第179話 土龍のブラックホールイクリプス
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ギガドレイン→ブラックホールイクリプス
千切れた火龍の尾が吹き飛び、土龍とアリエスの間に飛び込んだ。
血飛沫が舞い、両者の視界を一瞬塞ぐ。
このよもやの事態に一瞬早く我に返ったのはアリエスだ。
彼は信じていた。仲間達の勝利を。だから決して動揺はしなかった。
しかし土龍はこの事態を予想などしていない。
まさか龍の一角たる火龍がここまでの打撃を受け、身体の一部が千切れて飛んでくるなど考えた事すらなかったのだ。
絶対の強者だからこそ生まれた思考の空白。絶対に有り得ないと思っていたからこそ、それを目の当たりにした時の衝撃は凄まじい。
アリエスの口から火炎が吐き出され、土龍の身体を焼き焦がす。
遅れて土龍が重力弾を放つも、それはアリエスに届かずにウィルゴのスキルによって霧散してしまった。
『火龍……まさか敗れたというのか?
それに天龍の気配も感じぬ。このような事が……』
土龍の発する声は震えていた。
信じがたい事実……負けるはずのない自分達龍が追い詰められているというあってはならない出来事を前に呆然としてしまう。
だがそれは決して他人事ではない。自らもまた、立ち向かってくる敵をほとんど倒せていないのだ。
認めなければならない……この小さな敵達の強大さを。
そしてだからこそ駆逐せねばならない。こいつらを危険であると認めるが故に。
『危険……お前達は危険だ。
女神様の箱庭を脅かす異物……もはや加減はすまい。
我輩の全力をもって、この太陽系諸共消えてなくなれい!』
土龍が一切の油断を捨てて吠え、宙へと飛翔した。
それを見てアクアリウスは狙いを察し、顔色を変える。
不味い……奴を好きにさせてはならない。
「やべえ! 追いかけろ!
このまま行かせるのはやべえ!」
「え?」
「今言っていただろ! このままだとあいつ、本当に太陽系ごと何もかもを破壊し尽すぞ!
土龍はそれが出来るんだよ!」
アクアリウスは元々神の道具である。故に龍の大まかな情報も持っていたが、だからこそ今が絶望的な状況なのだと誰よりも早く理解してしまった。
土龍は重力を操る。そしてその行き付く究極系は……ブラックホールだ。
土龍はこれからブラックホールを発生させ、何もかもを事象の地平面へと葬る気なのだ。
だからこそ、発動前にこれを止めなければならない。
発動してしまえば、もう打つ手がない。
だが止めようにも距離が開きすぎている。
これがミズガルズの近くであればまだ割り込みも間に合ったかもしれないが、土龍はその可能性を考慮してか太陽系の端にまで移動してしまった。
馬鹿げた速度ではある。だがあの巨体ならば不可能ではない。
仮に銀河よりも巨大な人間がいたとして、その者が大きさ相応の常人並の速度で普通に歩けばそれは光速を超えてしまう。
ミズガルズから太陽系の端までの距離は実に約280億kmだ。人にしてみれば膨大極まりない距離だろう。
だが龍の巨体から見ればそれは、決して到達不可能な距離ではなく、ましてや龍はあの巨体に似合わぬ飛行速度まで持ち合わせている。
つまり……妨害はほぼ不可能だ。
「で、でも宇宙だよ? そりゃ少しくらいは平気だけどさ……」
「私平気じゃないよ! 死んじゃうって!」
アリエスが少し常識からズレた返答をし、ウィルゴが慌てふためく。
そう、彼等は結局の所生物だ。
この意味のわからない規模の戦いを繰り広げておいて今更生物面するなと思うかもしれないが、それでも生物なのである。
この場にサジタリウスがいれば彼の天法でどうにか出来たかもしれないが、その彼は木龍と交戦中であり、こちらへの援護は期待出来ない。
「……駄目だ、間に合わねえ!」
遥かな宇宙の果てで、土龍が己の尾を噛んで旋回していた。
アクアリウスはそれを察知し、苦渋に満ちた声をあげる。
固有スキル『循環する世界』。
土龍が行うそのスキルの効果は至って単純。自らが重力場となり、何もかもを呑み込んで決して脱出出来ない特異点へと追放してしまうという問答無用の抹殺スキルだ。
太陽系全てを巻き込む超重力場はまず最初に海王星を呑み込み、抹消した。
次に天王星。更に土星を吸い込み、重力場に囚われた土星が崩壊して塵となって消える。
決してハッタリの類ではなく本当に何もかもを破壊してしまうつもりなのだろう。
次々と惑星が吸い込まれては消えていき、数多の星々がこの世から失われていく。
事象の地平線に飲み込まれたが最後、光ですらも脱出は出来ない。
ルファスであればあるいは光すらも遥か遠くに置き去りにした速度で無理矢理に走破して脱出してしまうかもしれないが、他の者にそれは無理だ。
木星が消え、火星や水星の残骸すらもが消え、遂にミズガルズの番が訪れる。
問題の距離はこれで縮まった。もっともそれは、何の慰めにもならないだろう。
「ど、どうしようアクアリウス! 何かないの!? 絶対回避とか!」
「無茶言うな。ブラックホールが持続している限り攻撃も“持続し続けている”。ほんの一回や二回絶対回避したって吸い込まれるまでの時間はコンマ一秒すら伸びねえよ。
……だがブラックホールとはいえ、アレは土龍だ。ミズガルズが飲み込まれる前に仕留める事が出来れば止まるかもしれねえが……」
自分で言いながらアクアリウスは即座に不可能だと判断を下していた。
無理だ……あれのHPはまだ数百万も残っている。一撃で潰す事など出来ない。
せめてあの回転を止めるだけの衝撃を与える事が出来れば技を中断させるくらいは出来るかもしれないが、それも難しいだろう。
メサルティムを当てても怯みすらすまい。
どうする? どうすればいい?
恥を承知でルファスに助けを求めるべきか?
だが向こうもそんな暇はないだろうし、だからこそ自分達に龍の討伐を頼んだ。いや、しかし最早それ以外に方法は……。
必死に頭を回転させるアクアリウスへ、タウルスが静かに告げる。
「……アクアリウス。俺を撃て」
「なっ……!?」
「俺ならばアレを砕く事が出来る」
「ま、待て、無茶だ! 確かに上手くいきゃあ砕けるだろうがお前も死ぬぞ!」
ブラックホールと化した今の土龍が発生させている重力はあらゆる物を飲み込んで破壊する。
遥か遠くから恒星すら吸い寄せる重力というものがどれだけのものか分かるだろうか。
数万倍? 数億倍? それとも数兆倍?
大凡予想すら出来ない規模である事は間違いないが、どちらにせよ近付けばまず無事では済まないだろう。
ましてや拳や斧が届く距離ともなれば、それはもう自殺と呼んで過言ではない。
だがタウルスの顔に恐怖など微塵もなく、ただ己しか出来ないという事実だけを心に刻んでいた。
「それで死ねば俺はその程度だったという事だ……構うな。今出来る事をしろ」
「……死んでも化けて出るなよ」
アクアリウスはタウルスの覚悟が固い事を理解し、現身の少女が水瓶の中へと潜った。
それと同時にタウルスが水瓶の中へ飛び込み、ガニュメーデスが狙いを定める。
何ともシュールかつ間抜けな光景だが本人達は至って真面目だ。
爆音と共にタウルスが発射され、成層圏を突破して星が大分減ってしまった宇宙空間を飛ぶ。
砕けた星々の残骸を通り過ぎ、土龍の前へと飛び出す。
拳に握り込むのは友情と決意。友の勝利への道を切り開くために己はいる。
二百年前はその誓いを果たす事が出来なかった。
だが今は違う。今こそ誓いを果たす時だ。
斧を振りかぶり、臆する事なく土龍へと振り下ろす。
そしてスキル破壊の一撃がブラックホールを砕き、強制中断させた。
*
――王妃に隠し子がいたらしい。
――頭が牛だったってさ。獣人とのハーフじゃないか?
――でも王妃様は否定してるんだろ? どう見ても半獣人なのに。
――だが国王は笑って許したらしいぞ。寛大だな。
――寛大か? 息子を迷宮へ幽閉したって聞いたぞ。妻は大事でも子は別に大事じゃないらしい。
――あまりこの事は話さない方がいいぞ。国王は息子の事を無かった事にしたいらしいからよ。
生まれた時から独りだった。
タウルス――アステリオスは元々は一つの王国の王子であった。
もっとも彼が王子と認めらていたのは母の胎にいた頃までで、生れ落ちてからは一秒として王子として認められた事はない。名乗る事も許されていない。
その始まりは母の浮気ではなく、父の背信であった。
アステリオスの父であるミノス王は隣の国の王女を欲しがり、彼女が欲しいと毎日毎日教会へと通い詰めた。雨の日も雪の日もしつこいくらいに通い、願い、念じ、あまりに願いがしつこくて煩いので女神は辟易した。
男のエロへかける情念というのは凄まじい。王女の美貌と牛のように豊満な胸に魅了された王は、それはそれはしつこかった。
余りに鬱陶しいので仕方なく願いを叶えてやる代わりに女神は一つの条件を出す。
王女が嫁いで来る時に彼女は美しい白い雄牛を連れて来るでしょう。その牛を私へと供物として捧げるならば願いを一度だけ聞き届けてあげましょう。
王はこれに喜んで同意した。欲しいのは王女であって牛などどうでもいい。そう思っていたのだ。
だが王は約束を違えた。王女が連れてきた牛が余りに見事で美しかったので手放すのが惜しくなり、女神との約束を反故にしたのだ。
すると女神は怒り、生まれる前の王の息子へと先祖返りの呪いをかけて不貞寝した。
結果生まれたのがアステリオスだ。どれだけ昔に交じったかも分からぬ獣人の血によって半獣人として生まれてしまい、そして息子と認められずに幽閉された。
誰も彼の存在価値など認めはしなかった。両親は彼の存在を無かったものとして扱ったし、特に王妃は浮気など一度もしていないのに自分の胎からそんなものが出てきてしまった事を心底から不気味がった。彼女は牛みたいな乳をぶらさげていた癖に自分の先祖に牛の獣人がいた事を知らなかったのだ。
そして王は女神に背いた事を猛省こそしたが、一番欲しかった王妃は無事に手に入ったので無責任にもこの事を忘れる事とし、逆に王妃を許す寛大な夫を演じた。無論全て自分に原因がある事を知っていたからこその寛大さである。
アステリオスは独りだった。本来ならば迷宮に閉じ込められた彼はそこの魔物達の餌になるなどして死ぬはずだったのだろう。少なくとも王はそう考えていた。
だが彼は生きた。生き残った。
女神の呪いで得てしまった膂力を武器に魔物達を屠り、その肉を喰らい、血を啜った。
迷宮とは数多の魔物を閉じ込めた牢獄だ。戦う相手には不足せず、彼は毎日戦いに明け暮れて強くなった。
そして気付けば迷宮の王として君臨しており、世界中が彼を恐れていた。
――あの迷宮にはとんでもない化物がいるらしい。
――あの牛野郎のせいで誰も迷宮の奥の宝に辿り着けないんだとよ。
――また冒険者が返り討ちにされたってさ。忌々しい牛野郎め。
――何で生きてるのかしらね。死ねばいいのに。
――早く死んでくれないかな、あの牛。
恐れられた。嫌われた。
誰も彼など必要としない。皆がいなくなって欲しいと望んだ。
アステリオスは独りだった。誰も彼の隣にはおらず、彼の心など理解しなかった。
魔物も人も、両親すらも。誰も彼もが敵だ。
そして自分はいつか、嫌われ者のまま誰かに殺されるのだろう。
彼はそう考えていたし、それを受け入れていた。
だから、自分の前に自分を殺し得る冒険者が現れた時も一種の安堵すら感じていた。
始まる激闘。そして敗北。
死を受け入れたアステリオスへ冒険者――黒い翼の少女は言った。
『お前、私と共に来ないか?』
手を差し伸べられたのは初めての事で、誰かに恐れられなかったのも初めての経験であった。
何より誰かに必要とされる日が訪れるなどと、考えた事もなかった。
聞けば彼女もまた父から愛されなかった存在だという。
父に恵まれなかった者同士、不思議な共感がそこにはあった。
もしかしたらそれは自分と同じ境遇の者を見捨てられなかっただけかもしれない。
自分自身を重ねての行動だったのかもしれない。
だがそれでも誰かに必要とされた事が純粋に嬉しかったのだ。
アステリオスは考える。
親すらも要らぬと捨てたこの命を拾ったのはルファス、お前だけだ。お前だけが俺を必要とした。
だから俺の命はお前の物だ。
どうせお前と会わねばあの迷宮で死んでいた身……それがこんな世界の命運をかけた戦場で友の為に戦えるのだ。ならば後悔などない。
道は俺が切り開く。だから後はお前に任せた。
友よ……お前の勝利を信じている。
その思考を最後に――アステリオスの意識は黒で染まった。
土龍のブラックホールイクリプス!
冥王星HP:0/500000
冥王星「わたしのぼうけんはここでおわってしまった!」
海王星HP:0/850000
海王星「惑星だけを殺す機械かよ!」
天王星HP:0/999999
天王星「カミーユ……貴様は俺の……!」
土星HP:6300002/6500000
土星「ふっ、その程度の攻撃で俺が……」
土星HP:0/6500000
土星「Z技やめーや」
木星HP:0/4200000
木星「太陽系に栄光あれー!」
金星HP:5000000/5000000
金星「許された」
※金星がBHを喰らうのはミズガルズの次




