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第176話 アイゴケロスは月の石を使った

月で直接おしおきよ

「今更何を言うかと思えば……断るに決まってるでしょ。

ここで頷くなら、最初から貴方達と敵対なんかしてないわよ」


 ポルクスは木龍の申し出を一蹴し、懐から小瓶を取り出した。

 自分では使う事もないだろうと思っていたSP回復用のアイテムで、『マナドリンク・F』という。

 効果の薄い順から『マナドリンク』、『マナドリンク・S』、『マナドリンク・F』の三種類があり、これの効果はSPを全回復させるというもので、もしもの時の為に一つだけ持っていたものだ。

 戦いが最終戦に入ってからようやくSP回復アイテムが出てくる辺り、ルファス一行がどれだけ常識外れのSPを誇っていたかが分かるというものだ。

 もっともポルクスにとってこれは自分用というよりは、仲間のSPが尽きた時の為のものだったわけだが、まさか自分が使う事になるとは思ってもみなかった。

 ドリンクを一気飲みし、立ち上がる。

 SPは全回復したが、アルゴナウタイはとにかく燃費が悪い。

 英霊を十人も召喚すればたちまちのうちにSPが枯渇してしまうだろう。

 回復アイテムが不足しているわけではない。むしろ余っているくらいに在庫がある。

 惑星が滅びかけている今も尚、まるで揺らがずに聳え立つマファール塔には山のようにアイテムがあるだろうし、最終戦に備えてこのアルゴー船にもHP回復用のアイテムやステータス異常回復用のアイテムならば大量に積み込んでいる。

 だがポルクスはSP回復用のアイテムが必要になるとは思っていなかった。

 自分が死にさえしなければいくらでも英霊は呼び出せるし、召喚された英霊はHPとSPが全回復した状態で出てくるので回復する必要すらない。

 そう、ポルクスの戦術の中にSPを回復するという行動は含まれていない。必要なかったからだ。

 それでも一つだけ持っていたのは彼女の慎重さ故であり、まさにその性格が功を奏したわけだが次はない。

 戦況は圧倒的に不利……だからといって、戦いを投げ出す選択肢だけは有り得ない。


「私はもう世界を騙したくない。人々を裏切りたくない。

愛し子達を死地に送るのはもう沢山よ。勝ち目が少なくとも、私は彼等と共に戦うわ」

『気持ちは分かる。女神様も酷な事をしたものよ。だがそれでもじゃ』


 木龍はフン、と鼻を鳴らす。

 それだけの動作で突風が吹き、地表が削れた。


『それでも、止めよ。この戦いの先には死しかない。女神様には誰も勝てん』

「……」

『ここが最後の一線じゃ。死ぬと分かっている戦いを続ける必要はない』


 木龍の言葉にポルクスは目を閉じた。

 そして思い出すのは、いつだって希望を信じて死地へ向かって行った英雄達の後ろ姿だ。

 自分が死地に追い込んで来た者達だ。

 今まで散々他者を送って来た死地(そこ)に今度は自分がいる。

 因果は巡る……そう思うとポルクスは思わず苦笑してしまった。


「愚問よ。今まで私はその死しかない戦場に皆を送ってきた。

なのにいざ自分にその番が回ってきたら逃げる? 冗談じゃないわ。

ここで退いたら私は、あの子達に顔向け出来ないじゃない!」

『勝てぬと分かっていてもか』


 決意を込めて真っすぐに己を見るポルクスに、木龍が哀れむような視線を向けた。

 しかしその視線は、直後にそこに割り込んで来た山羊の悪魔によって遮られる事となる。

 アイゴケロスが腕を組み、木龍の眼前へ浮遊したのだ。


「おい……先程から聞いていれば汝、随分と我等が主を侮辱してくれるな。

誰も勝てぬだと……? 笑止! それはこちらの台詞だ。

我が主には誰も勝てぬ! そして、その忠義の士たる我もまた、女神の手先などに後れは取らぬわ!」


 アイゴケロスの眼が輝き、空を暗雲で覆い尽す。

 そして両腕を広げ、声高らかに叫んだ。


「我が下へ集え、暗黒の力よ!」


 ミズガルズ中のマナがアイゴケロスの声に応じ、彼を中心として渦巻いた。

 アイゴケロスが膨大なマナと同化し、龍にも負けぬ巨大な身体を再構成していく。

 一瞬で成層圏すら超える悪魔王としての真の姿を現し、木龍の頭を鷲掴みにした。

 その姿にさしもの木龍も驚きを隠せず、引き攣った笑みを見せる。

 アイゴケロスはレオンや竜王と異なり、元々女神が想定して生み出した存在ではない。

 ルファスと同じく想定外に誕生してしまった特大のバグ……故に、その力の全容は龍ですら把握していない。


『何と何と……長生きはしてみるもんじゃのう』

「遊びは終わりだ。絶望に沈め……神の玩具よ」


 アイゴケロスが力任せに木龍の頭を地面に叩き付けた。

 一撃でミズガルズの大地が割れ、二つに割りかねないほどの亀裂を刻み込む。

 更に持ち上げ、固く握った拳で木龍を殴り飛ばした。

 追って跳躍。近くにあった月を両腕で掴み、木龍の頭へと振り下ろす。

 二度、三度――悪魔王の酷使に耐えきれずに月が木端微塵に粉砕し、口を開いて黒い輝きを集約させる。

 異形の神すらも吹き飛ばした悪魔王の黒い破壊光だ。

 それに対し木龍も口に雷光を溜め、同時に解き放った。

 二つの超エネルギーの衝突に遂にミズガルズの三割程が砕け、球体としての形すらも失う。

 押し負けたのはアイゴケロスだ。龍の咆哮によって水星まで一瞬で運ばれて地表に押し付けられる。

 だがアイゴケロスは殺意を漲らせて立ち上がり、水星を掴んでその場で回転。

 ミズガルズには劣るといえ、それでも紛れもなく惑星であるはずのそれを投擲し、木龍へ投げつけた。

 更に口からデネブ・アルゲディを連続発射。水星の核を砕き、その爆発に木龍を巻き込む。

 だがその爆炎の中から木龍が飛び出し、アイゴケロスの身体に巻き付いた。

 アイゴケロスも負けじと木龍の口を掴み、そのまま二つに裂く勢いで左右に力を込める。

 だが木龍は開いたままの口から破壊光を連射し、アイゴケロスの首から上を吹き飛ばした。

 頭を失って助かる生物はそういない。だがアイゴケロスは悪魔だ。

 身体の半分がマナで構成されている彼に常識は通じない。

 消えたはずの頭が一瞬で復元され、今度は零距離でアイゴケロスの破壊光が木龍の顔を焼いた。


『シャアアアアアアアアアアッ!!』

「ルオオオオオオオオオオオッ!!」


 悪魔王と木の龍が叫び、再び組み合う。

 一見すると互角にも見える戦い。

 だが互いに与えたダメージを見ればどちらが優勢かなど語るまでもない。

 そう、アイゴケロスでは木龍には勝てない。善戦は出来るがそれだけだ。

 むしろ単独である程度善戦出来るというだけで、彼は賞賛されていいだろう。

 木龍の牙が腕を噛み千切り、尾の一撃が胴を抉る。


 そしてアイゴケロスの巨体が、既に半壊しているミズガルズへと墜落した。


*


 白銀の光が縦横無尽に駆け巡っていた。

 燃え盛る火龍の身体を滅多打ちにし、反撃を受けるよりも速く離脱する。

 炎の龍と戦うのは吸血姫ベネトナシュだ。

 慣性の法則に退職届を無理矢理提出させた彼女は幾度も直角に曲がり、有り得ない軌道を描いて火龍へ打撃を浴びせ続ける。

 火龍は炎の化身。その体表温度は数万度にも達する。

 並の生物であれば近付く事すら出来ずに焼け死ぬだろう。

 だがベネトナシュは並ではない。拳を火傷する事すら気にせず、世界のバックアップを受けた龍の超回復すら超える速度で連撃を叩き込んでいた。

 最早ミズガルズは星としての形すら失い、大地の大半がマグマに沈んでいる。

 無事な箇所などルファスがシールドで防いでいる僅かな面積だけだ。

 後数分もすればミズガルズは爆発してこの世から消えて無くなるだろう。

 しかしベネトナシュはその溶岩すらも足場とし、火龍を相手に優勢に戦いを進めていた。


「ハアアアアッ!」


 裂帛の声をあげ、火龍の顎を蹴り上げる。

 両者のサイズ差のせいでほとんど火龍が勝手にのけぞっているようにしか見えず、その光景は余りに馬鹿げている。

 火龍が口を開いて火炎を浴びせるも、もうそこにベネトナシュはいない。

 今度は側面から蹴りを放ち、火龍をマグマの海へと沈めた。


「『ルナティックレイン』」


 ベネトナシュが上空へ向けて銀色の砲撃を発射した。

 それは空中で四散し、数多の光の雨となって地表へ降り注ぐ。

 一発一発が人類の生存圏など抹消してしまえるだけの破壊の輝きが数千。それらが一斉にマグマに突き刺さり、火龍へ追撃を浴びせる。

 やがてそれも終わり、しかし火龍が出て来ない。

 今の攻撃などで死ぬ相手ではないのは分かり切っている。

 ベネトナシュは腕を組み、小さく舌打ちをした。


(ちっ……魔法の威力が格段に下がっている。

あの馬鹿山羊め、マナを集め過ぎだ)


 魔法を使うにはマナがなくてはならない。

 だが現在、ミズガルズのマナはアイゴケロスが集めてしまったせいで枯渇寸前であった。

 そのせいでベネトナシュも思うように魔法の威力を上げる事が出来ないのだ。

 つまりベネトナシュの切り札である『銀の矢放つ乙女』も大した威力を発揮出来ないだろう。


(ふん……まあいい。

ならば近接戦闘で仕留めるだけだ)


 しかしベネトナシュには魔法がなくとも、圧倒的な膂力と速度がある。

 魔法が使えずとも、それは彼女の弱体化を意味しない。

 このまま出て来ないならば更に追撃してやろうかと指を鳴らした所でようやく火龍がマグマから顔を出した。

 やはりダメージは浅い。回復速度を僅かにベネトナシュの攻撃速度が凌駕しているが、長期戦は覚悟せねばならないだろう。

 火龍はただ静かにベネトナシュを見下ろし、そして一言呟いた。


『……素晴らしい。この私に触れる事が出来る者がいようとは。

これほどの痛み、味わった事はないぞ』


 火龍の口から出たのは惜しみない称賛であった。

 まるで熱に浮かされたように目を細め……実際熱に浮かされているのだが……彼は歓喜の声をあげた。


『全身を貫くこの感覚、おお、何たる甘美!

私は理解したぞ、これが恋という感情か!』

「……は?」

『おお、小さくも強く美しき我が姫君よ! 私は貴女に恋をした!

私の永く無駄な生涯は今、この時にあったのだ!

その白銀の髪、白い肌、深紅の瞳、おお、全てが愛おしい!

これが愛! これがLove! 私は今歓喜している!

おおおおおお! 我が想いよ届け! 吸血姫に届け!

私と添い遂げてくれ、姫君よ!』

「…………」

『ああ、照れているのだな、その初心な所もまた愛らしいぞ。

大丈夫、私は紳士だ。乱暴はしない。

サイズの差はあるが気にするな、頑張って擬人化の術会得してくるから少しだけ待っていてくれマイスイートハニー。

おっといかん、私とした事が逸りすぎていた。これでは童貞丸出しだ。

いや違うぞ、私は別に童貞ではない。確かに性行為はした事がないがそもそも完全生物であり神の代行者である我々にそんな行為は必要なかったのだ。なので人類で言う所の童貞の定義は私には当てはまらない。そこを勘違いしてはならないぞ。

そうだな、がっつく男は嫌われると聞いた事がある。まずは順序を踏まねばな。

まずはデートだ、そう、デートをしよう。ミズガルズは壊れてしまったから火星に貴女を案内したい。

…………火星壊れてんじゃねえかああああ! 誰だよ火星壊したの!? 姫君を連れて行くデートスポットが最初から崩壊とか何の嫌がらせだよ畜生!

いや大丈夫、だったら宇宙! そう、星の海に貴女を招待したい。

安心してくれ、重ねて言うが私は紳士だ。嫌がる女性にいきなり行為を要求するようなケダモノではない。まずは好感度を上げる事から始めるさ。大丈夫、顔には自信があるんだ。振り向かせてみせるよ。

そして一年程の交際を経て私は君に指輪を贈ろう。宇宙中からダイヤを集めて惑星並のサイズにした超特大エンゲージリングだ。どうだ私は太っ腹だろう。

マイホームはどこに建てようか。そうだ、この宇宙とは別にもう一つ、『最初の宇宙』と言われる魔法が存在しない物理法則が支配する宇宙があるんだ。そこの地球って惑星がなかなか文化が発展していて、美味い食べ物や娯楽に溢れているらしい。そうだ、そこに家を建てよう。

子供は何人作ろうか? ああ、勿論君に無理をさせる気はない。私は欲しいが君が要らぬというなら諦めよう。

それから――』


 ベネトナシュの反応も気にせずに、ひたすら己の感情だけを優先させて火龍は話し続けた。

 その姿には最早威厳の欠片もなく、率直に言ってとてもキモい。

 ベネトナシュは完全に戦意が削がれたように呆れ果てており、汚物を見るような眼で火龍を見ている。

 また、遠く離れた位置でディーナを待っていたルファスとスコルピウスにもその告白は当然聞こえており、盛大にドン引きさせていた。


「……龍というのは随分と私の想像と違ったようだな。もっと威厳のある連中とばかり思っていたが」

「うわあ、引くわあ。マジ引くわあ。相手の事気にせずマシンガントークとか童貞丸出しでマジキモいわあ。

あんなのが妾達火属性の頂点とかマジ勘弁よお。ドン引きよお。

ねえ、ルファス様もそう思わない?」


 スコルピウスが心底軽蔑したように言うが、しかしルファスの脳裏にはそのスコルピウスがかつて言い放った危険発言の数々やストーカー行為、そしていつぞや殴り飛ばした馬鹿(マルス)の姿が思い出されていた。


「…………。

いや、私は何だか凄く納得した気分だ」


 龍とは超自然の具現でありそれぞれの属性の象徴である。

 その火龍がアレならば……なるほど、火属性にそういう奴が多いのも妙に納得出来てしまった。

 火属性の癒しはアリエスだけだ。よくぞ彼だけがああまでマトモになってくれたものである。

 まあアリエスはアリエスで、思い込んだら一直線というか暴走してしまう部分は実に火属性なわけだが。


(……日龍はマトモな奴だといいなあ)


 ルファスは天を仰ぎ、自分の属性である日を象徴する龍があんな変態ではない事を心から祈った。

 ……しかしよく考えたら祈る対象は駄女神だ。やはりこれは駄目かもしれない。

アイゴケロスのたたきつける攻撃!

ミズガルズHP:750002/999999

ミズガルズ「(;゜Д゜)ぎゃー!!」


アイゴケロスのはかいこうせん!

ミズガルズHP:700003/999999

ミズガルズ「(;TДT)た、たすけてくれええええ!!」


木龍のはかいこうせん!

ミズガルズHP:690004/999999

ミズガルズ「(;TДT)やめてくれええええ!!」


アイゴケロスののしかかり!

ミズガルズHP:630004/999999

ミズガルズ「(;゜Д。)NOォォォォォォォ!!」


ベネトナシュのあまごい!(ルナティックレイン)

ミズガルズHP:600000/999999

ミズガルズ「(;゜Д。)あんぎゃあああああ!!」



アイゴケロスは月の石を使った!

月のHP 0/250000

月「アメリアーーーー!」


アイゴケロスの岩雪崩(水星)!

水星のHP 400000/480000

水星「アバーッ!?」


アイゴケロスのはかいこうせん! はかいこうせん! はかいこうせん!

水星のHP 0/480000

水星「サヨナラ!」



【土龍】

性格:厳格で容赦なし。一番龍らしい性格をしている。ちょっと地味。

属性該当者:タウルス、サートゥルヌス、ミザール、蟹


【木龍】

性格:飄々としたクソジジイ。龍の中では情のある部類。

属性該当者:カストール、ポルクス、ウィルゴ、ユピテル、フェクダ、メラク


【火龍】

性格:変態。台詞がやたら長い

属性該当者:スコルピウス、マルス、アリエス、フェニックス


【月龍】

性格:比較的冷静。一見冷たいが、実は情が深く、その相手の為ならば命すらも投げ出す事がある。

属性該当者:ベネトナシュ、アイゴケロス、ルーナ


水&金アロヴィナス

性格:策士に見えてうっかり屋。策士策に溺れて自滅する事が多い。ぽんこつ。

該当者:ディーナ、メグレズ、リーブラ、メルクリウス、ハイドラス、ピスケス、邪神。

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 アイゴケロスってもしやレオンより強いのでは。
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