第163話 レオンのれんぞくパンチ
~前回のあらすじ~
【理想】
感想欄「レオンきた! これでかつる!」
感想欄「待ってたぜ十二星最強!」
感想欄「キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!」
【現実】
感想欄「何だ、レオンか」
それは彼にとって屈辱であった。
いかに全力を出す前だったとはいえ、いかに竜王との戦いの傷が癒えていなかったとはいえ。
魔神族などに後れを取ったという事実は腸が煮えくり返るほどに許せない事であり、自尊心を傷付けられた。
俺は最強だ、最強のはずだ。
それが何だ、このザマは。ルファスに敗れ、アリエス如きにすら負け、挙句見知らぬ馬の骨にすら遅れを取った。
強いという事。それは彼の誇りであり、存在意義そのものだ。
故に彼はこのままでは終わらない。
感じられる僅かな匂いを頼りに怨敵の事を探し回り、そして再びソルの前に立ちはだかったのだ。
「立てよ、これで終わりじゃねェだろ」
「無論だとも」
レオンの挑発に応え、ソルが余裕の表情で立ち上がった。
だがその顔は次の瞬間曇る事となる。
立ち上がったと同時に足が揺れ、崩れそうになったからだ。
今の、たった一撃で足にきていたのだ。
「オオオオッ!」
レオンの剛腕が繰り出され、咄嗟にガードした腕ごと殴り飛ばした。
腕が軋み、その馬鹿げた攻撃力を正面から受ける危険性を改めてソルは強く認識する。
以前の戦いでは直撃を浴びる事は一度もなかった。全て回避か防御していた。
パワーは互角であるとその時に確認したはずだが……なるほど、パワーは互角でも打たれ強さには差があったらしい。
最初に頭にいいのを貰ってしまったのは痛手だった。おかげで未だに足が満足に動かない。
だがその不意打ちを責める気はソルにはなかった。
戦いに卑怯などない。やるかやられるかの二つしかない。
卑怯だ卑劣だと喚くのは、そいつが戦いを理解していないだけだ。
このダメージは戦場で油断した己の失態であり、払うべき対価。そうソルは認識している。
吹き飛びながらも高速で天法を発動し、己に補助を上乗せしていく。
その間にもレオンの怒涛の攻撃は続き、一撃ごとにガードの上から強引に体力を削り取る。
まるで防御している腕が削られているかのような凄まじさ……否、実際に削られている。
攻撃を受ける度に骨が軋み、皮膚が抉れる。レオンのパワーがあれば直撃も防御もさしたる違いはなく、当たりさえすればそこが急所となる。
腕で防げば腕を破壊して相手の攻撃力を奪い、足で防げば足を潰して機動力を奪う。
十二星の中で彼だけは固有スキルを持たない。気取った特殊能力の類を有さない。
だがそれでも尚、最強と呼ばれるのは何故か。それは彼がそれだけ強いという事だ。
(まだだ……まだ……もう少し)
そんな猛獣の猛攻に耐えながらもソルは更に補助を上乗せし、反撃の時を待っていた。
最初に受けたダメージが抜け、足が自由に動くまでの辛抱だ。
それは一秒が数分にも匹敵するこのレベルの戦いにあっては気が遠くなるほどの時間であり、永遠にすら感じられる苦行だ。
だがソルはこの劣勢を楽しんでいた。苦戦するという事に喜びを見出していた。
別に痛みを悦ぶ変態というわけではない。手応えのある戦いこそ彼が望むものなのだ。
いや、もしかしたらやはり少し変態なのかもしれない。
バトルジャンキーという名の変態だ。
(後三秒……二秒……一秒……)
一秒とは本来瞬く間に過ぎる時間である。
だがその一秒の間があればレオンは大抵の敵を原型も残さず屠れるだろう。
その彼の攻撃に晒されながらもソルは冷静さを崩す事なく、防御に集中する。
(……ゼロ!)
ダメージが抜け、足が動くようになると同時にソルはレオンの拳を掻い潜った。
そのまま強化した拳でレオンの頬を打ち、彼の巨体を後方へと飛ばす。
しかしレオンも一瞬驚愕こそしたものの、すぐに足に力を込めて踏ん張り、僅か5mほど後ろへ飛ばされただけで停止した。
ソルはすぐに追いつき、レオンの顔へ蹴りを叩き込んだ。
だがレオンはのけぞりながらも拳を突き上げ、ソルの身体を跳ね飛ばした。
ソルはその衝撃を空中で殺すように一回転し、着地と同時に魔法を連発する。
攻守一転。今度はソルが怒涛の攻撃へと転じ、レオンを追い詰めた。
だがレオンは何を考えたのかガードを解き、魔法を浴びながら直進した。
「っ!」
「温いんだよォ! てめェの魔法はな!」
レオンが急接近し、力任せのアッパーを放った。
顎を打ち抜かれたソルの身体が数回転し、地面に頭から墜落する。
そこに畳み掛けるようにレオンが跳躍し、踏みつけを行う。
間一髪、ソルは地面を転がる事で回避したが、外れた踏みつけは大地を抉り巨大なクレーターを形成した。
「ちょこまかと逃げ回りやがって……。
いいぜ、それなら逃げられねェ攻撃をするまでだ。
前は本気を出してなかったんでな……今回は出し惜しみなしだ」
レオンの髪が揺らめき、筋肉が膨張した。
ドクン、と心臓の跳ねるような音が大気に響いたと思った瞬間、レオンが変わった。
人の姿を捨て、ソルの眼前に顕現するは最強の魔物たる獅子王。
その威圧的な姿にレヴィアの上の瀬衣達は唾を飲み、フリードリヒは震えて蹲っていた。
「で、出た……」
「敵の時はおっかなかったが、味方となるとこうも頼もしい奴もいねえな。
まあ向こうにしてみりゃ俺等なんざ敵味方以前に眼中にすらねえんだろうけどよ」
瀬衣が緊張気味に呟き、ガンツも汗を流しながらも勝利を確信したように話した。
彼等はレオンとアリエス達の戦いにおいて傍観者でしかなかったが、それでもレオンの強さは空気を通してビリビリと伝わって来た。
そもそも十二星を数人同時に相手にして互角以上に戦えていたという時点でレオンの強さは保障されている。
それが偶然そうなっただけとはいえ、とりあえず今は味方……というよりは敵の敵として戦ってくれているのだ。
まず、負ける姿というものが想像出来ない。
しかし勝利を予感する勇者一行とは違い、メグレズ達は険しい顔をしたままだ。
彼等が見守る中、ソルは愉快そうに口の端を釣り上げた。
瞬間、彼から迸るのは圧倒的なまでの天力の波動だ。
そしてそれは、メグレズ達にとってはよく知る……過去の過ちそのものであった。
「いかん……このままでは負けるぞ、獅子王は」
「え!?」
メグレズの口から出た絶望的な言葉に瀬衣が信じられない、という顔をした。
レオンの強さは彼もその眼で見た事がある。
最終的に敗れはしたが、あの十二星を複数同時に相手にして戦えるほどに圧倒的であった。
その獅子王が負けるなど、とても信じられないのだ。
「ソルという男に女神が力を貸している。
あれは、二百年前に私達がルファスと戦った時と同じものだ」
レオンは最強の魔物だ。それは間違いない。
だが彼は女神が創り上げた強さの序列の中での頂点でしかなく、ルファスやベネトナシュのように頂点『以上』に届いているわけではない。
そもそもその強さの序列ですら実際は更に上に『龍』がいるのだから、本当の意味の最強とは程遠いのだ。
ならば女神が、その序列の枠すらもはみ出してしまうだけの力をソルに与えたならば……レオンに勝ち目など最初からないという事になってしまう。
レオンは固有スキルなど不要なほどに強い。己の力のみで他者を圧倒できる。
だがそれは逆を言えば、自分よりも強い者に勝てる札を有していない――自分より弱い者にしか勝てない強さだという事でもあるのだ。
*
「そういえば思い出したんだけどさ」
アルゴー船でスヴェルへ向かう道中、アリエスが何気なく言葉を発した。
先程のポルクスの言葉でふと、思い出した事があったのだ。
「前にディーナさんが言ってたんだけど……」
そう前置きをし、アリエスが語ったのは以前にレオンと戦った時にディーナが口にした言葉であった。
あの時のディーナはまるで女神の思考を読んだというよりは、まるで女神本人であるかのような口調で話していたが、今ならばその理由がよく分かる。
彼女は女神のアバターであり、ならば彼女の思考はそのまま女神の思考に最も近いという事になる。
ディーナと女神は基本的には全く同じ思考回路をしているのだ。
勿論、生まれ育った環境や周囲の人間関係などで差異は出てしまっているかもしれないし、アリエス達は知らない事だが実際に差異が出てしまっているのだが、それでも根本は共通しているのである。
そしてディーナはその事を自覚しており、故にこそ女神の思考をまるで自分の思考のように読んでいた。
次に自分ならこうする。自分ならばああ動く。それはそのまま、女神に当てはまってしまう。
だから彼女は悉く女神の裏を掻いていたのだ。
そして、そのディーナが以前、アリエスに語った事があった。
――あの男は勝つに相応しくない。他にもっと相応しくて、勇者の名に恥じなくて、物語の主人公に仕立ててもいい勇敢な子がいるから……だから極論、レオン様は負けてしまっても構わないのです。
ディーナは語った。
レオンは女神の最も嫌いなタイプの男であると。
レオン、というよりは恵まれて当然と思い感謝すらせず、それが当然だと思い上がっているような愚民が嫌いらしい。
ならば好みは当然その逆なのだろう。
恵まれる事を当然と許容せず、弱くても自らの足で歩む者。きっとそれこそが女神の好む存在で、だからこそアリエスという弱者にディーナが肩入れをしたのかもしれない。
そこまで聞き、ウィルゴが口元に手を当てて声を荒げた。
「それ……瀬衣君の事……!?」
「多分、そうだと思う。ディーナさんの言っていた事が正しいなら、瀬衣君は女神の好むタイプの子なんじゃないかな」
*
「――つまり、次に女神が標的にするのは瀬衣少年だと?」
私とベネト、ディーナは現在適当な飲食店に入り、軽い軽食を取りながら次の女神の手について話し合っていた。
足元にはあちこちの店で買い溜めしたこちらの世界の様々な食べ物やゲーム、日用品などを詰め込んだ袋がいくつも並んでいる。
ちなみに今入っている店の名はエイレジアスといい、安い値段と釣り合わない高いクオリティの品を出すイタリア料理専門のファミレスだ。
私も結構この店には頻繁に……あ、いや、通っていたのはアバターの方で、私は一度も来たことがなかったな。
どうもややこしいな……『俺』の記憶はあくまで植え付けられただけのもので私が実体験したわけではないと分かっているし、今となっては封印空間の中でまどろんでいた記憶もちゃんと戻っている。
だがそれでも、少しばかり混同してしまうのだ。
ま、アバターといってもやはり私自身なわけだからな。今となっては完全に別人となってしまったが、それでも根っこの部分は同じだ。つまり好みも同じなわけで、通う店も被ってしまう……という事なのだろう。
「はい、私の考えが正しいならば。
ご存知の通り、私は既に女神様から独立していますが、それでもやはり基本の部分は同じです。
つまり私の好みは女神様の好みであり、女神様が嫌いなものは私もやはり生理的に受け付けません。
例を挙げるならばレオン様とアリエス様でしょうか。私と女神様は両方ともアリエス様には好感を抱いていますがレオン様の事は嫌っています」
「……私は結構レオンの我儘な所が可愛いと思うのだがな」
「ルファス様、ぶっちゃけレオン様の事をでかい猫くらいにしか考えてないですよね……」
どうも私と女神は動物の好みがあまり合わないらしい。
こう、猫好きならば分かるだろうか? 我儘で好き勝手してる猫ほど何故か可愛く感じるあの感覚が。
飼われている猫は言うまでもなくペットだが、しかし猫はそんな事知らぬ、自分こそが主人でナンバー1だという感じに振る舞うだろう。しかしそれがまた可愛いのだ。
私にとってレオンはそれだ。今だから言ってしまうが竜王を倒したのにレオンは倒さず捕獲したのも私が猫好きだったからである。
ライオン恐いとかよく言われるけど、あれで顔をよく見ると結構可愛いんだぞ。
……余談だが、私のアバターも猫を飼っていた。
ファールという名で、我儘で自分勝手な猫だったが可愛い奴だった。
「まあとにかく。あの瀬衣君は勇者として女神様の求める人材であるのは間違いないですし、必ずどこかで贔屓するでしょう。
もっとも、私の考えとは何だか随分違う道に入ってしまっているようですが」
「というと?」
「そうですね……最初は、戦意喪失させてリタイアさせてしまおうと考えました。
だからオルムとルファス様がわざわざ瀬衣君の前でエンカウントするようにセッティングしたのですが、これは残念ながら上手くいきませんでした」
ディーナが言っているのは私と魔神王が戦ったあの時の事だろう。
確かに今にして思えば、あれはディーナに見事に誘導されて戦った形だった。
あれは魔神王にとっては私の復活とあの時点での力を試す意味合いがあり、ディーナにとっては将来的に厄介になるであろう勇者を先にへし折る意味があったわけだ。
この二人が最初からグルだったと知った今となっては、やられた、としかいいようがない。
「しかし彼は折れませんでした。それどころかあの時のルファス様とオルムの会話を切っ掛けに、真実を探す方向へと進み、ルファス様と手を取り合う道を選んでしまいました。
これは私にとっては嬉しい誤算であり、女神様にとっては有り得ない誤算だったでしょう」
会話中、ベネトの前にドリアが運ばれてきた。
品名は『どのへんがミラノ風なのか実はよく分からないドリア』という。
彼女はそれをスプーンですくい、観察するように目の前まで運びながら言葉を挟んだ。
「つまりどちらも誤算か。根本が同じだからといってポンコツな所まで似なくともよいだろう」
「言わないでくださいよう……私だって自分のうっかり具合が時々嫌になるんですから。これも全部女神様のせいです」
どうやらディーナも自分、というよりは本体がぽんこつな事を気にしていたらしい。
もしかして女神も案外気にしていたりするんだろうか?
……してそうだな。ポルクスに憑依してた時の感じから察するにあいつ結構メンタル脆そうだったし。
女神「(゜∀゜)?」 ←自分がぽんこつという自覚すらないので全然気にしていない。




