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第172話 メラクの(目から)ハイドロポンプ

正直ハイドロポンプ採用するくらいなら波乗りか熱湯使います。

 それはメラクにとって後悔してもし切れぬ過去であった。

 友を裏切り、纏まりかけていた世界を混迷へと引き戻した。

 何故そんな事をしてしまったのか。何故もっと考えなかったのか。

 自分で自分が分からない。当時の自分の思考が、自分の事なのにまるで理解出来なかった。

 罪滅ぼしとして臨んだ魔神王との戦いにも惨めに敗れ、メラクは数日間意識を失ったままベッドの上で過ごした。

 だが不幸は更に重なる。

 メラクが敗れた事で、これを好機とした魔神族が攻め込んできていたのだ。

 目が覚めた時にはもう既に全てが終わっていた。

 かろうじて国の防衛には成功していたものの、多くの死者を出してしまった。

 何よりメラクにとって辛かったのは、妻と娘が行方不明となった事だ。

 決して愛し合って結婚した夫婦ではなかった。天翼族の名家同士で、親が勝手に決めた許嫁だ。

 だがそれでも家族だった。いなくなって初めて、メラクは妻の存在の大きさを知った。

 だが現実は無情だ。妻の遺体は後日、遠く離れたヴァナヘイムのふもとで護衛の死体と一緒に発見された。……恐らく逃げる途中で殺されたのだろう。

 そして娘は遂に見付からず仕舞いだった。

 メラクは大事なものを一度に失い、絶望に打ちひしがれた。


 いなくなってしまった愛娘は……妻とよく似た顔立をした桃色の髪の……自分と同じ純白の翼の子だった。




「貴方が……私のお父さん?」

「そういう事になる。もっとも、私にそう呼ばれる資格などないだろうが」


 半壊したメグレズ邸の中。

 メラクは表面上は冷静に振る舞いながら、しかし顔を上げる事が出来ずにいた。

 顔を上げてウィルゴを見てしまえば、この汚れた手で抱きしめたくなる。

 今にも決壊しそうな涙腺が瞬く間に崩壊するだろう事は自分で理解出来ていた。

 自分に父と呼ばれる資格などない。彼女を抱きしめる資格もない。

 だがそれでも、本当によかったと思う。

 生きていてくれた……それだけで、これ以上ない程の幸せだ。


「パルテノス様……貴女に心から感謝します。

本当に……何とお礼を言うべきか」

「礼はお主の妻の墓前にでも言うといい。儂は何もしとらん。

恐らくじゃが……逃げきれぬと踏んでウィルゴを隠し、自らが囮となったのじゃろう。

儂がウィルゴを拾ったのは単なる偶然じゃ」


 メラクからの礼に、パルテノスは腕を組んで素っ気なく答えた。

 元聖域の守護者という事でメラクはパルテノスに敬意を払っているようだが、パルテノスにとって七英雄は決して好ましい存在ではない。

 そんな相手に礼など言われても対応に困るのだ。


「儂などよりウィルゴに何か言ってやればどうだ?

親子の再会じゃぞ」

「あ、ああ、そうだな……分かってはいるんだが……今更、私などが何を言えばいいのか……」


 再会出来た事は夢のように嬉しい。夢ならば醒めないで欲しい。

 だがその一方で、メラクは言葉に詰まっていた。

 今更自分などが何を口にしても酷く薄っぺらい気がして、娘に嫌な気分をさせてしまうのではないかと思い、言葉が出て来ない。

 言いたい事はある。沢山ある。

 会いたかった。生きていてくれてよかった。母によく似ている。綺麗になった。

 今は幸せか。今までどんな生活をしていた。嫌な事はなかったか。辛くはなかったか。

 だがそれを口にする寸前で、自分の中の感情が囁くのだ。

 それを口にする資格があるのかと。

 今更父親面など出来るのかと。

 そう思い、どうしても言葉が出て来ない。


「あの、お父さん……何て言えばいいのか分からないけど……。

私は、貴方にここで会えてよかったと思います」

「……っ!」


 たったそれだけの言葉で、メラクの涙腺は決壊した。

 私も会えてよかった。

 そう言いたいのに、涙で言葉が上手く出て来ない。

 そんな彼をウィルゴは微笑みながら、優しく肩を叩いた。


「……ヘタレな男じゃなあ」

「空気ヲ読メテイナイノデ排除シマス」

「!?」


 場の空気を読まずに余計な事を口にしたパルテノスの襟を、場に待機していたゲートキーパーが掴んだ。

 そしてまるで猫のように吊り下げたまま、意外にも空気を読めるゴーレムは家の外へとパルテノスを連れて退場した。

 

*


 オルムを味方に加えた私達はアルゴー船に乗り、スヴェルへと全速力で飛んでいた。

 ソルとかいうのはレオンが倒し、タウルスも重症ではあるもののポルクスとカストールが回収。

 他にも私がいない間にパルテノスが英霊化したり、ウィルゴが覚醒したり、瀬衣少年やその愉快な仲間達がレーヴァティンやドラウプニルの王を説得したりと色々あったらしい。

 オルムとの決着も終え、残る問題はリーブラとディーナ、そして龍のみ。

 女神は既にディーナを捜しているだろうが、その前にこちらもやる事をやらせてもらう。

 さしあたっては……世界中の生物を避難させる。

 じきにこのミズガルズは崩壊する、これはもう確定事項だ。女神の気が変わらぬ以上は避けられぬ事であり、そして二百年前の私はこれがあるからこそ戦いに負けるという選択肢を選ぶしかなかった。

 私が勝利しても女神が龍を動かせば全ての生物が死に絶える。そんな勝利に意味などない。

 だが今回は違う。こちらも二百年かけて準備していたのだ……同じミスは踏まんさ。

 まあ、その準備の大半は私ではなくディーナの手柄なのだがな。

 龍の封印は、この時までに龍が動かぬようにする為の保険であったが、もう必要ない。

 アルゴー船がスヴェル上空に到着し、私達は一斉に船から飛び降りて半壊したメグレズ邸前に着地した。

 家の中はある程度片付けられており、テーブルを挟んでウィルゴとメラクが何やら話し合っている。

 何かメラクは感極まったように涙を流しており、ちょっと引く勢いだ。

 外には勇者一行もおり、パルテノスは何故かゲートキーパーに捕獲されて、猫のように持ち上げられていた。

 何を遊んでいるんだ、あいつは。


「ゲートキーパー、調子はどうだ?」

「好調デス。ルファス様」

「ならばよい。ところでパルテノスは一体何をやった?」

「親子ノ対面ニ邪魔ト判断シタノデ排除シマシタ」

「そうか」

「ルファス様、こやつに何か言ってはくれませんかのう? 死人の扱いがなっとりませんわ」

「其方のような元気な死者なら問題なかろう」


 メグレズとミザールはいないが、奴等は既に行動を開始しているだろう。

 世界の滅びを前にしてやるべき事を見失う二人ではない。

 メラクも本来は行動していて然るべきなのだが……まあ、あいつは大目に見てやろうか。


「間に合ったか」

「え?」


 私の独り言に瀬衣少年が不思議そうな声をあげた。

 彼もどうやら、まだ女神からのちょっかいは受けていないらしい。

 ディーナの言葉を信じるならばそのうち必ず向こうからのアクションがあるはずだが……ともかく今はまだ無事だ。

 私としては今、私がいるこの場で何かしらやってくれるのが一番都合がいい。

 私がいれば大体の事は取り押さえられる。

 ともかく、勇者である彼がここまで私達に一切の敵対行動をせずにいてくれたのは、彼が思う以上に嬉しい誤算だった。

 私とディーナの考え通りならば、彼はとっくに心を折られているか……あるいは女神の手先となっていただろうからな。

 それが無くなったという事はこちらは『一手』余分に余り、女神は『一手』を失う事を意味する。

 盤上においてこれは小さいが大きい。

 将棋で言えばこれは、突然女神の盤上からそのうち動かすはずだった駒がいきなり消えたに等しい。

 今や向こうの盤上は王将と、それを守る龍……金と銀がそれぞれ二枚ずつ、といったところかな。

 いや、こちらから取られたリーブラと取られる予定のディーナ……さしずめ飛車と角行かな。それも向こうにそのうち出てくるだろう。

 戦況は、ややこちらに有利といったところか。


「瀬衣少年。其方に頼みたい事がある。

引き受けてくれるか?」

「え、ええ……俺なんかに出来る事なら」

「其方にしか出来ん」


 瀬衣少年がこちらに付いてくれているのは好都合だ。

 聞いた話によると彼は、私の事を敵ではないとレーヴァティンの王に話しまでしたという。

 これならば、民の説得も予想以上に上手くいくだろう。

 私では駄目だ。依然として世界の恐怖の象徴である私ではどうしても反発を生んでしまう。

 オルムは論外。私以上に適任ではない。

 レオンも話にならんし、ベネトではミョルニルの民しか動かん。

 ならば他の七英雄だが、彼等も二百年前の敗戦で一部からは反発されている。

 ならばこそ、そのどれでもない纏め役が必要だ。

 それが勇者という名の偶像ならば、申し分ない。


「これから女神が龍を動かし、ミズガルズは崩壊する。

そうなる前に私はこの星の生物を可能な限り『箱舟』へ強制収容するが、その際に其方は混乱するだろう民を説得し、安心させて欲しい。無論一人でやれとは言わん。メグレズ達も協力させるつもりだ」


 世界が滅べば民も滅ぶ。それはもう勝利とは呼ばない。

 だから私は可能な限りの生物を避難させる箱舟を用意させた。

 残念ながら一々説得して避難させている暇などないから、ほぼ強制だ。

 本人の意思を無視して無理矢理放り込む。

 無論そんな事をすれば混乱が生まれるだろうし、反発も生むだろう。

 だが、その反発を抑える為に私が出て行ったのでは逆効果だ。

 無理矢理威圧で脅して大人しくさせる手もなくはないが、それでは二百年前の繰り返しになるだけだろう。恐怖と力に依存した統治は必ず反発を生む……昔の私はそれが分かっていなかった。

 だからこそ、ここで勇者の名が生きる。

 彼は戦いに参加しなくてもいい。無益な戦いを一切行わなかった彼だからこそ、出来る事がある。


「あの、それは俺なんかじゃ……俺、弱いですし、ルファスさんみたいに威厳とかもないですし」

「弱い其方だからこそいいのだ。かつて私は力で全てを制圧しようとして恐怖を生み、失敗した」


 かつて私は、弱者だった。虐げられる者だった。

 そんな自分が嫌いで、力を求めた。貪欲に強くなりたいと願った。

 いくつもの戦場を駆け、殺して、殺して、殺し続けた。

 最初は、かつての私のように弱い者を守りたいという気持ちがあったはずだ。

 母のように優しくとも力のない者を自分が救うのだと息巻いた。

 そして強くなって、強くなって――いつしか、弱者の心が分からなくなっていた。

 私は力を得たのではない。力に逃げたのだ。


「弱い者の心は弱い者こそが分かる。其方が適任だよ」


 私は彼の肩を叩き、それと同時に小さな光が一瞬彼を包んだ。


「あ、あの、今のは?」

「ちょっとしたおまじないさ。其方の説得に邪魔が入らぬ為のな。安心しろ、害はないし後でちゃんと解除はする」

「は、はあ……」


 彼は力に逃げなかった。

 そんな彼ならばきっと、女神がこの先何をしても自分を見失う事はないだろう。

 ベネトが言った通りだ。自らの足で歩ける者は、決して女神の人形などにはならない。

 そして、これから先に待ち受ける暴力と暴力の交換は、彼に相応しい戦場ではない。

 そんな低次元な喧嘩は私達の戦場だ。私と女神の戦場だ。

 つまるところこれは私とアロヴィナスの喧嘩なのだ。私はあいつの物語が気に入らない。あいつは私が気に入らない。そう叫んで相手を力で排除しようとしている。それだけの事だ。

 低次元だろう、こんなのは。子供の癇癪と何ら変わらん。

 だが困った事にその子供は、力だけは誰にも負けんのだ。

 ならば、なあ? 決めねばなるまいよ。

 どちらが上なのかハッキリさせねばな。


 さあ、そろそろ始めようか。宇宙一高レベルで低次元な喧嘩を。


「――“風の冬”」


 スキルを発動し、ミズガルズ全体を風で覆う。

 それと同時にエクスゲートを発動。時空の裂け目を通過させ、空間の狭間から『それ』を呼び寄せる。

 呼び出されたのは余りにも巨大な……ブルートガングすら遥かに超えるサイズの巨大過ぎる船だ。

 二百年かけ、ディーナとフローレシエンシス達が造り上げた、神々の黄昏を凌ぐ為の避難所。

 その大きさは軽く数百㎞はあるだろう。最早これでは船ではなく宇宙戦艦だ。

 その周囲には、かつて小人の国を守護していたという聖獣……青竜、朱雀、白虎、玄武が浮いている。


「大規模だな。これが二百年も姿を晦ませていた理由か」

「ちょっとお……何であいつらがいるのよお。アレ、妾が殺した連中じゃなあい」


 空に突如出現した箱舟に瀬衣少年どころかベネトやスコルピウスも唖然とし、街からは人々がざわめく声が聞こえる。

 とはいえスヴェルは既にメグレズが説得した後なのか、大人しいものだ。

 私は風を操作し、まず近くにあったスヴェルを、その国土ごと大地から引きはがした。

 シールドで覆い、そのまま箱舟の中へと収容する。

 箱舟も既に待ち受け体勢は万全のようで、あちらこちらに通路が開いていた。

 続いてレーヴァティン王都と、レーギャルンを始めとする各領土。

 更にギャラルホルンとネクタール。

 ネクタールは少し遠いが、それ以外の人類が狭い土地に密集してくれていたのは好都合この上ない。あるいはディーナはここまで計算していたのかもしれん。

 海底王国スキーズブラズニルも海から海水ごと引き上げ、更にドラウプニルも国土ごと無理矢理移動させる。

 なるべく揺れないようには心がけているが、まあ家具の一つや二つ壊れるのは勘弁してくれ。後で弁償するから。


「ちょ、ルファスさん! これは一体何を!?」

「言っただろう、もうじきミズガルズが滅ぶと。ならばいつまでも民をこんな星に残すわけにはいかん。

私の力で、可能な限り避難させる」


 そう、この星はじきに戦場となる。

 龍と女神と、そして私達との。

 ならばもう、ここには何もない方がいい。巻き込まれただけで死んでしまうような奴がいてはこちらも本気で戦えんし、多分この星自体がすぐに死の星に変わるだろうからな。


 さあアロヴィナスよ。これでもう遠慮はいらんだろう。

 準備が出来たなら、どこからでもかかって来い。

Q、ルファスは結局何をやったの?

A、ミズガルズをまるで皮むきするように表面を“削り取って”その上の国や生物、山などを全部纏めて箱舟にブチ込んだ。

今やミズガルズは半分以上が皮を剥がされてしまった荒野です。特に人類がいた場所は完全に荒野になりました。虫一匹残ってません。

あ、メグレズ邸だけは残ってるわ。今ルファス達が立ってるから。


【箱舟】

全長数百㎞にも及ぶアホみたいな物体。

製作期間二百年。

ミズガルズの生物を可能な限り収容出来るように造られており、海底都市の為の海エリアもちゃんとある。

魔物エリア、亜人エリア、人類エリアなどに階層が分かれているが細かく描写する気はない。

魔法と科学の融合により重力や空気も発生させている。

殆どスペースコロニーと呼んでいい規模。

ファンタジーとは一体……。



箱舟「生物や自然、その他諸々は俺が引き受けた! 安心してくれ!」

ミズガルズ「…………あれ? これもしかして、今回はネタ抜きでガチで俺死ぬ流れ?」


A、はい

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ミズガルズ…お前はいい奴(星)だったよ…潔く散りなさい() 一同「「「さいなら」」」 ミズガルズ「え?」 物理法則「じゃあ働きますね〜」
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