後日談3 ルファスカート
十三星でマ〇オカートみたいな事をやりたかっただけの話。
このレースに花京院の『魂』を賭けようッ!
公開中のコミカライズ版2話と3話もよろしくお願いします。
マファール塔のすぐ近く。その日、何故かそこには整備された――それでいて無意味に曲がりくねっている道が用意されていた。
それは『向こうの世界』で言えばレース用のサーキットに近いものであり、実際スタートラインと思われる場所には十三台のレースカー型ゴーレムが配置されている。
客席までもが設置され、客こそ数人しかいないもののそれは完全にレーシングの会場であった。
これを造ったのは説明するまでもなくルファスである。
月での偽竜車に代わる新たな移動手段として……また、ミズガルズへの輸出品の主力として開発しているこれは、何の捻りもなくアバターの知識を元に制作したものだ。
いわば鈴木や田中の後継とも言える次世代ゴーレムであり、主な動力にはメグレズ製のマナ機関を採用。更に以前と違い、今回はルファスも専門書などを読みながら造ったので鈴木や田中のようにガワだけ似ている紛い物ではなく、かなり本場の車に近い構造を持たせる事に成功していた。
更に鈴木&田中にはあったゴーレムの自動行動は完全オミット。乗り込んだ搭乗者が操作する形にしてある。
そして今、スタートラインに並ぶ十三台の車はその試運転として軽くレースでもさせてみようとルファスが用意したものだ。
上手くいけば、このまま娯楽の一つとして根付かせる事も出来るかもしれない。
中には皇道十三星が乗り込み、スタートを待っている。
とはいえ、同じ星に二人が所属してしまっている『双子』と『蛇遣い』は流石に二人乗りでレースするわけにもいかないので、ディーナとポルクスが観客席で見学となっていた。
また、アクアリウスも水瓶ごと入る事が出来ないのでガニュメーデスを代わりに乗せている。
「では、そろそろ始めようか」
ルファスが合図を送る。
するとスタートライン横に立っていたフェニックスが手元のボタンを操作する。
それと同時にスタートライン上に設置されていたパネルに色が灯った。
これは発射前のカウントダウンを示すものであり、それを見るや何人かの車は早くも駆動音を響かせていた。
これはスタートダッシュを行う前触れだ。
3
2
1
START!
カウントが終わり、それと同時に十三台の車が一斉に飛び出した。
それぞれの車の性能は完全に互角。最高時速は1200km。
最高速度に達するまでに要する時間はフルスロットルで十五秒。
まさしく暴力的というか殺人的というか、ぶっちゃけると常人がこのマシンに乗って最高速度を出すともれなく圧死してしまうという酷い車だが、これでも十三星が乗るならば遅すぎるくらいである。
勿論ミズガルズに売る際には性能もこの半分以下にするつもりだが、今回は試運転なのでルファスもあまり細かい事は気にしていない。
「ケッ! こんな自分の足より遅いモンで一位になったところで自慢にもなりゃしねェが、負けるのも癪だ!」
まず一位に躍り出たのは赤黒く塗装された車だ。
乗っているのはレオンであり、人間形態時でも巨体なせいで車内は少し窮屈そうだ。
スタートダッシュに成功した彼は車の損傷などまるで気にせず、他の車に体当たりしながらトップをもぎ取った。
だがその背後にピッタリとくっついた緑色の車が豪快に回転し、レオン車を弾き飛ばす。
更に緑の車はすぐ背後から来ていた車の動きも計算していたらしく、追突される形で前へと弾かれる事で一位となった。
「ちょっと、邪魔よお、リーブラ!」
「前に押し出して頂き感謝しております、スコルピウス」
緑の車――リーブラ車はレオンとスコルピウスの妨害を同時に達成し、悠々とトップを走った。
ゴーレムであるリーブラに操作ミスは決してない。
誰かが何とかしなければ、このまま完璧な操作で一位を守り続ける事は誰の目から見ても明らかであった。
「あちゃー、これはもう決まりましたかね?」
「最善最良のタイミング、速度でコーナーを曲がっているな。加えて後ろの車は完全ブロック。
まあリーブラが一位になるのは分かり切っていた事だ」
ディーナとルファスが特に驚いた様子もなく解説をする。
実の所リーブラ一位は予定調和だ。
精密な操作をさせればゴーレムである彼女に勝てる者などいない。
だがそんな二人に、横から別の者が話しかけた。
「ご安心下さい、ワンサイドゲームなんてつまらない事にはしません。
ちゃんと路上にはアイテムパネルを設置しておきました!」
「ちょ、何を余計な事を……」
余計な事を仕出かしたのは毎度お馴染み、余計な事しかしない駄女神アロヴィナスだ。
アイテムパネルってそんなマ〇オカートじゃないんだから……。
そう思いディーナはルファスを見たが、しかしここで期待を裏切られた。
「うむ、それは面白いな。よくやった」
あ、駄目だこの人。そういえばこの人も割とアロヴィナス様の同類だった。
ディーナが頭を抱えるが、その間にもレースは進行する。
二位を走っていたサジタリウス車から何故か青い甲羅が発射され、予期せぬ事態に対応出来なかったリーブラ車をスピンさせた。
「HAHAHA! 今のうちに抜かせて貰いますよ! ソーリー!」
それを好機と見て強引に車体をぶつけながら突破を試みたのは三位のカルキノスだ。
しかし前では未だリーブラがスピンし続けている。
結果、間抜けなカルキノスはリーブラ車のスピンに巻き込まれて一緒に回転。
サジタリウスまでも巻き込んで三台仲良く横転した。
「Oh! My God!」
「お前は何をしに来たのだ!?」
「不覚と言わざるを得ません」
三台が体勢を立て直すにはしばらくの時間がかかるだろう。
その間に次々と他の車が追い越していき、一位にはピスケスが躍り出た。
そのすぐ横に並ぶのはアイゴケロスだ。
「時は来た! 今こそ余が輝く時!
そろそろ目立たねばいい加減『真ハイケイン』とか言われてしまう!」
「おい真ハイケイン。海の統治はどうした?」
「投げ捨てて来た! それと真ハイケイン言うな!」
出番欲しさに海の統治を放り出してまでこのレースに参加したピスケスが割と切実に叫び、仮にも海の王であるはずの男のその姿にアイゴケロスが呆れていた。
そんな叫びを聞きながら、観客席でディーナは何とも複雑そうな顔をしている。
「切実だな。先人として今度何かアドバイスでもしてやれ、旧ハイケイン」
「私が背景してたのは仕事ですー。本当に背景だったわけじゃないですー」
ルファスのからかうような言葉にディーナはふくれっ面をする。
彼女が背景呼ばわりされていたのも今となっては懐かしい過去だ。
それに彼女のそれは結局の所仕事だったわけで、自分で望んで存在感を薄めていたのでピスケスとは状況が違う。
目立ちたくて仕方がないのに存在感の無いピスケスこそ、まさに真なる背景と呼ぶに相応しいのかもしれない。
頑張れエロス、いつかきっと活躍する機会もあるさ。
本編もう終わってるけどな。
「ま、活躍の少なさを言えば儂等もどっこいじゃがな」
「だなあ。まあ別にいいけどよ」
観客席のパルテノスとアクアリウスが割とどうでもよさそうに言う。
パルテノスは役割を後継者に託した後で、そもそも既に死んでいるので今更活躍だのに拘る理由がない。
アクアリウスもまた、元々そんなに目立ちたいタイプではないので特に気にしていなかった。
だがピスケスは違う。彼は輝ける時を待っていたのだ。
ピスケスは見事なハンドリングでアイゴケロスを離し、更に何故か設置されていた加速パネルを踏んで瞬間的に時速2000kmを叩き出した。
このまま、あわや独走か……?
そう思われた瞬間、何故かピスケスの向かい側から車が突撃してきた。
――逆走だ!
「な、なにいいいいい!?」
「ぐわあああああ!」
ピスケスに突撃したのは青いカラーの車――カストール車であった。
今更になって方向音痴設定を思い出したように発症させた彼はスタートと同時に逆走をしており、ピスケスに突撃してしまったのだ。
その情けない姿にポルクスが思わず項垂れる。
「……兄さん……」
二台の車が爆発炎上し、ピスケスとカストールは仲良く放り出されてリタイアとなった。
その隙を狙いすましたように先頭に出たのは虹色カラーのアリエス車だ。
隣には紫色のアイゴケロス車が並び、デッドヒートを繰り広げる。
そして、まずはようやく一周。ゴールまでは残り二周だ。
二台はスタートライン上で止まったままの黒い車を抜かし、互角の勝負を続けている。
「……あれ、オルムの車よね? 何でスタートしてからずっと止まってるの?」
ポルクスが呆れたように言うが、彼女もまさか予想だにしていないだろう。
まさか魔神王オルムともあろうものが、車の走らせ方も分からずに延々とブレーキを踏み続けている事など。
「ぬう……説明された通りにアクセルとやらを踏んでいるのに動かん……これは不良品ではないのか?」
気付けオルム、それはブレーキだ。アクセルではない。
そんな鈍間なオルムを放置してアリエスとアイゴケロスは激闘を繰り広げており、トロトロ走っているせいで周回遅れしてしまったウィルゴを抜き去る。
そして両者が同時にアイテムパネルを踏んだ。
「――仕掛ける!」
「――これで!」
アイゴケロス車が僅かに速度を緩めてアリエスを先行させ、背後からミサイルを発射した。
だがアリエスはそれを振り切るように加速。両者の取ったアイテムはアイゴケロスが相手の車を破壊するミサイルに対し、アリエスは加速用キノコだ。
何故キノコで加速するのかは分からない。きっとそういうものなのだ。イヤッフゥー。
アリエスは圧倒的な加速でミサイルを振り切り、コーナーを曲がる。
ミサイルはその後を追いきれずに、コーナーポストを破壊した。
これにより二位との差は最早歴然。アリエスがまさかの独走に入った。
「おや、これは大番狂わせがきますか?」
「アリエスがトップか。意外とあいつも何でも出来るな」
このまま一位は貰う。そう意気込んでアリエスがカーブを曲がる。
だがそこに罠があった。
曲がった先に何故か、車が横になって道を塞ぐように鎮座していたのだ。
いや、違う。よく見れば走ろうとはしている。
だが方向転換が上手くいかず、壁に向かってぶつかり続けているのだ。
「あれはタウルスか」
「さっきからずっと、ああして壁に体当たりしてますね……」
タウルスは別にふざけているわけでも、アリエスの妨害がしたいわけでもない。
ただ単純に運転が下手糞なだけであった。
流石攻撃力一点特化の愚直な男だ。カーブは不得手らしい。
「ちょっとタウルス、どいて! 通れないよ!」
「む……」
アリエスが抗議するが、それでどうにかなるならタウルスだってどうにかしている。
しかしタウルス車は依然変わらず、壁にガッ、ガッ、とぶつかっているだけだ。
そこに飛び込んで来たのはアイゴケロスとスコルピウスだ。
「邪魔よお! そこをどきなさあい!」
「我が道を阻むなら消し去るのみ!」
スコルピウスとアイゴケロスが同時にミサイルを発射し、タウルス車を近くにいたアリエス車諸共爆破した。
アリエス車は衝撃でスピンし、タウルス車はしめやかに爆散。
放り出されたタウルスはそのままコース外へと飛び、胡坐を欠いた姿勢で着地した。
車が爆破されても本人のダメージは0。桁外れの戦闘力を有する皇道十三星だからこそ、ここまで無茶な事が出来るのだ。
そしてここまでで二周。遂にラスト三周目へと突入する。
レース開始より一分と少し。このラスト一周が勝負の分かれ目だ。
そしてオルムは相変わらずスタートラインから動いていない。もうこいつは駄目だ。
「三位との差は大きい……どうやら妾とアンタの勝負になりそうねえ」
「面白い。蹴散らしてやろう」
スコルピウスとアイゴケロスが睨み合い、二人だけの勝負へと突入しようとする。
だがそこに、一周目で大きく出遅れたはずのリーブラが猛加速をして追い付いてきた。
「リーブラ!? 何でアンタが追い付いて来んのよお!?」
「アイテムパネルで加速キノコのみを取り続けました」
「はあ!? アレ、ランダムじゃなかったの!?」
「乱数調整です」
「意味分かんないわよお!」
どうやらトップ争いはアイゴケロス、リーブラ、スコルピウスで行うようだ。
そして二周目の半分も過ぎ、ここからの逆転はもうないだろう。
つまりこの三台のうち、激戦を制した者が一位となる。
並びながらスコルピウスは考えた。
(悔しいけど、この手の勝負で正攻法でリーブラに勝つのは無理ねえ……。
けどルファス様の見ている前でこいつにだけは負けられない。というかルファス様が見てなくてもこいつに負けるのだけは癪よお……こうなったら……)
リーブラをスコルピウスとの間に挟む形になったアイゴケロスは考える。
(この膠着はじきに崩れるだろう……リーブラが必ず先頭に躍り出る。
そうなる前にこいつだけは先に潰さねば……)
過激派二人に挟まれたリーブラは思案する。
(空気が変わった……仕掛けてきますか)
直線に差し掛かり、それと同時にアイゴケロスとスコルピウスがリーブラを挟むように距離を狭めて来た。
どうやらリーブラを脅威と見なし、まずは共闘してリーブラを潰す作戦に出たようだ。
だがリーブラはそれを見切ったように速度を落として後ろへ下がり、スコルピウスとアイゴケロスを衝突させた。
更に衝突で二台の速度が鈍った隙に横から追い抜かす。
「冗談じゃないわあ! こうなりゃ方法なんて選ばないわよお!」
スコルピウスが短気を起こし、車の床を踏み砕いた。
そして自身の足を出し、今までとは比較にならない速度で一気に距離を詰める。
その姿は車から足が生えているようで酷くシュールだが、速度は確かだ。
結局、車なんかに乗るよりも自分で走った方が速いのである。
「スコルピウス、汝それは反則だろう!
ええい、止むを得ん!」
スコルピウスに対抗し、アイゴケロスも山羊の姿に戻って車を持ち上げて飛んだ。
「それも予測済みです」
それを確認するや、リーブラも車から飛び降りて車体を持ち上げ、走る。
おいお前等、車でレースしろよ。
それに触発されたのか他の十三星やガニュメーデスも車から足を出し、あるいは持ち上げて走った。
まともに車に乗っているのはスタート地点から未だ動いていないオルムと、のんびり走っているウィルゴだけだ。
アリエスは後部ガラスを叩き割って炎を発射して加速し、運悪く炎に命中してしまったカルキノス車が爆発炎上した。
気付けばオルムとウィルゴ以外の全員が自力で走っており、ゴールを目指していた。
そしてオルムだけは車の中で説明書を読み耽っている。
「ゴール!」
十三星が雪崩れ込むようにゴールへと突撃し、今ここに勝負は終わった。
途中までの差など関係ない。彼等が自分で走るならばこの程度の距離など一瞬で詰められるのだ。
ならば誰が一番最初にゴールをしたのかは、相当の動体視力がなければ判別出来ないだろう。
だが幸いにして、ルファスはその動体視力を十分に持っていた。
その彼女が下した判決は――。
「其方等全員、反則で失格な」
――その後、のんびり走り続けるウィルゴと全く動かないオルムの一騎打ちとなり、三十分後にウィルゴの勝利が決まった。
ウィルゴ「車は安全運転じゃなきゃ駄目だって瀬衣君が言ってました」
Q、ところで何でルファス参加してないの?
A、こいつ参加させると一部の十三星が遠慮して本気出さないから。