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第165話 レオンのカウンター

地の文さん「レオンは最強だ。疑いの余地もない」

地の文さん(…………どう考えても疑いの余地しかないよなあ)

地の文さん「レオンつよいなー! すごくつよいなー!」

 生まれてからずっと、自分が負けるなどと考えた事すらなかった。

 苦戦する事すらなかった、勝利に彩られた生涯。

 レオンにとって自分以外の生物とは全て弱者でしかなかったし、彼等がスキルだの何だのと使うのを見ても自分が使う事はないだろうと思っていた。

 所詮は弱い者が実力差を少しでも埋めようと足掻いているだけの護身術……下らぬものでしかない。

 人は剣を使う。鋭利な牙も爪も持たぬから、相手を切り裂くための代用品としてそれを使う。自分には必要ない。

 人は鎧を着る。頑強な身体を持たぬから代わりに攻撃を受けてくれる偽りの装甲を欲する。自分には要らない。

 武器は所詮代用品。魔物の牙や骨を加工した剣や鎧などレオンにとっては雑魚の身体の一部を、更に弱い連中が使えるようにしただけのガラクタだ。

 スキルも同じ事だ。力を上げるスキル。威力を増すスキル。ダメージを上昇させるスキル……阿呆か。どれもこれも俺の一撃にも及ばない子供騙しではないか。

 だからレオンにとって、ルファスという存在は理解し難いものであった。

 弱い人類のはずなのに。牙も爪も持たない小さな存在のはずなのに。

 だというのに、奴の力は己を軽々と上回っていた。

 屈辱の敗戦。そして捕獲。何度歯向かってやったかは分からない。

 その度に軽々とあしらわれ、止めも刺されずに放置された。

 曰く、『猫に甘噛みされて本気で怒る飼い主はおるまい?』らしい……ふざけている。

 悔しくて何度も挑んだ。そして何度も負けた。

 そして、その度に奴は言うのだ。


「レオン、其方の力は確かに強い。

だが闇雲に振り回すだけでは折角の力も宝の持ち腐れだ。

もう少し器用さを身に付けるといい」


 ふざけるな、と意地になって叫び返したのを覚えている。

 俺は強い、俺は強者だ。そんな弱者の工夫など必要ない。

 そう猛るレオンへルファスは告げる。


「弱者の工夫か、なるほど。

だがなレオン、仮に余を上回る敵と出会ったとして其方と、其方が言う所の工夫を身に付けた弱者……例えばアリエスのどちらを連れて行くかと問われれば、余は迷わずアリエスを選ぶ。

まず其方を連れて行きはしないだろう」


 それはまさに屈辱だった。

 暗にお前はアリエス以下だと言われたのだ。

 よりにもよって、あの最弱の魔物以下であると。


「口で言っても分からぬだろう。

かかってこい。其方でも戦えるように、今、余のレベルを1000にまで落とした。

ステータスで言えば其方の方が遥かに上だ。

だが予言しよう……其方はこれでも余には勝てんとな」


 舐められている、と思った。

 だからルファスの挑発に乗り、怒りのままに襲い掛かった所までは鮮明に覚えている。

 その後に拳を軽く叩いて落とされ、顎を揺らされた所も多少曖昧だがまだ記憶に残っている。

 だがその後の記憶はなく、気が付いたら空を見上げていた。

 全身の痛みなどからして、こっぴどくやられた事だけは間違いないだろう。

 弱者の小細工と見下していたものの力を、思い知らされた。


*


 メグレズ達の言った事は事実であった。

 瀬衣達から見ればレオンとソルの戦いは天上の戦いだ。

 あまりに規模と桁が違いすぎて、どちらが勝っているかなど判別出来ない。ただ高速で動き回っているとしか見えない。

 だがそんな彼等でも、何となく勝敗の天秤が傾きつつある事を予感していた。

 そして実際は傾きつつある、などという生易しいものではない。

 最早既に消化試合……レオンの体力が高いからまだ戦いが続いているだけで、既に勝敗の見えた戦いが続いているに過ぎない。

 ソルの拳がレオンの巨体を浮かせ、上に回り込んで蹴り落す。

 レオンもすぐに起き上がり口から破壊光を放つが、呆気なく回避されたと思った次の瞬間には尾を掴まれて投げ飛ばされていた。


「メグレズ様、このままじゃまずいぜ!

何か援護をした方が……」

「無理だ。あれほどの速度で戦っている所に下手に援護射撃などしてもレオンに当たる可能性の方が高い。

いや、それ以前にあのプライドの塊のような獅子王に手など貸そうものなら、奴はこちらに攻撃してくるぞ」


 このままでは勝敗は見えている。ならば援護をするべきだとガンツが告げるが、それにメグレズは否定を返した。

 レオンは決して味方ではない。敵の敵というだけだ。

 下手な事をすれば、奴はまずこちらを消しにかかる。手出ししなくとも出来ないのだ。

 そうして話している間にも戦いは進み、遂にレオンが地面に倒れ込んでしまう。


「終わりだ、獅子王。それなりには楽しめたぞ」


 ソルが止めを刺すべく加速した。

 狙いは首……いかに生命力に優れた獅子王といえど、首を刎ねられては生きてはいられまい。

 手刀に全てのマナを凝縮させ、上段から振り下ろす。

 しかし上空から割り込んだ小柄な影が間に入り、ソルの手刀を両手で挟み込むように受け止めた。

 虹色の髪が揺らめき、少女と見間違えそうな美貌は強い意思をもってソルを正面から見据えている。


「っ、貴様……十二星のアリエス!?」

「やああっ!」


 突然の乱入に不意を突かれたソルを、炎を纏ったアリエスの蹴りが跳ね上げる。

 ソルはすぐに空中で回転して体勢を立て直し、アリエスへ魔法を放った。

 だがアリエスは手から炎を出す事で空中で軌道を変え、ソルの側面へと回り込む。

 そして今度は空中に炎を放ち、その反動で加速しての蹴りを放った。

 咄嗟にガードするも、その一撃は決して軽くない。

 ソルの身体ごと急降下し、地面に衝突して尚勢いは止まらない。

 大地を削りながらソルが押しやられ、山に衝突して、山を掘り進んで反対側から飛び出した。

 しかしソルも日龍のアバターだ。この程度でやられる事などない。

 足の筋力だけで身体を無理矢理止め、正面から突っ込んで来たアリエスを迎え撃つ。

 だが直後、背中に悪寒を感じてその場から飛び退いた。

 それと同時に地面から現れたのは、巨大な鎌を携えた山羊の悪魔だ。


「避けたか……勘のいい奴だ」

「アイゴケロス!?」

「彼だけではありませんよ」

「!」


 退避した先もまた安全ではない。

 声が聞こえたと同時にカルキノスの蹴りがソルの頬を抉り、弾き飛ばした。

 吹き飛ぶその身体をすかさず絡め取ったのは蠍の尾を模した伸縮自在の暗器だ。

 スコルピウスが力任せにソルを地面へ叩き付け、そこにアクアリウスの水瓶が向く。


「アブソリュート・ゼロ!」


 あらゆる物質を瞬時に凍結させる絶対零度の冷気が、指向性を持ってソルを襲った。

 これで死なないというだけでもソルは賞賛されて然るべきだろう。

 冷気の牢獄から無理矢理脱出して跳躍するも、そこもまた安全とは言い難い。

 待っていたようにアリエスの拳がソルを殴り飛ばし、そこに追撃をかけるのはアルゴー船の操舵手を務めるアルゴナウタイが一人、『竜骨座』のアヴィオール。

 骨のくせに英霊という意味の分からない彼は口を開き、そこにありったけのマナを集約させていく。

 ――解放。

 極限まで圧縮されたマナは一直線に進む破壊の極光となり、ソルを飲み込んだ。

 奔流は止まる事なく大地を削りながら虚空の果てへと飛び出し、偶然その先にあった月に着弾して巨大なキノコ雲を上げた。

 更にまだ止まらない。発射、発射、発射――発射。

 アヴィオールの口から次々と魔力弾が放たれ、天まで届く爆煙を上げた。

 しかしソルはまだ健在だ。腕をクロスし、全身から煙をあげなからも立っている。

 だがまだ終わらない。そんな彼の頭を背後から掴み、ピスケスが嗤う。


「平伏せ、下郎」


 ソルの頭を地面へと叩き込む。

 頭が高い、控えろ。ここにいる己こそが神の子。

 龍の子如きでは決して並び立てない至高の存在なのだ。そう言わんばかりの傲慢さだが、彼は実際その大言に見合うだけの実力を備えている。

 ソルは倒れながらも素早くピスケスの手を振り解いて距離を取った。

 そして彼が見たのは、余りに絶望的な光景だ。

 上空にはアルゴー船が浮かび、数多の英霊がこちらを見下ろしている。

 地上に立つのは牡牛と天秤を除いた覇道十二星。妖精の双子の姿は見えないが……まあアルゴー船の中だろう。まさか船だけで来ているなどという事はあるまい。

 魔神王の子であるテラまでもが剣を構えて立ち、自分を取り囲んでいる。

 どう考えても勝機などない、あるはずがない。

 しかしソルは、この期に及んで尚不敵な笑みを崩さなかった。

 彼にはまだ余裕がある。ここからでも逃げ切れる自信があったのだ。

 そうでなければ誘い込むような真似などしない。


「なるほど……誘ったのは確かに私だが、まさか全員(・・)で来るとはな。

ふふふ、かえって好都合というものだ」


 誘い出す事には成功した。ならば後は『アレ』がうまくやってくれるだろう。

 後は早々に退避してしまえば、それでいい。

 そう考えてソルは頭の中で、ここにはいない同胞――ディーナに語り掛けた。

 役目は果たした。早々にエクスゲートを開き、この場から離脱させろと。

 しかしそのソルの言葉に帰って来たのは……無言。

 何の返事も帰ってこない。反応がない。

 馬鹿な、そんなはずはない。

 女神のアバターと龍のアバター。その二つの間には切っても切れない繋がりが存在する。

 そもそも彼女は地上における女神の代行者であり、緊急時には全ての龍へ起動命令を下す為の、世界終焉を告げるスイッチ。いわば最終兵器だ。

 その彼女と龍のアバターである己が連絡を取れないなどという事は有り得ない。

 つまりこれは、意図的にこちらの念話を無視しているのだ。


(…………。

……なるほど、そういう事か)


 ソルは思わず笑いだしそうになってしまった。

 ああ、そうか。そういう事か。そうだったのか。

 考えてみれば当然の話。気付いてみれば簡単な事。

 自我に目覚めているのが自分だけだったと思う方がおかしかった。

 彼女はとうに、人形ではなくなっていたのだ。

 そう思えば辻褄が合う。道理でここまでルファス一行に都合のいい展開ばかりが続いたわけだ。

 道理で十二星が集まり、こうまで厄介な事態に発展したわけだ。


(――愉快!)


 ソルは自分が助かる道はないと悟り、ここが己の死地であると理解した。

 しかし彼の中に怒りはなかった。恨みもなかった。

 むしろよくぞここまで全てを騙し通したと褒めたくなる。見事と言いたくなる。

 ソルは強い者を好む。それが力であれ知略であれ、己の想像を超える者が好ましくて仕方ない。

 だって退屈だろう。全てが神や、その代行者の思い通りになる世界など。

 だから笑おう。騙された事を憤るのではなく、気付かなかった己の無能さこそを。

 そして称えよう。己を死地へと誘い込んだ彼女の狡猾さを。

 思い通りにいかない事。脚本通りに進まぬ事。

 その三流喜劇の何と面白い事か。


「いいだろう、ディーナよ。ならば私はこの地で散ろう。

だが私は君の思い通りにはならんぞ。

……道連れだ。一人でも多く、地獄の同行者として連れて行く」


 退路はもうない。前にしか道はない。

 是非も無し、最後の相手が覇道十二星ならば相手に不足はない。

 しかし、そう猛るソルの前に立ったのは予想外にもレオン一人であった。

 その姿は獅子から人の姿へと戻り、治療しようとしていたウィルゴを乱暴に突き飛ばす。


「余計な事するんじゃねェ、カス共。こいつは俺の獲物だ」

「あ? 偉そうに囀るんじゃないわよお、負けそうだったくせに」

「……ちっ。まあ、否定は出来ねェか……このままじゃあ勝てねェな」


 スコルピウスの馬鹿にするような言葉に、意外にもレオンは素直に同意した。

 ゴキゴキと首を鳴らし、口内に溜まった血を吐き出す。

 そして溜息を吐くと、ボリボリと髪を掻いた。


「しゃあねェ……ルファスに従うみたいで嫌なんだが、小細工使うかァ……」


 レオンは腕をダラリと下げたノーガードのままソルへと近付いていく。

 その姿に違和感を感じながらもソルが踏み込み、レオンの顎を狙って突きを繰り出した。

 だがレオンはその攻撃を軽く叩いて落とし、素早く肘打ちをソルの顎へ放った。

 頭を揺らされてソルがその場に座り込んでしまい、レオンが見下ろす。


「ねえ、今のって……」

「うむ、スキルだな。『テクニカルガード』……相手の攻撃を防ぎ、ダメージを軽減する技だ。

主が教えていたスキルだが、使うのは初めて見た」


 それは、レオンが今まで見せた事もなかった防御スキルだった。

 アリエスがその事に驚き、アイゴケロスが冷静に解説を入れる。

 更に立ち上がったソルの拳を今度は回避スキル『見切り』で避ける。

 回避率を上昇させる技で、これも普段のレオンらしくない。

 がら明きになったソルの腹に二連撃のスキル『ダブルブロウ』を放ち、彼の身体を跳ね飛ばす。

 その攻撃も丁寧なものだ。普段の力任せの大振りと違い、小さくコンパクトに纏まっている。


「レオンってあんな戦い方も出来たんだ……」

「元々戦いの才能だけはズバ抜けてるからねえ。固有スキルなんてなくても、真面目にやれば強いのよ、あいつ……むかつくけどねえ」


 驚くアリエスにスコルピウスがつまらなそうに返す。

 レオンに気取ったスキルは必要ない。否、必要なかった。

 今まで彼が振り回していたのは己の高いステータスに任せた暴力であり、いわば通常攻撃だ。

 咆哮などの一部スキルは使っていたが、それも単に攻撃範囲が広いだけの初級スキルでしかない。

 そう、彼はスキルがなくとも強い。スキルを使わずに十二星最強の座に立っていたのだ。

 その彼がスキルを十全に使えばどうなるか……それは、今の光景が教えてくれている。

 だが彼は今までそれを使おうとはしなかった。ルファスから教わったその技を使うのは負けのように思えたからだ。

 小細工(スキル)など弱者の涙ぐましい工夫。そう吐き捨てていたプライドもあったのだろう。

 だが彼はそれを今、解禁した。このままでは勝てないとソルを認めたのだ。


「面白い……そうだ、そうこうなくてはな!

それでこそ戦い甲斐がある!」


 ソルは拳を固めて嬉しそうに猛り、レオンへと走った。

 レオンもそれに合わせて走り、二人の拳が正面から衝突する。

 ただの衝突と思うなかれ。この一瞬に数多のスキルが発動され、幾重にもフェイントが張り巡らされているのだ。

 二人の拳が、足が、眼にも映らぬ速度で交差し合い衝突音を後から響かせる。

 それは先程までの派手な攻防とは一転した地味なものだ。

 ……まあ、余波だけで周囲が吹き飛ぶ戦いを地味と呼ぶかは知らないが、先程と比べれば確実に規模は落ちている。

 しかし込められた力はむしろ先程の数倍。無意味な力の拡散を行わず、一点に力を集約させている。

 互いの力量はほぼ互角。むしろ女神の後押しがある分、まだソルが勝るだろう。

 だがソルにはダメージがあり、レオンには膨大な体力がある。

 ソルの拳がレオンの腹にめり込む。肋骨が砕ける音が響く。

 レオンの拳がソルを殴る。顎の骨が砕けて食いしばる事が出来なくなった。

 互いの拳が衝突して拳を砕き、蹴りが交差して足を破壊する。


「おおおおおォォォォッ!」


 レオンが吠える。俺が最強だ、負けるはずがない。

 こんな所で躓いている暇などなく、俺には超えるべき壁がある。

 お前如きに負けてなどいられないと、魂の叫びをあげる。


「うおああああァァァッ!!」


 ソルが吠える。そうだ、この手応えこそ求めていたものだ。

 全てが思い通りになる世界など何も面白くはない。思い通りならない物こそが欲しかった。

 この女神の箱庭で手応えをくれるのは強敵との戦いだけだと歓喜の叫びをあげる。

 実力はほぼ互角。ならば勝敗を分けるのは本人の心意気に他ならない。

 先を見据えて勝利を貪欲に求める者と、戦いそのものに満足してしまった者。

 その差はそのまま、両者の拳の重さに現れる。

 数十秒にも及ぶ殴り合い。本人達の体感時間から見れば数時間にも匹敵する激闘。

 やがてその果てに倒れたのは、白い男の方であった。




 ――同時刻。ヘルヘイム。

 そこには、リーブラと共に来たはずの英霊達が倒れていた。

 全身が激しく傷付き、光の粒子として消え去っている。


 そして――リーブラとタウルスが互いに武器を向け合っていた。

祝・レオン勝利!


女神「ちょっとー! 何で私の後押しがあって負けフラグの塊のライオンに負けてるんですか!?

ほんっと口先だけで全然役に立たないんだから!」

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