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第35話 アイゴケロス、ゲットだぜ

 この世の地獄と呼ばれる地下世界ヘルヘイム。それがアイゴケロスの生まれた地であった。

 マナが薄いのが天空ならば、最もマナが濃いのが地の底だ。

 地上とは比較にならない高濃度のマナにより変異した地下世界の生物達は例外なくおぞましい外見となり、神話に語られる悪魔そのものの姿へと成り果てた。

 (マナ)により悪しき変化を遂げた存在。故に彼等は恐れを込めて悪魔と呼ばれている。

 この地で主に変異するのはそういった暗い場所や洞窟に好んで住み着く生物であり、蝙蝠やトカゲ、蜘蛛などが代表的だ。

 それを思えば山羊がこの地にいるはずもないのだが、恐らくここに住む事になった人類の誰かが家畜として持ち込んだのだろう。

 しかしそれが真実であるかどうかを確かめる術はない。

 何故ならヘルヘイムに人類は一人もおらず、恐らく昔はいたのだろうと思われる痕跡がわずかに残るばかりだからだ。

 その世界にあって、アイゴケロスは他の悪魔よりも強大な大悪魔として生を受けた。

 先祖の誰かが蝙蝠の変異体を捕食した事で先天的に得た蝙蝠の特徴。背中の禍々しい悪魔の翼。

 山羊の頭部、人の身体、蝙蝠の翼。本来は交わらない三種の生物、否、魔物の特徴を兼ね備えたハイブリッド。それがアイゴケロスだ。

 彼は己こそが最も完成された悪魔であると信じていた。

 地下世界に一人一種族。彼の他に同じ特徴を持つ悪魔はおらず、彼は唯一無二の存在であった。

 故に彼は自らこそを闇の覇者であると疑わなかった。

 魔神族すらも、彼から見ればまだまだ未熟。真にマナに愛された(汚染された)存在ではない。

 第一あれは紛い物だ。意図的にマナを集めて作られた存在でしかない。

 誰が何の意図を持って生み出したのかは知らぬが、魔神族とは自然の進化によって生まれた種族ではない。

 誰かが意図的にマナを集め、凝縮して、摂理を無視して無理矢理生み出した不出来な模造品。

 奴等は唯一匹の例外すらもなく、全員が魔神王の劣化複製体だ。

 かといって、肝心の魔神王も何か違う。

 魔には違いないのだが、アレからは何か神聖な――忌まわしい女神にも通じる何かを感じる。


 だから、アイゴケロスには『彼女』の存在が信じられなかった。

 本来ならばマナから最も程遠い場所にあるはずの天の民でありながら、その翼は光の一筋も存在せぬ漆黒。

 悪魔よりも尚濃くマナに彩られ、神の愛など要らぬと我が道のみを突き進む。

 彼女はアイゴケロスを見るや、鼻で嗤った。


『なるほど、これが悪魔か。

私も幼き頃より周囲より悪魔よ忌子よと蔑まれてきたが……何だ、存外、薄いな』


 薄い、というのはマナの事だろう。

 アイゴケロスはその言葉に反論出来なかった。

 何故ならこの者……あまりに濃すぎる。

 一体どれだけの魔神族を殺したのだろう。どれだけの魔物を殺め、喰らってきたのだろう。

 打倒してきた全ての生物のマナをその身に取り込んだとしか思えない、アイゴケロスですら恐れるほどの高濃度過ぎるマナ。それが彼女の全身を汚染していた。

 生物はマナによって変異する。魔物化する。

 ならば彼女はきっと、魔物だ。本来天に愛されたはずの天翼族でありながら、マナを取り込み続け、別種の生物へと進化しようとしている。

 女神が本来用意したであろう生物の進化、在るべき形。それを無視して勝手に変異しようとしているのだ。

 理解した。この女は、女神ですら制御出来ていない。

 女神の意思すら外れて動く魔の王……魔王と呼ぶに相応しい方なのだと。

 気付けばアイゴケロスは黒翼の覇者の前に跪き、頭を垂れていた。


『……あ、貴女が……貴方こそが、我が王だ』


 戦いすらせずに軍門へと下った。それを恥とすら思わなかった。

 ただ、あるべき者があるべき形に収まっただけ。

 出会ったその瞬間に決定した格差。魔としての位階の違い。

 それがアイゴケロスに、臣下の礼を取らせた。

 そして、それを見て王は、ただ静かに笑った。



*



 アリエスとアイゴケロスは12星の中において、その求められる役割が極めて似通っている。

 この二星に求められるものは『敵の妨害』、『撹乱』だ。

 アリエスはそれを魔物のスキルで行い、アイゴケロスは魔法で行う。

 状況と敵に応じて使い分けられてこそいたものの、この2星は12星の中にあって最も近しい立ち位置であった。

 『牡羊』と『山羊』。モチーフとする動物も極めて近く、それ故にこの2星が親しい仲となるのは必然の事であったのかもしれない。


 しかしその性格は対極。

 温厚にして臆病なアリエスと、血生臭く手段を選ばないアイゴケロス。

 その差は、そのまま求める結果の違いとなって現れる。

 仲間を守る為に敵を妨害するのがアリエスならば、ただ敵を追い込む為だけに惑わすのがアイゴケロスだ。

 そこにどちらが優れているという議論を挟む意味はない。

 どちらも共に、ルファスにとって有用な戦力である事に違いはないからだ。


 だが直接戦うとなれば、相手を害する力に秀でる『山羊』が有利となる。


「――く!」


 アリエスが両手から炎を吹かし、四方八方へと飛ぶ。

 その後を追うのは幾百幾千もの実体なき闇の触手群だ。

 一度囚われればスタン効果に加えて速度低下までかかる極めて厄介な妨害魔法であり、対抗魔法を持たないアリエスでは避ける以外に手段がない。

 これがルファスならば多少の能力ダウンなど知った事かとばかりに突貫し、触手を全て引き千切って強引にアイゴケロスを打ち抜くのだろうがアリエスではそれは出来ない。

 いや、出来ないというよりはやったら負ける、というべきか。

 破格の戦闘能力を誇るルファスならば多少の妨害や能力ダウンなどお構いなしに戦えるだろうが、アリエスにとってそれは致命的だ。

 何せ相手は己と互角どころか、己よりも高い能力を持つアイゴケロス。

 ここでの能力ダウンはそのまま負けに直結してしまう。


「っおおおお!」


 アリエスが地面に降下し、燃え盛る拳を地面に叩き付ける。

 すると大地が激しく振動し、まるで直下型の地震のようにその場の全てを揺さぶった。

 アースクエイク。ルファスより教わった大地を揺らす彼の得意技だ。

 本来は『地』に属する技だが、これがなかなか使えるのでアリエスも気に入っている。

 触手の動きが一斉に止まり、その瞬間にアリエスは素早く駆け出した。

 いかにアイゴケロスといえど、何度もアリエスの渾身の一撃を受けては立っていられないだろう。

 故に彼は再び、己の身を炎と化して突撃を試みた。


 虹色の炎が軌跡を描き、一直線にアリエスの身体が飛び出す。

 そしてありったけの威力を込めた拳を突き出し、アイゴケロスの身体を貫いた。


「……!?」


 貫いて、思う。

 違う……これはアイゴケロスではない。

 月の輝きにより生み出されたフェイク、偽者。

 月夜に誘われた哀れな獲物を絡め取る罠。

 まるで月光に照らされて浮かび上がる影の如く、実体を持たない虚像で相手を翻弄する月属性の魔法の一つ、『シャドウ』。

 ここにルファスがいれば「ぶっちゃけ相手の命中値をダウンさせるだけの魔法」と説明を入れた事だろう。


「しまっ……」

「とったぞ……アリエス!」


 攻撃直後の隙を晒したアリエスに、アイゴケロスが間髪入れずに攻撃を行う。

 月属性のマナを凝縮して相手に叩き込む固有スキル『デネブ・アルゲディ』。

 その効果は特大ダメージに加え、この技で受けたダメージの一定時間治療不可というものだ。

 文字通り悪魔のような両腕を組み合わせ、掌の中に闇を凝縮していく。

 回避は不可能、ガードも間に合わない。

 残された手段は一つ、耐える事のみ!


「――!」


 アリエスが目を強く閉じ、痛みに堪える心構えを己の中で完了させる。

 大丈夫だ、これを受けてもまだ立てる。

 二撃目ともなると流石に厳しいし、回復スキルすら機能しないのはハッキリ言って痛い。

 だがまだ、逆転の目が消えたわけではないのだ。


「死ねえええええい!!」


 おい、こいつ今死ねとか言ったぞ。

 アリエスはそんな事を思いながらアイゴケロスらしいな、とも考える。

 彼の本質はやはり悪魔だ。

 普段は抑えているが、感情が高ぶるとこういう物騒な言葉が仲間相手でも平然と飛び出したりする悪い癖がある。

 だが勿論死んでやるわけにはいかないし、死ぬわけにもいかない。

 耐えて、その後の事を考えなくては。

 そう考えるアリエスの前に、常軌を逸した速度で黒い翼が割り込んだ。


「戯け、味方を殺してどうする」


 一言、呆れたように呟いてデネブ・アルゲディを片手で受け止める。

 黒い紫電が迸り、余波で地面を抉るが止めている張本人は微動だにしない。

 今のこの時代に、12星天を相手にしてこんな芸当が出来る存在は限られている。

 一人は創世神。実在するかも分からない全知全能の女神。

 一人は魔神王。魔神族を統括する忌まわしき敵。

 一人は吸血姫。伝説の7英雄最強にして、現代でも全盛期の力をそのままに保持している夜の王。


 そして一人は――黒翼の覇王。


「覇!!」


 裂帛の叫びと共に、アイゴケロス最大の技を殴り散らす。

 真紅の外套がはためき、四散した闇が辺り一面に飛び散って破壊の跡を残した。

 だが彼女の後ろのアリエスには余波すら届かず、完全に防ぎ切られてしまっている。


「な……あ、貴女は……おお、貴女様は……!」


 歓喜に満ちた、震える声でアイゴケロスが叫ぶ。

 その期待に応えるように彼女は髪をほどき、眼鏡を外して下手糞な変装を解いた。

 そして現れるのは、200年の再会を待ち望んだ主の姿。


「ふむ、其方も息災なようで何よりだ。

久しいな、アイゴケロス」


 悪魔の姿をした配下に微笑みかけ、彼女は笑う。

 その姿はまさしく忠誠を誓った主そのものであり、200年前から何も変わらぬ出で立ち。

 ルファス・マファールを前にして、臣下は感動に打ち震えた。



*



 ……俺の変装って結局何だったんだろう……。

 どうも、何か意味ありげに変装したり男装したりしたけど結局何の意味もなかったルファスです。

 はは、笑えよベジタブル王子。

 変装ちゃんとしてから出てきたのに、一発でアイゴケロスに見抜かれたぞ今。


 しかし、ま。あれだね。

 とりあえずは間一髪ってところか。

 何かちょっと腕がヒリヒリするけど、別に気になる程でもない。

 それよりも俺自身驚いたのは、今俺はアイゴケロスのスキルを殴り消したという事だ。


 はっきり断言しよう。

 俺にそんなスキルはない。

 基本的に俺のスキルは攻撃や自己強化といったものに偏っているのだ。

 補助技なんてアルケミストとアコライトのスキルで充分だと思っていたし、足りない分はパーティーメンバーや12星天に無理矢理補って貰っていた。

 天法ならば一応相手の魔法を防ぐ防御天法も存在するし俺も習得しているが、そんなん使ってる暇はなかった。

 要するに今、俺は本当に単純にブン殴っただけだ。


 やはりこの世界はゲームと似ているようでゲームではない。

 ゲームでは出来なかった事が出来るし、逆にゲームで出来たはずの事が出来無くなっているかもしれない。

 というかそもそもゲームなら相手の攻撃動作中の攻撃割り込みとか出来んけどな。


 とりあえず、こうして目の前で見たアイゴケロスだが……うん、本当に禍々しい外見してるなこいつ。

 人が思い描く悪魔そのものって感じだ。

 そんな外見の奴が涙ドバドバ流しながら跪き、奇声をあげながら俺を拝んでいる。

 何これ、新手の宗教? サタニズム?

 というか悪魔が拝むな。俺は魔王か何かか。

 ……あ、似たようなもんだったわ。


「あー……その、なんだ。

随分と心配をかけたようだな」


 相変わらず涙ドバドバ流して、水溜り作りながらメーメー鳴いているアイゴケロスに声をかける。

 いや、うん。会ったらとりあえず一発殴ろうかなとか考えたんだが、これを見たらそんな気は失せた。

 情けなく泣くその姿は本当に俺――というよりはルファスを心配していたのだと分かるし、流石にそんな奴を殴る気にはなれない。

 俺は正気をゴリゴリ削られそうな奇声を上げ続けるアイゴケロスの肩を叩いた。


「忠道大儀であった。面を上げよ、アイゴケロス」

「は、ははっ!」


 俺が顔を上げるように言うとアイゴケロスは何故か猫背になったまま顔だけを上げた。

 これはあれかね。

 本当は膝を突いたまま顔を上げたいんだけど、足がないからとりあえず猫背だけって事か?

 アイゴケロスよ、あくまで臣下の態度を貫こうとするのは有り難いんだが、それ逆に失礼な姿勢だぞ。


「アリエスから既に聞いているとは思うが、余はこの国の住民をどうこうしようという気はない。

余の為にやった事だという事は分かるが、今この国を落とされては困るのだ。

住民達の狂化を解除してはくれまいか。

それで今回の件は不問とする」

「はっ! 貴女がそれを望むならば!」


 アイゴケロスが頭を下げ、何やらブツブツと呪文を唱える。

 恐らく解呪の言葉か何かを紡いでいるのだろう。

 それを聞きながらアリエスは「僕が言っても止まってくれなかったくせに」と不満そうに口を尖らせていた。


「しかしお言葉ですがルファス様。

我が呪文を解除しても、恐らく民はもう止まらぬかと」

「何?」

「そも、我の呪文は元よりあった感情を増幅しただけ。

我はただ背中を押しただけなのです。

となれば、呪文を解除しようと止まるはずもないかと」


 ……やばいじゃん、それ。

 俺は動揺を外に出さないよう苦心しつつ、内心ではもう大慌てであった。

 いや待て、大丈夫だ。まだ慌てるような時間じゃない。

 リーブラなら……リーブラならきっと何とかしてくれる。

 多分今頃リーブラがユピテルを捕獲してくれているはずだし、そいつを皆の前に出せば取り返しは利くはずだ。

 俺自身は人々の前に出る事が出来ないが、まあ説得はディーナとリーブラに任せればいいだろう。

 

「まあ、手はある。

要は裏で糸を引いていた者を民の前に出し、彼等の感情をそちらに集めればよいのだ。

ディーナ、民の説得は任せるがよいな?」

「勿論です。お任せ下さい」


 俺が呼びかけると、戦闘の巻き添えを食わないように木の陰に隠れていたディーナがひょこっと顔を出した。

 こいつ毎回、ちゃっかり安全な位置をキープしてるんだよな。逞しいというか何というか。

 彼女はぐっ、と親指を立てると自信に溢れた顔で話す。


「このディーナ、戦闘はからっきしですが口先だけは回ります。

アイゴケロス様の引き起こした今回の騒動、見事治めてご覧に入れましょう」

「……ルファス様」


 アイゴケロスは不思議そうにディーナを見た後、俺を見る。

 あ、この流れはあれだな。

 流石に3回目ともなると、慣れるというものだ。

 俺は次にアイゴケロスの口から出る言葉を予想しつつ、とりあえず聞いておく事にした。

 どうせディーナの事は知らないと――。


「そこの女性はもしや、見事なステルスで常に背景と同化していた参謀殿では?」



 ――なん……だと……!!?


魔物化したG師匠「カサカサカサ」

魔物化した蜘蛛「ワサワサワサ」

魔物化した何かよくわからない生き物「キシャー!」

ルファス「……あの山羊が一番マシな外見だな」

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― 新着の感想 ―
[一言] アイゴケロスも記憶を操作されてる疑惑?それにしてもこの国の王様は影が薄いですね。出番はどのくらいあるのかな……
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