第48話 田中は空を飛ぶを覚えた
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書籍の方に合わせて作者名を変更しました。
あれから一晩待ってみたものの、結局パルテノスの霊が俺達の前に姿を現す事はなかった。
やはり、とっくにあの世とかに逝ってしまっているのではないだろうか。
死後の世界なんてものがあるかどうかは知らんが、異世界と魔法があるんだからあの世だってあっても別におかしくない。
そもそもここ、神が実在する世界だし。
亡霊とか怨霊とかも実際魔物扱いでゲーム中に登場してたわけだし、地獄や天国が存在しても今更という感じである。
というか地獄はアイゴケロスの出身地だったか。
しかし困ったな。
パルテノスが死んでしまったとなると、12星天じゃなくて11星天になってしまう。
流石の俺も亡霊状態のパルテノスを叩き起こしてまで配下に戻す気などないから、『乙女』の不在は確定だ。
むしろ今までよくやってくれたから、もう寝てくれと言いたい。
しかしそうなると、次の『乙女』を探すか、諦めて11星にしてしまうかの2択となる。
何かやたら自分を指差して自己主張しているディーナを放置し、俺は途方に暮れた。
それっぽい人間型の魔物を捕獲して育てなおすか、いっそゴーレムでも造るか……。
どちらにしても、前任以上にはならないだろう。
「どうやらパルテノスは居ないらしいな。
これ以上は留まる理由もないし、出発するとしよう」
俺は森を出る事を告げ、ディーナ達が揃って頷く。
せめて一目会っておきたかったが、あまり長居してもウィルゴに迷惑をかけるだけだ。
既にあの世へ逝ってしまったか、それともアイゴケロスが結界を壊した事を怒っているのかは分からないが、また後日来てもいいだろう。
侵略されていたスヴェルや内戦待ったなしのギャラ国と違って、別段ここには焦る要因もない。
国から追い出されている天翼族達には申し訳なくも思うが、俺としてはここは後回しにしてもいいと思っている。
「あ、でも、いいんですか?」
「何がだ、アリエス」
「ここってルファス様の故郷なんですよね?
という事は山を登った先にある国には、母君のお墓があるのでは?
以前僕に話してくれましたよね」
アリエスの言葉に俺は硬直し、山を見上げる。
母親、か……。
そういえばギャラ国で見た夢でも少しだけ母親の記憶があったな。
ルファスは父親の事は大分嫌っていたらしいし、嫌われていたようだが、母との仲は良好のようだった。
むしろ、母の為に世の中の理不尽を叩き潰したいと願っていたはず。
墓がある、という事は既に亡くなっているのだろうが、それも案外ルファスの行動に影響を与えていたのかもしれん。
「200年前、マスターは年に一度は必ずこの地を訪れ、亡き母君への祈りを捧げていたと記憶しています。
せっかくここまで来たのですし、久しぶりに母君の墓前へ寄ってみては如何でしょう?」
ふむ。リーブラの説明を聞く限りでは良好どころか、ルファスの中ではかなりのウェイトを占めていたらしい。
俺にとっては見知らぬ他人の墓だ。
しかし今は俺がルファスであり、そういう意味では俺とも無関係ではない。
「……そうだな。200年もこの地が封じられていたのならば、誰も手入れしていないのだろう。
この期に立ち寄るのも悪くない」
ルファスの母も、どこの誰かも分からない俺なんぞに墓参りされたくはないだろうが、そこは仕方ないと諦めて欲しい。
俺だって、何故こんな事になっているのか未だわからないのだ。
だが、もしかしたらこの先にそのヒントがあるかもしれない、という期待がある。
魔神王の言葉を信じるならば、ルファスは俺の知識にない独自の行動を取り、独自の経験と記憶を積み、そして俺が知らない何かに気付いていた節がある。
『女神のシナリオ』……これが今後の最重要ワードとなるのは間違いないだろう。
これを解いて行けば、あるいは俺がこうなってしまった理由も分かるかもしれない。
そして、それを解き明かす鍵は他でもない『ルファス』だ。
封印される前のルファスが何に気付き、何をしようとしていたのか。
それを知る事が、恐らくは謎を解き明かす事にも繋がるのだろう。
「お墓参りですか? それよりも先を急ぐべきじゃありません?」
「……? 意外だなディーナ。其方が反対するとは」
「あ、いえ。反対という程でもないのですが、あまり長居するのもどうかと思いまして」
墓参りに否定的な意見を出したディーナは、何というか少し意外だった。
彼女なら飄々と『じゃあ行きましょうか』くらいに軽く流すと思っていた。
しかし次に彼女が口にした言葉を聞き、俺はなるほどと納得する。
「だって、山、高いじゃないですか。
私あんなの登りたくないですよ」
「……ああ、なるほど」
俺は頷き、山を再び見上げる。
馬鹿と天翼族は高い所が好き、という格言は別にないが、とにかく天翼族は高所を好む。
高い所というのはマナが薄く、天翼族にとっては非常に居心地がいい空間なのだ。
で、空も飛べるから移動には苦労しない。
例えば標高500mの山に登るにしても、空を飛べる天翼族にしてみればそれは人間が500m(いや、水平距離含めれば700mくらいか?)を歩くのと何ら変わらず、大した距離にも感じないわけだ。
それでいて山という天然の要塞に住むのだから外敵にも襲われにくく、安心して暮らす事が出来る。
で、問題となるヴァナヘイムだが……うん、標高いくらだ、あれ?
目測で高さを計るなんて特技ないから分からないが、物凄く高い気がする。
「リーブラ。山の高さは分るか?」
「はい。標高3807mと計測しました」
あ、富士山よりでかいわ、これ。
確かにこんなのを徒歩でえっちらほっちら歩くのはやってられない。
しかしこれでも天翼族ならば4km~5km歩くのと変わらないし、飛行速度は一般成人でも自転車よりは速いと公式で説明されていたはずなので、そう苦労はしない距離だ。
そのくらいの距離なら普通に自転車で通勤や通学する奴も沢山いるし、それこそ毎日往復する事も出来るだろう。
俺やリーブラに至っては全力で飛べば1分……いや、30秒もいらないな。
「確かに、あの高さは厄介だな。
とはいえ、抱えて飛べぬほどでもない」
「アリエスとアイゴケロスを私が運び、ディーナ様をマスターが運べば問題はないかと。
しかし今後の事を考えると、大勢で空へ移動出来る手段を確保する必要があると判断します」
リーブラの進言はもっともだ。
今はまだ人数が少ないからいいものの、後で増える事を考えるとこれは不味い。
12星で空を飛べるのは俺とリーブラの他には『双子』の片割れくらいだ。
それすら、もう片方は飛べないのだから人数が増えるほど移動が困難になる。
何より、両手が塞がっているというのは、咄嗟の対応が出来ず色々と不味い。
「というかアイゴケロスは飛べぬのか? 翼があるだろうに」
「主よ、我は確かに飛べますが、それほど高くは飛べませぬ。お忘れですか?」
「ん? そうだったか?」
「そうです」
一応アイゴケロスにも翼があるはずなので聞いてみたが、どうやらこいつはそんな高度までは飛べないらしい。
なるほど、空を飛ぶを覚えない初期のリザー○ンみたいなものか。
つまり実質飛べるのは俺とリーブラだけという事になる。
「ふむ……そうだな。
いっそ、奴に飛んでもらう事にしようか」
飛べない奴も一緒に連れて行けて、かつ俺やリーブラの両手を塞がない。
となれば、方法は一つ。
ズバリ『全員を運べる奴に飛んでもらう』。これだけだ。
「よし、全員一度森の外へ出るぞ。
それからディーナ、確か以前王墓で回収したものの中に錬金術用の素材があったな。
『浮遊石』と、後は適当に見繕って持ってきてくれ」
さて、再改造といきますか。
ゲームじゃ一度練成したものに後から手を加えるなんて出来るわけもなく、どうしてもやりたきゃ再度造るしかなかった。
しかしここはゲームじゃないし、再練成もいける気がする。
ならば、今後の為にも一度試しておくのは間違いではないだろう。
と、いうわけで田中を改造してみた。
外見は以前とほぼ変わりなく、あえて言うなら今後の事を考えてサイズが僅かに増し、高さが大幅に上がったくらいか。
勿論無駄に高くしたわけではなく、今まではなかった2階スペースがそこに新たに増築されている。
屋根は可動式で、いつでもテラスへと変わるというちょっとした贅沢仕様だ。
しかしこんなのは序の口。目玉となるのはこの後だ。
「よし田中、変形だ」
『YES、BOSS』
俺の指示に応え、田中がライトを照らす。
車の底から風が発生したかと思いきや車体が浮き上がり、4輪のタイヤは用済みとばかりに横倒しとなった。
そして倒れたタイヤのセンターキャップ部分から地面に向けて炎が吹き出し、更なる浮力を生み出す。
車体の側面からは駆動音を響かせながら鋼鉄の翼が展開された。
これぞ再改造により新たに獲得した田中の新形態、名付けて…………。
…………。
……いい名前が思い浮かばないな。
面倒だ、『田中ジェット』でいいや。
【田中】
レベル 350
種族:人造生命体
HP 18000
SP 0
STR(攻撃力) 862
DEX(器用度) 120
VIT(生命力) 987
INT(知力) 9
AGI(素早さ) 1530
MND(精神力) 78
LUK(幸運) 100
なるほど、再改造でいい素材を加えてやればステとレベル限界も上がるわけね。
ならばリーブラも、と思うが残念ながら彼女は既に限界を大きく超えている状態だ。
残念ながらこれ以上強くする事は俺には出来ない。
ミザールならあるいは出来たかもしれないが、故人を頼っても意味がない。
しかし自分でやっておいてこう言うのもあれだが、空飛ぶキャンピングカーって凄いシュールだな。
「どうだディーナ。これならば全員で移動出来るだろう」
「え、ええ……そうですね」
流石に空飛ぶキャンピングカーはドン引きなのか、ディーナの返答がいまいちよろしくない。
それとは対照的にアリエスやウィルゴは子供のように目を輝かせて田中を見ている。
何故ウィルゴがここにいるのかというと、案内役兼、俺達の監視役だ。
一応祖母が守っていた大事な場所なわけだし、俺達が変な事をしないよう念のため付いてくるそうだ。
これに関しては実際アイゴケロスがアホをやってくれたので否定の言葉も出やしない。
「其方も乗るか?」
「え? いいんですか? なら、是非!」
興味津々といった様子だったウィルゴに俺が声をかけると、嬉しそうに返事をした。
うん、やっぱ空飛ぶ乗り物ってのはどこでもロマンだよな。
見た目はちょっとアレだが、俺も結構こういうのは嫌いではない。
「大変ですルファス様」
「どうした、リーブラ」
「田中には空中戦用の装備が何も備え付けられておりません。
せめて最低限、銃座は付けるべきかと。
それと主砲と対空攻撃、爆撃用の爆弾も……」
「其方は一体何を言っているのだ」
田中に過剰な武装搭載を要求してくるリーブラに軽く突っ込みを入れ、俺は中へと乗り込む。
その後にアリエス、アイゴケロス、ディーナ、リーブラと続き、最後に遠慮がちにウィルゴが入ってきた。
それを確認してからドアを閉め、田中へ命令を送る。
「よし、いいぞ田中」
『YES、BOSS』
田中が返事をし、空を飛ぶ。
ここが異世界だからいいものの、日本だったらシュールってレベルじゃない。
しかし空を飛ぶ車というのはロマンであり、創作物ではもはやお約束ですらある。
それがこのような形とはいえ実現したのだから、世の中何が起こるか分ったもんじゃないな。
さて、ルファスの生まれ故郷か。
何かいい手掛かりがあるといいんだが、な。
レッドさん「温い……安全な空の旅をしようなど……それがもう駄目……素人の思考……っ!
『空を飛ぶ』なら……カモネギ……っ! 明らかに自分よりも小さなカモネギに習得させてカントーを飛ぶ……っ! これぞ王道……っ!
狂気の沙汰ほど……面白い……っ!」
・戦闘で役に立たない『そらをとぶ』を秘伝要因のおしょうに覚えさせるのは基本。




