後日談5 クリスマス
一日遅れましたが、とりあえずクリスマスイベントでも書いてみました。
その日、『魚』のピスケスは最高にウキウキしていた。
別にウキウキと猿のように鳴いているわけではない。要はとても気分が昂っているという事だ。
とか思っていたら猿が通りかかってウキウキと鳴いた。
違う、お前じゃない。呼んでないから帰れ。
それはともかくとして、とにかくピスケスはこの日を待ち望んでいた。
今日は楽しいクリスマス。ミズガルズにそんな行事などないし、そもそもクリスマスの元となった聖者もいないので祝う誕生日などないのだが、そんな事はどうでもいい。
母から聞いた事がある……地球にはクリスマスという、恋人達が語らい愛し合うための性夜、いや、聖夜があると。
ピスケスはこのクリスマスという行事に強い興味とシンパシーを感じていた。
クリスマスとは神の子の誕生日を祝う行事である。そしてミズガルズの神といえばご存知、限りなく全能に近いアホこと、アロヴィナスである。
そして神の子といえば、ピスケスの事だ。
ならばつまり、自分の誕生日=クリスマスになるのではないか。そうピスケスは考えたのだ。
ぶっちゃけピスケスは自分の誕生日など覚えていない。そもそも何万年生きていると思っているのだ。そんなのとっくに忘却の彼方である。
しかしピスケスは、知らぬのならばクリスマスが余の誕生日だ! と勝手に決めてしまった。
ちなみに、実は彼の本当の誕生日はグレゴリオ暦に合わせると5月3日だったりする。クリスマスとは全く関係がない。知らない方が幸せな事もある。
自分の誕生日を勝手に決めてしまった彼は、早速ルファス達にこの記念すべき行事を祝おうと声をかけた。
要するに自分の誕生日を祝ってくれと言ったのだ。何と図々しい男なのだろう。
しかしルファスは意外にもこれにOKを出した。
ピスケスの誕生日はどうでもいいとして、クリスマスという行事には彼女も関心があったからだ。
そんなわけでルファス達は現在、エクスゲートで地球へとやって来ていた。
何でだよ、と思うかもしれない。しかし実際この方が速いのだ。
クリスマスという行事そのものがないミズガルズで今から準備するよりも、地球にこちらから出向いて既に完成されている行事に参加した方がずっと楽だし面白い。
勿論ルファス達は全員、能力を封印する腕輪を装備しているので全力で動いても精々マッハを超える程度だろう。つまり本気で動くと街がやばい。
今回地球へやって来たのはルファスとディーナ、アロヴィナス。
それからレオン以外の十三星全員とテラ、ルーナだ。前回のように男しかいないという悲劇は回避された。
流石にレオンはこういう行事には興味を示さず、ついてこなかったがピスケスにとってはむしろ喜ばしい事である。後はサジタリウスもいなければ完璧だった。
「じんぐるべーる、じんぐるべーる」
ディーナが久しぶりに上機嫌で街を歩く。
特に何もせずとも、こういうお祭りで賑わう街を歩くだけで楽しい。
元々彼女はこちらにいた時期も長いだけあって、クリスマスという行事は何度も迎えている。
なので、この中では最もこの行事に詳しいだろう。
「それにしても、クリスマスか。仮にも神に喧嘩を売った私が、違う世界とはいえ神の子の誕生日を祝うとはおかしな話だな」
「別にいいんじゃないですか? だってほら、あれ」
ルファスは自分がクリスマスを楽しむ事のおかしさを自嘲したが、しかしルファスなどマシな方だ。
少なくとも、ディーナが指で示した先にいる女と比べれば。
「じんぐるべーる、じんぐるべーる!」
そこではサンタクロースのコスプレをしたアロヴィナスが上機嫌でクリスマスを楽しんでいた。
何度も言うが、一応こいつはミズガルズの神である。
というか、ありとあらゆる宇宙、次元、並行世界を内包する終極点の神である。
お前それでいいのか。
「……奴を見ているとどうでもよくなるな」
「そういう事です」
二人は溜息を吐き、それから改めて街を見る。
整備された道の邪魔にならないよう配置されたクリスマスツリーはイルミネーションで飾られ、神秘的に輝いている。
本物の神が神秘性など全く感じさせてくれないアホなので、そもそも神秘的という言葉の意味が分からなくなってしまうが、とりあえず幻想的でとても美しい。
まあルファス達こそ幻想の住民そのものなわけだが。
夜道はミズガルズでは考えられない程の活気に満ち、多くの恋人や家族が楽しそうに往来を歩いている。
昨今、煙突のある家など全く見ないせいで窓にガムテープを張って叩き割り、鍵を開けて侵入しようとしたサンタクロースが警察官となった瀬衣に連行され、「違うんですおまわりさん」と言い訳をしていたり、賞味期限が今日までなので何としても完売させたいケーキ店の店員が必死に呼び込みをしているのもまた、クリスマスの風物詩だ。
道の端では男達が「諸君! クリスマスとは元々聖者の誕生を祝うおごそかなる儀式! 町中に蔓延るアベック共を血祭りにあげるべし!」と叫んでいる。
あれがモテない男の末路か……何と見苦しい。ルファスはとても嘆かわしくなった。
ここでふと、ルファスは二人ほどいない事に気付く。
「ところで、ピスケスはどこにいった? それにサジタリウスも」
「あれ? そういえばいませんね。迷子でしょうか」
*
ピスケスはこの上なくウキウキしていた。
別にウキウキと猿のように鳴いているわけではない。要はとても気分が昂っているという事だ。
とか思っていたら動物園から脱走したゴリラが通りかかってウホウホと鳴いた。
違う、惜しいけどお前じゃない。動物園に帰れ。
ピスケスがこれほど最高にハイ! になっている理由。それは遂にルファスを連れ出して二人きりになる事に成功したからだ。
駄目元で二人で何処かに行かないかと声をかけてみた所、彼女もクリスマスで開放的になっているのかすんなりとOKを出してくれた。
ルファスにいつも付いてくるスコルピウスやリーブラが何も言わず、それどころかスコルピウスに至っては何故か同情するような視線をこちらに向けていたが……まあそれは些事タリウスだ。どうでもいいだろう。
「それで? 其方は私を何処に連れて行ってくれる気なのかな?」
ルファタリウス……じゃなかった。ルファスが流し目をピスケスに送りながら言う。
ピスケスは内心でドギマギしながらも平静を装い、数日考えた台詞を口にした。
「我が麗しの主よ。今宵は貴女からのクリスマスプレゼントを頂きたいのです。そう……貴女の愛が、余は欲しい」
余りに歯の浮くキザったらしい台詞に、近くを通りかかった男が唾を吐いた。
更に反対側を通った女子高生達がクスクスと笑っている。
残念ながら彼が数日かけて考えた台詞はセンスがない上に恥ずかしいだけであった。
「ほう?」
面白そうに笑うルファスの逃げ場を塞ぐように壁に手を突く。
壁ドン、というらしい。これが日本では女性を口説くのに最適なのだとアロヴィナスが教えてくれた。
壁すら壊せない非力な男であるアピールをして一体何の役に立つのだと思わないでもないが、一応流行には乗っておくべきだろう。そう思ってピスケスは壁ドンを実行してみたのだ。
加減を少し間違えて壁がミシミシいっているのは気にしてはいけない。
「今夜は逃がしませんよ、ルファス様」
――決まった。
ピスケスは内心で完璧だ、と自分で自分を褒めたい気分であった。
女は少しくらい強く押された方がときめく、とこちらの本で読んだのだ。ならば方法に間違いはあるまい。
そんなピスケスにルファスは微笑み、そして口を開いた。
「なるほど……やはりルファス様に不埒な事をするのが目的であったか」
その声はルファスのものではなかった。
とても野太いものであった。
ピスケスにとっては今一番聞きたくなかった、変態の声であった。
あまりの衝撃にピスケスは青褪め、そして過去のトラウマがフラッシュバックする。
「ル、ルファス様ではない!? お、お前は……お前は、まさか!?」
「然り」
ルファスの身体が輝き、まるで少女漫画の美少女戦士の変身シーンのように光に包まれてシルエットが変わる。
そして現れたのは筋骨隆々の逞しい男だ。
黒い角刈りに目元のサングラス。口には葉巻。顎には無精髭。
日本の街でも違和感がないように用意した黒のスーツは例の如く上しか着ておらず、下半身を惜しげもなく晒している。
その男の名は――皇道十三道、『射手』のサジタリウス。
「俺がいる限り、お前の好きにはさせん」
「騙したなァァァァ! また余を騙したなァァァァ!!」
またこいつかよ! またこのパターンかよ!
ピスケスは泣いた。血の涙を流して泣いた。
何が悲しくてこの聖夜に、見苦しい野郎の下半身など直視せねばならんのだ。
だが彼の悲劇はまだ終わらない。
後ろからポン、と肩を叩かれたので振り返ればそこには警察官が数人立っていた。
「猥褻物陳列罪の現行犯で逮捕する。ちょっと署まで来てもらおうか」
「そこの男は器物破損だ」
その後、翌日にルファスが迎えに来るまでの間、サジタリウスとピスケスは牢屋の中でサンタクロースと共に過ごす事となった。
*
その夜、南十字瀬衣はウィルゴと共に浜辺を歩いていた。
クリスマスだというのに朝からずっと仕事で、サンタクロースの恰好をした泥棒を逮捕したりもしてかなり疲れている。
だがそれでも何とか時間を作り、こうしてデートに漕ぎつけたのだ。
今日はクリスマス。この一夜の勢いを利用せぬ手はない。
(……よし、今度こそ言うぞ。指輪も用意した。
まだ若いけど、若い時間はいつまでも続かない。俺とウィルゴの生きる時間はどんどんずれていく。
けど、ウィルゴはそんな俺を待ってくれているんだ。なら応えなきゃ男じゃない)
瀬衣は強く決意を固める。
人と天翼族の寿命は違う。自分は彼女を置いて先に逝く。
ならば、彼女の為を思うならばこの想いは口にするべきではないのだろう、と何度も思った。墓の下まで持って行こうと一度は思った。
彼女が地球に来た時も一度は突き放すべきだと思った。それがきっと、彼女の為なのだからと。
だがルファスに言われたのだ、あまり待たせてやるなと。
ウィルゴはそれらの全てを知り、その上で地球にまで来たのだ。それをよく考えろと言われた。
『寿命や種族の差は気にするな。人としての死を望むならば私もウィルゴもそれを尊重するし、逆に長く彼女と生きたいならば何とかしてやる。
だから先など考えるな。今を考えろ』
そう言われ、そして瀬衣は決意したのだ。
だから今日こそ言う。前回は邪魔が入ったが、今度こそ。
「ウィルゴ……聞いて欲しい」
「うん」
「その……どうか、俺とこの先の道を……」
瀬衣が一世一代の告白をしようとしたその時、突然海が盛り上がった。
何事かと振り返った二人が見たのは、海から上半身を出したグロテスクにして巨大な怪物であった。
それは狂気の運び手であり、異界より飛来した神。
異形の邪神――トゥールー。
それがサンタクロースのコスプレをして姿を現したのだ。
「■■■■■■■……」
声とは思えない不快な音でクリスマスソングを歌っていた邪神だが、彼は不意に自分を見ている視線に気が付いた。
振り向けばそこには瀬衣とウィルゴがおり、邪神はまたしても自分がタイミングを間違えた事を悟った。
「■■……」
あ、気にしないで続きどうぞ。
まるでそんな事を言っているかのようにトゥールーは手を振り、そして海へと潜って行った。
折角のムードが台無しである。気のせいか、先程まで輝いていた海が黒ずんで見えた。
「もう二度と来るな!」
瀬衣は涙目で叫んだ。
ちなみにこの後、ルファス達はケーキを買ったり、デパートでアロヴィナスが迷子になって店内放送でルファスとディーナが呼び出されて恥をかいたりしつつ元の世界に帰っています。
帰った後はパーティーなどを開いたようですが、ピスケスとサジタリウスは勿論不参加です。
余計な欲を出したためにパーティーにすら参加出来なかった魚の明日はどっちだ。