第39話 ディーナが勝負を仕掛けてきた
ベネトナシュ「マファールの奴が来る前に準備しておかんとな。
何せ200年ぶりの再会だ。第一印象は大事だろう。
黒のマントを着ていくべきか赤のマントがいいか……銀の刺繍も捨て難いな。
なあ、貴様はどれがいいと思う?」ワクワクソワソワ
側近(……まだルファス、こっちに向かってすらいないんだけどなあ……)
「さあ、殺し合いましょう!
愛しいご主人様!」
ディーナが飛翔して高らかに叫び、全身から黄金の光が放たれる。
瞬間、空中に出現したのは数千か数万か、ともかく数える気すら無くなる金属の雨。
一つ一つは掌大の取るに足らない、ただの金属の塊。
だがそれを一斉に浴びればどうなるか。
考えるまでもなく、普通の人間ならばミンチとなる。
数多の鋼の弾丸が空中を埋め尽くし、ディーナが手を振り下ろす。
「さあおいでなさい、呼ばれる女。
汝、その威圧を以て万物押し潰すべし――Cleta!」
宣言。
同時に金属の雨が降り注ぎ、まるでバルカン砲のように大地のあらゆる物を砕き、削り、磨り潰していく。
これは、流石に俺でもダメージを受けるか?
いや、構うものか。突破してしまえ。
俺は俺の中にある『ルファス』の感覚が命じるままに飛翔し、岩だろうが砕く金属の雨へと突入する。
当然のように全身に叩き付けられる鋼の嵐。
痛い事は痛い……しかし、我慢出来ない程でもない。
俺は翼を強く羽ばたかせる事で風を巻きおこし、鋼の雨を全て吹き飛ばした。
「今度はこちらの番だ!」
アルケミストのスキルで数多の刃を潰した剣を練成。
そしてそれらを一斉にディーナへ向けて発射する。
しかしディーナはその表情を変える事なく、その場から動く事すらせず、次の魔法を宣言した。
「エクスゲート!」
ディーナの前に開かれた――空間の穴、とでも言えばいいのか?
まるで空に穴でも空いたかのような、有り得ない非現実的光景。
全くもっておかしなものだ。
空は穴など開くように出来ていない。
だというのに確かにそこには『穴』としか表現出来ない何かがあり、俺の撃ち出した剣を全て飲み込んでしまったのだ。
それにしても金の属性ってのは不思議なものだ。
錬金術と少し似ているが、それとも違う。
アルケミストの錬金術はいわば組み合わせ。元々存在する素材を組み合わせて別の物として完成させる。
だが金属性の魔法は違う。あれは金属を『生み出している』。
魔法とはマナを事象に変換するものだ、というのがこの世界の設定だ。
例えば魔法で生み出した火や水は消えるまでは本物と何ら違いはないが、やはりあれらは火や水ではなくマナなのだ。
だから魔法で出した水でゴーレムなどは決して作れない。
いや、正確には造れるがすぐに消える。魔法をゴーレムにして維持するなんて、それこそSPが無限になければ不可能だ。
要はそれと同じ事。
生み出すのが水か、金属かの違い。
とはいえ、流石に固形物を生み出すってのはこうして目の前で見ても滅茶苦茶だな。
エクスゲートに関しては……よくわからんな。
空間系は『月』とかその辺だと思うんだが、ディーナは『金』だし。
案外属性に縛られない魔法なのか?
それにゲーム内でこの魔法は設定だけの存在だった。
しかしディーナは俺と同じ『プレイヤー』だろうにそれを使いこなしている。
この200年で身に付けたのか、それとも実は次のアップデートで実装されるはずだったのか……どちらにせよ、今の俺に知る方法はないか。
「考え事ですか? 余裕ですね」
ディーナが、先ほど俺が撃った刀剣を全て返してくる。
ち、吸い込んだ物はそのまま別ベクトルに向けて発射可能ってか。
俺は飛んでくる剣を悉く叩き折り、ディーナへと接近する。
しかしディーナは転移する事でまたも距離を取り、次の魔法を繰り出してきた。
「Aglaia!!」
目も眩むような輝き、とはこういうものを言うのだろう。
瞼を閉じずにはいられない極光が辺りを照らし、俺の視界を奪う。
しかしダメージは軽微。俺の防御を抜くほどではない。
少しして視界が回復するも、その時には既にディーナは次の攻撃へと移っていた。
「Auxo!」
辺り一帯に雨が降り注ぐ。
この雨そのものに威力などない。
だが、問題はその雨を浴びた大地だった。
至る所から木々が芽吹き、天まで届く自然の鞭と化して俺へと襲いかかってきたのだ。
「ちいっ!」
迫り来る巨木を殴り、へし折り、蹴り飛ばす。
だがそれでも際限なく生えてくる木々から、俺は一度上空高く飛ぶ事で逃れた。
そして急降下! グラップラーのスキル『流星脚』で地面を貫き、文字通り根こそぎ全てを吹き飛ばす。
更にへし折れた木の一本を掴み、ディーナへ向けて投げ飛ばした。
当然彼女は転移して逃げるが、次に現れた瞬間を狙って俺が飛翔、接近する。
「……! 速……」
驚くディーナにまずは様子見の通常攻撃!
ディーナは咄嗟に身を捻る事で回避し、俺の顔に裏拳を叩きこんでくる。
だが……。
「効かんな」
「!?」
――まるで痛くない。
いや、勿論そこらで出会うような雑魚モンスターなどに比べれば充分に威力はあると思う。
以前に戦った……ええと、何だっけ。あのウロチョロしてたやつ。火属性の7曜のあいつ。
……まあ、あんな奴の名前などどうでもいい。とにかくあいつでは比較対象にすらならないだろう。
だが例え同レベルであろうとそこには得手不得手があり、仮に全盛期のメグレズがメイスで俺を殴ったとしても大したダメージにはならない。
魔法型は魔法型。前衛型は前衛型。
ましてやドーピングでステータスを伸ばしている俺だ。
悪いが、ただのレベル1000後衛の物理攻撃なんぞではHPの1割どころか1分すらも削られる気がしない。
『峰打ち』と組み合わせた掌底をディーナの脇腹へ打つ。
すると彼女の華奢な身体は面白いように吹き飛び、進行方向にあった木々を薙ぎ倒した。
しかし流石に彼女も最大レベル。
空中で1回転すると、そのままフワリと着地を決める。
しかし顔には隠しきれない焦燥が滲んでいた。
「ふふ、なるほど。
流石……流石も流石。
流石はルファス・マファール。
今の一撃だけでかなり持っていかれましたよ」
「もう止めぬか、ディーナよ。
其方では余には勝てぬ」
俺はハッキリ言って、自分で言うのもあれだが魔法系の天敵だと思っている。
装備品の外套は全属性を半減するから『無属性』という攻撃が存在しない魔法では大ダメージにならないし、ドレスのせいで状態異常にもかからない。
で、ストライダーの俊敏さで接近して魔法型の苦手な物理高火力で殴る。
勿論レベル1000後衛ならば対抗策などいくらでも用意出来るだろうし、実際メグレズとかはあれで結構前衛に近付かれても平気だったりした。
リーブラみたいなどうしようもない一部の例外はいたがな。
しかしディーナにはそれがない。
確かにレベルは俺と並ぶだろうが、対前衛のセオリーというか攻略法をまるで実践出来ていない。
当たり前だ。
何故なら彼女は『テストプレイヤー』。
つまり俺達のように実際にゲームをしていたわけではなく、能力のバランスを計っていただけ。
だから抜け道なんて探さなかっただろうし、どの組み合わせがいいかなどそこまで研究しなかっただろう。
テストプレイでドーピング強化なんて面倒な事もやっているはずがない。
「あら、お優しい。
今まで欺いていた私を許して下さると?」
「欺かれていたのは事実だが、同時に其方に助けられてきたのもまた事実。
それにな、これに関しては欺かれた余が間抜けだっただけの事だろう。
その手腕を称えこそすれ、憤りなど感じぬよ」
そう、俺にディーナへの怒りなどない。
騙されていたのは確かにショックだったが、それだけだ。
結局の所、今でもこいつは俺の守るべき対象に入ったままだという事だ。
騙していた、利用していた。ああその通りだろう。それがどうした。
そんな事で俺がこいつを嫌ったりするものか。
騙された程度で翻る掌など持ち合わせてはいない。
「話してはくれぬか?
ここまで回りくどい手段を取り、余と魔神王を潰し合わせようとした理由を」
「もう勝った気ですか? 少しばかり気が早すぎますよ。
そういう台詞は、この攻撃を凌いでから言って下さい!」
ディーナの瞳が輝き、両手を広げる。
そして始まる大地の鳴動。
木々が次々と倒れ、魔力の余波だけでユピテルの風がそよ風にしか感じられない旋風が巻き起こる。
どうやら、まだ特大の隠し札を持っていたらしい。
「エクスゲート――」
「召喚? 今更何を……」
言いかけて、俺はふと周囲が暗くなった事に気付いた。
何だ? 天候でも変わったか?
そう思い空を見上げ……少し、後悔した。
……いや……うん……。これはねーわ……。
「……これはまた、凄まじい事を」
空中には巨大なゲートが展開されていた。
それはいい。まだ許容範囲だ。
問題は、ゲートから出ているそれ。
黄金に輝くその球体はきっと、本物ではないのだろう。
実際、本当に『それ』が堕ちてきたならば黄金になど見えないだろうし、そもそも球体とすら認識出来まい。
しかしそれでも、そのサイズは規格外。
直径……何百メートルかな。多分キロには届いていないと思いたいが。
恐らくは遥か高度の空中に金魔法で生み出したそれを、エクスゲートで持ってきた、てところか。
降ってきたそれは……黄金に輝く、金星だった。
「――明けの明星ォォォォォォ!!!」
ディーナが咆哮し、小型惑星が轟音を立てながら地表に接近する。
ちょ、おま……待て。
これ完全にギャラ国巻き込むコースじゃねーか。
しかもその魔法、発動後しばらく待たないと降って来ない、使い難い事で有名な魔法なのにエクスゲートで速攻ぶっぱとかちょっと卑怯すぎるだろ。
これくらいしないと俺を倒せないと思ってくれたのだろうが、流石にやりすぎだ。
とはいえ、まあ逃げるって選択はなしだ。
ここで俺が逃げたらマジにギャラ国が潰れるし、メラクも死ぬ。
アリエス達は普通に耐えるだろうが、素直に落とさせてやる気などない。
だから。
「いいだろう。受けてやるぞディーナ」
元より、俺に出来る事は一つ。
間違えた事をした部下がいれば殴って正気に戻し、その上で手を差し出す。
考えるのは元より苦手だ。自分で言うのもあれだが、俺はそんなに賢い人間じゃない。
そんな俺が出来る事なんてたかが知れているし、限られている。
ならばせめて、その限られた手段に全力を費やすしかない。
今回も同じだ。例外になどならない。
俺は拳を固く握り、空中を見上げる。
逃げ出したくなる圧迫感だが、しかし不思議と恐怖はなかった。
きっと俺の中の『ルファス』が出来ると言っているのだ。
自分でも不思議なほどに心が昂ぶり、暴力的な衝動が全身を駆け巡る。
頬の筋肉が緩むのが自分でも分かり、きっと今俺は笑っているのだろうと理解出来た。
飛翔。
全力で大地を蹴り、力の限り羽ばたく。
加速、加速――加速。
音の壁――邪魔だ、退け。
音なんて間抜けな鈍足の到着などいちいち待ってはやらない。そこで置き去りになっていろ。
景色がアホみたいな速度で後ろに流れ、ありったけの力を右拳に込めた。
グラップラーのスキル『アイアンフィスト』。素手での攻撃力をクラスレベルに応じて上昇させる。
更にそこに防御力貫通の『弱所突き』をも組み合わせる。
後は俺のパワー次第。
ただ、この身体と右拳を信じて殴り抜けるだけだ。
「っおおおおおおおおおお!!」
――殴った。
生憎と洒落た言い回しが出来なくて悪いが、実際これが結論で全てだ。
無駄に装飾とハッタリを効かせて語る事は得意ではないし、殴ったのだから殴ったとしか説明出来ない。
そしてそれで充分だった。
俺が殴った小型金星は物理法則とかそういうのを無視して上空にふっ飛び、空中で砕け散る。
すると、形状を保てなくなった金星はマナへと分解されて、始めから存在しなかったかのように完全に消失した。
「…………嘘お」
ディーナが先ほどまでの凶相を忘れたようにポカンと口を開けている。
ま、当然の反応だ。
俺だってルファスではなく元の俺のままあそこにいて、今の所業を見たなら『チート乙』と言っていただろう。
何はともあれ、ディーナの戦意を折るには充分だったらしい。
もう彼女からは何の覇気も感じられないのだから。
「それで……まだ続けるか? ディーナよ」
念の為に聞く。
もし続けるというなら、次はこの拳を『峰打ち』込みでディーナに打ち込む必要があるだろう。
俺としてもあまり女の子を殴るという行為はしたくないので、ここで降参してくれると凄くありがたい。
一応顔と腹は避けるが、相手が女の子だと殴る場所に困るのだ。
どこ殴っても俺が下衆になる気がしてなあ……。
これで相手が男なら、遠慮なく顔に叩きこんでやるんだが。
ついでにそれがイケメンなら倍プッシュでもっと殴る。君が泣いても殴るのを止めない。
「……いえ。私の負けです」
しかし俺の心配はどうやら杞憂に終わったようだ。
ディーナは負けを認め、その場に座りこむ。
よかった、これで俺はこれ以上彼女に危害を加えないで済む。
いやしかし、今回は本気で肝が冷えたな。
まさか紛い物とはいえ金星を落として来るとは思わなかった……。
【結構どうでもいい設定】
・明けの明星
金属性最大全体攻撃魔法。
どんなRPGでも一つはある『隕石降下』魔法であり、ゲーム中だと結構色々なプレイヤーが周囲など気にせずバンバン撃っていた。
何故か室内で使っても普通に降ってくるのはこの手の魔法のお約束。
不思議と自分は巻き込まないが、それはゲームの話であり、この世界だと実は普通に自分も巻き込む。
本来は発動してからしばらく経ってから飛んできて敵にダメージを与えるはずだが、ディーナはエクスゲートとの組み合わせで速攻発射という反則をやらかした。
どうでもいいが、どの属性の魔法も最強魔法はそれぞれの星に順じた名前になっているらしい。
水魔法なら『三重に偉大なヘルメス』とか、そんな感じ。
マルス「火属性最強魔法の名前は僕だね!」
違います。




