第46話 おや? パルテノスのようすが……
魔神王との戦いの後、元の場所までリーブラに連れ戻された俺は車内で魔神王の言った事を反芻していた。
どうもこの世界、俺が思う以上にゲームとの差異が大きいらしい。
知らない設定が次から次へと出て来るわ、まさかの女神悪党説が飛び出て来るわ、正直頭がパンクしそうだ。
しかし思えばこの世界自体、色々とおかしい。
ここは現実だ。俺が無駄に現実感のある夢を見ている、とかいう夢オチでない限り実際存在している世界に間違いないだろう。
しかしその割には妙にゲーム染みているというか、そもそもステータスが数値として見えてレベルが存在するってのがまずありえない。
まず自然にはこんな世界など完成し得ないのだから、これらのゲーム的要素は女神が意図的に加えたものと思っていいだろう。
しかしそうなると、今度はその発想が一体どこから出てきたという疑問にぶち当たる。
女神さん自体がゲームを知り、それを真似して創ったとかじゃないと説明がつかないぞこれ。
そういや昔、そんなゲームがあったな。
散々壮大なストーリーを展開した挙句、最後には「この世界はゲームの世界でただのプログラムだったんだよ」ってオチのやつ。
他にも発展しすぎた電子上に世界が形成されて、そこでプログラム達が生活していたり、モンスターが進化したりってのあったっけ。
案外、ここもその手の世界だとすれば一応の説明は……いや、付かねーな。
それだと今度は『エクスゲート・オンライン』と何故ここまでの差異が生じているかの説明が出来ない。
もしここが電子世界か何かで『エクスゲートオンライン』の世界ならば、200年なんて時間が経つはずもない。
だってゲーム上は日数なんて経たない。
朝にも昼にも夜にもなるが、年月は経過しない。
俺がプレイを開始した稼動当初、この世界は『ミズカルズ歴2800年』だった。
そして6年経過しても相変わらず『ミズカルズ歴2800年』のままだ。2806年にはならない。
いつまで経っても同じ年が繰り返される、俗に言うサ○エさんワールド。
今俺がいるこの世界とは明らかに違う。
だからこの仮説は成立しない。
……駄目だな。わからん。
情報が足りてない。
やっぱりあの時魔神王さんの話を最後まで聞くべきだった。
せっかく、この世界の核心に迫る部分を話そうとしてくれていたのに。
「見えて来ましたよルファス様、ヴァナヘイムです!」
ディーナに呼ばれ、意識が現実に引き戻される。
窓の外を見れば、そこには確かに高く聳え立つ山が映り、その麓には森が広がっていた。
どうやら次の12星の所へ無事到着したらしい。
この世界と魔神王さんの言葉の続きは気になるが、とりあえず考えても分からない以上後回しにするしかないか。
まずは目の前にある問題から解決しておかないとな。
それにしても『乙女』のパルテノスか。
ディーナが言うには健在らしいけど、本当なのかね。
決して彼女を疑うわけではない。
しかし200年経ってパルテノス健在は少し無理があるのだ。
だってあいつの種族、人間だし。
以前、魔物扱いでエンカウントするなら例え人類であろうとテイマーは捕獲出来るってのは話したと思う。
別段これは珍しい事ではない。
大体のRPGにおいて、○○兵とか○○神官という名前で人間が魔物扱いで出て来るってのはよく見る光景だ。
俺の知る国民的RPG8作目の中には『食べる』っていう相手を捕食して自分のHPを回復させる酷いスキルがあるが、それを人間の兵士相手に普通に使えてしまうケースもあった。
メインヒロインが人間の兵士に向かってダッシュし、ボリボリグチャグチャとエグイ音を立てながら捕食してしまう様は、それはそれは恐ろしいものだった。
要はそれと同じ事。
パルテノスは元々、『神に仕える乙女』という名前で登場したMob扱いの人間だ。
レベル1000で挑める高難易度のダンジョンに、他の人間系MobとPTを組んで登場し、後ろの方からひたすら回復と支援を繰り返す面倒臭い奴だった。
しかしその支援能力も味方にすれば役に立つ。
だから俺は一人くらいこういう奴も欲しいなと考えて、彼女を捕獲した。
一応それなりに鍛えはしたが、何せ戦闘に使う気がそもそもなく、回復と支援だけやってくれればいいという考えの元捕獲した奴だから、その戦力はかなり弱い。
出て来るダンジョンが高難度なので普通のレベル800後衛プレイヤーと同等の強さくらいはあるが、それだけだ。
多分普通に戦えば12星最弱はこいつで間違いないだろう。
いいんだよ、弱くて。
豊富なSPと高い知力と精神があって、後ろからシールドや回復飛ばしてくれれば、それだけで役に立つんだから。
前に立って殴り合うのなど、それこそレオンにでもやらせておけばいい。
まだレオン、手持ちに戻してないけど。
話を戻そう。
つまりパルテノスはれっきとした人間なわけで、寿命も短いはず。
それが200年経って健在と言われても……まあ、無理があるだろ。寿命的に考えて。
もし生きてても相当なご高齢だ。とても旅に耐えられるとは思えない。
俺の考えが正しければ、絶対に乙女(高齢)になっている。
とりあえず占拠だけを止めさせて、旅には連れて行かない方がいいな。
後衛ならディーナがいるし……何より、歩かせるだけで死にそうだし。
*
森に近付くと、案の定そこには森全てを包むような結界が展開されていた。
しかし俺達は敵と見なされないのか、容易に中に入る事が出来た。
ふむ、やはり時間は経っても俺達は味方扱いのままか。
とりあえずこれなら、いきなり攻撃されたりする事はないだろう。
入れるって事は味方と認識されてるって事だからな。
森の中を歩くと、そこはまさに『聖域』という表現が相応しい場所だと分った。
木々の間から日の光が差し込み、動物達が何も恐れずに自由に駆けずり回っている。
リスや兎などに似た生物が多いのが、一層その雰囲気を強めていた。
リーブラは特に何の感慨も抱いていないようだが、羊であるアリエスなどにとっては多分居心地のいい場所だろう。
アイゴケロスは……見た目的にアウトだな。激しく場に合ってない。
小動物達が戯れる自然の中に佇む山羊面のデーモンロードとかシュールすぎるわ。
ま、それ言ったら100mのアリエスもアレだが、こいつはでかいだけで見た目そのものはファンシーな虹色羊だし、ギリギリセーフだろう。
しばらく歩くと、やがて俺達は森の中に建てられた一軒の小屋を発見した。
パルテノスが住んでいるのはここだろうか?
ここら一帯はパルテノスのせいで誰も近寄れなかったはずだから、こんな所で暮らしている奴がいるとすればそれはパルテノス以外にない。
俺はドアの前に立つと、まずは軽くノックをした。
「……! え? ノックの音!?
う、嘘? なんで!?」
中から心底驚いたような若い少女の声が聞こえた。
向こうも驚いているようだが、俺も実は驚いている。
絶対に老婆の声が返って来ると思っていたのにまさか少女とは。
もしかしてパルテノスの奴、若返りの術でも開発してたんだろうか。
しばらく待つと、恐る恐るといった具合にドアが開かれ、隙間から少女が顔を覗かせた。
パッチリした目の、可愛らしい娘だ。
髪の色は薄い桃色で、年齢は15前後といったところだろう。
いや、しかし……この子パルテノスじゃないっぽいな。
俺の記憶にあるパルテノスの髪の色は緑色だ。桃色じゃない。
それとも、染めたのだろうか?
そんな事を考えていると、僅かに開かれたドアの隙間にアイゴケロスが手を差し込み、強引に開けてしまった。
そして何故か本来の悪魔の姿になり、少女の前に腕組みをして立ち塞がる。
『娘よ。我が偉大なる主を前にしてその態度は無礼……』
「阿呆。無礼は其方だ」
俺はアイゴケロスの馬鹿の頭を掴むと、そのまま腕力任せに後ろへ投げ捨てた。
どうするんだよこれ。いきなり印象最悪になったじゃないか。
いきなり出てきた悪魔にビビって、凄い後ろまで下がってるぞ。
顔には怯えこそ出ていないが驚いたように顔が強張っているし、背中から生えた白い翼が落ち着きなくパタパタと揺れている。
……。
……翼?
あれ? この娘もしかして天翼族か?
だとすると100%パルテノスじゃないぞ。
パルテノスは人間だったから翼なんて生えてるはずもないし、マジで誰だこの子。
「あー、済まぬ。余の部下が失礼をした。
余は別に怪しい者……ではあるのだが、別に其方を害する気などはない。
ここには知人を探しに訪れてな。娘よ、パルテノスという者を知らぬか?」
「……え?
もしかして、お婆ちゃんの知り合い?」
お婆ちゃん、ときたか。
となると、この娘の正体は大体二通りの可能性が考えられる。
一つはパルテノスの血筋。
人間と天翼族のハーフは可能だから、パルテノスが天翼族の夫を得て子供を授かり、更にその子供が生まれたとするなら無理はない。
ただその場合、夫どこいったって話になる。
もう一つは義理の娘。
何らかの理由でこの天翼族の少女をパルテノスが拾ったとすれば一応辻褄は合う。
とりあえず、ステータスを確認しておくか。
これで種族を確認すれば、どちらか簡単に分るだろう。
【ウィルゴ】
レベル 320
種族:天翼族
クラスレベル
アコライト 100
プリースト 200
バード 20
HP 21000
SP 3301
STR(攻撃力) 1200
DEX(器用度) 990
VIT(生命力) 1390
INT(知力) 1800
AGI(素早さ) 1270
MND(精神力) 3102
LUK(幸運) 1505
……義理の孫かな。
種族にハーフの文字が付いていないのを見るに、特に血の繋がりはないっぽい。
レベルに関しては、今の時代基準だとかなり強いな。
多分パルテノスに鍛えられたのだろう。
「あ。その黒い翼……もしかして貴女がお婆ちゃんの言ってたルファスさん?」
「うむ。いかにも余がルファス・マファールだ。
後ろに控えているのは12星天のアリエスとリーブラ。
それからあそこで転がっている阿呆はアイゴケロス。
こちらの青髪はディーナだ」
俺が紹介すると、リーブラ、アリエス、ディーナは礼儀正しく一礼をする。
それに合わせて少女も礼を返した。
うん、実に礼儀正しいいい子だ。
……この中で一番礼儀悪いのってもしかして俺じゃね?
敬語とか意識しても話せないし、絶対高圧的な口調になるし。
「ええと、私はウィルゴっていいます。
ルファスさんが来たと知ったらお婆ちゃんも喜びます。
もしよければ、今からお婆ちゃんの所へ行きますか?」
「いいのか? それは助かる」
どうやら、あまりこちらを警戒していないらしい。
素直ないい子だ、と思わぬ頬が緩んでしまう。
多分結界を抜けてきたからそんなに警戒するべきじゃないと思われたんだろう。
そう考えていると、ディーナが俺の服の裾を引っ張ってきた。
「ん? どうしたディーナ」
「ルファス様、大変です。あの子、私とちょっとキャラが被っています」
「……そうか?」
「このままでは私の個性が薄くなり、目立たなくなります」
「それは最初からだ」
何を真剣な顔で言うのかと思ったら、アホらしい。
俺は打ちひしがれたような顔をするディーナを放置して先導するように歩く少女の後に続いた。
その後にアリエスとリーブラが続き、文字通り道草食って腹を満たしていたアイゴケロスも立ち上がって俺の影に戻った。
……やはり見た目こんなんでも山羊なんだな、こいつ。
アリエス、羨ましそうな顔するな。後でトウモロコシやるから。
森の中を歩く事数十分。
少女の案内の元、俺達はやがて開けた場所へと出た。
光が差し込み、まるで木々が避けるように建つそこはこの森の中に合って一層幻想的だ。
そして、その中央には一つの大理石で作られた墓。
……石にはパルテノスの名前が刻まれている。
「お婆ちゃんです」
「…………」
「ずっとルファスさんの復活を信じて執念で生きていたんですけど、去年木の実を喉に詰まらせて……」
「…………」
俺は無言でディーナを見た。
彼女は俺から目を逸らすように明後日の方向へ顔を向け、冷や汗を流している。
どういう事だおい……パルテノス、死んでるじゃねーか!?
Q、人間と天翼族のハーフってどんな外見になるの?
A、人間の血が濃ければほぼ人間。天翼族の血が濃ければほぼ天翼族。
寿命は血の濃さにもよるけど大体天翼族の半分くらい。
尚、純血の天翼族と異なり翼の色はあまり気にしないらしい。
Q,じゃあ獣人とのハーフは?
A、耳や尻尾だけの獣で後は人間という都合のいい獣人が出来る(純血の獣人は剣聖のように基本的には二足歩行の獣)。
ただし都合よく美少女+猫耳or兎耳or犬耳などになる可能性は低く、下手すると兎耳のおっさんや猫耳のおっさんなどのシュールな地雷が完成する。
というかそもそも二足歩行の獣相手に子供を設けようとする人間そのものがレアというかアレなケモナーなので数そのものが少ない。
Q、オークは?
A、オークはどんなに代を重ねようが100%オークが生まれる。
母方には絶対に似ず、おかしな話だが、『ハーフオーク』という生き物は誕生しない。
ぶっちゃけ人間の胎を使って出て来るだけで、遺伝子自体は100%オーク。
この意味不明すぎる生態にミズガルズの生物学者達は揃って匙を投げている。




