第25話 リーブラの空を飛ぶ
Q、田中ってバスルームやキッチンまであるけど、実際どのくらいのサイズなの?
A、重量20トン、全長10m、高さ2、3m、横幅は日本の車線をギリギリはみ出さないくらい。道路にいたら超迷惑な大きさです。
仲間が増えたらもう少し大きくなったり、2階が設置されたり屋根がテラスになったりするかもしれません。
「やったぞ、成功だ!」
剣の王国レーヴァティン。
その中心部とも言える王都の、更に中心たる王城の謁見の間。
王との謁見をするという場所故に普段そこは断じて騒ぎ立てるような場所ではない。
しかし今、その場所は紛れもない歓喜と歓声に包まれていた。
その中心にいるのは、まだ10代半ばだろうと思われる黒髪の少年。
彼はただ、突然我が身を襲った未知の事態に困惑するばかりだった。
事の始まりは何だったのか。
日本に住むその少年はただ、いつも通りに学校の勉学を終え、いつも通りに部活動に励み、そしていつも通りに帰宅している途中だった。
だがそんな日常に、非日常へ誘う声が割り込んだ。
『この声が聞こえる方。どうか我等をお助け下さい』
それは助けを求める声だった。
どこの誰かもわからない、どんな状況でどんな助けを必要としているかも分からない不確かな求め。
普通に考えればそんなものに応える義理も義務もない。
ましてや脳裏に直接響く声など不気味極まりなく、普通の感性の持ち主であればまず正義感より恐怖と疑惑が先行する。
無視して逃げたとしてもそれを責める事など出来はしないだろう。
人は未知を恐れる生き物なのだ。
恐れて逃げたとしても、それが悪いとどうして言えよう。
しかし彼は病的なまでのお人好しだった。
螺子が外れている、あるいはタガが外れているのかもしれない。
困っている人がいれば助けてあげたい。
迷っている人がいれば手を差し延べてあげたい。
それは美徳であり、善性。
一片の疑いもなく、微塵の迷いもなく、求められたから助けたいと願った。
わずかな疑惑すら心に抱かず『助けたい』と思うその精神こそ勇者の資質。
しかしそれは人として考えるならば己の安全、危機感が明らかに欠如した無謀にして無思慮な返答。
言ってしまえば思考の放棄に他ならず。
故に、心からの同意がなければ成立しないエクスゲートの召喚が成立してしまい、彼は日本という国から消え去った。
――勇者召喚に成功。
その報は、瞬く間に国々を駆け抜ける事となる。
*
暗い場所だった。
周囲を全て閉ざされたかのような、光源の欠片もないような闇。
だというのに、不思議と俺はその闇の中を見通せた。
自分の手や足がくっきりと見えるし、迷いなく歩ける。
だから思った。ああ、これは夢なのだろうと。
闇の中を歩くと、やがて見覚えのある部屋へと出た。
俺が最近よく見るミズガルズの世界ではない、現代日本の、どこかの家の一室。
白い壁に囲まれ、日用品が乱暴に散らかり、本棚には漫画本やライトノベルが並ぶありふれた部屋。
確か……そう、確かここは『俺』の部屋だ。
家具の配置も、机の上のパソコンも、何もかもが記憶と一致する。
だが――何故だ。
何故俺はこの部屋に何の親近感も感じない?
懐かしいと感じない。親しみを感じない。安らぎを感じない。
知っているはずなのに、まるで知らない誰かの部屋を訪れたかのような、酷い違和感。
おかしい。
俺はどうかしているのだろうか。
アリエスを見た時は少しばかりの懐かしさを感じたというのに、本来俺が暮らしているはずのここに何故、俺は何の懐かしさも感じないのだ。
開きっ放しのパソコンを見る。
『エクスゲートオンライン』……俺がよく知るゲームの画面が表示されている。
だがそれは妙に霞がかり、チグハグで……まるで本来は異なる別のゲームの画面に無理矢理それを入れたかのような、親和性のなさが感じられる。
それだけじゃない。
ウィンドウに表示される、俺が何の疑問もなく夢中になっていたはずのそれ。
だが改めて見ると……――。
不意に、後ろから肩を掴まれた。
細く白い指。
だがその握力はぞっとするほどに強く、抗えない何かを持っている。
抵抗しようと思った時はもう手遅れだった。
発見された時点で時間切れ。次の機会を待つしかない。
そして俺の意識は、夢から無理矢理に“引き上げられた”。
「――様、ルファス様!」
……目が覚める。
まず視界に入ったのは、俺を揺さぶるディーナの顔。
続いて、その隣に立つアリエスとリーブラが見えた。
「もう、いい加減起きて下さいよルファス様。
ヴァナヘイムへ行くんでしょう?」
「…………あ、ああ。そうであったな」
ディーナに言われ、靄がかかっていた意識が次第にハッキリする。
ああ、そうか。そういや次の目的地はそこだったな。
何だか随分と深く寝てしまっていた気がする。
「すまぬな。妙な夢を見て寝起きが悪かった」
「――どんな夢でした?」
「……ああ、それはな…………。
……いや、どんな内容だったかな……。
すまん、思い出せぬ。何か妙に重要な夢だった気がするのだが、全くもって思い出せん」
何だろうな。結構重要っぽい夢を見てた気はするんだが全く何も思い出せない。
まあ、夢なんてそんなものだという事は分かっている。
人間が夢を覚えていられるのは起きてから5分半程度と言われている。
今回の夢は結構俺にとって重要な気はするのだが、そう思っているだけで実際は大した夢じゃなかったのかもしれんし、もう気にする必要もないか。
田中に乗り、次に俺達が目指すのは俺の故郷である『ヴァナヘイム』だ。
ここは自称天の民である天翼族が細々と暮らす、山の上にある小国……というよりは集落で、俺も例に漏れずこの国出身という設定を付けていたような気がする。
とはいえ、俺のこの黒翼だ。
細かい設定など考えてはいないが、多分迫害されていただろう事は想像に難くない。
もっともゲームプレイ時は俺の黒翼なんぞ霞むくらい酷い色の翼をした天翼族が沢山いたので、それこそ迫害(笑)だったが。
何せ羽根一枚一枚の色を変えて、翼に絵を描いてた奴がいたくらいだ。
俺なんか全然地味な部類である。
「そろそろ夜も更けてきたな。
今日はここらで止まるとしようか」
この田中は別に運転席などないので、放って置いても走る事は出来る。
しかしたまに変な方向に行こうとしたり、道中魔物を見付けるとそっちに攻撃を仕掛けようとするので俺が起きて舵を取らなければならない。
だからディーナも俺を起こしたのだろう。
見た目こそ車だが、こいつはゴーレムだ。つまり基本は自動で敵を攻撃する全自動攻撃マシーンである事を忘れてはならない。
リーブラのように最大のAIレベル5を積んでいれば『余計な戦闘をするな』という細かい指示を送る事も出来るが、そうでない場合はAIレベル4でも油断出来ない。
簡単に言えばあれだ。効かない敵に延々即死魔法を撃とうとする某国民的RPGの神官。
あれクラスのお馬鹿さと思えば俺が油断出来ない理由もわかるだろうか。
「それでしたらルファス様。この先に丁度いい国がありますよ」
「国?」
「はい。というか既に国境的にはここもその国なんですけど……ちょっと行った先に『ギャラルホルン』という国の王都があるんですよ。
7英雄の一人、『天空王』メラクが作った国でほとんどの天翼族はここで暮らしています」
存命中の7英雄の一人か。
確かに彼等に会うのは12星回収と並ぶ俺の目的だ。
しかしメラクが作った天翼族の国、というフレーズが俺の決断を遮ってしまう。
天翼族の国って、どう考えても俺が入ったらアウトな気がする。
勿論捕まったり殺されたりする気は全く無いし、アリエスとリーブラがいる現状その気になりゃ国の一つくらい襲ってきた所で返り討ちに出来る。
しかしそんな事とは無関係に、騒ぎを起こす事そのものがあまり好きではない。
ましてや12星の一人が彼等の元々の住処を占拠してしまっている現状、俺はどう考えても天翼族にとっての地雷だ。
とはいえ、後回しにしても何も変わらないし行くとしようか。
ついでに、また全身外套ガードしないとな。
天翼族って寿命長いから、俺の顔覚えてる奴沢山いるだろうし。
「わかった、今夜はそこに寄ろう。
あまり気乗りはせんがな」
7英雄の生き残りが3人しかいない以上、避けて通るという選択はない。
絞首台に向かう罪人のような気持ちで田中を走らせると、ディーナの言った通り王都らしきものが見えて来た。
第一印象は――変な国。その一言に尽きる。
まず建物が白い。見栄えとか色のバランスとかそういうのを一切合財無視してひたすら白い。
これではどれが民家でどれがそれ以外なのか分からず、ひたすら白くて無個性だ。
次に立地。
何故か建物という建物が全部崖に面して建てられている。
というよりはもう、崖にくっ付くように強引に建てられてるというべきか。
近くに平面があるのに、一体何が楽しくてあんな所に建物を建ててるのだろう。
まるで以前写真で見たギリシャの町だが、あれよりも更に酷い。
一応旅行客の事を考えてか階段が至る所に見えるが、正直歩きにくそうだ。
明らかに飛べる事前提の街作りをされている。
そして更におかしな事に、崖の反対側にも崖があるのだが、こちらにも同じような町が作られていた。
だが先ほどまでとは異なり、建物は黒一色。
相変わらず飛べる事前提の作りになっており、飛べない者に対しては実に不親切だ。
そして山の頂上には両方の町に挟まれる形で白い王宮があり、一際強い存在感を放っていた。
「何だ、この頭悪い王都は」
「凄い歩き難そうです……」
一つのどでかい山の両側に白と黒の町が並ぶその町は俺に言わせてもらえば奇妙極まりない都市だった。
アリエスも同様の感想を抱いたようで呆れたような顔をしている。
いや、色に違いがあるのは別にいいのだ。
それくらいはデザインとして問題ない。
だが両極端すぎる。片側が真っ白でもう片側が真っ黒など、傍から見てまるで別々の都市のようだ。
メラクの奴は一体何を考えてこんな国にしたんだか。
「ディーナ、これはどういう事だ?」
「ええっとですね……どうもこの国は二つの派閥に別れて軽い内戦状態に陥っているようです」
「派閥?」
「はい。旧来より続く純白の翼こそを天翼族の誇りとし、それ以外を認めない『白翼至上主義』と、それに反発する『混翼推進派』の2派閥です。
元々天翼族は翼の白さに拘り、変色した翼を持つ同胞を虐げたり迫害したりする部分があったのはルファス様も御存知の通りですが、ルファス様がいなくなってからその傾向が一気に強まったのです」
ディーナの説明を聞きながら俺は冷や汗が頬を伝う嫌な感覚を感じていた。
あれ、これもしかして俺のせいで起こってる争い?
天翼族から俺というやばいのが出たせいで迫害が強まったとか、そういう流れか?
「ルファス様が支配していた時、翼の色を理由にした差別や迫害を禁じたのは覚えていると思いますが、ルファス様がいなくなった事で白翼派が『やっぱり自分達の方が偉い』と主張し始めたのが始まりでした。
それに対し翼の色が変色している方々――混翼派が対等な権利を訴え、以降200年近くに渡り両者は言い争いを続けているのです」
アカン。これ完全に俺が原因や。
ていうか差別と迫害の禁止って何? 俺そんな命令出した覚えないよ?
そもそもゲームの時は天翼族の翼なんてどんな酷い色の奴がいても驚かれなかったんだから、いちいちそんなの気にするわけもない。
これは完全に『俺』とは異なるこの世界の『ルファス』の行動と見てよさそうだな。
「メラクは何をしている?」
「メラクは中立に立ち、何とか両者の争いを止めようとしているようですが、まるで民を制する事が出来ていないようです」
「……あやつもまた苦労人か……」
「無能ですね」
「リーブラ。そんな事を言うものではない」
メラクは、ゲーム中では周囲の空気を読んで誰も怒らせないような発言をするような、気配りの出来る奴だったと記憶している。
少なくともリーブラが言うような無能ではない。
そのあいつが抑えられないっていうんだから、この争いも相当なんだろう。
そしてその理由が他ならぬ俺自身にあるとくれば、これはもう素通りなんぞ出来るわけもない。
「それで、どちらに行きます?
白か、黒か」
「……まずは黒に行こうか。恐らくそちらが混翼派だろう」
「わかりました」
とりあえず白翼派の所に俺が行くと余計な騒ぎを起こす気がするので、まずはある程度大丈夫そうな混翼派の方へ行ってみよう。
勿論正体を明かす気など微塵もないが、何事も念を押して困る事はない。
「マスターは黒派……記憶しました。
次から下着のセレクトは黒にします」
「其方は一体何を言っているのだ」
リーブラが相変わらず無表情で変な事を言っているので、とりあえず軽く小突いておく。
大真面目なのか、それとも彼女流のジョークなのか、いまいち表情からは読み取れない。
ディーナなんかはジョークの時はそうと分かるんだがな。
アリエスに至っては初心だから、今の言葉一つでも赤面してしまってるじゃないか。
「勿論マスターのお召し物の色です。
それとも私が着用して、絶妙な匙加減でお見せした方がよろしいでしょうか?」
「……いや、いい」
「なるほど、白派ですね。王道です」
「いや、どちらが好みとかではなくてな」
「……!? まさか……ノーパン派……!?」
おい、こいつまだ壊れてるぞ。
俺は無言でリーブラの鋼鉄の頭を叩いた。
大丈夫かこのポンコツ。色々と思考がおかしいぞ。
一応AIレベル5のはずなんだが、ミザールが変な事を教えたのだろうか。
アリエスなんか完全に話についていけず、わたわたしてるじゃないか。
これは早い所常識人を補充しないと彼が置いていかれそうだ。
求む、リーブラに対応出来る突っ込み役。
「とにかく、まずは黒い町に行く。
田中は近くの岩陰にでも隠しておけ」
「イエス、マスター」
俺達を降ろし、リーブラ指揮の下、田中が岩陰に入る。
それから、どこからか出したでかい布を被せてリーブラが戻ってきた。
うん、まともにやれば有能なんだよなこいつ。
やっている事自体は誰でも出来る事だが、その動作が早くブレがない。
「で、どうやって町にいきます?
一応階段はあるみたいですけど……」
ディーナがそう言い、嫌そうに階段を指差す。
町に登る為の階段はあるにはある。
だが長い。とにかく無駄に長い。
何百、いや何千段あるんだってレベルだ。
こんなの登ってたら夜が明けてしまうぞ。
「御安心下さい。私が皆様をお運びします。
プログラム・セレクション。スキル『スカイジェット』展開」
リーブラが自信満々に言うと同時に背中が開き、中からジェットパックのようなものが展開される。
一体どうやって体内にそんなものを収納していたのかは謎だが、どうやらこいつは空も飛べるらしい。
というかまあ、ゴーレムの汎用スキルの一つなんだけどな、このスカイジェットって。
ゲーム内通貨20万エルくらいで、ゴーレムにスキルを習得させる事が出来るアイテムがゲームでは売られており、俺は結構リーブラにスキルを覚えさせている。
いや、でもこんな科学的な見た目のスキルだったっけ、これ。
ファンタジーとは一体何だったのか……。
リーブラは俺を右手で抱き寄せ、左脇でアリエスをまるで樽でも持つかのようにロックし、左手でディーナの首根っこを掴む。
ディーナが「ぐえ」という女性にあるまじき声を発しているがリーブラは全く気にした素振りもない。
そして凄まじく近所迷惑な轟音を立てながらバーニアを吹かし、空へと飛び立った。
ちょ、おま……ストップストップ! これじゃ町の人達全員起きちまう!
リーブラ、止まれ! 止まれええええ!?
【ギャラルホルン】
ギャラルホルンは国民が戦闘に秀でた天翼族であり、加えて地形が天翼族にとって完全有利なのでレヴィアのような守護神がいなくとも迂闊に魔神族も手を出せない。
何より弱体化しても尚、レベル250以下を問答無用で行動不能にするメラクの『威圧』のせいで雑魚をいくら送り込んでも全く意味がない。
かといって7曜が一人で乗り込めば、それこそメラクに殺されてしまう。
二人以上の連携なら勝機もあるが、7曜は基本的に連携しないお馬鹿さんなのでずっと睨み合いの状態が続いてしまっている。
ただしこの均衡は12星のうちの誰か一人でも加われば簡単に崩れてしまう儚い均衡でしかない。
というかこのままだと内戦で勝手に滅びる。
【他国との関係】
やや閉鎖的な国なのであまり良好とはいえない。
しかし最低限の交易くらいはしているらしい。
スヴェルとは同盟国の間柄だが、天翼族の特性上、魔法の国であるスヴェルとはどうしてもソリが合わず足並みが揃えられない。
スヴェルの危機に駆け付ける事が出来なかったのも、スヴェルに充満するマナが天翼族に酷い不快感を与えるからである。
天翼族にスヴェル行って来いというのは、例えるならば『シュールストレミングとドリアンの臭いが常に充満してる場所に行け』と言っているようなもの。
【国王同士の関係】
メラクとメグレズはかつての戦友同士という事で、それなりに気の知れた仲だが200年前の事を引きずっているのか、直接会う事はほとんどない。
『吸血姫』ベネトナシュには何度もコンタクトを試みているが完全に無視されている。
足並みくらい揃えろ、英雄。




