まれて初めて聖域を離れ、下界を見た。
女神からの試練はあれど、それでも神の愛に包まれていたはずの下界。
しかしそれはとんだ間違いであるという事を悟らされた。
己の目で実際に見た世界。
魔神族に襲われる人々。親を失った子供の嘆き。子を失った母の慟哭。
そこは楽園などではなく、絶望と恐怖が蔓延していた。
絶対だったはずの、女神への信仰に亀裂が入った。
*
俺は、少しばかり混乱していた。
まず目の前の少女。これは本人の言葉やウィルゴの反応から見てパルテノスで間違いないんだと思う。
実際ゲームの時と服装や髪の色も同じだし、アリエス達も特に異論を口にしていない。
問題は彼女の台詞だ。
『言いつけ通りにヴァナヘイムを当時のままに保っていた』……これは、どういう事だ?
俺は今まで、ヴァナヘイム封印は彼女の独断だと思っていた。
アリエスやアイゴケロス同様、忠誠が暴走したパターンだと考えていたのだ。
しかし彼女の言葉からするに、これを指示したのは俺らしい。
だが何の為に? 何を目的として?
何故、わざわざこの嫌な思い出ばかりの街をそのままの姿で保とうとした。
「パルテノス?」
『はっ』
「まずは、今まで待たせた事を詫びよう。
済まなかったな。随分と苦労をかけた」
『勿体無きお言葉』
とりあえず、まずは労っておく。
本題に入る前に、軽く円滑油を入れなくてはな。
「それでだ……早速だが語っては貰えぬか?
其方の知る『女神のシナリオ』の事を」
『無論ですが、その前にルファス様……今、貴女様はどの程度まで記憶を失っておりますか?』
「……!」
パルテノスの口から出た言葉に、俺は思わず素で驚いてしまった。
いや、俺だけではなくアリエスやアイゴケロスも驚きの顔を見せていた。
俺がルファスではない、と見抜いている……わけではなさそうだ。
しかし、記憶がない事を知っている。
それが俺を混乱させる。
「知っているのか。その事を」
『勿論です。復活の際に、女神の小細工を受けて記憶が欠落しているだろう、とは他ならぬ貴女自身のお言葉だったのですから』
俺の問いへパルテノスが返した言葉は、これまた予想しないものだった。
俺が記憶を失う、という事は他でもないルファス自身が予想していた?
ならば現状は彼女の予定通りだとでも言うのか?
ディーナも珍しく険しい顔をして、一筋の汗を流している。
俺の中身を知っている彼女もまた、200年前のルファスの行動までは読んでいないらしい。
「え? あ、その……ルファス様、記憶がないんですか!?」
「な、なんと! そのような事が……」
「やはり、そうでしたか」
驚くアリエスとアイゴケロスとは対照的に、リーブラは落ち着いたものだ。
視線がリーブラへ集中し、彼女の言葉の続きを待つ。
「ルファス様の言動は時々、過去のご自身の事を覚えていないかのようでした。
また、パルテノスの姿にもすぐには反応せず、この街に来てからも過去を懐かしむというよりは、まるで記憶を取り戻しているかのようであり、恐らく私同様に記憶に欠落があるのだろうと推測しておりました」
あれ? このポンコツゴーレム、今日はやけに鋭いぞ。
こいつ本当にリーブラか?
ともあれ、こうなったら記憶の欠落に関しては白状するしかなさそうだ。
「そこまで解っているならば誤魔化しは要らんな。
パルテノスよ、200年前の余は何の為にこの街の封印を其方に命じたのだ?」
『それに関しては、説明するよりも実際見た方が早いですぞ。
もしかしたら、ショックで記憶も蘇るかもしれませぬ』
見た方が早い? って事は見て解るようなものなのか。
しかも、彼女の口ぶりからすると相当ショッキングな物らしい。
パルテノスが俺達の前に立って(というよりは浮いて)先頭を進む。
俺達もその後に続き、彼女の後を追った。
実家(倉庫)を出て、アリエス達のせいでより一層荒廃してしまった道を歩き、街の出口に差しかかる。
そこでパルテノスは足を止め、俺達へと振り返った。
『ここから先はルファス様だけで来て頂きましょう。
他の者は待機してくだされ。
……それと、もう二度と暴れぬように。でないと、“起きて”しまうかもしれぬのでな』
「?」
パルテノスのよく分からない忠告に、とりあえず全員が頷く。
“起きる”というのはよく分からないが、暴れるなというのは俺も同感だ。
ディーナ達をそこに残し、パルテノスはフワリと空へと浮く。
それに遅れ、俺も空へと飛んだ。
どうやら、目的地は山頂らしい。
標高3807mも空を飛べる俺達にとっては大した距離でもない。
いや、4km以上歩くのと同じと考えれば結構な距離かもしれないが、俺達の速度ならあっという間だ。
俺とパルテノスはほんの数十秒で頂上へと到着し、適当な場所を足場に着地した。
ヴァナヘイムの頂上は、まるで中央を何かで貫いたかのようにポッカリと穴が開いており火山口を思わせる。
しかしそこにマグマなどはない。ただ穴が開いているだけだ。
『ここに答えがあります。覗き込んで下され』
「何だ? 中に何か詰まっているとでも…………」
覗きこんで、俺の言葉は止まった。
絶句するしかなかった。
いやうん……これは凄い。マグマが詰まってた方がまだマシだったかもしれん。
その衝撃たるや、この世界で初めてアリエスの巨体を見た時以上。
否、比較にもならない。
「……巨大いな」
生き物らしきものが、そこにいた。
いや、これは本当に生物なのか?
もしこれが生きて動くというなら、余りにも常軌を逸し過ぎている。
ここはファンタジーで、常識など通じない世界だと理解はしていた。しているつもりだった。
だがそれでも尚、こんな馬鹿げた生物が実在するなどと、俺は考えていなかった。
そこにあったのは、トカゲらしき生物の頭部。
目を閉じ、微動だにしないが時折呼吸するように鼻の穴を膨らませて、その度に生暖かい風が頂上から漏れ出す。
恐らく頭部だけで巨大化時のアリエスを遥かに上回る。
胴体は折りたたむか何かして山に収納しているのか、それとも地面に潜らせているのか……。
全長何十……いや、何百、何千kmあるのかすら予測が付かない。
どちらにせよ、こんな奴が動いたらヴァナヘイムなどそれだけで滅びるぞ。
否、下手をすると動くだけで世界そのものが……。
『女神の尖兵の一頭にして、世界の調停者。
光を司る5体の龍の一角、天龍に御座います』
戦慄する俺に、パルテノスがそいつの名を告げた。
鼻パスタ「本編でまで鼻パスタって呼ぶなよォォォォ!!?」
メグレズ「回想シーンの中でいきなり戦闘不能になって引き摺られてる私よりはマシな扱いじゃないかな」
ドゥーベ「初登場なのに白熊って事くらいしか描写されてないオイラと比べればマシベアー」
ミザール「まあ元気出せや、鼻パスタ」
鼻パスタ「畜生ォォォォォ!!」
【7英雄追加情報】
・ドゥーベ
獣王の名に相応しく地上最大の肉食獣と呼ばれる北極熊によく似た獣人。性格は温厚。
語尾に「ベアー」と付けるが実はキャラ付けの為に意識して付けているだけで稀に語尾を忘れる。
頼めばモフモフさせてくれる。




