第16話 魔神族のフラフラダンス(多分挿絵と思われる何かあり)
ルファス「これから其方は『出来るわけがない』と4回だけ言っていい」
アリオト「出来るわけがない! 出来るわけがない! 出来るわけがない! 出来るわけがない!」
ルファス「よし、(鼻から)喰え」
アリオト「ちくしょおおおおおお!」
※変更点
英雄達の時代が100年前は最近すぎるという意見を頂き、200前に変更しました。
ゲイル火山。
標高1000mに達するその山はスヴェルから20km離れた場所に位置する。
活火山ではあるが現在長い休止期間に入っており、ここ数百年間の間に噴火したという報告はない。
その麓には一つの城が聳え立ち、魔物達が蠢いていた。
しかしそこにアリエスの姿はなく、元より彼の巨体では城に入りきらない。
この城は単なる威厳維持の為のオブジェでしかなく、玉座は空のままだ。
入る事自体は決して不可能ではない。
モンスターテイマーのスキルにより与えられた仮初の人化の姿をアリエスは持っている。
その姿となれば城に入り、玉座に座る事は可能だろう。
しかし彼は人の姿を取る気はなかった。
今の復讐に狂った己が人化すれば、それはきっと醜悪な姿となってしまうだろう。
主が与えてくれた姿を醜く歪めるなど耐えられない……だから彼は常に魔物としての姿で行動し続けてきた。
この200年、一度だって人化の術を用いた事はない。
「アリエス」
城の隣に寝転がるアリエスに声がかけられる。
幼さを残す少年の声……それにアリエスは忌まわしさを隠さず、鋭い視線を向けた。
アリエスの巨体からすれば見落としてしまいそうな蟻のような小ささ……身長にして150もないだろう少年がニコニコと笑顔を浮かべているのを視界に収め、アリエスはフン、と鼻息を鳴らす。
「何ノ用ダ」
「おや、用がなくちゃ話しかけてはいけないのかい?」
少年はその形状こそ人間と一致するが、しかし肌の色が人と違った。
全身の皮膚は青く、瞳の白眼と黒眼が反転している。
口元からは牙が覗き、人ならざる気配を漂わせている。
そして事実、彼は人間ではない。
現在人類を追い詰めている魔なる一族――魔神族。
彼の外見的特長は彼等のそれと一致していた。
「まずはお見事と褒めておこうか。
あれでレヴィアは大幅に弱まった……次に戦えば君が勝つだろう」
「……無論、ソノツモリダ」
「では何故、こうして何日も何もせずに寝ているのかな。
後もう少しであのスヴェルを落とせるんだよ? 何を迷っているんだい」
魔族の少年はまるで親しい友の悩みに乗るかのように優しく問いかける。
だがその瞳にある剣呑な輝きは優しさなど微塵もなく、友情などあるはずもない。
「いや、今回だけじゃない。
この数年間、君はその気になればいつだってスヴェルを潰す事が出来たんだ。
なのにそれをやらなかったのは何故だい?」
「…………」
「まさか迷っているのかい?
奴等が君のご主人様を裏切った事、忘れたわけじゃないだろう」
「……アア、忘レル事ナド出来ヌ」
アリエスは迷っている。
それは間違いようのない事実だ。
7英雄を討つ事そのものを迷っているわけではない。
仮に奴等が凡庸なそこらの戦士だったならばとっくに殺していた。
だが奴等を殺せば国が崩れ、魔神族が喜ぶ。
きっと主はそれを望まない。
誰よりも魔神族の恐怖からの脱却を目指し、理想を追い求めた彼女だからこそ、復讐だけで国を滅ぼす事など望むはずも無い。
これが主の意志に反した復讐だという事は、最初から分かりきっているのだ。
だが、それでも……。
忘れない。決して忘れない。
あの日差し出された手の温かさを。
それを奪われたこの怒りを、忘れる事など絶対に出来ない。
「分カッテイル……めぐれずハ必ズ殺ス。
今マデハ傷ガ癒エルノヲ、待ッテイタダケダ」
「そうか、それを聞いて安心したよ。
それじゃあもう行けるんだね?」
「……アア。今スグニデモナ」
迷いはある。
だがこの怒りの火はメグレズを……いや、7英雄を殺さぬ限り消える事はない。
それが世界破滅の引き金になろうと、主の意志に反していようと……それでも、理性では抑えられない。
奪われたこの怒りと嘆き、晴らさずにいられようか。
アリエスは狂気に身を委ね、その巨躯を起き上がらせる。
レヴィアはまた出て来るだろうが、今度は自分が勝つという確信がある。
メグレズ本人にしても全盛期ならばともかく、今の彼ならば倒せない相手ではない。
「よし、じゃあ今すぐに攻めよう。
こっちの魔物の準備も万端さ。
勿論、前回みたいな雑魚の寄せ集めじゃあない。ワイバーンを含むレベル80以上の化物共で構成された精鋭軍だ。
彼の剣聖だって数十分と持たず圧殺されてしまう軍勢だよ」
「……雑魚ノ群レニシカ見エンガナ」
「おや、これは手厳しい。
流石に君達12星天と比べてしまえば、そりゃほとんどの魔物は雑魚になってしまうさ」
少年が集めた魔物達など、アリエスにしてみれば居ても居なくてもそう大差ないレベルの弱兵だ。
200年で質が下がったのは人類だけではない。
あの戦いは結果として魔神族が勝利したが、それでも200年前の勇者達がほとんど居なくなってしまった程の戦いで魔神族が無傷など有り得ないのだ。
人類が当時の英傑達を失ったのと同じように魔神族側もまた多大な犠牲を払い、魔神王以外の強者と呼べる魔神族はほとんどが勇者達の道連れとなった。
魔物も同様に強力なものは人類、魔神族の両陣営に使役され、その数を減らし、種族によっては絶滅すらした。
魔神族は人類に勝利したが、あの戦いはほとんど互角だった。
どちらが勝ってもおかしくない、多くの死者を生み出した決戦であり……故にこそ許せない。
主がそこにいたならば勝っていた。圧勝していた。
魔神族をこの世界から一掃し、奴等の恐怖がない世界を作り上げる事が出来たはずなのだ。
それを台無しにしたのは誰だ?
この現状を招いた愚者は誰だ?
ただの戦犯に過ぎぬそいつが英雄と呼ばれ崇められ、今も尚のうのうと生きているのがアリエスにはどうしても耐えられなかった。
だから殺す。躊躇いなどない。
奴等には奴等なりの正義があったのだろうが、そんなのは知った事か。
唯一気がかりがあるとすれば……
あの時現れた、赤い外套の人物が死んだはずの主に思えてならない。
それがアリエスに奇妙な期待と恐怖を齎していた。
「ふふふっ……これでようやくスヴェルが落ちるか。
お喜び下さい魔神王様。これでまた貴方様に歯向かう愚かな英雄が一人消える事となります」
魔神族の少年――魔神王に仕えし7人の将に与えられた『7曜』の称号を持つ一人、マルスはクスクスと妖艶な笑みを浮かべる。
此度の戦いを以て自分は7英雄の一人を討ち倒し、その首を偉大な王へ献上する事となる。
そうすれば他の6人よりも自分こそが王の側近として相応しいと認められるはずだ。
英傑達の時代より200年……当時の猛者達はほとんどがいなくなり、魔神族も上層部がほぼ入れ替えの形となった。
7曜もまた、その流れで出来上がった新たな将軍格であり、実績というものに乏しい。
だがこの戦いに勝てば自分は多大な実績を得、王の信頼を勝ち取れるはずだ。
スヴェルを当初攻めていた時は随分と手を焼かされた。
メグレズ本人は語るまでもなく、あの守護神レヴィアがあまりにも厄介に過ぎた。
広大な湖全てを材料とした故の底の知れない耐久力に物理攻撃の無効化、そしてメグレズによる無限回復。
これを討ち崩す手段を探すのに随分手間取ったが、幸運は彼に味方した。
すぐ近くにあったこのゲイル火山で魂が抜けたように鎮座していたアリエスを見付けた時、何と言う素晴らしい巡り合わせなのだと信仰してもいない女神に感謝さえした。
迷い渋るアリエスを何ヶ月も何年もかけて説得し、狂気を煽り、復讐心を増加させ、スヴェルと戦うよう仕向けるのはなかなか難しかった。
しかしその苦労が今日報われる。
かつて人類に味方していたはずの12の星の一角を利用して人類を追い詰める……何と言う快感だろう。
さあ見せてくれ、虹色の羊よ。
人々の恐怖と絶望を僕に与えてくれ。
「気になるのは、あの赤い外套の奴……油断していたとはいえ、アリエスを蹴り飛ばすなんて只者じゃなかった……」
勿論アリエスが本気になればあんな奴に負ける事はないだろうとマルスは考える。
しかし奴とレヴィア、そしてメグレズの3人が同時にくればアリエスといえど厳しいかもしれない。
アリエス側には魔物の軍勢がいるが、それでも差が埋まるとは考え難い。
「……あまり気は進まないけど、最悪僕自身が出る必要があるかもしれないな」
マルスは腕を組み、城から続々出陣する魔物達を眺める。
情勢はこちらが有利。
油断さえしなければまず負ける事はない。
メグレズの絶望する顔が目に浮かぶ。
他の7曜の嫉妬の顔が今から想像出来る。
流れはこちらに来ている。これは確実に勝てる流れだ。
そう思い、笑みを浮かべ――。
――直後、魔物達が一斉に吹き飛ばされ、その笑みが凍りついた。
「……!? な、なんだ!?」
城の中から窓枠に身を乗り出し、外を凝視する。
何だ? 何が起こった?
まさかメグレズが自ら出向きでもしてきたのか?
魔神族の優れた視力で魔物達が飛ばされた地点を眺め、そして彼は見た。
こちらに向かって歩む、真紅の外套の何者かを。
「あいつは……!」
それは先日の戦いでアリエスを蹴り飛ばした不確定要素。
再びそれが立ちはだかる事に歯噛みし、しかし即座にこれは勝機だと考えた。
そう、これはチャンス。ここで奴を仕留めればメグレズやレヴィアと共同戦線を張られる事がなくなる。
最悪、国を落とすのは自分とアリエス、数体の高レベルモンスターさえいればいい。
ならばここは、犠牲がいくら出ようとあの赤マントを倒すのが先決!
「怯むな! 相手は一人だ!」
マルスの激励に魔物達が吼え、たった一人に向かって一斉に突進する。
いかに強かろうと所詮は人。
これだけの数を質で圧する事など出来るはずもなく、戦局を単騎で支配など絶対に不可能だ。
しかしマルスのその予想は容易く覆される。
一瞬にして周囲に顕現した数十、数百の刀剣が一斉に放たれ魔物達を次々と穿ったのだ。
10、20、30……魔物の死骸が積み重なり、しかし誰一人として近づけない。
100、150、200……未だ距離を詰める事が出来ない。敵の攻撃が終わる気配がない。
300、400、500……魔神王より預かった己の軍勢が消えて行く。蹴散らされて行く。
「……何者なんだ……」
強すぎる。
あの謎の人物は強すぎる!
まるで200年前まで存在していたという英傑達! それが再び蘇ったかのようだ。
他の7英雄か?
いや……天空王はマナを嫌ってこの地に近付かないし、吸血姫は今更エルフを助けに来るような性格じゃない。
7英雄ではない……しかし恐るべき使い手だ。
マルスはこのままでは魔物が減るだけだと判断し、軍勢を下がらせる。
そして代わりに己自身が赤マントの前へと踊り出た。
「……魔神族か」
「その通り。そういう君は何者だい?
今の世界にまだこれだけの使い手がいるとは思わなかった」
そう言い、マルスは両手に短剣を構える。
右手に持つは炎の剣。
左手に持つは氷の剣。
冷気によって動きを封じ、炎によって焼き尽くす。
そして急激な温度変化はいかなる物質であろうと脆くし、容易く砕ける硝子へと変えるのだ。
「けど、それも僕が出てきたからには終わりさ。
残念だけど、魔神族を敵にして生き延びられると思わない方がいい。
なまじ腕が立つばかりに、こんな場所まで来てしまった己の愚かさを呪うんだね」
マルスが駆ける。
その身軽さによって出される瞬間最高速度は隼にも匹敵し、目で追う事すら難しい。
幾多もの残像を生み出しながら駆け、そして同時に敵を冷やして動きを止める。
このコンビネーションこそ彼の不敗を支えるものであり、未だかつてこの技を破った者は一人とて存在しない。
出せば必ず勝利する必勝の奥義。それがこの――。
「見るがいい、7曜が一人マルスの秘技! 氷炎二重殺!
この技によって君の自由は奪われ、硬度は下がり、そして死の間際君は見るだろう。
全てを無慈悲に焼き尽くす炎の死神を!
だが嘆く事はない。
苦しみは一瞬であり、それが僕の慈悲。
むしろ君は死の瞬間僕に感謝すらするだろう。
ああ、この苦しみから解き放ってくれてありがとう、と。
炎は全てを無慈悲に、そして優しく包み込み――」
「五月蝿い」
――マルスは、一瞬で宙を舞った。
自分が何をされたかも分からない。
一体どんな攻撃を受けたかもわからず、理解出来るのは『凄まじい力で攻撃された』という一点のみ。
「……馬鹿、な……」
ゴプリ、と口から血を溢れさせて地面に落ちる。
一体何が起こった?
仮にも7曜の一人である己を一蹴したこいつは一体……?
――いや、一蹴どころではない!
ここでマルスはようやく気付いた。
赤マントに飛びかかり返り討ちに遭った500以上の魔物達。
その全てが死んでいない!
気絶しているが一体残らず無事だ。
つまりこれは、あの数を相手に加減する余裕があったという事。
殺さない程度に、刃を潰した剣を練成して急所を外してあの数を蹴散らしたという事!
「な、何者……なんだ……」
その疑問に答えるように彼の視界を横切ったのは黒い羽根だった。
外套から出ている、硬く握られた拳。
そして、腕を動かした事で反射的に開いたのだろう漆黒の大翼。
黄金に輝く炎のような長髪。紅蓮の瞳。
己に死を与える死神というにはあまりに美しく、覇王と呼ぶにはあまりに可憐。
その姿は紛れもなく……。
「……ル、ルファス……ルファス・マファール……!?」
君臨するは、魔神王が唯一恐れた黒い翼の覇者。
マルスはようやく、己が挑んではならない相手に挑んでいた事を知った。




