第152話 魔神族のかみなり
魔神王の城はすぐに見付かった。
というよりアルゴナウタイがとっくに位置を割り出していたらしい。
まあ流石に二百年もカストールと一緒に飛び回ってれば敵の拠点くらいは調べておくか。
暗黒大陸の中でも特にマナが濃密な荒野。そこに聳える崖の上に黒く巨大な城が建っていた。
うむ、いかにも『私がラストダンジョンです』といわんばかりの威容だ。見た目だけは恐ろしい魔物が周囲を警戒するように飛び、黒雲は太陽を遮って常に夜中のようだ。
雷光が鳴り響き、これでもかとばかりに雰囲気を出している。
むしろテンプレすぎて最近は逆に見ないんじゃないかな、こういう城って。
後、この手の城を見て毎回思うんだがこれ、外から崖を崩せば城が落ちて中の雑魚一掃出来そうじゃね? いや、やらんけどさ。
何で魔王の城って崖とか断崖絶壁とかの不安定な場所に造りたがるんだろうな。
凄い不便っていうか、ぶっちゃけ自分では住みたくない物件だ。
というかあれだ。王都もないのにポツンと城だけ建ってるって正直どうなんだろうな。
王である以上、当然税金やらで生活を賄っているんだろうが、これじゃ税金持ってくるのも一苦労だろ。
もっと町の近くに建てろよ。
……まあ俺のマファール塔も人の事言えんけど。
「さて、どうする? 外から狙い撃ちにでもするか?」
「まあ待て。我等は別に争いに来たわけではない。向こうが何もせん限りは手を出さんでいいだろう。
とはいえ、この薄暗い空気はあまり好ましくないな」
俺は空を見上げ、適当に魔法をぶっぱした。
低級魔法だが、まあ雲を散らすだけならそれで充分だ。
俺の一撃で空を覆っていた根性なしの黒雲はあっさりと消し飛び、青空が広がって陽光が差し込む。
よし、明るくなった。
折角ラスダンっぽい雰囲気を出してた所悪いが、俺は明るい方が好きなのだ。
とか思っていたらベネトが何か言いたそうに俺の方を睨んでいた。
あ、やっべ。こいつそういや昼苦手だったわ。
彼女は無言で指を鳴らすと、一瞬にして昼から夜へと変わって再び闇に包まれる。
月属性魔法の『ムーンリットナイト』か。当たり前のように高位魔法を無動作で使うな、こいつ。
「おい、ベネト」
「やかましい。行くぞ」
折角晴れにしたのに一瞬で元に戻されてしまった。
俺はその事に文句を言おうとするが、ベネトは気にした様子もなくズンズン進んでいる。
どうやら普通に真正面から行く気らしい。
まあ今更俺達が裏口とか探して潜入ってのもあれだし、正面突破は俺も賛成だ。
城へ近付くと周囲を飛んでいた魔物が一斉に飛びかかって来るが、ベネトがそちらを向いた瞬間、彼等は一瞬で顔を真っ青にして逃走した。
ベネトに威圧のスキルなどはないが、それでも本能で死を感じ取ったのだろう。
実際今のは英断だった。後1m……いや、その半分も距離を詰めていれば彼等は間違いなく細切れにされていた。
城の前へと辿り着いた俺達の前に立ち塞がるのは巨大な鋼鉄の扉だ。
大きさは何故か10m以上。巨人でも出入りするのかってサイズだ。
普通ならばここで、この扉を開くためのアイテムなり方法なりを探す場面なのだろうが、そんなのは俺達には関係ない。
ベネトが無造作に扉に手をかけ、そのまま腕力だけで強引にこじ開けてしまった。
鍵? ああ、それなら一瞬で捻じ曲がって千切れたよ。豆腐で出来てたのかな?
「ば、馬鹿な、あの扉を素手で!?」
「あの鍵は鋼鉄製だぞ!」
「それに扉は重さ50トンはあるはずなのに……ば、化物か!」
はい、解説ご苦労様。
扉の向こう側で顔を青くしていた連中に軽く威圧をかけ、地面に縫い付けた。
お前等、そこから動くなよ。少しでも動くとベネトに潰されるからな。
俺達が踏み入ると当然のように警備の魔神族がワラワラと出てくるが、いくら数がいても意味はない。
「邪魔だ。退け」
はい威圧ドーン。
重そうな鎧を着ていた兵士達は一瞬で潰れたように地面に座り込み、動けなくなった。
俺達はそんな彼等の横を素通りし、無意味に広い城の中を見渡す。
現在地は大広間だが、少しばかり道が多すぎる。
まず左右にどこに繋がっているかも分からない通路が三つずつ。合計六つ。
正面には階段があるが、その階段の両脇にも扉。
階段を登った先には魔神王を描いた肖像画があり、そこから左右に階段が分かれて二階へと繋がっているがその先に更に通路が四つずつ。計八つ。
この時点で十六に道が分かれている。そして道を進めば更に枝分かれして兵士の宿舎とか厨房とか、訓練室とか、そういうのがあるのだろう。
RPGのラスダンにありがちな構成ではあるが、勇者ってのはよくもまあこんな面倒な城の中を敵とエンカウントしながら探せるものだ。
「無駄に通路が多いな」
ベネトが面倒くさそうに呟いた。
確かにこれらを一つ一つ調べるのは少し手間だ。
こんな入り組んだ造りになっているのはやはり、敵の潜入を警戒してのものか?
こういった建築物は敵に潜入されてもすぐに目的地へと辿り着けないように、わざと入り組んだ造りにしているとか何処かで聞いた事がある。
「探すのは面倒だな。こいつに案内させるか」
ベネトは地面に座っている魔神族の中から適当に一人を選んで首根っこを掴んだ。
哀れにも選ばれてしまったモヒカンの魔神族はガタガタ震えながら涙を流している。
敵ではあるが同情せざるを得ない。
とはいえ、案内人を使うというアイディアには俺も賛成だ。
「其方、魔神王の居場所は知っているな? 案内してくれれば見逃すと約束しよう。
場所を教えてはくれぬか?」
「は、はひ……よ、よろこんで……」
案内人に道を聞きながら、俺とベネトは複雑な城の中を進んだ。
通路を進んで曲がって、階段を登って降りて、扉を潜って、また階段登って……。
いやちょっとこれ、入り組みすぎだろ。迷路かよ。
歩き始めて十数分も経つ頃にはベネトのイライラが募り、目に見えて不機嫌になっていた。
「おい、いつになったら着くんだ?」
「は、はい! その先を進んだ所です!」
そう言って案内人が指さしたのは通路が途切れている場所であった。
下には棘が無数に生えており、この罠にかかったらしい骨などが散らかっている。
「こ、この道は誰かがこの場でレバーを抑えていなければ渡れない仕組みなのです。
あ、あっしがここでレバーを抑えていますので、どうぞお通りくだせえ」
何で世の中のラスボスってのは城の中にこんなアトラクションを造るのかね。遊園地じゃあるまいし。
これ、普段生活する上では邪魔なだけだろう。
多分これはあれだな。ラストバトル前にパーティーの誰か一人が離脱するイベント用トラップだ。
案内人がレバーを抑えると、向こうから橋がかかり道が繋がった。
まあ俺達なら普通にジャンプで渡れる距離だが、せっかくだし好意に甘えよう。
とか思っていたら、橋を渡ると同時に案内人が何かボタンを押して、瞬間に俺達を電流が撃ち抜いた。
「ひ、ひゃははははは! バァーカめ! まんまとかかりやがった!
その電流は10億ボルト50万アンペア! どんな強靭な身体を持つ奴だろうと一瞬で黒焦げよお!
やりました魔神王様! この俺が覇王と吸血姫を討ち取りましたァ!」
何やら嬉しそうに高笑いをする案内人。
だが俺はむしろ彼が哀れでしかなかった。
確かにこの罠なら普通の奴は倒せるだろうが、生憎普通じゃないんだよなあ、こっちは。
10億ボルトというと、大体雷くらいか? まあ確かに凄い事は凄いんだが……雷くらい、ちょっと上位の魔法使いなら魔法でバンバン落とせる世界よ、ここ?
普通のファンタジーだって雷くらい当然のように落として、それ喰らった奴が普通に反撃したりするぞ。
ましてやここはパワーバランスがぶっ壊れた何ちゃってファンタジーだ。
何でこれで俺達を倒せると思ったのかね。
俺は肩をすくめ、ベネトも呆れたように溜息を吐いた。
どうでもいいが電流はまだ続いている。
「……だ、そうだが?」
「まあ、こんな事だろうとは思ったさ」
「うぇ!?」
俺がとりあえずベネトに意見を求めると、ベネトも薄々予感くらいはしていたと返してきた。
ま、途中から誘導されてるような気はしてたんだよな。いくら何でも道を逸れ過ぎてたし。
なんか企んでるなーくらいには思ってたんだが、結果は御覧の通り。
俺達は間抜けにもまんまと罠に嵌ってしまったわけだ。
「ここまでご苦労だった。もう貴様はいいぞ」
「ま、まっ!? お、お待ち下さい、ほ、ほんの出来心だったんです!
も、もうしません! 案内します、服従します! 靴の裏だって舐めます! お、おたす……」
それが彼の最期の言葉となった。
ベネトが離れた距離でデコピンをするように指を弾くと、それと同時に案内人の頭部が弾け飛んだのだ。
おおグロイグロイ。
「で、どうする? こうなると、ここまでの道が正しかったのかも怪しいが」
「とりあえず進むしかあるまい。違っていたら引き返せばいいだろう。
ところでマファール、マッピングはしていたか?」
「一応な」
俺はベネトに言われ、懐から紙を出す。
ここまでの道のりは一応マッピングしていた。これでも一応レンジャーのクラスも跨いでいるのだ。
レンジャースキルによって描かれた見取り図はこの上ない正確性で描かれ、完璧に城の構図などを記録している。
……しかしそれは、今や塵となっていた。
「……」
「……」
俺やベネト、そして俺達が着ている衣服などはこの程度の電流ではビクともしない。
しかし俺がマッピングに使っていたのはただの紙だ。
当然、紙は雷に耐える事など出来ない。
これはあれだ。俺の迂闊さよりも敵の計略を天晴見事と褒める場面だろう。
いやー、案内人は見事な知略の持ち主だった。まさかマッピングが台無しにされてしまうとは。
「さて、行こうか」
「おい、何か言い訳くらいはないのか?」
「細かい事を気にするな。それよりまずは罠を抜けよう。
先程から一桁程度のダメージではあるが、一応HPも削られている」
「相変わらずいい加減な奴め……」
あーあー聞こえない。
人は失敗を繰り返して成長するのだ。一つの失敗に囚われてはいけない。
俺達は橋を渡り、とりあえず電流の罠を抜けて先へと進んだ。
結果待っていたのは、ただの行き止まりである。
予想は出来ていたが、やはりここは外れのルートだったようだ。
「仕方ない、戻ろうか」
「いっそ城の中で暴れてみるか? 向こうから出向いてくれるかもしれんぞ」
「それは最後の手段にしようか。もう少し探してもいいだろう」
俺とベネトは話し合いながら橋へと戻り、再び電流を浴びながら元の道へと戻った。
大して痛くはないんだが、電気で髪が乱れるのだけはどうにかならんもんかな。
俺は手櫛で適当に髪を整えながら、一つ前の分かれ道へと戻る。
すると、そこには呆れたような顔で立っている魔神族の女の姿があった。
ウェーブのかかった茶色の髪に、灰色の地味なローブを着たその女性は、他の魔神族と比べるとレベルがやや高めだ。無論、俺やベネトの敵ではない。
「……話には聞いていたけど、とんでもない化物ね。
何で普通に電流トラップを往復してるのよ……それ、雷と同じ威力があるのよ……」
「其方は?」
「私は七曜の一人、『土』のサートゥルヌス。敵対の意思はないわ、そもそも戦いが成立しないし。
私は魔神王様に言われて貴方達を案内する為に来たのよ」
ああなるほど、七曜か。
道理でレベルが少しだけ高いわけだ。
とりあえず案内してくれるというのであれば渡りに舟。素直に案内される事にしよう。
俺がベネトを見ると、彼女も頷いて同意した。
「助かる。よろしく頼むぞ」
「……疑わないの? 罠かもしれないのよ?」
「罠だったら、その時は貴様が死ぬだけだ」
ベネトはこう言っているが、実を言うと俺も決して何も警戒していないわけではない。
今この瞬間にもレンジャーのスキルの一つである『トラップサーチLv1』を発動している。
このスキルは発動中は一定時間ごとにSPを消費する代わりに罠を探知してくれるスキルで、レベル5まである。当然レベルが上がる毎により細かい罠なども探知出来るようになるし、その分燃費も悪くなる。
俺が使っている『トラップサーチLv1』の効果は『即死トラップだけを判別する』というもので、他の罠にはガンガン引っかかってしまうものだ。
しかしゲームなんてのは死ななきゃ安いもので、とりあえず死にさえしなければ回復すればどうにかなってしまうのである。
だからとりあえずLv1だけ発動して消費を抑えつつ、後は罠など気にせずガンガン進む。これが高レベルプレイヤーの基本的なダンジョンアタックのやり方だ。
実際高レベルになると細かい罠なんて一々解除するより、わざと発動させてしまった方が時間を短縮出来るし効率的なのである。
レベルが上がればサーチのレベルも上がる。だが高レベルになるほどに高いレベルのサーチは要らなくなる。酷いバランスもあったものだ。
しばらく城の中を歩いた俺達はやがて、一際巨大な存在感を放つ鉄の扉の前へと案内された。
いや、扉……というよりは、これはその中にいる奴の存在感か。
「さ、通りなさい」
サートゥルヌスはそう言い、ゆっくりと扉を開いた。
ルファスは通す。ベネトナシュも通す。
キマリは通さない。




