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第162話 ゴーレムのメガトンパンチ

オリジンのレッドがリザードンに使わせたり、ポケスペのレッドがカビゴンに使わせたりして、何となく強いイメージのある技。

実際はかいりき以下の性能しかない哀しい技。

 英雄三人が味方として動いてくれる。これほどに心強い事も他にないだろう。

 弱い少年が、弱いという事に卑屈にならずに出来る事を探したからこそ見付かった希望。誰でも出来たはずで、しかし誰にも出来なかった事がここに実を結んだ。

 しかし何事もそうだが、上手くいっている時ほど思わぬ災難に遭うものだ。

 英雄達が勇者への協力を申し出たそのタイミングをまるで見計らったかのように拍手が鳴り響いた。


「素晴らしい。弱者であっても腐らずに出来る事を探し、そして今ここに英雄達の時を再び動かすという偉業を成し遂げた。素直に賞賛しよう、弱き勇者よ」


 聞こえて来た声に瀬衣達が反応するよりも速く、メグレズが魔法を発動していた。

 一切の溜め動作なしで発射された魔法の弾丸が声の方向へ炸裂し、家の壁を氷漬けにした。

 水の弾丸などでは壁を貫通して他の住宅まで巻き込んでしまうと判断して氷結系魔法を選択したのだろう。

 その判断速度、反応速度は流石に英雄というべきか。実戦から遠ざかって尚、瀬衣達とは天地の差がある。

 しかしその氷の中に声の主はおらず、反対側から声が聞こえた。


「いい反応速度だ。少し驚いたぞ」


 台詞とは裏腹にまるで驚いた様子もなく、壁に寄りかかるようにして立っていたのは見知らぬ白い男であった。

 肌の色や瞳の色から判断するに恐らくは魔神族だろう。

 しかし、魔神族ならば仮に七曜が来ようと英雄達の敵ではない。

 弱体化したといえど、それでも英雄は英雄。七曜などに負けるほど弱くはないのだ。

 それが、普通の七曜であれば。


「何者だ?」

「私の名はソル。魔神族七曜の一人、天のソル。

まあ、もっとも今となっては七曜という称号に意味などないがね」

 

 七曜。その名を聞くと同時に瀬衣達も武器を抜いて構えた。

 真っ先に攻撃に移ったのはサージェスだ。

 蜘蛛の蟲人の名に恥じぬ機敏さで壁を走り、背後からソルを急襲する。

 回避すらしないソルの首筋に一閃。鋭利な刃のような手刀を突き刺し……皮膚の一枚すらも裂けずに腕が止まった。


「……!」

「掃除がなっておらんな。家の中に蟲が沸いているぞ」


 文字通り蟲に刺されたかのような態度でソルが軽く手の甲でサージェスを叩いた。

 彼にしてみれば邪魔な蟲を払っただけの動作なのだろうが、圧倒的なレベル差から放たれたならば、それすらが致死の一撃だ。

 サージェスは壁を砕いて吹き飛び、更にいくつもの民家を貫通しながら砂塵の向こう側へと消えた。

 続いてガンツとジャンが正面から突撃して武器を振り下ろし、衝撃音が響く。

 ソルは相変わらず回避していない。防御すらしていない。

 ガンツの斧はソルの頭部へ命中し、ジャンの剣は腹へと当たっている。

 だがまるで通じておらず、鋼鉄の塊にでも叩き付けたように傷一つ付いていない。


「グルォアアアアアア!」


 フリードリヒが吠え、ガンツとジャンの襟首を掴んで後ろへと下げた。

 それと同時にソルの指先が二人の眼前を掠め、余波で天井を破壊する。

 もしも命中していたならば、今頃二人は左右に切り裂かれて絶命していた事だろう。

 その攻撃が終わるよりも速くフリードリヒが飛び込み――自らが死ぬ幻影を視て咄嗟に後ろへと跳んだ。


「なるほど、勘だけはいいようだ。後一歩でも踏み込めば死んでいたと本能で察したようだな」


 珍しくフリードリヒの臆病さが役に立ったらしい。彼のファインプレーのおかげで今の所死者は出ていない。

 しかしあくまで今の所、だ。

 ソルがその気になれば瞬き一瞬の間に勇者一行など皆殺しに出来てしまうだろう。

 背後からミザールゴーレムが飛びかかるも、所詮は急ごしらえの遠隔操作用ゴーレムだ。

 しかもこれを造ったのはブルートガングのドワーフ達であり、そのレベルは100にも及ばない。

 それはそうだ。いかにミザールの人格だけが健在といえど、今の彼はブルートガングという超巨大ゴーレムの核でしかなく、鍛冶王と呼ばれたかつてのミザールではない。

 当然錬金術スキルなど有しているはずもなく、故に生前に造ったゴーレム以外は今を生きるドワーフが造るしかないのだ。

 故にゴーレムのレベルが低いのは必然であり、ソルの軽い一撃だけで呆気なく腕が取れてしまった。

 その攻撃力に瀬衣達が驚愕するも、次に意表を突かれたのはソルの方であった。

 ミザールに気を取られた隙を突いて新たなゴーレムが天井を突き破って突如現れ、ソルの背後へと回り込んだのだ。


「なっ!?」

『侵入者感知。排除スル!』


 巨大な鉄の拳がソルの背中に直撃し、その身体を吹き飛ばした。

 壁を貫いて吹き飛び、更にいくつかの民家を巻き込んで遠方から激突音が響く。

 民家は巻き込んでしまったが、幸い人は巻き込んでいない。

 その程度の事はゴーレムも計算して攻撃しているのだ。


「お、おい、あのゴーレムは……」


 突然出現したその巨大なゴーレムに真っ先に反応したのはジャンであった。

 そう、彼はこれを知っている。全長10mを超えるこのゴーレムを見た事がある。

 銀色に輝く寸胴の胴体の上には騎士の兜のような頭が乗り、眼の部分はモノアイ。

 両腕は不自然な程に大きく、文字通りの鉄拳となっている。

 足に当たる部分はスカートのように広がり、一体どういう理屈なのか宙に浮遊していた。

 その名をゲートキーパー。かつて黒翼の王墓を、壊れるその瞬間まで防衛し続けていた鋼の番人である。


「はっはっは、驚いたか! 以前ルファスの奴と一緒にアストライアを造った時にこんな事もあろうかと直しておいたのよ!」

「お前、何か家の上に待機させてると思ったらこんなのを持ってきていたのか……」

「ミザール、お前ぶっちゃけこんな事もあろうかとって言いたかっただけだろう」


 ハイテンションで笑うミザールにメグレズとメラクが冷静に突っ込みを入れた。

 しかし口ではどうでもいい事を言いながらも、行動は的確だ。既に次の手を打っている。

 メグレズの合図に応えてスヴェルを囲む湖の水が集中し、巨大な水の龍へと変化した。

 アリエスの襲撃すらも防いだ守護神、レヴィアだ。

 更にメラクも既に天法を発動しており、ゲートキーパーとレヴィアに補助の術をかけている。

 レヴィアは水の身体故の自在さで触手のようなものを出し、勇者一行と英雄達を掴んで己の上へと乗せる。

 そして守護神と番人はその場から高速で移動し、王都から離れた。

 ゲートキーパーの一撃で吹き飛ばされたソルは王都から離れた山岳地帯に何事もなかったかのように立っており、腕を組んでメグレズ達の到着を待っている。

 街の人々を巻き込まないようにゲートキーパーの一撃で王都の外へと追い出したのだが、どうやら向こうもそれは分かっていてあえて殴られたらしい。


「メグレズ、気を付けろよ。あいつ七曜って名乗ってる割りにゃ、やけに強えぞ」

「分かっている」


 ゲートキーパーのレベルは600だ。レベル300しかない七曜ではあの不意打ちの一撃で甚大なダメージを受けているはずである。

 だがソルにその様子はなく、余裕そのものだ。

 無論ハッタリの可能性もあるが……メグレズ達は長い戦いの経験からそうではないと判断していた。

 あれはハッタリではない。本当に殆ど効いていないのだ。


「ふむ、なるほど……七英雄か。思ったよりは楽しめそうだ」


 ソルはこの数の差を前にしても不敵な態度を崩さない。

 英雄三人と勇者一行の八人、そしてゲートキーパーとレヴィア。数にして十三と一の戦いになるわけだが……どこの世界に十三匹の蜜蜂を恐れる雀蜂がいる。

 ソルにしてみればこれは勝てて当たり前の戦い。手加減してようやく楽しめるかもしれない、というものでしかない。

 レヴィアはこの中ではマシな方だが、そのレヴィアですら所詮は十二星の戦闘員の中では弱い部類であるアリエスを相手に何とか相性で優勢に持ち込んだだけだ。

 相性差すらないこの戦いでソルに勝つのは不可能と断言していい。


「ヘビーレイン!」


 メグレズが魔法を一瞬で完成させ、巨大な魔法陣が天を覆った。

 そこから発射されるのは避ける隙間すらない程の水の弾丸の一斉掃射だ。

 豪雨(ヘビーレイン)の名の通り、雨の如くに降り注ぐ水の弾丸はもはや点ではなく面の攻撃だ。

 互いのレベル差による速度差を理解したメグレズは単発の攻撃では当たらないと判断し、逃げ場のない面の攻撃を行ったのだ。

 当然こんな攻撃をすれば味方すら巻き込んでしまうが、しかし味方へ降り注ぐ弾丸はレヴィアが盾となって防いでいる。

 水の守護神であるレヴィアに水の攻撃は意味を為さない。これが本物の水であればダメージどころか回復すらしたのだろう。


「む……」


 絶え間なく降り注ぐ水の弾丸にソルが腕で防御しながらも僅かに呻いた。

 その隙を狙ってゲートキーパーが腕を前に突き出し、巨大な拳が回転しながらソルへと飛来した。

 更にそれに合わせてレヴィアが身体を変化させ、鞭のようにしなる水の刃が全く同じ速度で放たれた。

 水の刃は上から降り注ぐ弾丸を防ぎながら進み、鉄拳をサポートする。

 そして拳がソルへと叩き込まれ、更に追撃の刃が彼の腕を斬り付けた。


「いい攻撃ではあるが……」


 ソルの腕は切れていない。

 少しばかり痣が出来ただけで、血の一滴すらも出ていない。

 しかしメグレズ達はその事に一々動揺したりせずにすぐに次の攻撃へと移行した。

 メラクが意識を集中すると周囲の岩が宙を舞い、一斉にソルへ向けて発射される。

 通常は補助などに使用する精神力のステータスを攻撃へと回す事が出来る数少ないクラスである『エスパー』の『サイコキネシス』だ。

 天翼族は魔法を使用出来ない。ルファスのように前衛と後衛のクラスの両方を取ったバランス型ならば補助も出来る前衛として活躍出来るが、メラクのように完全な後衛特化になってしまうとどうしても出来る事が少なくなってしまう。

 極端に言ってしまえば、後衛に絞るならば魔法も天法も使えるエルフの方が遥かに優れているのだ。

 それはそうだ。魔法で攻撃もこなせる後衛と補助しか出来ない後衛ではどちらが重宝されるかなど言うまでもない。

 しかしそんな天翼族でも高い精神力を活かして攻撃に参加出来るクラスがある。

 それがエスパーだ。エスパーは他のクラスと違い、攻撃スキルの殆どが精神力の数値に依存する。

即ち、支援特化の者にとっては貴重な攻撃手段であり、天翼族でこのクラスを跨いでいる者は多い。

 岩が次々とソルへ飛来し、しかし彼はそれを鬱陶しそうに手で払う。

 だがその間隙に水の弾丸が放たれ、レヴィアの身体から無数の棘が生えてソルへと向かう。

 ゲートキーパーはレヴィアを盾にしながら豪雨の中を移動し、要所要所でソルへ拳を打ち込む。

 その連携は見事なものであり、互いに互いの隙を補うようにして戦う様は流石に歴戦の英雄といったところだろう。

 しかしソルの表情は全く変化せずに、やがて彼は小さく息を吐いた。


「思ったよりは楽しめる……思ったよりはな。

だが、まあこんなものだろう」


 そう言うなり、彼は今も降り続ける水の弾丸の中を突っ切った。

 回避出来る場所はない。ならばする事は一つ、回避しなければいいのだ。

 直撃を浴びるのも構わずに走り、真っすぐに七英雄目掛けて疾走。

 ゲートキーパーの横を抜け、レヴィアの上に当たり前のように着地する。

 それに反応してレヴィアも己の頭から棘を生やして頭の上の敵を攻撃するも、軽快なステップで避けられてしまい、まるで効果を為さない。

 メグレズとソルの間にメラクが割って入り、風の防御シールドを展開した。

 だがソルは構わずにその上から蹴りを浴びせ、仮にも英雄が張ったはずのシールドを一撃で霧散させてしまった。

 いや、この場合はむしろレベル差があったにも関わらず一撃だけは防げたメラクを褒めるべきだろうか。


「なっ……」


 メラクが驚愕に硬直したのは僅か一瞬の事だ。

 時間にして一秒も経っていない。コンマ一秒も硬直していない。

 まさに一瞬の事であり、次の瞬間にはすぐにシールドを張り直しただろう。

 しかし一瞬の隙が命取りだ。

 メラクが立ち直るよりも先にソルの第二撃が放たれ、メラクの腕へめり込んだ。

 骨が砕ける不吉な音が響き、メラクの身体がレヴィアから落とされる。

 それを確認する事もせずにメグレズがヘビーレインを中止した。

 メラクを攻撃に巻き込んでしまう事を恐れたのだ。

 しかしそれもまた致命的な隙だ。ソルが距離を詰め、拳を突き出した。

 間一髪、両者の間にレヴィアが出した水の壁が現れて直撃こそ避けたが一撃で肋骨を折られ、メグレズの口から鮮血が溢れる。


「や、やめろ!」


 瀬衣がルファスから与えられた紅炎を薙ぎ、ソルへ攻撃を仕掛ける。

 だが悲しいかな、彼はあまりに無力だ。

 薙いだ刃は指先の一つで容易く止められ、そのまま反撃すらされずに捨て置かれた。

 先程までは英雄達が協力してくれるという事実に希望が見えていたのに、今この場には絶望しかない。

 どれだけ団結しようと、強い信念を持とうと、それでも圧倒的な力があればその全てを覆せてしまう。それがミズガルズだ。力に支配されたこの歪な世界のルールだ。

 ソルはメグレズに止めを刺すべく走り、距離を詰めた。


 ……先に結論を語るならば、それはきっと彼のミスだったのだろう。

 己の力を試す為に、戦わなくてもいい相手と戦い、やらなくてもいい寄り道をした。

 それが今になって巡って来ただけであり、要するに自業自得の結果である。

 だがそれは、英雄達にとっては嬉しい誤算であり、未だ彼等の命運が尽きていない事を意味していた。


 ――ソルが、突然横から殴り飛ばされた。

 それも先程ゲートキーパーに殴られた時のようなものではない。

 一撃で顔がひしゃげ、血の放物線を描きながら吹き飛んだのだ。

 地面に衝突して尚勢いは衰えず、それどころか地面を削りながら、埋まりながらもまだ止まらない。

 やがて彼は距離にして数㎞を飛んだ所でようやく止まり、一体何事かと顔をあげた。


「よォ、探したぜェ……白髪野郎」


 聞こえたのは、荒々しい男の声だ。

 その声の主は仁王立ちし、紅蓮の頭髪を揺らめかせながらソルの前に立ち、彼を見下ろしている。

 鬼の形相、とはこの事だろう。

 その顔は怒りに歪み、牙を剥き出しにした凄まじいものだ。

 丸太のような腕には血管が浮かび、彼の発す怒気だけで空間が揺らめいてすらいた。


「獅子王、か」


 敵の姿を確認し、しかしソルは尚も不敵に笑った。

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