第45話 ルファスのてかげん
攻撃力上昇のスキル『アイアンフィスト』。
防御貫通のスキル『弱所突き』。
受けたダメージに応じて威力を上げるスキル『リベンジ』。
相手の飛行状態を解除してダメージを与える『流星脚』。
絶対命中のスキル『シャインブロウ』。
絶対回避のスキル『閃き』。
2回攻撃のスキル『ダブルブロウ』。
4回攻撃のスキル『フォースブロウ』。
物理攻撃を無効化し倍加ダメージを与える『エクスカウンター』。
クラスレベルに応じて攻撃回数が増える『ソニックフィスト』。
必ずクリティカルヒットする『スマッシュ』。
相手の防御力を一定時間下げつつダメージを与える『アーマーブレイク』。
相手の攻撃力を一定時間下げつつダメージを与える『パワーブレイク』。
相手の速度を一定時間下げつつダメージを与える『スピードブレイク』。
24時間に一度だけ使用可能の特大ダメージスキル『バスターインパクト』。
高速移動のスキル『瞬歩』。
その他、バフ、デバフの天法、回復天法に防御シールド出し惜しみなし。
これだけ書かれてもきっと、意味が分からないと思う。
こいつ何、いきなり設定羅列してるの? くらいにしか感じないだろうし俺も同じ事を思うだろう。
信じられるか……? これ、魔神王との戦いで使ったスキルのうちのほんの一部なんだぜ。
いや、うん。強いという事は分かっていた。
俺を倒した7英雄(ベネトナシュは不参加なので実際は6人だが)を倒したというのだから、そりゃ強いって事は誰でも分かる。
しかし今、俺自身が実感させてもらった。
正直、『魔神王さん(笑)』とか言ってたのを全力で謝りたい。
……魔神王さん強すぎワロエナイ。
俺、もうHP5万くらい削られてるんですけど。
多分向こうのHPもかなり削っているとは思うんだが何せ向こうは公式ラスボス。そのHPは間違いなく100万超えだ。
俺の予測だが、多分300万~600万はあるだろう。1000万はないと思いたい。
つまり何が言いたいかというと、俺やばい。
このまま戦いを続けると多分負ける。
戦闘自体は互角なんだけど、HPの差があるから互角じゃ絶対勝てない。
プレイヤーVSボスは、こちらが一方的に圧倒するくらいでようやく五分なのだ。
回復とか全然追いついてないし、自動回復の天法も使ってるものの全回復には時間がかかる。
せめて武器持ってくればよかった……。
武器があればソードマスターのスキルもつぎ込めるから、まだ少しはマシになると思う。
今からその辺の素材で武器練成しても、そんなナマクラじゃ話にならんだろうし。
とはいえ、どのみちタイマンで勝てる相手ではなさそうだが。
「ふむ、流石はアルコル。
200年の封印を経て尚、勇者アリオトの上を往く強さだ。
しかし、随分と出し惜しみしているな? それとも相手が私では本気を出すにも値せんかね?」
「……?」
「君の強さはその程度ではないだろう。
200年前、7人の英雄と数百人の英傑、数多のゴーレムや魔物を同時に相手にして尚単騎で互角に渡り合った覇王の力はもっと凄まじいはずだ。
私が恐れた君は……ルファス・マファールはもっと鮮烈で、焦がれる程に強かったはずだ」
俺は魔神王の言葉に思わず間抜けな声をあげそうになった。
え、何それ?
いや、俺の強さってアリオト達とそう変わらないぞ。
むしろゲームでは習得しているスキル全てを戦闘で使えるわけではなく、事前にどれを使うかをセットしておき、そのセットしたスキルしか使えないので制限がない今の方が強いくらいだ。
確かに総合能力値では七英雄達に勝っていたけど、それだって僅差だし、それぞれの得意分野では当然のように負けていた。
流石にあの7人をマジに同時に相手して互角ってのはない。
そんな真似が出来たなら、そりゃ野生どころか本物のラスボスだ。
「……本当に、それが限界だと認識しているのか?」
「言っている意味がよく分からぬが」
「馬鹿な……これは一体どういう……。
…………いや、そうか。そういうことか。
女神め、既に先手を打っていたな」
何かよく分からないが魔神王さんが目に見えて不機嫌になり、舌打ちをする。
もしかしてあれか? 俺が憑依する前のルファスってもっとやばい強さだったとか?
いや、ねーよ。どんだけドーピングすりゃそんな強さになるんだよ。
今の数十倍の時間はプレイしないと届かないぞそんなの。
「なるほど、少し焦りすぎたか。まだ時期ではない」
「先ほどから何を一人で勝手に納得している。
其方、独りで完結していないで此方にも分かるよう話さぬか」
魔神王さんが何か勝手に一人で話して一人で納得している。
こいつもしかしてぼっちなんじゃないだろうな?
独り言が多いのはぼっちの特徴の一つなんだぞ。
俺が指摘してやると、ようやく気付いたかのように魔神王さんがこちらを向いた。
「いやなに、まだ我々が戦うには早過ぎたという事だ。
これでは女神のシナリオを超える事は出来ぬ」
「女神のシナリオ?」
「そうだ。この世界は万事女神のシナリオに沿って動いている。
魔神族もその例外ではなく……むしろ彼等こそがシナリオを盛り上げる為の道化と言っていい。
その為だけに彼等は女神によって創り出された」
まだ倒していないのだが、一応合格とみなされたのだろうか。
勝負もついていないというのに、魔神王さんがベラベラと情報を語り始めた。
さっき『力で聞き出せ』って言ってなかったっけ?
まあ、話してくれるなら大人しく聞いておくけどさ。
「魔神族が何故人を襲い、殺すと思う?」
「領土拡大の為ではないのか?」
「それもあるが、そんなのは表向きの理由だ。
本当の理由はな……殺さずにはいられんからだ。
喰わねば生きられぬ、眠らねば正常で在れぬ。それと同じ本能的欲求。
魔神族はな……人を殺さねば消えてしまう欠陥生物なのだ。
そうして消えて、世界に散らばった彼等の欠片が君達の言う『マナ』となる」
それは、俺の知らない設定だった。
確かにマナが何故世界に存在しているかなど、ゲームでは一切語られていない。
俺も気にした事すらなく、ファンタジーってそんなものだろうと思っていた。
「彼等の死体の再利用。それが魔法の正体だ。
魔神族がいなくては君達は魔法という便利な力を使う事が出来ない。
だが彼等がいるからこそ、不毛な殺し合いがいつまでも続く。
女神は、そういうふうに魔神族を創り、そしてその管理を私に任せた」
「……管理? 其方自身は違うとでも言うのか?」
魔神王の発言に違和感を感じる。
先程から魔神族を指す時に、『彼等』という表現ばかりを用いて自分自身をそこに入れていない。
これでは暗に『自分は魔神族じゃありません』と言っているも同然だ。
そう思った俺は疑問を口にしたが、そこに割り込むように勇者一行の誰かが「待ってくれ!」と声を荒げた。
あれは確か、俺を召喚した場にいたエルフの兄さんか。
彼は焦燥し切った顔で、魔神王に向かって叫ぶ。
「そ、それはどういう事だ! それではまるで、女神こそがこの世界の絶望を望んでいるように聞こえてしまう!
女神が……慈愛の女神アロヴィナスが、殺し合いを望んでいるとでも言うのか!?」
「そうだ、弱き民よ。
女神はこの世界が救われる事など望んではいない。
だから200年前の戦いがあったのだ」
「!?」
「おかしいと思ったのだろう? 不自然だと本当は気付いていたのだろう?
確かに当時のルファス・マファールは恐ろしかったがな……何も、我等とぶつかる前に倒してしまう必要はなかったはずだ。
……魔神族と戦った後でよかっただろう。ルファスに私を倒させて、その後でルファスを失脚させるのが最善だったはずだ。
なのに7英雄は、時期も待たず反乱を起こしてルファスを封印した。
……なあ、おかしいではないか? 仮にも賢王と呼ばれるメグレズすら居て、この短慮さはどうした事だ。まるで先を見通していない。
あのタイミングでルファスを排除すればどうなるかなど、幼子でも分るだろうに思考停止して決戦を挑んだ。
元々ルファスを敵視し、首を狙っていたベネトナシュなどは案外、素であの愚行に及んだのかもしれんが、他の6人は不自然極まる動きだ」
魔神王さんの問いかけに、俺は何も言えなかった。
エルフの兄さん達もそうらしく、誰も反論しない。
確かに不自然ではある。
『ルファス』がどれだけ苛烈だったのかは知らないが、それでも一応人類の味方ではあったはずだ。
恐怖政治を敷いていたとしても、決して悪政は敷かなかったと本にも書かれていた。
そのうち失脚させるべき王だったとしても、それはせめて魔神族を倒した後でよかったはず。
むしろ弱った所を狙う方が犠牲も少なく済んだかもしれない。
なのに英雄達はわざわざ万全の状態の『ルファス』を攻撃し、人類同士の戦いで悪戯に英傑達は減り、そして後になって『自分達はとんでもない間違いをした』と悔やんでいる。
言われてみれば、何とも間抜けな話だ。
「アルコルよ。恐らく君こそが誰よりも先に真実に到達していた。
だから君は強引であろうと女神のシナリオを終わらせるべく、誰も為し得なかった魔神族の根絶に乗り出し、世界を纏め上げたのだ」
「…………」
「だが――」
「エクスゲート! 宵の明星!!」
突如、魔神王の隣に空間の門が開いたかと思うと同時に黄金の輝きが迸った。
余りに突然の奇襲にさしもの魔神王も反応出来ず、派手に吹き飛ばされる。
更にそこに追撃するように、メイド服のゴーレムがゲートから飛び出した。
「プログラムセレクション! ズベン・エル・ゲヌビ!!」
吹き飛んだ魔神王にリーブラが砲撃を叩き込んだ。
紫電を纏った光が一直線に突き進み、地面に突き刺さると同時に爆炎を上げる。
更にリーブラはそのまま俺の所へ来ると、俺の腰を掴んでスカイジェットを展開した。
「お、おい、リーブラ?」
「マスター、現状は戦場からの離脱が最善であると提案します。
今、魔神王と戦うのは最善手ではありません」
「いやちょっと待て。今結構重要な話を……」
「離脱!」
「話を聞け!?」
俺の言葉を無視してリーブラが勝手に飛翔する。
こいつ本当に俺に忠誠誓ってるんだろうな? 結構命令無視しでかすんだが。
爆煙の中からあまりダメージのなさそうな魔神王が慌てて飛び出すが、今度は横から突撃してきた田中に跳ね飛ばされた。
そして田中はすぐにUターンし、エクスゲートの中へと帰って行った。
おいディーナ、お前田中まで連れてきたのか。
そいつレベル低いんだから、一撃で壊されたらどうする気だ。
「降ろせリーブラ。まだあそこに勇者達がいるぞ」
「問題はありません。
何故マスターがそこまで拘るのかは分かりませんが、魔神王の目的がマスターである事は明らかです。
恐らく我等が撤退すれば、あのような子鼠など相手にもしないでしょう」
「……会話が聞こえていたのか? 其方の感知域外だったと思うが」
「ディーナ様が小さなゲートを開き、ずっと会話を傍受しておりました」
ああ、そういう事。
ディーナの奴、ずっと盗み聞きしてやがったのか。
で、俺じゃ勝てないと踏んで援護に入り、鮮やかに逃走してのけたと。
あのタイミングだったのは多分、魔神王が会話に集中してて隙だらけだったからだろう。
戦闘中だと最悪俺に当たるし。
いやでも、あれ結構重要な話っぽかったぞ。
明らかに俺の知らない設定とか過去話とか飛び出てきたし。
それに昔の俺の目的ってのも、どうも俺の知る設定と喰い違っているらしい。
出来れば、最後まで聞かせて欲しかったものだがな……。
それにしてもアロヴィナス、か。
考えてみれば、こいつもよくわからない存在だよな。
エクスゲートの世界を創世した慈愛の女神にしてオンライン版では運営の化身。
そして多分、俺がこちらに来た事に一枚噛んでいるだろう存在。
実際俺の向こうでの最後の記憶はアロヴィナスの問いに『YES』と答えた事だったし、これで絡んでいないという事はないだろう。
しかし慈愛の女神という割には魔神族なんて生き物を創っているし、魔神王さんの言葉が正しいならば意図的に人類の敵として生み出している。
これがゲームなら、『盛り上げる為には敵が必要』で終わるんだが、現実だと明らかにおかしい。
そんな事をして一体何のメリットがあるというのだ。
これでは慈愛の女神どころかただの邪神だ。
しかもマナ=魔神族の死体となると、つまり人類の半分以上は魔神族によって進化していた事になる。
エルフ、獣人、ドワーフ、小人、吸血鬼。この5種はマナで変質した人類だったはずだ。
そしてこの説が正しいとなると、天翼族は多分その定義から外れる。
だって俺達、マナと相性悪すぎる種族だし。
つまり天翼族はマナ関係なしにどっからか湧いて出てきた人類という事になり……天使の末裔説が濃厚になるな。
そして翼の色の変質はマナによって起こるわけだから……あれ? これ魔物化してね?
黒翼の俺とか下手するとマジで別種族化してないか、これ。
……そういや天翼族が近付かないというスヴェルに行った時も、全く拒否感感じなかったし、むしろ心地よかったし……。
もしかして俺って、天翼族ですらないんじゃ……。
*
「……やってくれたな」
地面から起き上がり、オルムはつまらなそうに呟く。
その言葉は独り言ではない。
すぐ後ろに立つ、薄ら笑いを浮かべた女……ディーナへと向けたものだ。
魔神王の怒りの気を受け、しかし彼女は微動だにしない。
「声を発せ。周囲には既に結界を敷いている。
あのゴーレムに会話を傍受される事はない。無論勇者共も結界の外だ」
「ふふ……流石は閣下。抜かりはないようで」
「ほざけよ。あれは何のつもりだウェヌス……いや、ディーナよ」
オルムの言葉に、ディーナはクスリと笑う。
目を細め、唇で弧を描き、飄々と語った。
「無論、信を得るための演技にございます。
あの場には人形の監視の目がありましたので」
「その割には遠慮のない攻撃だったが?」
「あら、閣下でしたらあの程度の攻撃、どうという事はないでしょう。
これも閣下のお力を信頼すればこそですわ」
「よく回る口だ」
ふ、とオルムが笑う。
それからディーナへと振り向き、強い口調で問いただした。
「アルコル……ルファス・マファールの弱体化。君はそれを知っていたな?」
「無論」
「よもやとは思うが、あれは君の仕業ではないだろうな?」
「まさか。私如きに、そのような芸当が出来るはずもありません。
出来るとしたら、それこそ全能の女神様だけです」
「本当によく言う」
クスリ、とディーナが笑い声を漏らす。
それからオルムへと近付き、その耳元で囁いた。
「――――」
「……なるほど、そんな所にあるのか。
では私は、これから攻め込む準備をするとしよう」
「彼女はしばらくブルートガングに足止めしておきます。閣下のご武運をお祈りしていますわ」
「これはおかしな事を。君が一体誰に祈るというのかね?」
オルムの言葉にディーナは何も返さない。
ただ黙って彼の横を通りすぎ、一陣の風が吹き抜ける。
そして、それが終わった時……もうそこには二人はおらず、何が起こったかも分らず呆けている勇者一行だけが取り残されていた。
【死ぬほどどうでもいい事】
覇道十二星は初期プロット段階では黄道を『おうどう』と読めない事もない事から『王道十二星』という名前でしたが、それじゃ何かイマイチ迫力がないので『覇道十二星』になったという経緯があります。
でも今思えば『皇道十二星』にした方が格好よかったな、と少し後悔してたり。




