第156話 野生のオフューカスが現れた
その日、その場所はそこそこの盛り上がりを見せていた。
街角美少女コンテストと銘打たれたそのイベントは誰でも飛び入り参加可能で、誰が一番の美少女かを投票で決めるという古臭く、『今時こんな事本当にやるのかよ』と言いたくなるアレなイベントである。
先に言ってしまうと、これは深夜放送枠の人気のないバラエティ番組が立てた企画であり、始める前から滑る事が約束されているというある意味ではレアなものだ。
美少女コンテストと銘打ってはいるが、実際は自意識過剰な飛び入り参加者などを見て笑いものにする方がメインかもしれない。
無論、このイベントには狙いがある。
『偶然』通りかかった最近落ち目のアイドル、童瀬宇麗奈(18)が飛び入りし、他の参加者を踏み台に優勝するという性格の悪いビッグサプライズが用意されており、勿論実際には偶然通りすがるはずもなく、舞台裏で待機している。
要するにそういう事。最初から彼女の優勝は確約されており、何とか人気を取り戻そうとしたマネージャーやTV局の足掻きなのだ。まあ人気も何も、そもそもこの番組自体が人気など初めからないのだが。
勿論観客の中にはサクラが大勢潜んでおり、場を盛り上げる準備は万端だ。
とはいえネットが盛んなこの時代、こんな見え透いた事をすればあっという間にやらせとバレた挙句拡散して炎上ルートに入ってしまうのだが、マネージャーもそれを覚悟の上でこの企画を押し通している。
どうせここで売れなければどのみち消えるだけなのだ。ならばなりふりなど構っていられない。
……というか、そもそも炎上すらしないかもしれない。前述の通り人気のない番組なのだ。
誰も見ずにスルーされて消えてしまう可能性の方が大きい。むしろ炎上した方がまだマシかもしれない。
『次の参加者は……おおっと、まさかのあのアイドルの飛び入りだ』
そしていよいよアイドルの宇麗奈が登場、という場面で皆の期待がそれなりに高まる。
ここでそれなりにしか高まらないのが落ち目のアイドルの悲しいところだ。
更に何人かはこれが仕込みである事を察し、冷たい目でステージを見上げている。
だがその瞬間、全員の目がステージから逸れた。
「おいベネト! そこはイベント中だ。横切るな!」
「知るか」
――ステージの前を、同じ人間とは思えない絶世の美少女と美女が偶然通過していったのだ。
髪の色は前を歩いている少女が白銀、後ろから慌てて追いかけて来た方が明るい金髪で、その美貌と相まって現実離れすらしている。
これには司会者も呆然とし、思わず実況を忘れて見惚れてしまうほどだ。
可哀想なのはまさに登場しようとしていたアイドルの方である。
今のイレギュラー二人が横切っただけで完全に存在を喰われてしまい、他の参加者を引き立て役にするはずが自分が引き立て役にされてしまった。
後に参加者の一人がネット上で立てた【アイドル】イベントで美人すぎる通行人を見てから夜も眠れない【爆死】というスレにスマホで撮影した写真が張られ、そこから一気に拡散して祭りとなってしまったが、当の二人は預かり知らぬ事だ。
更に、その後に『俺、その金髪の方がトラック殴ってるの見たぞ』とレスと共に証拠写真が乗せられ、更に『ビルの上をジャンプで移動してた』と証言が加わり、一気に祭りが加速する事になるが、それも当の二人は知らぬ事だ。
*
「ダブルチーズバーガーのセットを二つ」
「ルンルンラー」
「それからソフトクリームも貰おうか」
「ロナウドは嬉しくなるとつい売っちゃうんだ」
新潟へ向けて移動中の俺とベネトは現在、全国に展開している有名なハンバーガーショップに立ち寄って軽い昼食を取ろうとしていた。
そこで何でハンバーガーなんだよ、と思われるかもしれないが、このジャンクな味を久しぶりに食べたくなったのだ。
道化の恰好をした店員から注文した物を受け取り、ベネトが待つ席へと向かう。
どうでもいいがあの恰好はこの店、ワクロナウドのマスコットであるロナウド教祖の恰好であり、店の制服でもある。何で教祖なのかは俺も知らない。
「異世界の食べ物とは随分塩分が多いな。それに味が雑だ」
「ジャンクフードだからな」
Wチーズバーガーを齧りながらベネトが酷評するが、食べる手は止まっていないので口にはとりあえず合ったらしい。
俺としてはライトノベルなどでお馴染みの、『これが異世界の食べ物か! う、うまい!』的なリアクションを期待したのだが、まあこいつ一応国の王だしな。いい物なんか食べ飽きてるか。
飯テロっていうんだったか。あの手の作品だと王様やら神様やらが地球の安い物を食べてオーバーリアクションしたりするけど、ベネトはその辺のお約束を全然理解してくれないらしい。
しかしベネトはチーズバーガーにはさして興味を感じなかったようだが、ソフトクリームを食べた時は表情が一瞬変わり、あっという間に平らげてしまった。
あ、なるほど。驚くのはそっちか。
確かに向こうの世界にソフトクリームはない。アイスはあるが簡単なシャーベットとか、そういうのだ。
雪とか砕いた氷とかに果実や蜜などをかけて食べるような物で、そういったものは地球だと旧約聖書の時には既に登場していたという。アイスの歴史は意外と古い。
その後ベネトに言われるままにソフトクリームを更に五個追加で買い、とりあえず腹を満たした所で再び俺達は移動を開始した。
ぶっちゃけ自分の足で移動した方が速いのだが、移動の手間を楽しむのも旅の醍醐味だ。
今度は駅へと向かって新幹線に乗り、空いている自由席へと適当に腰かけた。
新幹線が動き出す事で窓の外の景色が後ろへと流れてゆき、ベネトが興味深そうに外を眺めている。
「なかなかの速度だ。これもゴーレムではないのか?」
「ああ。違う」
「不思議なものだな。マナを使わず、ゴーレムのように物体そのものにある程度の判断力を与えているわけでもない。
つまりは鉄の塊が鉄の塊のまま動いている事になるわけだが……その方が私にとっては余程『魔法』だ」
新幹線の中で俺は、先程適当に本屋で購入したこちらの世界の本を読む。
ベネトはこちらの文字を読めないが、漫画に興味が沸いたのかペラペラとページを捲りながら流し読みをしていた。
どうでもいいが俺が読んでいるのはラノベで、内容は日本の普通の青年がある日突然異世界に召喚されてヒャッハーと無双するという、まあよくあるものだ。
昔ちょっと人気が出てアニメ化までされたやつだが……本屋で見かけた時に『最新刊』とあったからつい買ってしまった。俺が異世界でルファスをやってる間に続編でも出たのかと思ったんだが。
だが妙だ。前に読んだのと全く内容がまるで変わっていない。
確かこれは2022年に完結しており、少なくとも俺が購入した2巻は最新でも何でもない。
しかもこれ、重版では修正されていた誤字などがそのままだ。
とんでもない本屋もあったものだ。完結した本の二巻を最新と偽って売るとかどういう神経をしているのか分からない。
ベネトはこちらの世界の文字を読めないので漫画を流し読みしている。
こちらは更に古い作品で、昭和年代の名作だ。
最終的にはヒロインが暴徒と化した近所の住民に惨殺されて主人公が人類を見限り、人類が滅亡した挙句主人公も死ぬという凄まじい内容となっている。
新幹線から降り、俺の記憶を辿って家までの道を歩く。
何故か所々記憶と違っていたが、道そのものは正しいはずだ。
そのはずなのだが、何だろうな。やはり俺の記憶と何処か違う。
新装開店したばかりの店がなく、その前に建っていたはずの店がそのまま残っている。
それも俺の記憶よりも随分綺麗な形で。
錆だらけの公園の遊具は危険だからと取り外されたはずだ。
道を間違えたわけではない。確かに合っている。
そう、合っているはずなのだ。
だが……。
俺の家があったはずの場所にあったのは、古びた一軒家であった。
無論、俺はこの家を知らない。
「このボロい家が貴様の目的地か?」
「いや……場所は合っているはずなのだが」
参ったな。ここにきて次にどうすればいいかが分からなくなってしまった。
見知らぬ他人の家では当然俺が使っていたパソコンなどないだろうし、俺の考えていた『ディーナと初めて出会った場所』自体がここにはない。
しかし考える俺の後ろから足音が響き、聞き慣れた声が耳へと入ってきた。
「ええ、合ってますよ。場所はね」
……なるほど、どうやら俺は正解へと辿り着いていたようだ。
後ろへと視線を向ければ、以前と何も変わらぬディーナの姿がそこにはあった。
随分と面倒な場所に隠れてくれたものだ。おかげで探すのに時間がかかってしまった。
彼女は小さく微笑み、それから俺の隣へと立つ。
ベネトはその間、様子見なのか全く行動を見せない。
「ここは空き家です。今から半年後に取り壊され、そして更に半年後……2017年に貴女もよく知る家屋が建ちます」
「2017? ならば今は……」
「はい、2016年です。そして一年後に新居を購入した夫婦が子供と共にここに住みます。
その『少年』……いえ、『青年』は二十一歳になるまで自分が何者なのかも知らずに成長し、そして2033年に女神様……いえ、私に導かれてミズガルズへとその記憶と人格を連れて行かれる事になります。
そして今……私の隣にいる」
ディーナの言葉にベネトが若干目つきを鋭くし、俺達を睨んだ。
しかしディーナはそれに動じずに微笑んだままだ。
俺もまた、その説明に奇妙な納得を感じていた。
なるほど、と思う他ない。道理でこの世界に懐かしさを感じないわけだ。
つまりはあれだ。俺は結局のところ……『俺』の記憶を植え付けられただけのルファス・マファール本人だったってわけだ。
俺の中に二つの人格など最初からなかった。俺が勝手に自分を見失って、他人に成り切って演じていただけだ。
『ルファスを演じている他人』を演じていたルファス本人だったのだ。
「その『青年』とは何者なのだ?」
「彼もまた貴女ですよ、ルファス様。正確に言えば私やポルクス様に近いでしょうか」
「なるほど」
ディーナと話すごとにパズルが嵌っていくような感覚が頭を駆け抜ける。
そう、『俺』の正体もまた俺自身。
――アバターだ。
アバターは大きく分けて三種。魔力から創り出すタイプと、天力から創り出すタイプ。
そして、人間の両親の胎を借りて出産されるタイプ。
ルファスは……いや、もう他人のように語るのはやめよう。
昔の俺はそのうちの三つ目を行った。女神の専売特許とされるアバターの技術を模倣し、異なる世界の異なる時間へと自分のアバターを創り出していたのだ。
そしてそのアバターの保有していた記憶や人格はディーナによって俺本体へと戻され、俺は本来の俺が出来なかった客観的な視点を得て、自分自身を省みる機会を与えられた。
今ならよく分かる。他人として自分の過去を振り返ったからこそ言える。
俺の失墜は必然の事だったのだ、と。
そう思えるようになっただけでも、この植え付けられた人格と記憶には価値があった。
「ところでその青年は?」
「無事ですよ。記憶と人格をコピーさせて頂きましたが、『あの後』も普通に過ごし、そして老衰で死ぬでしょう。自分が何者なのかを最後まで知らぬままに」
「そうか。ならばよい」
「ちなみに二十三歳まで親の脛を齧って暮らし、その後会社に入社してようやく一人暮らしをします」
「いや、それは別に言わんでもよい」
これで肩の荷が一つ降りた。
俺は誰の人生も奪ってはいない。
最初はルファスに憑依して彼女の人生を奪ったと思い、次はその少年から全てを奪ったと危惧してしまった。
だがルファスは俺自身なので奪うも何もなく、少年も無事なまま俺から独立するという。
これならば安心して次へ話を進める事が出来るというものだ。
「ところで教えてくれるのだろうな? そこまで遠回りをした理由を」
「勿論。もう隠す理由もありませんしね。
その前に改めまして……自己紹介から行きましょうか」
ディーナはそう言い、胸元から名刺を出して俺へと手渡した。
そこに書かれていた名を見て、俺はまた一つ納得してしまう。
ああ、なるほど、という感じだ。
やはりお前がそうだったのだな。
「私には名が三つあります。
一つは女神のアバター『ディーナ』。一つは魔神族七曜の『ウェヌス』。
そしてもう一つ」
彼女はクスリ、と笑い、ベネトが不機嫌そうに腕を組んだ。
そう、彼女こそ全てを欺いていた存在。
俺を欺き、十二星を欺き、魔神族を欺き、そして女神すらも蛇の如くに騙してみせた。
彼女こそが、『十三人目』。
「――覇道十三星が一人、『蛇遣い』のオフューカス。
それが、貴女が私に与えて下さった名です」
深夜番組「ハプニングのおかげで視聴率が伸びた。やったぜ」




