第160話 ルファスはめをさました
【前回のあらすじ】
Q、アバターのディーナは実は有能だった……では本体の女神もまさか……。
A、ご安心下さい。本体は無能です。
日本でゲームを出し、ルファスのアバターに情報を流しながらもディーナは定期的にミズガルズへと帰還していた。
その目的は魔神王オルムの監視だ。
彼は本来、ルファス失脚後に一度表舞台から退場するはずだったのだが、一体何を血迷ったのか英雄達を返り討ちにして茶番を続行させてしまったのだ。
これに女神が疑惑を抱くのは当然であり、故にディーナに対して魔神王を見張る命令が与えられた。
これは日本で活動を続けていたかったディーナにとっては余り嬉しくない誤算であった。
更に厄介だったのが日龍のアバターが自我を持ち、女神の部下として活動を開始していた事だ。
ポルクス、パルテノス、タウルス、アクアリウスは既に行動を開始して龍の封印を行っているはずだが、それでも完全に抑えきれるものではない。
ふとした拍子にアバターは発生してしまうし、自我を持つ可能性もある。
その最悪のケースが発生してしまったのだ。
つまりディーナは魔神王を監視するという任務の傍ら、裏切りを見抜かれぬように振る舞う必要があったのだ。
Wスパイ……どころの騒ぎではない。
魔神族の中に潜り込んだ女神の手先を完全に演じつつ、日本とこちらを行き来しなくてはならないのだ。
だが嬉しい誤算もあった。同じく女神に反旗を翻した者同士、魔神王とは互いを隠れ蓑にしての利用し合う関係となれたのだ。
そう……魔神王はディーナの正体をとうに知っている。知っていてあえて泳がせたのだ。
その方が自分にも利があると分かっていたからだ。
そして運命の日。
ルファスに偽りの人格を植え付けるのは女神の案であった。
日本に暮らす平和ボケした適当な者を選び、ルファスを操りやすい人格へ変えて呼び出すことで自分の駒にしようとしたのだ。
だが彼女も流石に、その日本に既にルファスが己の分身を紛れ込ませていたなどと読めなかったのだろう。
ディーナとルファスはそれを逆手にとってまんまとルファスのアバターから記憶と人格をコピーし、魂の欠片を回収してルファスへと戻してミズガルズへ召喚する事に成功した。
つまりは、これが今のルファスの正体……『ルファスに憑依してしまった他人』を演じていたルファス本人だったのだ。
だから他者と戦う事に何の躊躇もなかった。生き物を殺して動揺の一つもなかった。
女に欲情などするはずがないし、口調は自分が自分である事を見失わぬように無意識で固定していたに過ぎない。
そして所詮は演技……少しの刺激があれば目を覚ます。
夢を見る事は誰でもあるだろう。その夢の中で現実では有り得ない設定の自分になった事はないだろうか? あるいはお気に入りのゲームやフィクションのキャラクターになってしまった事はないだろうか?
そんな時、何の違和感もなくそれを演じてしまった事は?
起きて冷静になればすぐに『何だあの夢、有り得ないだろう』と疑問を抱く事が出来る大きすぎる変化も、夢の中では不思議とそれを認識しない。当たり前のものとして夢の中の自分は受け入れてしまう。
無論、中には夢の中でこれは夢だと気付いてしまう事もあるだろう。
だが大体において夢の中で人はそれを夢と認識しない。
現実の判断力があればすぐに夢だと分かるような馬鹿馬鹿しいシチュエーションでも、目が覚めるまではそれを疑問に思わない。
では夢の中の自分は自分ではないのだろうか?
それも否だ。有り得ない設定を受け入れて疑問も抱かず行動していたが、それはやはり自分なのだ。
ルファスは言うならばその状態だった。つまり『ルファスに憑依した誰か』になってしまった夢を見ていたのだ。
だが所詮それは寝惚けているに等しく、だからベネトナシュなどの強敵との戦いで少しずつ目を覚ましてしまった。
あの時は一時的に目を覚ましてしまったが、まだ時期ではないと二度寝して無理矢理に演技を続行した。
だが眠りは確実に浅くなり、本来の自分に戻ってしまった。
それは全てルファスとディーナの計画通りであり、女神の眼を欺く為のものであった。
例えば最初からルファスが完全に復活した状態でミズガルズへ戻ってしまったなら、女神はルファスが仲間を集める間も与えずに龍を動かしてしまっただろう。
それを避ける為にルファスはあえて道化に徹する必要があったのだ。
だがそれはもう終わった。十二星は集い、準備は整った。
後は残る障害を排除し、女神への挑戦権を得るのみ。
故にディーナは――ルファスへかけていた記憶操作の術を完全に解除した。
*
夢から覚めた。
陳腐ではあるが、その表現が今の俺――いや、もう演ずる必要はないか。
今の私には、その表現こそがしっくりくる。
別人になっていたという感覚はないし、別人になってしまった感覚もない。
記憶は途切れず連続しているし、封印される前も寝惚けていた間も、そして今も、その全てが私自身だ。他の誰かに成り代わられていたわけではない。
夜に寝て、夢を見てその中でちょっと設定の違う自分を何の疑問も感じずに演じて、そしてもう朝だぞと起こされた。そんな感じか。
今までルファスに押しつぶされる、とか自分が自分でなくなる、とか不安を抱いていたのが馬鹿みたいだ。
蓋を開けてみれば全てが自作自演の一人演劇。私が私を演じて、私に怯えていた。
我ながら滑稽よな。喜劇よな。
「――ああ……うむ。いい目覚めだ。
これほど爽快な気分は中々経験がない」
「そうでしょうね。何せ二百年以上に渡って寝てたわけですから」
口調の固定はもうない。自分が自分であると完全に認識した今、望めばいくらでも口調など変える事が出来るだろう。
もっともこの口調は元々だ。直すべき点はとりあえず一人称くらいか。
「ご苦労だったな、オフューカス。よくぞ全てを欺き、使命を全うしてくれた。
ここまでの事は其方にしか出来なかっただろう……礼を言うぞ」
「勿体無きお言葉」
見事……その二文字しか思い浮かばぬ。
私を欺き、世界を欺き、人類を欺いて魔神族を欺き、女神すらも欺いた。
寝惚けた私に少しずつ情報を与えて自分を疑わせる事で真実へ誘導し、魔神族を操ることで人類の滅亡を防ぎ、それでいて天龍のアバターの監視すらもすり抜けた。
タイミングを見計らって、あえて大きく動く事でテラの疑いを買って魔神族から離脱したのも天龍のアバターの眼から逃れる為だろう。
そしてポルクスの行動に合わせて違和感なく離脱し、身を晦ませる振りをして女神の眼が届かないこの世界へと移り、私を誘導して完全な覚醒を促した。
とりあえず……自分のステータスを一度確認しておくか。
【ルファス・マファール】
レベル 4200
種族:天翼族
クラスレベル
ウォーリア 200
ソードマスター 200
アーチャー 200
ガンナー 200
グラップラー 200
チャンピオン 200
モンスターテイマー 200
アルケミスト 200
レンジャー 200
ストライダー 200
アコライト 200
プリースト 200
エスパー 200
サイキッカー 200
メイジ 200
ソーサラー 200
ジ・アークエネミー 1000
HP 4405000
SP 99999
STR(攻撃力) 80580
DEX(器用度) 38025
VIT(生命力) 53170
INT(知力) 65370
AGI(素早さ) 65034
MND(精神力) 45045
LUK(幸運) 49194
装備
頭 ――
右腕 ――
左腕 ――
体 Yシャツ&ジーンズ
足 お洒落な革靴
その他 パーカー
よし、封印前から変化なし。
少しばかり鈍っているかもしれんと心配したのだが、どうやら寝惚けながらも運動をしていたのがよかったらしい。
疑いの余地なくベストコンディション。今なら太陽すらも殴り壊せそうだ。
少し試し打ちをしてみたい衝動に駆られるが、ここは日本だ。そんな事をすれば余波だけで滅びてしまうだろう。
試し打ちは向こうに戻ってからのお楽しみに取っておこう。
二人を見れば、ディーナは微笑を浮かべながらも汗を流しており、ベネトは腕を組んだまま好戦的な顔でこちらを見ている。
とりあえず、一度アルカイドを解除しておくか。ここで力を出してもいい事はない。
「……ふうっ」
ディーナが安心したように息を吐いた。
本気を出している時の私はどうも、周囲に余計な威圧感を振りまいているらしい。
腕を見れば、能力値封印の為に付けていた腕輪に亀裂が入ってしまっている。
どうやら私の全力を抑える事が出来ずに逆に壊れてしまったようだ。勿体無い事をしたな。
ま、後で直せばいいだろう。
「正直話が見えんが……要するに全てが貴様の掌の上だったわけか。
あの二百年前の戦いの時から、全てが」
「騙した事は悪かったと思っている。だがあの時はああするしかなかったのだ。
私が勝ってしまっては、女神は龍を動かしてのリセットに踏み切っただろうからな」
二百年前、私はベネトとの決着の約束をすっぽかして負けを演じた。
だがあの時私は既に詰んでおり、勝利しても何も残らない状態だった。
仮にあそこで私が勝利していたならば……女神は龍を起動させ、ミズガルズの生物は滅んでいただろう。
そうなれば私の負けだ。何も手元に残らぬ勝利など負けと同じでしかない。
ならば私はあの時、負けて退場するしかなく、舞台を去る私の巻き添えでベネトという戦力を消してしまうわけにはいかなかった。
「……貴様、一人称が」
「ああ、昔に戻した。今の私は王でも何でもないからな。
ただのルファス・マファールとして出直しだ」
今まで私はずっと自分の事を内心では俺と言い、口では余と言っていた。
これは結局の所、精神と身体のバランスが上手く取れていなかったが故なのだろう。
自分で演じていた『俺』と無意識のうちに染みついてしまった王としての虚栄が混じり合い、あんなおかしな事になってしまっていた。
だがそれも終わりだ。今の私は『俺』でもなければ覇王でもない。
一度負けて退場し、諦め悪く戻って来た一人の天翼族だ。
ならば、昔に戻るのも悪くない。ただの冒険者として戦っていた頃の私に戻るのも、な。
実際他人の視点を得て分かった事がある。私は王となってから焦りすぎていた。
理想の為の理想を追い、周りを省みず、ゴールに辿り着くためならばと残酷な事も平気でやった。
以前も語った事だが……見限られて当たり前だった。
これを自覚出来ただけでも、この茶番に意味はあったのだろう。
「ところでオフューカス。いや、ディーナの方がいいか?」
「どちらでも」
「そうか。ではディーナ……『奴』はやはり尻尾を見せたな」
「ええ、貴女の狙い通りに」
私の口元に、思わず笑みが浮かんだ。
それに合わせてディーナも微笑を浮かべ、髪をかきあげた。
道化に徹した甲斐はあった。
おかげで、普段ならばまず見せないであろう奴に隙を作らせる事が出来た。
言い逃れようのないミスを犯してくれた。
ならば後は、あいつを取り押さえるだけだ。
「さて……」
私は前髪を払い、薄く笑う。
十二星は手元に集めた。人類の生存圏も巡り、メグレズやメラク、ミザールとも会った。
ならばゴールはもう近い。残る敵も後僅かだ。
いや、元より私にとって敵と呼べるのは初めから一柱だけだったのだがな。
ベネトは……強敵には違いないが、私にとっては敵というよりは友だ。なのでカウントに入っていない。
私の次の言葉を待ってディーナが緊張した面持ちになり、ベネトが牙を見せて哂う。
そんな二人の期待に応えるように、私は口を開いた。
「帰る前にこちらの食べ物やゲームでも買い漁るとするか」
――二人同時に、こけた。
「ちょっとルファス様、それはないでしょう!?
折角今まで大ボスの会話って感じてカリスマってたのに!」
「マファール、貴様ふざけているのか?」
二人から文句が飛んでくるが、あーあー聞こえない。
カリスマはブレイクするものだ。どこかフィクションの吸血鬼もそう言っていた。
それに多分、こちらの世界に来る事などそうそうないだろうしな。
向こうで待つメンバーの為の土産もまだ買っていない。
それに……そう、記憶を取り戻してみれば結局私はこちらの住人でも何でもなかった。つまり私は日本の食べ物を先程食べたハンバーガー以外、口にした事はなかったのだ。
そう分かってしまうと、なあ? 何か無性に食べてみたくなるだろう。
あん? 記憶取り戻す前と何も変わってない?
……ほっとけ。ぶっちゃけ私は元々こんなんだ。
Q、ゲームの7英雄は何だったの?
A、似たようなアバターを使用していたプレイヤーの中から最も似たポジションの奴を選んで運営側から不自然じゃない程度に称号として【アリオト】や【ベネトナシュ】という名を送っていただけ。
本人達も恰好いいのでそれを名乗っていた。なので実際は別のアバター名がちゃんとあり、『アリオトのパスター仮面』という感じだった。(パスター仮面の方が名前)
勿論そのプレイヤーがトッププレイヤーになったり、オリジナルと似た外見、スキル構成になったりするように細工はしたが、性格はオリジナルと異なっている。
具体的に言うとゲームの方のベネトナシュは「b(⌒o⌒)d おっ \(*^▽^*)/ はぁー!!」
とか言いながらチャットに入って来るような人だった。




