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第166話 ソルはめのまえがまっくらになった

 地面に倒れ伏し、空を見上げながらソルは清々しい気持ちだった。

 いい戦いだった。己の全てを賭し、そして負けた。

 多勢に無勢だとか、体力が減っていただとか、そんな言い訳をする気はない。

 どんな状況だろうが負けは負け。そんな状態に追い込まれた自分が悪い。

 戦いとは何も正面から向き合ってよーいどんで始まるものではない。

 実際に拳を合わせる前のコンディション作り、有利な環境作り。戦略や戦術。そうしたもの全てを含めて戦いだ。

 己は策に溺れ、そして見事に嵌められて馬鹿丸出しで負けた。ただそれだけだ。


「ふ……ふふふふふ……ふははははは!」

「何が可笑しい?」


 敗者であるはずのソルが高笑いをあげた。

 その事にレオンが不快感を露わにし、苛立ったように声を荒げる。

 こいつの気取った態度はどうも気に食わない。

 何かまだ切り札でもあるならさっさと出せと、そういう気持ちも込めてソルを睨んだ。


「可笑しいさ。数万、数十万、数百万年とかけて書き上げて来た女神のシナリオが、たったの二百年でこうも見事に崩れていく。可笑しすぎて笑いが止まらんよ」

「それだけか?」

「それだけさ。……ああ、何だ。もしかしてまだ隠しているのかも、と思ったのかね?

だとするなら安心するといい。私にはもう何もない。正真正銘君達の勝ちだ。

放っておいても私はじきに消えるだろう」


 ソルの悟ったような言葉を聞き、ウィルゴが慌てて駆け寄った。

 別に理由があったわけではない。治療すれば恩を感じてくれるかもしれない、などと計算したわけでもない。

 そもそもそこまで計算高いならば、まず駆け寄らないだろう。

 つまり身体が勝手に動いていたのだ。

 それは彼女の優しさであり、そして愚かさだ。

 治療のために翳した手を、しかしソルは拒否するように掴んだ。


「止めておけ、優しい少女よ。

君のそれは美徳だが、しかし戦いの場では欠点だ。

例えば私がここで君を人質にしてしまえば、君一人のせいで形勢逆転だぞ。

優しさだけでは救えぬ者もいる……それを利用する事を悪と思わぬ外道がいる。

その事を、今後は頭の片隅にでも留めておきたまえ」


 そう言い、ソルはウィルゴの肩を掴んでおしのけた。

 しかしウィルゴは納得出来ないのか、必死に説得をする。


「そんな! でも、だって、貴方はそんな人じゃないじゃないですか! 今だって……」

「いいや、私は骨の髄まで女神の人形さ。自我には目覚めていたが、そこにいるポルクスやオルムのようにはなれなかった。ここで私を治療しても、必ず君達の敵として戻って来るだろう。

……やりたまえ。止めは勝者の権利であり、義務だ」

「言われんでも」


 尚も言い募ろうとするウィルゴをアリエスが掴んで留めた。

 そして前に出るのはレオンだ。

 拳を振り上げ、腕に血管が浮き出るほどに力む。


「最後に、私に勝利した君達に敬意を評して少しだけヒントを与えよう。

私が死ねば女神の駒はほぼなくなる。残っていないわけではないのだが、君達全員に勝てる戦力ではないだろう。それが何を意味するか分かるかね?」

「さあな」


 レオンの素っ気ない返事に苦笑しながらソルは自分以外の最後の人形の姿を思い出していた。

 今言った事は実は真実ではない。

 駒はまだ二つ残っている。一人は本人の意思と無関係に女神がその気になれば操られてしまうだろうディーナ。そしてもう一人……。

 とはいえこの二人だけでは流石に多勢に無勢だ。それを埋める為にも女神は間違いなく龍を動かすだろう。


「『始まる』という事さ。この一撃が世界終焉の引き金となる」

「そうかよ」


 ――ソルの最後の言葉を気にもせず、振り下ろした。

 轟音が響き、カルキノスが咄嗟に巨大化して全員の前に飛び出して余波を受ける。

 数秒にも続く嵐のような拳圧。やがてそれが終わった時、地面には地平線まで続く巨大な亀裂が幾筋も刻まれていた。

 ソルの姿は……もう、ない。

 淡く輝く光の粒子だけが、彼が先程まで確かに存在していた事を主張するだけで、それもじきに消えるだろう。


「……どうして」

「さあねえ。馬鹿な生き物なのよ、男って。

妾なら、どんな状況でも意地汚く生き残ってやるけどねえ」


 落ち込むウィルゴの頭を軽く叩きながらスコルピウスが呆れたように呟いた。

 これで女神の持つ中で最後の、そして十二星に唯一対抗し得る駒が消えた。

 そしてこの後の展開はもう、誰でも予想出来る。

 ――始まる。彼は確かにそう言った。

 何が、とは言わない。ソルという最後の駒が消えた今、女神が取る手段は一つだけだ。一つだけしかない。

 そして、その時はもう間近に迫っている。

 世界の終わりが、もうじき始まるのだ。


「こりゃあのんびりしてられねえな。儂はすぐにブルートガングに戻る。

今からならギリギリってとこか。メグレズ、お前さんの考案したマナ機関、早速参考にさせてもらうぜ」

「ああ、私もすぐに行動する。ここからは時間との勝負だ」


 瀬衣達には一体何の事を言っているか分からないが、本人達の間では通じ合っているようだ。

 恐らく英雄達が集っていたのも、あるいはその何かを話し合う為だったのかもしれない。

 瀬衣はあえてそれを言及しなかった。

 それよりも、今はやるべき事がある。自分達でも出来る事がある。


「メグレズ様、俺……一度レーヴァティンへ戻ろうと思います。

俺なんかじゃ戦いの役には立てないけど、ルファスさんが敵じゃないって伝えるくらいは出来るはずです」

「それが君の出した答えか」

「はい」

「いいだろう。ならば私の術で君をレーヴァティンまで送らせてくれ」


 瀬衣のやろうとしている事は、これから起こるだろう事と比べれば小さいものだ。

 だがその小さい事を出来るのも、また彼だけだ。

 メグレズ達が『ルファスは敵ではない』と言っても説得力がない。

 かといってルファス本人が『自分は敵ではない』と言っても信じる者はいないだろう。

 だが二百年前の因縁に関係なく、かつ自らの足でここまで歩いて来た彼の言葉ならば人々も聞くに値するはずだ。

 瀬衣はこの戦いで何もできない。

 だが人々とルファスの間の架け橋となれるかもしれない。


「瀬衣殿がそう決めたならば……よし、我輩も決めたぞ。

賢王様、我輩をドラウプニルへ送って下され。我輩はクマール王を説得して参ります」

「グルルア!」

「おお、フリードリヒ。お前も来てくれるか」


 カイネコとフリードリヒも瀬衣に続き、ルファスと手を取り合う道を選んだ。

 ガンツやジャンも異論はないようで、静かに頷いている。

 しかしそんな中メラクだけが動かず、ウィルゴを凝視していた。

 まるでそれは信じられないものを見たような反応であり、唇は戦慄いている。


「白い翼……それに、その顔立ち、髪の色……まさか。

……き、君、すまないが、その、失礼な事を聞くようだが君の両親はもしや、義理の親ではないか?」

「え? ええと、いえ、お父さんとお母さんの顔は見た事ありません。赤ん坊の頃に森に捨てられてたらしくて、お婆ちゃんが拾って育ててくれたんです」

「な、なんと……」


 メラクは心底驚愕したように目を見開き、ウィルゴを見続けている。

 その表情は歓喜のようであり、同時に悲しみのようであり、複雑なものだ。

 そんな中、パルテノスがふむ、と呟いた。


「やはり、そういう事か」

「え? どういう事? お婆ちゃん」

「簡単な話じゃよ。その天空王殿な……恐らく、お前の実の父親じゃ」


 ――場が、凍り付いた。

 ブルートガングに帰ろうとしていたミザールや、スヴェルへ引き返そうとしていたメグレズも止まった。

 それほどの破壊力を持つ衝撃発言だったのだ。


「……えええええええええ!?」


 ウィルゴの叫び声が、天に木霊した。


*


 少しだけ時間は遡る。

 地下世界ヘルヘイムを訪れたリーブラと、その護衛を務める三人の英霊はさしたる障害もなくタウルスの元へと辿り着いていた。

 そこには眠り続ける龍の頭があり、その前でタウルスは静かに鎮座している。

 


「お久しぶり……でもないですね。先日ぶりです、タウルス」

「……ああ」

「ここに来た用件は分かっていますね? 貴方を迎えに来ました」


 この二人の間に長い会話は要らない。

 リーブラは簡潔に話し、タウルスは一言で返事をする。

 事情を知らない者が傍から見ていれば何を話しているかすら分からないだろう。

 タウルスはゆっくりと立ち上がり、そして静かに拳を構えた。


「野暮用を片付けたら行く」


 タウルスが言うと同時に彼の前に光が集う。

 その光は土龍から発せられているもので、人の姿を形作っていた。

 そう、火龍や日龍が行ってきたのと同じ、アバターの作成だ。

 別におかしな事ではない。既に起きている月龍以外の龍は全員アバターを創り、送り出していた。

 ならば土龍だけが行わないという都合のいい話があるはずもない。

 顕現したそれはレベル1000。戦闘力にしてソルにも匹敵し、生物を単騎で滅ぼす事すら可能な超越者だ。


「アルデバラン」


 ――それが、一撃で霧散した。

 振るわれた剛拳は破壊音を撒き散らしながら生まれたばかりのアバターを光の粒子へと戻し、消し去ってしまう。

 アバターといえど、一つのスキル。ならばスキルを終わらせるスキルである『アルデバラン』の前では完全に無力だ。

 レオン達の苦戦は何だったのかと言いたくなる瞬殺だが、これは単なる相性の問題だ。

 存在そのものがスキルである以上、タウルスの一撃に抗う事は出来ない。


「お見事。流石ですねタウルス」

「……」

「さあ、行きましょう。皆も待っています」

「いいや、まだだ」


 そう言い、タウルスは――リーブラへ向けて拳を突き出した。

 咄嗟にリーブラが回避し、拳は不発に終わる。

 しかしそこに込められた威力に加減はない。

 本気で殺す気で打って来た。


「何の真似です、タウルス」

「理由を話す必要はない。お前自身が一番知っている事だ」

「意味のわからない事を」


 リーブラは氷の表情でタウルスを見据えながら武器を手にした。

 相手がやるというのならば、こちらも応戦するまでだ。


「どちらにせよ、やるというならば反撃させて頂きます。

貴方を動けなくした後に尋問するとしましょう……拷問に変わる前に話す事をお勧めしますよ」

「……なるほど、自覚症状がないのか。

それとも、自分で自分の記憶でも破壊して、自分自身すら欺いたか?」

「……破損データ?」


 タウルスに言われ、リーブラの動きが一瞬止まった。

 そうだ……破損データ。ルファスと出会ってからずっと、自分の中にはそれがある。

 だがその正体は未だ不明で、全く修復出来ていない。

 いや、そもそも今日まで修復しようとすらしていなかった?

 ……いや、今は考えるべきではない。ともかくまずは、この乱心した牛を鎮める事が先決だ。何ならいっそ始末してしまってもいい。むしろその方がいいのではないか?

 それがマスターの為になるのだから。


「お止め下さい、お二人共! 十二星同士で戦うなんて!」

「そうです、まずは落ち着いて話し合いましょう!」


 まさかの事態に英霊達が慌てるが、二人は止まらない。

 リーブラは距離を取りながら銃弾を撒き散らし、タウルスは攻撃を浴びる事を物ともせずに前進する。

 だが機動力はリーブラが上だ。巧みに跳び回り、決して距離を詰めさせない。

 タウルスの脅威はその圧倒的な破壊力のみ。

 そしてそれは、近接しなければ発揮されない。彼に遠距離攻撃の手段はない。

 それが分かってしまえば攻略は簡単だ。遠くから狙い撃ちにするだけでいい。


(自覚症状がない? 私が騙されている? 何を馬鹿な……ゴーレムである私に記憶操作の類など通用しないというのに。むしろ怪しいのは貴方の方ですよ、タウルス)


 リーブラから放たれた砲撃がタウルスを撃ち、その身体を無理矢理後方へと跳ね飛ばした。

 あの体力を削り切るのは難しいが、殆ど勝ちの見えた単純作業だ。

 近付かれないようにしつつ削り続ければいい。

 そして一撃圏内に入った所でブラキウムを撃つ。これで終わりだ。


(確かに私の記憶は破損していますが……そうですね、もう修復してもいいでしょう。

きっと記憶さえ直せば、ディーナ様の正体も、そしてタウルスの乱心の理由も分かるはずですから)


 リーブラは気付かない。

 今の自分の思考がいかにおかしいのかに気付けない。

 もう修復してもいい……これは裏を返せばいつでも直せたという事。直さなかったという事。

 何故自分がそんな事をしていたのか。彼女はまずそれを考えるべきだった。

 だが彼女にそれは出来ない。ゴーレムであるが故に出来ない。

 何の理由もなく、それがマスターの為であると確信してしまっていたからだ。

 それが正しいと認識してしまったとき、彼女の思考はその先に進まない。

 答えが出た時点で止まってしまう。それは人とゴーレムの悲しい差であった。


(破損データ……修復……)


 そして何の根拠もなく、今が期だと考えて破損データの修復を開始した。

 理由はない、何もない。疑いもしない。何故ならそれが正しいのだから。

 彼女の本質は『道具』。存在意義は主の利となる事、害を排除する事。

 故に、疑わない。

 そして――。




「――ああ。そうでしたか」


 人形は。


「なるほど、タウルス。全ては貴方の言う通りです。

やはり私は、マスターの為に……」


 ――嘲笑(わら)った


「アロヴィナス様の為に動いていた」




 これまで一度として見せた事のない嘲笑(ひょうじょう)を見せ――ブラキウムの輝きでタウルスを、英霊諸共に焼き払った。

・最後の『人形』起動。

・真のマスターを認識した事でリーブラの全ステータスが上昇しました。


Q、これ、タウルスが余計な事しなきゃリーブラは味方のままだったんじゃ……。

A、その場合味方のままパーティーに潜み、龍との戦闘中に寝返って誰かを暗殺していました。

その場合、瀬衣の覚醒を引き出す為にウィルゴ辺りを狙う可能性が高いです。

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