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第154話 ルファスのテレポート

 どうしよう、何も手掛かりが見付からない。

 マファール塔をあらかた探し回った俺達だったが、ものの見事に何も発見出来ずにいた。

 もしかしたら一つくらい書置きか何かを残しておいてくれてるかな、と思っていたのだが本当に何もない。

 しかしこうなると本当に分からん。俺とディーナが初めて出会ったのは間違いなくここだ。

 この場所に何もないとすると、何処を探せばいいのだ。


「おいマファール、本当に何も心当たりはないのか?」

「困った事にない。どうしたものかな」

「よくは分からんが、そのディーナとかいう奴は女神のアバターなのだろう?

ならば記憶操作の力か何かで貴様だけにしか分からない情報を植え付けているのではないか?

でなければ態々『記憶の中の』などとは言うまい」

「そう言われてもな……」


 ベネトが考察してくれているが、分からないものは本当に分からないのだ。

 実際俺の記憶の中でと言われても、俺が覚えている限りで最初にディーナと会ったのがここである。

 その前まで遡ってしまえば、それはもうルファスではなく『俺』だ。

 ゲーム画面でアロヴィナスを見て、そしてこの世界に導かれて……。


「あ」


 思わず声が出た。

 いや、まて。まてよ? そうだ、俺が最初にディーナを見たのはこの世界ではない。

 向こうの世界……地球の日本、ルファスとなる前の『俺』の自室だ。パソコンの画面の前だ。

 そこで俺はマファール塔のオブジェとしてディーナを設置した。

 そういう事なのか? つまりは、このミズガルズではなく地球にいると?

 もしそうだとすると、確かに俺以外では絶対に気付けない場所だ。


「すまん、一つだけあった」

「ほう、何処だ?」

「異世界だ」

「は?」


 ベネトが『こいつ何言ってるんだ』という顔になるが俺だって確信を持っているわけではない。

 だがマファール塔をこれだけ探しても見付からない以上、もうそこしか思い当たらないのだ。

 そう、ディーナは地球にいる。日本の……恐らくは『俺』が住んでいた家か、あるいはその近くに。

 そして俺はそこへ行く手段を既に持っているのだ。

 エクスゲートならば時空を超えて、向こうへ渡る事すら出来るはずだ。実際、瀬衣少年はそれで召喚されている。

 むしろもっと早くにやるべきだったのだろう。

 俺のルーツを探るという意味でも、一度は向こうに渡るべきだった。

 だがそうしなかったのは多分、俺自身がそれを拒否していたからだ。

 真実を知る事を、きっと俺が誰よりも恐れていた。


「こことは異なるもう一つの『地球』という世界がある。

ディーナがいるとすれば恐らくここだ」

「異世界か……ふむ、なかなか面白そうだ。少しは骨のある奴もいるかもしれん」

「いや、いない。頼むから向こうでは暴れてくれるなよ」


 ベネトが好戦的に笑うが、俺はそれを諫めた。

 彼女には悪いが、向こうの世界にベネトと戦えるような奴など絶対にいない。

 地球人の肉体的な戦闘力は驚く程に脆弱だ。それは進んだ文明と便利な生活で進化(たいか)してしまったからだ。

 よく聞くだろう。昔の人間と現代の人間を比較すれば体力や腕力に差が生じていると。

 温度調整が出来る快適な生活空間。移動は自転車やバス、電車。スポーツに精でも出していない限り、家から一日中出ない事すら珍しくはない。それは平和の証であり、このミズガルズよりも進歩しているからこそ出来る事だ。

 世界一の大国であり、世界最強の軍隊を抱えるアメリカが『ピザは野菜だ』とかどんでもない事を主張する肥満体国なのは余りに有名だ。

 だが当然ながらそれでは身体能力は嘆かわしい程に落ちる。このミズガルズの人々と比較しての話ではない。同じ地球人同士で比較しても昔の人間に劣ると言っているのだ。後、ピザは野菜じゃない。

 憶測でしかないが、向こうの世界王者と呼ばれるような者ですらこちらではレベルにして5すら超えていまい。

 聞いた話によると、地球の人間は骨の構造上500㎏より重い物を持ち上げる事は出来ないらしい。

 対し、こちらは滅茶苦茶だ。レベルさえ上げればどんな重い物でも持ち上がる。

 俺も全力でやった事はないが、少なくとも竜王を片手で投げ飛ばすくらいの事は出来たので相当おかしい。

 それと危惧すべきは物理的な法則だろう。

 このミズガルズでは女神がクビにでもしたのか物理法則さんが全然仕事をしていない。

 俺やベネトがミズガルズを一秒で一周出来てしまうような速度で駆けまわっても大丈夫だが、こんな事を地球でやれば間違いなく大惨事だろう。最悪それだけで生物が全滅する。

 向こうでは戦いなど絶対にしてはならないし、仮にやるとしてもかなり加減をしなくては非常に不味い事になる。

 長くなったが、要するに向こうでベネトが暴れると地球がヤバイ。

 最悪、地球を通り越して宇宙がヤバイ。


「一応聞くが、付いてくるのか?」

「そのつもりだ」

「ならば向こうでは頼むから大人しくしていてくれ。そして間違ってもミズガルズと同じ感覚で動かない事だ」

「どういう事だ?」


 俺にはここと向こう、両方の知識がある。だから向こうで俺達が本気で動く事そのものがヤバイと理解出来る。

 だがベネトにはこちらの知識しかない。つまり彼女にとっては自分が本気で走っても世界は大丈夫というのが常識なのだ。

 まずはそれを訂正しておかなければ怖すぎて向こうへ行けない。

 だから俺はその場でグラップラーのスキルの一つである『シャインブロウ』を適当な方向へと発射した。

 このスキルは絶対命中スキルの一つで、名前の通り光の速度で拳を打つ事で回避をさせずに絶対当てるというものである。

 また、この光速というのは絶対的なものではなく相対的なものであり、例えば俺が体感時間を圧縮して光速の一割程の速度の世界でこれを打ったならば、このシャインブロウは“俺から見て光速になる”。つまり実際には光速を遥かに超える速度の拳打となるわけだ。

 その一撃で前方の大地が巨大なスプーンで削ったように抉れて地平線の果てまで続く線を刻んだが、それだけだ。世界そのものは全くの無事である。


「簡単に言うと、向こうの世界でこれをやれば世界が滅びる」

「……まあ、貴様が全力で星を殴ればあるいはそうなるかもな」

「そうではない。何処に撃っても人――というよりは人並の質量の物体が光速を超えた時点でアウトだ。

速度によって衝撃波が生じるのはこちらも同じ事だが、その規模が桁違いだ。

光速どころか音速を超えるだけでも大惨事になると思え。

というか星どころか宇宙がこれで滅ぶという話もある。余も詳しくはないが」

「……どれだけ脆いんだ、その世界。当ててもいないパンチで滅ぶとか有り得んだろう」


 ベネトナシュが呆れたように言うが、多分おかしいのは向こうではなく俺達の方だ。

 そして話しながら、俺は改めてこのミズガルズは実は凄い頑丈だったんだなと思い知っていた。

 この出鱈目な世界だったから、俺やベネトは全力で戦う事が出来たのだ。

 そうでなければ今頃は、強すぎる力をどうにかして自分達で封印する事になっていただろう。

 まあそもそも向こうで俺達が戦うような事にはまずなるまい。

 むしろ気を付けなくてはならないのは、意図せずしてそこに住む者達を殺傷してしまわないようにする事だ。

 冗談抜きで肩がぶつかっただけで相手が死にかねないからな……。

 向こうの人間にとって俺やベネトは例えるならば無敵スターの効果が消えない赤い帽子の配管工みたいなもんだ。


「そういうわけで、保険としてこれを装備して貰うぞ。余も同じ物を付ける」


 俺はエクスゲートで塔から腕輪を取り出してベネトへと放り、同じ物を自分の腕にも付けた。

 イベント参加者のみに配られた限定装備品『インフィニティ』。

 その効果はスキル使用時のSP消費が全て1になるというもので、無限とはいわないが殆ど無消費同然にスキルを乱発可能になるという壊れ装備だ。

 ただしデメリットが凄まじく、これを装備すると全ステータスが10%にまでダウンする。

 だから戦闘における実用性は低く、主な使い方としては戦闘前の準備の時だけこれを装備してスキルを重ね掛けし、戦闘前に装備を変えるといったところだろう。

 だがそんな面倒な事をするくらいなら普通にスキルを使って回復した方が速いので節約でもしていない限りはあまり出番がない。

 とりあえずこれで俺達のステータスも大体三桁にまで落ちるし、多分今なら七曜程度ともいい勝負になるはずだ。

 ま、それでも負けはしないだろうがな。


「それと……服装も向こうに合わせるか」


 今の俺達の恰好は向こうではコスプレ同然だ。

 なので向こうに合わせた服も作っておいた方がいいだろう。

 俺とベネトは一度アルゴー船へと戻り、そこで服を作って着替えた。

 装備効果が失われるのが少し痛いが、流石に日本の町中をドレスで徘徊するわけにもいかない。

 メグレズから貰った方の服もやはりファンタジーなデザインなので向こうには合わない。

 その点ベネトなんかは結構向こうでもありそうなカッターシャツとスカートなので案外溶け込むかもしれないが、一応変えておいた方がいいだろう。


「ま、こんなものか」

「変わったデザインの服だな」


 鏡で自分の恰好を確認しながら、なかなか向こうの衣装っぽくなった事に僅かな満足感を感じる。

 俺の服装は上が赤いパーカーで、下はジーンズだ。ちなみにパーカーは前にポケットが付いているタイプにしている。

 ダサいとか言ってはいけない。このダサさがいいのだ。

 それに実にラフで動きやすい。というか普段のドレスが動きにくすぎる。

 装備効果が強力なのと、単純に頑丈なので着ているが、あの恰好だと蹴り技とか出しにくくて仕方ないんだ。

 髪はポニテにし、伊達眼鏡はない。向こうで俺の顔知ってる奴なんかいないだろうしな。

 ベネトは普段とそんなに変わらない白のカッターシャツと黒いスカート。その下にはタイツ。

 いや、こいつ短いスカートでも平気で蹴りとか出すからさ……やっぱ心配になるわけよ。

 その上から黒いロングコート、という服装だ。

 

「さて、では始めるか」


 俺はアルゴー船の甲板に出て右手に魔力、左手に天力を溜める。

 その二つを組み合わせて反発させ、その反作用で空間に穴を穿つ。

 すると俺達の前に人が通れる程度の大きさのエクスゲートが完成した。

 普段はこれを通って同じミズガルズの中を行き来するわけだが、今回は違う。

 深く深く、ミズガルズという世界……いや、宇宙に穴を開けてこの世界そのものから脱出するのだ。

 宇宙そのものを隔てた向こう側。そこに地球は存在している。

 座標は測るまでもない。何故ならこのミズガルズがある場所もまた太陽系。

 太陽があり、月があり、そして火星や水星がある。

 つまり――同座標なのだ。

 このミズガルズと全く同じ場所に地球は存在している。

 正確にいうならばミズガルズの裏側、というべきだろうか。

 どちらが表でどちらが裏なのかは分からんが、つまり宇宙さえ超えてしまえばそこはもう地球という事になる。

 そして俺がこんな、本来知らないはずの事を知っているのは……やはりあいつが俺の中に情報を残していたという事なのだろう。


「いくぞベネト」


 俺はベネトへと手を出し、彼女はきょとんとした顔になった。


「……何だ、その手は」

「いいから取れ。エクスゲートは相手の同意が必要だ。

途中で拒絶すれば二つの宇宙の境目へと落ちる事になる。

ここで拒否するならば其方を連れて行くのは不可能と判断して余一人で行くぞ」

「…………」


 ベネトは渋々といった様子で俺の手の上に自らの手を乗せ、そっぽを向いた。

 そんなに嫌か、俺と手を繋ぐの。

 まあ今更言及はすまい。元々こいつは俺に敵対的だったし、むしろこれでも歩み寄ってくれているのだろう。

 アルゴー船の乗組員達の「お気をつけて」という声を背に、俺はベネトの手を引いてエクスゲートへと飛び込み、世界の内側へと突入した。

 普段の移動では絶対に有り得ないほどに深く、深く。

 物理的な移動では決して届かない空間の境目を通る事で、この世界に満ちている魔力と天力の存在をこの上なく実感出来る。

 恐らく本来は何もなかっただろう空間に魔力が満ちて物質を創造し、それを天力が補助して実体化させている。

 俺達では絶対に出来ない魔力と天力の複合による、『無から有を創り出す』神技。

 なるほど。魔力も天力も結局は同じ力だったってわけか。

 ただ、創世の力をプラスとマイナスで二つに分けただけ。魔力は存在しない物を創り出す力で天力は既に存在している物を強化する力とずっと言われていたが、真実はそうではない。

 魔力は無から有を作る術で、天力はその有を強化して永久的に留める力だった。

 ミズガルズはその二つの力で構成されていた。だから無理矢理天力と魔力を組み合わせるとその部分だけ世界を構成している力が弾け、穴が開いてしまう。

 データの上書きのようなものだ。既にそこに同じ物があるのに全く同じデータを持ってくれば上書きが発生するだろう。

 その上書きする瞬間、前のデータは新しいデータに潰されて消える。

 無論すぐに新しいデータがそこに居座るわけだが、その瞬間一時的に何もない空間が生まれてしまう。

 エクスゲートとは要するに世界の一部を上書きして、その上書きが終わるまでの僅かな間に生じた空白を通り道とする術だったのだ。


 つまり俺達が暮らしていた世界……否、宇宙そのものがアロヴィナスの魔法だった。


 だが分からないのは、何故そこに暮らす生物を魔法で創っていないのか、という事だ。

 世界そのものが魔法でも、そこに住む俺達は魔法ではなく実体だ。無論魔法から生み出されたわけでもない。

 そうでなければ今頃、俺はとっくに消されている。

 無論マナの影響は受けているし変異もしているが……魔神族とはやはり違う。

 つまりアロヴィナスは魔力と天力で世界を創造し、そこに態々実体を持つ生物を住ませた事になる。

 そして更に憶測になるが、その生物は恐らく地球から持ってきたのだろう。だから地球とミズガルズとで不自然なまでに生態系が似通っているのだ。

 何故だ? 宇宙すらも創世出来る力がありながら命は創り出せなかったとでも言うのか?

 魔神族のような不完全な人形しか創り出せなかったから、本物の命を外から持ってきたと?


「…………」

「どうした、マファール」

「いや、何でもない」


 俺は今、恐ろしい想像をしている。

 当たっていて欲しくない考えだ。

 だが嫌な考えほどよく当たるもので、多分合っているのだろうなという嫌な確信も俺の中にはあった。


 ――アロヴィナス……あいつ、本当は創造神なんかじゃ無いんじゃないか?

 むしろ真実は、その逆なんじゃないのか、と。そう思い、俺は冷や汗を流した。


ちなみに一つネタバレをするとアロヴィナスの上に更に黒幕の真創造神がいるとか、そんなポッと出ラスボスオチはないのでご安心下さい。

あくまでこの世界の最高神はアロヴィナスです。そこは変わりませんし、こいつより強いキャラはいません。正真正銘このポンコツ駄女神が黒幕で最強キャラです。


え? 正直こいつラスボスだと威厳ないからポッと出でももっと威厳あるラスボスの方がいいって?

だ、大丈夫大丈夫、戦いに入ればちゃんとラスボスに相応しい強さを見せつけてくれますから。

性格と強さは一致しないのです。

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