第167話 リーブラはにげだした
~前回のあらすじ~
女神「どうです、私だってやろうと思えばちゃんと黒幕出来るんです!
ね? 見直したでしょう? ね?(ドヤァァァァァ」
感想欄「珍しく黒幕っぽい! でもどうせアホヴィナスだし失敗するんだろうなあ……」
感想欄「三流脚本だし、今回も駄目そう」
感想欄「女神脚本だし期待は出来ないな」
女神「泣きますよ!? そろそろ私、ガチで泣きますよ!?」
全ての始まりは二百年以上も前の事。
ルファス・マファールが女神の聖域へ乗り込み、選定の天秤を捕獲した事から始まっていた。
選定の天秤とは元々女神が用意した聖域の門番であり、本来のマスターはアロヴィナスである。
それを改修し、新たなゴーレムとして再構築されたのがリーブラだ。
しかし、天秤は捕獲されたその時点で既に一つの使命を帯びていた。
それはルファス・マファールの監視……そして内側からその戦力を瓦解させる事。
そう、覇道十三星にはスパイが二人紛れ込んでいた。
一人は女神の現身たるディーナ。そしてもう一人は感情なき人形、リーブラ。
そしてその使命はミザールが造り変えた後も失われる事はなかった。
それはそうだろう……何せ、そのミザールもまた聖域から帰った時、既に女神の術中にあったのだから。
意図的に、その部分を削除せずに残したのだ。
そしてその事はミザールのコピーも知らない。
リーブラを造ったのはあくまでオリジナルのミザールであり、コピーはそれを見ていただけだ。
そしてコピーは自分であるが故に、まさか自分がそんな馬鹿な真似をするなどと考えすらしなかった。
そして完成したのが、表面上は覇道十三星で最もルファスに忠実かつ、何があっても揺るぐことのない鋼の侍女だ。
彼女は揺らがない、決して揺らがない。何故なら感情のない人形なのだから。
だから、そう――リーブラは最初からずっと、何も揺らいでなどいなかったのだ。
ただ無感情に、本当のマスターから与えられた最初の使命を忠実に守っていた。
二百年経ってもそれは変わらなかった。
王墓を守っていたのは人類の手に強力な武器が渡らないようにする為。
侵入者を殺めていたのは、人類側の強力な戦力を削ぎ落す為。
ルファスと出会ってからは己の記憶を一部あえて自ら破壊する事で自分自身を欺き、完璧な配下を演じた。ゴーレムだからこそ可能な裏技だ。
しかしそれでも使命を忘れてはいなかった。リーブラの思考は何をどうしようと、最後には使命を全うする事へ回帰する。そしてリーブラ自身は己の矛盾すらも疑わない。何故ならこれが正しいのだから。
ユピテルの首を落としてルファスに余計な情報が渡らないようにもした。
魔神王が余計な事を言いそうになった時も邪魔をした。
しかし全てが上手くいっていたわけではない。
二人いるスパイのうちの一人……女神の現身でもあるはずのディーナの動きがどうもおかしかった。
一見すると女神のシナリオに沿って動いているように見えるが、その実シナリオが破綻しているのは彼女のせいだ。
ディーナがマルスを煽ってアリエスを動かし、ルファスの配下に戻した。
スコルピウスも、アイゴケロスも、原因を辿ればディーナの手引きで戻ったに等しい。
ギャラルホルンではわざとらしく失言をし、早い段階で自らが魔神族のスパイである事まで打ち明けた。
……何をしている? アレは一体何をやっている?
リーブラは早い段階でディーナの不審に気付いていた。気付いている自覚すらもないままに、彼女の裏切りを疑っていた。
魔神王とルファスの会話の時もそうだ。割って入るタイミングがいやに遅かった。
あれは今にして思えば、自分に監視されていたから『私は女神様の味方です』と演じていたに過ぎないのではないか?
だから、それとなくディーナを調べるように何度もルファスへ進言をした。
ルファスがディーナを疑い、尋問なり拷問なりしてくれれば、それで全てが明るみになると考えた。
しかし一体どういう事かルファスはディーナを疑いながらもそれ以上は踏み込まず、彼女の好きにさせていた。まるでディーナが味方である事を確信しているように……。
何だ? 自分の見ていない所で密談でもしていたのか?
否、そんな形跡はなかった。そんな音声は拾っていない。
それよりもボロを出してしまったのは、むしろリーブラの方であった。
ディーナが魔神族のスパイだと明かした時、リーブラはそれを知らないように演じなければならなかった。
そう、あの会話はリーブラに聞こえていた。遥か遠方の音声まで拾える彼女が聞き逃すわけがない。
しかし彼女は女神側で同じ陣営だから、こちらから突き出す真似は出来なかった。
しかし結果としてこれは『聞こえていたはずの会話を聞いていなかった』という不自然を招いた。
後になってディーナを疑った時点で本当は聞こえていた事を明かそうとも思ったが、意味はない。
ルファスはそれを知った上でディーナの好きにさせていたし、むしろそれを明かしてしまう事はリーブラが『嘘を付いた』という事をルファスに教えるだけで、こちらが疑われる可能性すらあったからだ。
しかし、もう演技は終わりだ。ディーナはもう当てにならない。
幸いにして今ここにいるのは自分とタウルスの二人。目撃者はいない。
ならば速やかにタウルスを抹殺し、土龍のアバターにでもやられた事にしよう。
そしてその後は一人一人、確実に暗殺していく。
そう決定し、リーブラはよろめいているタウルスへと砲門を向ける。
「さようなら……タウルス」
「……!」
まずは一人。これで覇道十二星が揃う事は永遠にない。
「――そう何もかも上手くいくと思っているの?」
だが、そこに予期せぬ声が響いた。
咄嗟に振り返れば、そこにあったのは英霊を従えた妖精の女王の姿。
隣には最強の妖精である兄を待機させ、彼女は冷たい視線でリーブラを見ていた。
「ようやく尻尾を出したわね、リーブラ。
一人でヘルヘイムに行くなんて言うからまさかとは思ったけど……」
……気付かれていた?
リーブラは表情は無表情のまま、しかし僅かに驚きを感じていた。
しかし砲門はタウルスから外さず、ポルクスの次の動きを推測しながら彼女を見る。
「……いつからお気付きに?」
「ほぼ最初からよ」
「最初から?」
「ええ。具体的には貴女が女神様のアバターを放置していたと知った時からね」
――リーブラ、貴女もよ! 何で貴女がいてこんなアホな事になってるのよ!
――高山よりも深く反省しております。
――それ反省してないわよね!? 深いどころか上に登ってるわよねえ!?
――もうすぐ大気圏を抜けます。
――このポンコツ!
思い出すのはあの時の会話だ。
確かに、あれは失敗だった。
とぼけた返事をした事が失敗だったのではない。ディーナを放置し続けた事が後になってみれば完全に失敗だったのだ。
あれもまた、ディーナのせいで出てしまったボロだと言えるだろう。
彼女は自らに疑いを集める事でその裏にいたリーブラの違和感までもを表に引きずり出していたのだ。
「ルファス様は欺けても私は騙せないわよ。あんな軽いノリで流せると思わない事ね。
明らかに怪しい相手をそのままにするなんて、貴女らしくない……いえ、絶対に有り得ない。
けれど貴女は、自称参謀の女神様のアバターを泳がせていた」
「……」
「なら答えは一つ。貴方が、その協力者だって事よ。
……私の考えすぎであって欲しかったけどね」
ポルクスが腕を組み、その彼女の戦意に応えるように英霊達が前に並んだ。
カストールも武器を構え、更にタウルスがゆっくりと斧を手にする。
前の英霊、後ろの牡牛。
完全に挟み撃ちにされた形となり、ここにリーブラは進退窮まった。
ブラキウムがあれば一掃も可能だったのだが、それは先程使用したばかりだ。
つまり完全に詰み。ここに逃げ場は塞がれた。
……普通ならば、そう思うだろう。
「なるほど……貴女を甘く見ていました。
ここは大人しく退くとしましょう」
「出来るとでも?」
「ポルクス。貴女は賢いですが、やはり戦闘力の脆弱さが欠点ですね。
そのせいで、常人の視点からの発想に縛られてしまう」
「は?」
嘲るように言い、そしてリーブラは天井など関係ないとばかりに飛んだ。
いや、実際ないに等しい。
リーブラにとって壁だの天井だの床だのは、その気になればいつでも突破出来る……ゼリーのようなものだ。
想像して欲しい。囚人を牢屋に閉じ込めたとして、その牢屋の壁や天井がゼリーで出来ているその光景を。
いかに閉じ込めようと、ゼリーで出来ていてはそれは密室にならない。
……そう、いかに壁や天井に阻まれようと、それが脆ければ閉じ込める事など出来ないのだ。
つまり今の状況は前後左右上下を塞いだと思っていてその実、前後しか塞いでいなかった。
上、下、左右。どこからでも逃走出来てしまう穴だらけの包囲網でしかない。
「っ、待ちなさい!」
天井を掘り進むリーブラを止めようとポルクスが叫ぶが、そこに瓦礫が落ちた。
咄嗟にカストールがそれを弾くも、崩壊は収まらない。
「我々も脱出するぞ!」
ここにいるのがカストールと英霊だけならば崩落など気にせずに天井を破って追跡出来た。
タウルスは生き埋めになるだろうが、いかに弱っていようとそんな程度で死ぬ男ではない。
後で掘り起こしてやればいいだけであり、何も問題はないのだ。
だがポルクスは違う。彼女はこの程度でも死にかねない。
ならばカストール達はポルクスを守るために脱出という選択を選ぶしかないのだ。
「ごめん兄さん、私が足を引っ張っちゃって……」
「気にするな」
カストールがポルクスを抱え、英霊達がタウルスを持ち上げる。
そして裏切りの天秤を捕らえられぬままに、彼等はヘルヘイムを後にした。
*
「私はここまでです。ミズガルズにはお二人だけで戻って下さい」
地球での用事を終えてミズガルズへと戻るその最中。
二つの宇宙の狭間でディーナが突然止まった。
私も実の所それを予想出来ていたので、今更疑問を発する事はしない。
「私がミズガルズに戻ればすぐに女神様は私を操り、龍を起動するでしょう。
だから……私はここで終わりです」
「……其方にはいつも苦労をかけるな」
「全くです」
ディーナは困ったように笑い、私を見上げる。
しかしその顔にこちらを咎めるような意思は見えない。
「けど、それも含めて私が選んだ道です。女神の代理としてではなく、ディーナとして選んだ道です。
貴女に出会うまで私は人形だった……貴女が私を人にしてくれた。だから私は後悔していません。
けれど……私がお仕え出来るのは、ここまでです」
そう言い、ディーナは笑顔を浮かべた。
彼女も分かっているのだ、この先に待ち受ける己の運命を。その末路を。
女神のアバターである彼女はポルクスなどとは比較にもならない女神からの拘束を受けている。
その気になれば女神はいつでも彼女に己の意識を宿らせ、操れるのだ。
そしてそれは、いかなるアイテムやスキルを使おうと防げない。
スキル封じの装備も意味はないだろう。
ならば私達が打てる手は二つしかない。
一つは――ディーナを葬る事。
「ルファス様。ここで私を消せば次のアバターが生まれるまでの時間を稼げます。
――お別れです」
「…………」
これが、最初からディーナが決めていた筋書きだ。
女神のシナリオを乱すだけ乱し、そして最後には自らが消える。
そうする事で完全にシナリオを破綻させ、かつ次のアバターが登場するまでこちらは自由に行動出来る。
間違いなく最善手だろう。これよりもいい手はない。
だが……。
「その時は躊躇するな……其方はそう言ったな」
「はい」
「分かっている。躊躇などせぬさ……ああ、私はもう決めている。
――女神を殴り倒して、其方を救う」
あえてここはベストではなく、ベターを選ばせてもらう。
最善の行動? 要らん要らん。
私は力に物を言わせて我儘を押し通してきた愚者だ。賢者の選択など初めから性に合わん。
神に喧嘩など、とうの昔に売っているのだ。
ならばそのついでに、今日まで忠義を尽くしてくれた部下の一人くらい拾ってやるさ。
「約束だったからな。其方が女神の不興を買ったら余が全力で守ってやる、と」
私の答えを聞き、放心していたディーナが可笑しそうに笑った。
その目尻には雫が光っている。
「…………本当に、貴女は馬鹿ですね」
「知っていた事だろう?」
「いいえ、知りませんでした。ここまで馬鹿とは思ってなかったんです」
「そうか」
ディーナは目を閉じ、そして懐から何かを出した。
それは輝く鍵だ。
それも、計り知れない力を持っている。
「天へ至る鍵……分かり易く言えばGM権限。
これを貴女に渡しておきます。
もう『設定』は終わっていますので、時が来たら起動して下さい」
「カストールが持っていたのではなかったか?」
「あれは偽物ですよ。私を見張っていた者……この際だから言いましょう。隠す理由もないですしね。
リーブラ様に嘘情報を撒くためにオルムに道化を演じてもらったんです。したがってオルムが今所持している鍵も当然偽物です。
というか、まあ、英霊積んだアルゴー船で徘徊とか『私が持ってますから奪いに来てください』と言っているようなものですからね。やりませんよ、そんな馬鹿な事」
ディーナの口から出た名前に、私はもう驚きを感じはしなかった。
むしろ、やはりという気すらした。
ま、それはそうだ。だってあいつ、ディーナが魔神族のスパイだって言った時に聞こえていたはずなのに、飛んでこなかったしな。
それにリーブラに殺られたユピテルがすぐに消滅したのも、今にしてみればあいつが女神側である証拠だ。
魔神族は死んでもしばらくは身体が消えずに残る……これは昔、多くの魔神族を葬って曝し首にしていた私が言うのだから間違いない。
だがリーブラが殺したユピテルはその場で消滅してしまった。これは女神の力以外に有り得ない。
……そう、私が先程言った尻尾を見せた『奴』というのはリーブラの事だ。
ディーナの動きが非効率的だったのも、ずっとリーブラを通して女神に見張られていたからだ。
だから彼女はリーブラの前では、『魔神族にスパイに入っているルファスの部下の振りをした女神の人形』という意味の分からない役柄を演じ続ける必要があった。
……我ながら、とんでもなく厄介な役を押し付けたものだ。正直すまんと思っている。
こんな役、マジでディーナ以外には頼めないし誰もやり通せない。
「灯台下暗し……まさか女神様も私がずっと持っていたなんて思ってないでしょう。
それと、『箱舟』も完成しています。
ミズガルズの錬金術と現代日本の科学の粋を集めて造られた自信作ですよ」
「一人でよく造ったな」
「ふふ、実は一人ではないんです。
私が設立した会社なんですけどね……実はうちの社員、全員ミズガルズ人なんですよ。
それも、向こうではとうの昔に死んだ事になっている人達です。スコルピウス様はいい仕事をして下さいました」
ディーナの言葉に私は思い当たる連中を……いや、種族を思い出した。
向こうで死んだ扱いでスコルピウスが関わるとなると一つしかない。
そうか……言われてみれば確かに妙だった。
ディーナが魔神族側にいてコントロールしておきながら、みすみす滅亡させてしまったのは確かにおかしい。
スコルピウスを制御出来なかったというわけではなく、それすらも計算の上だったとすれば……。
勿論スコルピウスが仕損じるはずがないし、止めも刺したはずだ。殺した事も確認したはずだろう。
だがディーナは死後短時間であれば死者の蘇生すらも可能とする。
ましてや彼女はその時間ですら操れるのだ。ならば不可能ではない。
「向こうで死んだ……スコルピウス……そうか。
何から何まで見事なものだ」
まさに彼女は二百年間、全てを騙し続けて来たわけだ。
その果てにお役御免で死ぬなど、そんな事はあっていいわけがない。
彼女は十分過ぎるほどに頑張ってくれた。私を救ってくれた。
ならば今度は私の番だ。
「私はこれから私自身をこの場に封じます。
それでも女神様には見付かってしまうでしょうが、少しは時間を稼げるでしょう」
「ああ、安心して眠るといい。ここから先は私の戦いだ。バトンは確かに受け取った」
「――……信じてますからね」
「ああ、信じろ」
私は己に言い聞かせるように強く言い、ディーナの頭を撫でた。
そして背を向けると同時に、ディーナが自分の時間を停めるのを感じた。
女神が彼女を発見するまで……まあ一日はかからないだろう。
その間に準備を整えなければならん。そうでなければ女神とは戦いにもならんからな。
だがその前に一つ、付けなければならない決着も控えている。
……待たせたな、オルム。今そちらに戻るぞ。
どちらが女神に挑むに相応しいか、雌雄を決するとしよう。
さようならオルムさん、どうかしなないで……。