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最終話 ゆめと ぼうけんと! へいわな せかいへ! レッツゴー!

 女神との戦いから五年の月日が流れた。

 数百年、あるいは数千年と生きるルファス達にとってはほとんど時が経っていないも同然だが世界はそうではない。

 たかが五年、されど五年。

 たったそれだけの年月でも世界は変わり、人々は歩み続ける。

 そしてそんな人々の歩みを月から見守り、正しい方向へとそれとなく誘導するのが月の女神という事にされてしまったディーナの仕事だ。

 今や彼女は名実共に女神の代行者であり、表向きはこの月の最高権力者である。

 もっとも彼女はルファスの部下である事を捨てたわけではないので、実際にはその上にルファスがいるのだが、ルファスは内政などでは猫よりも役に立たないので実質的にはやはりディーナがトップである。

 本人も認めていた事だが、ルファスは力で敵を倒して領土や部下を増やすのは得意でも平和になった後の世界を統治するのには向いていない。

 もっともルファスという絶対の力が存在しているという事そのものが抑止力となるので、とりあえず偉そうにふんぞり返っているだけでも居る意味がある。

 そういう意味で言えば、やはりトップの座はルファスから当分変わる事はないだろう。

 また、覇道十二星は正式にディーナとオルムを『蛇遣い』の星に加えて、覇道十二星天から皇道十三星天へと改名していた。

 そう、覇道ではなく皇道。力で他者を捻じ伏せる覇道は……もう、要らない。


「ディーナ様、資料を纏めておきました」

「ありがとうございます、リーブラ。そこに置いといて下さい」


 月に建てられたマファール塔の最上階……より一つ下の執務室は今やディーナ専用の職場だ。

 ここでは地上で起こる様々なトラブルへの対処や生態系のバランスの調整、天候の操作、そして地震などの天災が起こりそうならばそれを先に察知し、防ぐなどといった様々な職務をこなしている。

 逆に世界を乱すような動きをする国家があるならば、そこに地震などを起こして制裁を加える事も出来るが、幸いにして今の所はそのような動きを見せている国家はない。

 とはいえ人は平和に慣れる生き物だ。五年ではまだまだ平和への有難みが勝っているだろうが、これが後数年も続けば下らぬ野心を抱く輩も現れるだろう。

 あのデブリのように性根から腐り切った貴族というのも未だ数多く、ディーナの悩みは尽きない。


「困ったものですね」

「だからディーナ、私は言ったじゃないですか。そういうのはパパーッと神様パワーで洗脳とかして新しいお人形と挿げ替えればいいんですって」

「アロヴィナス様、邪魔なので執務室に入らないで下さい」

「ひどい!?」


 ディーナに邪魔扱いされたのは、ディーナと瓜二つの外見の女性であった。

 顔のパーツなどはほぼディーナと同じで、違うのは髪の色が首元辺りから金色に変色している事くらいか。

 服装はディーナと違って白のドレスと青のケープであり、ルファスが戦った女神アロヴィナスそのものだ。

 無論本体ではない。アロヴィナス自身が降臨などすれば、それだけで宇宙が崩壊してしまう。

 なのでこれもアバターの一つであり、しかしディーナと違うのはこのアバターが天力で編まれたものである事……そして自我など一切有さずに女神自身が憑依する事で操作するタイプだという事か。

 つまりここにいるのは正真正銘、アロヴィナス自身だという事になる。

 どうでもいいがこのアバターを創ってあげたのはルファスである。女神自身では加減が出来ず、変な大きさのアバターになってしまうらしい。

 道理で生物型のアバターしか創らなかったわけだ。


「分かってるんですか? 私女神ですよ? 貴女の本体ですよ? この多元宇宙で一番偉いんですよ?

もっと私を崇めて下さいよ。構って下さいよ」

「リーブラ。この役に立たないの外に捨てて来て下さい」

「了解しました」

「ちょっとー!?」


 ディーナの指示に応えてリーブラがアロヴィナスの首を掴んでズルズルと執務室から引きずり出し、『拾わないで下さい』と書かれた段ボール箱に詰め込んでマファール塔の上から投げ捨てた。

 ここは高度数千メートルだが何の問題もない、あれは女神でしかもアバターだ。

 どうせ1ダメージも受けないだろうし、仮に死んでも本体は無事だ。

 仮にも自分の真のマスターであるはずの女神を無情に捨ててしまったリーブラはそのまま、何事もなかったかのように執務室へと戻る。


「そういえばリーブラ、ルファス様は見ませんでしたか? 今朝から見かけていないのですが」

「いいえ、私も存じておりません」

「そうですか。一応ルファス様の意見を聞いておきたい案件がいくつかあるんですけどね」


 ディーナは困ったように言い、塔の外を見る。

 ミズガルズは今日も青く、そして丸い。きっと明日も明後日も一年後も十年後も百年後も、あのまま青くて丸いのだろう。

 戦乱の時代はもう終わったのだ。ならば地形を変えてしまうような戦いはもう起こるまい。

 今日もミズガルズと月は平和である。


*


 地上、スヴェル国の王宮内。

 そこには各国の王が集い、円卓を囲んで話し合いをしていた。

 レーヴァティンのアリオト六世。ギャラルホルンのメラク。ドラウプニルのクマール皇。

 ブルートガングの王と、その付き添いのミザールゴーレム。

 スヴェルの王と、その相談役のメグレズ。

 見事復活を果たしつつある小人の国であるフロッティの王。

 そしてミョルニルの王、ベネトナシュ。

 更にはスキーズブラズニルの王であるピスケスに、ネクタールの女王であるアクアリウスまでもがいる。

 彼等はそれぞれの国の情勢などを語り合い、あるいはそれぞれの国の特産品などの輸出、輸入について議論を交わす。

 少し前までは決してみられなかった光景だ。特にこの場にベネトナシュがいる事など奇跡に近いだろう。


「ではフロッティの復興支援に五千万エル出そう。

代わりにそちらの特産品を優先的にミョルニルへ回せ」

「助かります、吸血姫様」

「まてまてベネトや、独占はいかん。ブルートガングからは技師団を派遣するぞ。

こっちにも輸出してくれ」


 ベネトナシュは脳筋に思われがちだが、意外と内政なども出来る。

 そうでなければ二百年以上も王などやっていられない。どこぞの脳筋な覇王とは違うのだ。

 基本的にルファスさえ絡まなければベネトナシュはこれで、結構冷静で知的なのである。

 その後も話し合いが続き、やがて日が傾きかけた所でようやくお開きとなった。

 ベネトナシュは会議が終わると同時に席を立ち、宮殿から出る。

 王であるにも関わらずその近くには護衛の一人もいないが、だからといって彼女に手を出す無謀な者はいないだろう。

 護衛など必要ない。ベネトナシュ一人がいれば、それがミズガルズ最強の軍事力だ。

 いや、これは彼女に限った話ではない。メグレズやメラク、ピスケスにもまた護衛などいない。

 アクアリウスはガニュメーデスを連れてきているが、これは護衛というよりは単に移動用の足として連れてきているだけだろう。


「ふん……マファールの奴は相変わらず来ない、か」

「まあ、彼女がいるのは月だからな。今更ミズガルズの問題に首を突っ込んだりはしないだろう」


 ベネトナシュの不満そうなぼやきにメグレズが苦笑しつつ答えた。

 その近くにはメラクとミザールゴーレムが立ち、共に月を見上げる。


「それに、ある意味ではこの状況こそ彼女が望んだものなのだろう。

世界を統治して魔神族のいない平和な世にする……当初の予定と形こそ違えど、それは確かに叶っているわけだ。ある意味彼女の一人勝ちだよ、これは」

「だから気に入らん」


 メラクが補足を入れるが、ベネトナシュはそれにますます不機嫌になった。

 いつもそうだ……奴はいつも、こうして勝ち逃げをする。

 気付けば己の前を歩いている。

 それが心底気に入らなくて、だからこそ追いかける甲斐があって……何とも複雑なものだ。


「ここから先は私達が果たすべき責任という事なのだろうな。

かつて私達は女神の姦計に乗り、世を乱してしまった……その償いはまだ終わっていない」

「私を数に入れるな阿呆」


 メグレズがしみじみと語るが、それにベネトナシュは反発した。

 暴走したのも女神に操られたのも自分以外の英雄だ。自分は違う。そう主張する。

 とはいえ、操られこそしなかったもののかつてのルファス失脚にはベネトナシュも一枚噛んでしまっているのでそこまで強く言えないのもまた事実であった。

 

「かつて私達は間違えた。だがルファスはそれでも戻って来て、こうして世界を正してくれた。

ならばここからは私達の役目だ……今度こそ、私達は正しい道を選んで世界を平和に導かねばならん……先に逝ってしまった、あいつ等の分までな」


 メグレズのその言葉にミザールゴーレムとメラクが頷き、ベネトナシュが頷きこそしないものの否定も返さない。

 アリオト、ドゥーベ、フェクダ、ミザール……彼等は先に旅立ち、そして自分達は残された。

 ならば残されたものの責任として、あるいはミザールの分身として、彼等が果たせなかった夢を今度こそ実現させる義務がある。

 きっとそれが、かつて共に在った頃に皆が目指した理想なのだから。


 その場から歩き去るベネトナシュ達から離れた位置……そこに、まるで彼女達を見守るように、それでいて満足そうな顔をしたアリオト達の幻影が一瞬移り――風と共に、消えた。


*


 マファール塔から少し離れた位置。

 そこには魔神族の城が立てられていた。

 月の半分ほどを領土として与えられた彼等魔神族は自分達の国をそこに造り、今は平和な生活を謳歌している。

 かつて彼等に付き纏っていた殺戮衝動はもうない。

 まだまだ過去の罪が消えるわけでも、ルファスへの恐怖が消えるわけでもないが、それは時間が少しずつ癒してくれる事だろう。

 その中央に座する城の中で今日、一つのイベントが執り行われていた。

 黒いスーツに身を包んだテラの隣に立つのは純白のドレスに身を包んだルーナだ。

 二人の前には神父の恰好をしたアイゴケロスが立っており、カンニングペーパーを見ながら決まりの言葉を読み上げている。

 何故この祝いの席でよりにもよって悪魔王に神父をやらせているのかと思う者はいるだろう。

 だがこれはテラとルーナ自身の希望であった。

 自分達を散々弄んだ神への誓いなど必要ない。そんなものは信じるにも値しない。

 故にここで誓う相手は神などでは断じてなく、その意思表示としてあえて神の対極に立つ悪魔王を呼んだのだ。


「汝、テラは、この女ルーナを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、

病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、

死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、

神の名のもとに誓うか?」

「いいえ、神には誓いません。私は私自身と私の妻に対してそれを誓います」

「汝ルーナは、この男テラを夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、

病める時も、健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、

死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、

神の名のもとに、誓うか?」

「いいえ、神には誓いません。私は夫と私自身に対して誓います」


 魔神族の婚姻は人のそれとは少し違う。

 神には決して誓わない、祈らない。

 愛を誓う相手は己と相手のみ。それこそが魔の名を冠する一族に相応しい婚姻だろう。

 アイゴケロスは二人の返事を聞き、両腕を広げて本来の悪魔王としての姿へと戻った。


「皆の者、二人の上に神の祝福を願う事なかれ。

結婚の絆によって結ばれた この二人に神の助けなど必要ない。

宇宙万物の造り主である女神よ。

あなたはご自分にかたどって人を造り、

夫婦の愛を祝福してくださいました。

しかし結構。貴女の祝福など二人には要らぬ。

貴女などいなくとも二人は愛に生き、健全な家庭を造るだろう。

喜びにつけ悲しみにつけ信頼と感謝を忘れず、貴女が支えるまでもなく仕事に励み、

困難にあっては愛する者に慰めを見いだすだろう。

また多くの友に恵まれ、結婚がもたらす恵みによって成長し、実り豊かな生活を

送ることが出来るだろう」


 それは神に対する否定の文面であった。

 助けなど要らぬ、脚本など要らぬ。

 我々は自らの足で歩いて行けるのだから、どうか余計な事をしないでくれ。

 その祈りを聞いたアロヴィナスは終極点で何とも言えぬ表情をしていたが、彼等が知る術はない。


「それでは皆の者、ご一緒に。

――Godisdead(神は死んだ)!!」


 アイゴケロスの言葉に参列者全員が同調し、罰当たりな言葉を叫んだ。

 それと同時に祝いの拍手が鳴り響き、新郎と新婦は花道を歩く。

 その姿を見ながらメルクリウスは今にも死にそうな顔になっていた。


「ほら、しっかりしなさいよ。せっかくの席でそんな暗い顔してんじゃないわよ」

「ああ、分かっている……分かっているさ……彼女が幸せなら私もそれで幸せだ……祝福しよう……」

「貴方今、この世で一番不幸だって顔してるわよ」


 そんな二人の反対側で心から祝福しているのはポルクスとオルムであった。

 いや、オルムはよく見れば少しばかり複雑そうだ。


「妙な気持ちだな。息子に先を越されるというのは」

「それは仕方ないでしょ。完全生物である龍に伴侶なんて必要ないもの。

私だってこの歳になって未だに相手なしだし、別にいいんじゃない?」


 龍や妖精というものは通常の生物とは少しばかり常識がズレている。

 少なくとも伴侶や子作りといったものは全く必要としない。

 それを言えば魔神族もそうなのだが、まああの二人はそれを抜きにしても想い合っていたという事だ。


「まあ確かにその通りなのだがね……実は私も数千年ほど前から少しばかりそうした事に興味を持っている。まあ相手は全然気付いてくれないが」

「へえ、貴方にそんな相手がいたのね。それにしてもそれ、鈍感って次元じゃないわよ……数千年気付かないって……」

「そうだな」

「でもちょっと待って? 数千年も生きる相手ってそうそういなくない?

私の知る限り、私くらいしか数千年も前から貴方と接してる女なんていないわよ」

「そうだな」

「そうだなって……じゃあ誰なのよ? 私以外該当者がいないんじゃ話にならないじゃない。

他に思い当たる子なんて……いな…………いし……」


 ここまで話し、ポルクスもようやく答えへと辿り着いたようだ。

 一瞬で青褪め、しかし今度は徐々に赤くなっていく。


「……気付いたかね? 本当に鈍いな、君も」

「…………え? 私? まさかの私?」


 見詰め合う妖精姫と魔神王。

 その二人を傍目で見ていたメルクリウスは小さく呟いた。


「サートゥルヌス……君は今、この世で一番不幸だという顔をしているぞ」

「……他人の不幸は蜜の味だけど、他人の幸せは泥の味だわ。

ちょっとメルクリウス、今夜も自棄酒に付き合いなさい」

「酔いつぶれるまで付き合おう」


 ――この日、結婚式の席で新たに二組のカップルが誕生したとか、していないとか。


*


「ルファス様ー何処にいらっしゃるのー!?」


 マファール塔を黒い影が疾走する。

 それはスコルピウスであり、彼女はルファスがいそうな場所を手あたり次第に当たっては次の場所へと走っていた。

 ルファスは今日、何故か朝からずっといない。別に一日くらいいなくても問題はないし、ルファスをどうこう出来る者など存在するはずもないが、問題はスコルピウス自身にある。

 このままではルファス分が足りずに死んでしまう。彼女は割と本気でそう思っていた。

 塔を散々探し回り、最後に一階にある飲食店『キングクラブ月本店』へと飛び込む。

 そこにはアリエス、タウルス、パルテノス、カストール、サジタリウス、レオン、カルキノスといった他の十三星の面々が集まっていた。


「ちょっと貴方達、ルファス様を見なかったあ?」

「いや、こっちには来てないよ」


 塩茹でされたザリガニを咀嚼しながらアリエスがスコルピウスの問いに答えた。

 羊なのにそんなものを食べていいのかと思うかもしれないが、彼は魔物だ。気にしてはいけない。


「ああ、ルファス様は一体何処へ……もう丸一日会ってないわあ。まさかルファス様の身に何か……!?」

「一日くらい放っておきゃいいだろ。てーか、お前が鬱陶しくてどっか行ったんじゃねえか?」


 芝居がかった動作でルファスを案じるスコルピウスへレオンが呆れたように呟いた。

 ルファスの身に何かが起こるという心配は基本的に不要だ。

 あれを害せるものなど何処にも存在しない。仮に太陽が直撃しても平然と帰って来るのがルファスだ。

 病原菌ですら彼女の中に入り込めばほぼ一瞬で死滅してしまうだろう。

 極端な話、寿命以外ではまず死なないと思っていい。

 だがその寿命ですらその気になれば時間の巻き戻しでどうにか出来てしまう。

 つまり無駄なのだ。心配する要素がどこにもない。


「何ですってえ!? 最強(笑)のくせに!」

「んだとォこらァ!」

「あらあ御免ねえ? 本当の事言っちゃって御免ねえ?」

「ぶっ殺す!」


 ぎゃーぎゃーと喚く二人を見ながらアリエスは平和だなあ、としみじみ思う。

 ザリガニの唐揚げを齧り、ふと店の外に目を向ければそこには、かつて勇者瀬衣と共に旅をしていた蜘蛛の蟲人であるサージェスがいた。他にもラミアや魚人、ドライアドなども一緒だ。


「カルキノス殿、頼まれていた食材を持って来たぞ」

「Thank You! これでメニューを増やせます」


 サージェスがカルキノスに渡したのは、両手で抱えるサイズの半透明の球体であった。

 中には琥珀色の蜜がたっぷりと詰まっており、非常に甘そうだ。


「カルキノス、それは何じゃ?」

「蟻が変異したシロップアントという魔物が溜め込んだ蜜です。

主に砂漠などに生息している魔物なのですが、この蜜が絶品でしてね。次はこれを使ったデザートを女性層向けに作ろうかと研究中なのです」


 パルテノスの問いにカルキノスが嬉しそうに答える。

 世界が平和になった事で食料も以前より大分余裕が生まれてきた。

 カルキノスは最近新しい料理の開発に夢中になっており、ルファスが『向こうの世界』から持ち帰って来た料理本と毎日睨めっこをしている。

 ここ五年で彼は様々な料理をパク……もとい、新開発し、『料理王』の名を欲しいままにしている。

 彼の店であるキングクラブはどうやら、当分の間は飲食業界の王座に居座り続けそうだ。


「ふむ。我々も何か頼んでいこうか」

「あ、じゃあアタシ甘いの欲しい! ここのデザートって有名なんでしょ?」

「アタイは卵料理がいいねえ」

「オイラは海老がいいんだな」


 亜人四人もテーブルへとつき、メニューを眺める。

 そこに今度は何故か神父服を着たアイゴケロスが訪れ、椅子に座った。


「あ、お帰りアイゴケロス。結婚式はどうだった?」

「慣れぬ事はするものではないな。ルファス様の命令だから行ったが、二度とやりたくないぞ」


 アイゴケロスは上着を脱ぎ、カルキノスがテーブルに置いた酒を煽る。

 悪魔王が神父など、笑い話にもならない。

 そんな彼の様子にカストールが苦笑するが、そんな彼へとアイゴケロスが爆弾を投げつけた。


「そういえば魔神王とポルクスの奴が妙だったな……まるで付き合い立ての若者のようだったぞ。

我には分からぬ感情だが、何かあったらしいな」

「アルゴー船出陣! 英霊達よ私に続け! 今こそ聖戦の時!」

「カストール!?」


 驚くアリエスの前でカストールは椅子を蹴って立ち上がり、そのまま愛用の武器を片手に店の外へと走って行ってしまった。

 その後にはどこから沸いたのか大勢の英霊が続き、アルゴー船が飛び立つ。

 フェニックスやハイドラス、三翼騎士といった実力派の英霊まで一緒な辺りカストールの本気具合が伺えるだろう。

 もっとも、それでも勝敗は正直見えているが。


「カストールが返り討ちに遭う方に1000エル賭けるわあ」

「同じく」

「賭けにならんな」


 スコルピウスとタウルスがオルムの勝利に賭けるも、誰もカストールに賭けないので賭けは不成立となった。

 月から離れた場所で早速ドンパチが始まり、月龍としての姿へと変じたオルムとアルゴー船が魔法を撃ち合っている。

 と思ったらあっさりとアルゴー船が撃墜された。実力者同士の戦闘はほんの数秒で終わってしまう。


「男って馬鹿ねえ」

「全くじゃ」


 スコルピウスとパルテノスが溜息を吐き、同時に酒を煽った。


*


 あの夢のようで、しかし現実だったのだろう出来事から五年の月日が流れた。

 二十三歳となった南十字瀬衣は国家公務員採用試験に無事合格し、今では警察官としての日々を送っている。

 若くして手柄をいくつか挙げている彼は若手の中では現在最も期待されているが、反面周囲からの嫉妬なども当然のように浴びていた。

 瀬衣自身も実際ズルをしているようなものだろうとは思っている。

 他の皆とは条件がまるで違うのだ。

 犯罪者が振り回す凶器に怯える必要がない。動きは止まって見える。

 銃ですら今の彼にとっては玩具のようなものだ。

 勿論当たれば痛いのだが、逆を言えば痛いで済んでしまう。そもそも避けるのも容易でまず当たらない。

 人間である以上誰しもが持つ保身。瀬衣だけはそれを度外視して行動出来る。

 火事の中に飛び込んで子供を助けた時、何と勇敢な警官だと言われた。

 違う、あんなのは向こうの世界で散々見てきた星すらも焦土に変える炎と比べて何の脅威も感じないだけだ。

 建物に籠り、銃を突き付ける犯人と単身対峙して説得した時は若いのに大した正義感だと言われた。

 違う、そもそも銃が玩具にしか見えていなかっただけだ。決して己の身を省みずに説得したわけではない。


「……何か、違うな」


 私服で道を歩き、買い物袋を持ちながら瀬衣はぼやいた。

 今日は休日で、今は買い物の帰りだ。

 母との二人暮らしである彼は休みの日には母の代わりにこうして食料品などを買いに行っている。

 そんな彼の悩みは、己の得てしまった力に対するものであった。

 決して後悔しているわけではない。

 誰かを助けた事……それ自体はやってよかったと思う。

 だが何か違うのだ。果たして自分の目指した警察官とはこんなものだったのだろうか。

 これでは自分だけが安全な位置を常に確保しているに等しく、今までの手柄など向こうで得た力があればこそ出来た事だ。

 では、もしもなければ? この力がなくても自分は同じ事が出来ただろうか?

 燃え盛る炎の中に子供を助ける為に飛び込めただろうか。立てこもり、銃を持つ犯人の前に出る事など出来ただろうか。

 降って沸いた力でズルをしていい気になっている……そんな浅ましい男が今の自分なのではないだろうか?


「……あの人達なら、何て言うのかな」


 力を持つという事は責任が伴うという事だ。責任のない力などただの凶器でしかない。

 意図せずに得てしまった力は、向こうではまるで気にならなかった。

 何故なら向こうではこの程度の力など無いに等しかったから。

 ルファス・マファールやアロヴィナスにしてみればそこらの村人と瀬衣に差などなかった。

 どちらも等しく、潰そうと思えば労せず潰せてしまう存在でしかない。

 だから実感がなかったのだ。自分が、とんでもない物を持ち帰ってしまった事に。

 だが戻って来てからは理解出来た。

 理解し……そして自分が何だか物凄いズルい人間に思えてしまったのだ。


「あの子なら……」

 

 思い出すのは、桃色の髪の少女の事だ。

 あの時は自分も若かった。いや、今も二十三歳の若造だが。

 今にして思えばもっと何か話してもよかったのではないかと思える。

 未練を振り切るように走ってしまったが、もっと何か言う事があったのではないだろうか。

 そしていつも思うのだ。こんな自分の姿を見たら彼女は何て言うのだろうかと。



「相変わらず悩んでるんだねって……そう言うと思うな」



 それは、最初幻聴かと思った。

 何故ならこの地球でその声が聞こえるはずがない。

 だから気のせいだ、自分の都合のいい妄想だ。

 そう思うも、自然と首は後ろへと向いていた。

 果たしてそこには予想通り……今、最も会いたかった少女が五年前と何も変わらぬ姿で佇んでいた。

 呆然とする瀬衣の前で彼女ははにかみ、そして悪戯がバレた子供のように言う。


 ――会いたくて、来ちゃった。


*


 そこは、レーヴァティンの外れにある小さな村であった。

 いつもは平和ななずの場所だが、しかしいつの世も平和に馴染めずに弱者を食い物にする外道は存在する。

 この静かな村に立ち寄った薄汚い冒険者崩れの三人の男もまた、そんな輩だった。

 彼等は決して強い冒険者ではないが、自分よりも更に弱い者達を相手に強者を気取っている。

 そして小さな村には、それに歯向かう術がないのだ。


「ヒャッハー! さっさと食料を全部持ってこい!」

「それと女だ! 若い女を出せ!」

「ヒャハハハ! この村は気に入ったぜ! しばらく住んでやるから感謝しろよお!?」


 何ともテンプレ染みたモヒカンヘッドの悪党達であるが、案外こういう輩は少なくない。

 何時の世でも秩序や法に逆らい、粋がる事が格好いい事だと勘違いする馬鹿はいる。

 そして、そうした考えがエスカレートして下がる所まで下がったのがこうした男達だ。

 だからこれは決して珍しい事ではない。

 珍しい事があったとすればそれは……今日の彼等は、死ぬほど運がなかったという事だけだ。


「おい、そこの。随分楽しそうだな。私も混ざっていいか?」

「あ?」


 男達へと若い女の声がかけられ、振り返ると同時に男達は崩れ落ちた。

 それはまるで天が落ちたかのような重圧で、まるで身動き一つ取れない。

 地面に這い蹲りながら男達は見た。

 風になびく真紅の外套を。


「全く……母の墓参りの帰りで気分の悪いものを見せてくれる。

なあ、其方等……」


 黄金に輝く頭髪は途中から朱に変色しており、その顔立ちは整いすぎている程に整っている。

 瞳の色も炎のような朱。

 何よりも目を引くのは、不吉の象徴である漆黒の大翼だ。

 それはミズガルズにおける恐怖の代名詞であり、一度は世界を滅ぼした怪物の象徴。


 その怪物の名は、ルファス・マファールという。


「ここで死ぬか?」


 男達はもう声すら発せない。

 恐怖のあまりみっともなく失禁し、涙と鼻水と涎を垂れ流すだけだ。

 やがて彼等は酸欠に陥って失神し、ルファスは呆れたように威圧を解除した。

 ちょっと脅しただけでこれとは……弱者を食い物にする者ほど、自分が追い詰められれば案外脆いものだ。


「あ、ああ……貴方様は……」

「おっと、邪魔をしたな。ご老人」


 震える村長へとルファスは軽く詫び、男達を引きずってその場から歩き去る。

 それはまさに王の歩み、力という概念そのものの具現化。

 そして恐ろしい事にこの歩く理不尽は、いつどこに現れても決して不思議ではない。

 今のように、誰も注目していないような小さな村に気まぐれで訪れる事もあるのだ。

 そんな時、認識外の不幸に出会ってしまった者達は己の不幸を呪うだろう。

 世界は今日も平和である。

 だが……絶望と理不尽の体現者はいつでも、どこにでも現れる。

 それを忘れてはならない。

 忘れたならばきっと、その者の前にこそ絶望(ラスボス)が現れるのだから。

 後に村長は、遅れて到着した騎士団の前でこう語ったという。




 ――野生のラスボスが現れた。




ルファスのアバター:20歳を過ぎても無職。内職をしつつゲーム三昧。

瀬衣:23歳で警察。


ルファス「私の分身ェ……」


※キャリアの最低年齢をミスっていたため3年後から5年後に変更。瀬衣君も22歳になりました。



( ´∀`)人 皆様今までありがとうございました。これにて野生のラスボスが現れた!は完結となります。

バトル物のお約束としてはこの後に更に強い敵が出たりするものですが、残念ながらアロヴィナスを越える敵は存在しないので、これ以上引っ張りようがありません。

この後はとりあえず気が向いたら番外編とかを書いたりするくらいでしょうか。

瀬衣君とウィルゴのその後に関してはあえてぼかしております。まあ悪い結末にはならないでしょう。


次回作はまだ構想中ですが、さてどうしたものか。

TRPGの身内サークルが自分達の身内シナリオで作った高レベルキャラでTRPG世界に飛んでしまうものとか、変な侵略者に襲われている未来の地球に何故か巨大ロボットになって転移してしまった主人公が暴れまわる話とか、吸血鬼に転生してしまった主人公とか。

一番やりたいのは巨大ロボなのですが、問題は私のデザイン力がないからロボだと必ずどこかで見たようなデザインになってしまう事です。

まあ、決まったら多分書き始めますのでその時にまたお会いしましょう。


それでは皆様、いつかまた何処かで。

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