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第151話 アイゴケロスのめざめるパワー

 アイゴケロス、ピスケス、サジタリウスの身体から爆発的な力が迸った。

 彼等の主であるルファスがレベルの限界を超え、それに引き上げられるように彼等もまたレベル800の壁を越えてレベル1000という強さの頂点へと到達したのだ。

 レベル差というものは決して無視出来る要素ではなく、その数字が大きくなればなるほどに重要度が変わる。

 例えば同じレベル二倍の差であっても、レベル1とレベル2の間にはそこまで大きな隔たりはない。

 無論低レベルのうちの1レベル差は決して侮れないが、それでも普通にレベル1が勝ってしまう事も十分にあり得る差だ。

 しかしこれがレベル10とレベル20になれば、それは正攻法では覆せない差となり、レベル100とレベル200にもなれば、それはもう決定的な格差だ。

 十二星と邪神の差はレベル200。リーブラから見ても90の差があった。

 この領域におけるレベル200差。それを埋めたアイゴケロス達の異変を邪神も感じ取ったのだろう。

 彼は言語を介さず、しかし理解したに違いない。

 たった今、かろうじて均衡を保っていた勝敗の天秤が致命的に傾いてしまったのを。


「さあ、終わらせるぞ異形の者よ。汝の強さに敬意を表し、我もまた全力を見せてやろう。

括目せよ……魔王アイゴケロスの真の姿を!」


 そしてレベル制限の封印を解くという事は、十二星本来の力を発揮出来るようになったという事。

 かつて地獄の魔王と呼ばれ、恐れられていたアイゴケロスがその枷を解き放つ事を意味している。

 山羊の悪魔の眼が赤く輝き、翼を羽ばたかせる。

 今までは実体を保っていた足元の本体――老紳士が消え、自らが創り出したマナの幻影と完全に同化した。

 それだけではない。周囲のマナ、その全てが彼を中心に集いつつあったのだ。

 それはまるで、かつてドラウプニルでメルクリウスが行ったのと同じように。


「我が元へ集え! 暗黒の力よ!」


 黒いマナを吸収し、アイゴケロスが幻影から実体へと変わる。

 今までは魚のように揺らめいていた下半身は毛に覆われた足へと変わり、現時点で全長100mはあっただろう巨体は更に巨大化し、その体躯は全長1㎞を超えて尚、巨大化し続ける。

 ミズガルズ全体が暗雲に覆われ、雷光が轟き、魔王の顕現に世界全てが恐怖した。

 邪神を魔王の手が掌握し、山羊の頭が雲を突き抜けて成層圏にまで達した。

 この時、宇宙からミズガルズを見る者がいればその光景に目を疑っただろう。

 そこにはまるで、ミズガルズから生えるように佇む――惑星規模の巨体を誇る山羊の悪魔がいるのだから。


「さらばだ、異形の者よ。汝であればあるいは、これから放つ攻撃にも耐えられるやもしれんが……二度とこの星に戻って来る事は出来んだろう。

この世界は我が主の物だ……しかし、汝もまた王たる器であった事を、同じ魔に属するこのアイゴケロスが誰よりも認めよう」


 アイゴケロスは、この異形の神を決して嫌ってはいなかった。

 むしろ彼こそが、この世界で唯一の己の同胞……同類であると感じ取っていた。

 魔神族のような紛い物ではない、真なる魔。それをどうして嫌いになれよう。

 あるいは、ルファス・マファールがいなければ彼とこの世界を二分してもよかったかもしれない。

 そう思う程度には認めており、しかしこの世界には黒翼の王がいる。世界を統べるべき王は既に存在しているのだ。

 ならばこの異形の神の居場所はもう存在せず、存在させる気もない。

 真の王は、二人も要らぬのだ。

 そして真の王に使える魔の忠臣もまた、己一人でよい。


「生き延びたならば、異界の地で覇を謳うがよい」


 アイゴケロスが腕を振るい、邪神を宇宙空間へ放り出した。

 邪神も最後の足掻きとして、何らかの固有スキルを発動する。

 瞬間、邪神を中心として世界が急速に書き換わり、女神の法則に支配されているはずのミズガルズを異なる法則にて塗り潰してゆく。

 これは彼の見ている夢だ。夢で現実を塗り替え、狂気と正気を反転させようとしている。

 ダメージ限界の法則が消え、レベル限界の法則すらもが消えていく。

 邪神が女神の法則すらも跳ね除ける己の世界を創造し、更なる力を発揮せんといよいよ本気になったのだ。

 だが――切り札を出すのが少しばかり遅すぎた。浸食が終わるまで待つほどアイゴケロスは悠長にしていない。

 それどころかアイゴケロスまで巻き込んでしまった事で彼からレベル制限の枷が外れ、アイゴケロスの最大レベルが1000を超えて1350にまで達した。

 限界以上に力を高めたアイゴケロスが口を開き、膨大なマナを収束させてゆく。

 咄嗟に回避を試みる邪神だが、その胴体を龍形態へと移行したピスケスの牙に捉えられた。

 そのまま力任せに振り回され、放り出される。


「――散れい!」


 アイゴケロスの口から恒星の如き輝きと、底知れぬ闇のような禍々しさを同居させた破壊の閃光が放たれた。

 黒い光という矛盾に満ちた一撃が邪神へ直撃し、その身体を一瞬にして虚空の果てへと吹き飛ばす。

 逃れる術はない。今のアイゴケロスの膨大な攻撃力から放たれた一撃から脱出するのは不可能だ。

 更にそこに追い打ちで距離を無視して絶対に命中する『アルナスル』の矢が加わり、二つの閃光は螺旋を描き、互いを高め合いながら遠く遠く邪神を追放する。

 そしてこれは、今より先……実に数年か、あるいは数十年、数百年未来の話となるが、この閃光は消える事なく数光年、あるいは数十光年、数百光年の遥か遠き距離に渡って邪神を運び続ける事となる。

 星々を超え、恒星圏を超え、遂には銀河すらも超えて最終的には銀河群をも突破して文字通りの外の世界へと邪神を連れ去るだろう。

 故にこの先、邪神がどうなるかはアイゴケロスにも分からない。

 もしかしたら辿り着いた先で外なる神として崇められるのかもしれないし、生物のいない惑星に辿り着いてその地で安寧を得るのかもしれない。

 どちらにせよ、言える事はただ一つ。

 それは、これで死ぬような奴ではないだろう、という事。

 これからも奴はきっと、この宇宙のどこかで自分達と同じように生き続けるだろうという事だけだ。

 そして……もう二度と会う事もないだろう、という確信もまた抱いてアイゴケロスは少しだけそれを残念に思った。

 マナが霧散して、通常のサイズにまで戻ったアイゴケロスへとピスケスが冷や汗をかきながら話しかける。


「フン……流石は地獄の魔王といったところか。ルファス様が危険視し、十二星の中で唯一『封印目的』で捕獲されただけはある」


 アイゴケロスは他の十二星と違う。

 以前語ったように、彼だけはその残忍性をルファスに危険視され、手元に置いて管理する為にルファスに捕獲された。

 放置すれば魔神族よりも強大な人類の脅威となってしまう事が分かり切っていたからだ。

 そして彼を手元に置く事は即ち、アイゴケロスという大悪魔にレベル制限の枷を付けて本来の力を封ずるという事でもあった。

 あの獅子王レオンですら、ルファスにここまでの危機意識は抱かせていない。

 十二星最強はレオンだ。そこに異論を挿む者はいない。

 しかし十二星最凶を語るならば――それは魔王アイゴケロスに間違いないだろう。

 そしてこの大悪魔の発生は女神すら予期しなかった事であり、彼女のシナリオの外で自然発生してしまった化け物だ。

 だからこそアイゴケロスは自らを真なる魔と名乗るし、自分と同じくシナリオを外れ、尚且つ己よりも遥かに強大な力を持つルファスを敬愛しているのである。

 もしそうでなければ今頃、この大悪魔はミズガルズを闇で覆い尽していたかもしれない。


「それだけの力を持ちながら甘んじて封印を受け入れ、自ら覇を謳う事もせん奴がいるというのが余には信じられんよ」

「真の王は唯一人、我らが偉大なる黒翼の覇王のみ。あの方が必要だと考えるならば封印も死も甘んじて受け入れよう。それが我が忠義なり」

「謙虚な事だ」


 ピスケスは鼻で笑いながら、内心で安堵している自分に気付いた。

 この悪魔がレオンのように身勝手でない事を今更ながらに幸運に感じたのだ。

 こいつがルファスに心酔した事……それこそがあるいは、ミズガルズ最大の幸運だったのかもしれない。

 普段は間抜けな男だが、それでも時折見せる悪魔としての本性にはピスケスをしてゾッとさせるものがあった。


「ともかく、これで問題は解決したと見ていいでしょう。

エロス、私達と共に来てくれますね?」

「とりあえず、まずは引き継ぎを済ませてからだ。

それから余もお前達に同行しよう。それとエロスいうな」

「これからよろしく頼むぞ、エロス」

「だからエロスと呼ぶな!」

「頼りにしているぞ、ピスケス」

「黙れ変態馬。死ね」

「!?」


 ピスケスは宮殿へと戻りながら、リーブラ達に見えないように口元を緩めた。

 二百年経っても相変わらずの連中だが、しかしそれが妙に嬉しかった。

 無論本人達には絶対に言わないが、これで彼も結構このやりとりを楽しんでいるのだ。

 でもやっぱりピスケスの名で呼んで欲しいとは割と本気で思うが。


*


「どうやらリーブラ達は無事にピスケスと出会えたようだな」


 手紙を広げながら俺は、船の柱に背を預けていた。

 手紙は二通。一つはつい数十秒前に届いた、アルカイド要請の矢文。

 何でも、あいつ等ですら苦戦するヤバイのが深海にいたからアルカイドを発動してリミッターを解除させて欲しいというものだ。

 正直これには俺も驚かされた。まさかリーブラ、アイゴケロス、サジタリウスにピスケスまで加えた四人で苦戦するような化物がいるなんて予想もしていなかったのだ。

 二通目の手紙は、無事にその化物をアイゴケロスが宇宙に放逐したという報告と、ピスケスが加わるといったものであった。

 まあこれに関しては、実の所手紙がなくとも知っていた。

 こっちからでもアイゴケロスの巨体は確認出来たからな。……てーか多分あれ、世界中から目撃されてるだろ。

 しかしアイゴケロスにあんなスキルあったっけな。でかくなりすぎて最早ギャグなんだが。

 あいつレベル限界突破せずに惑星破壊出来るんじゃね?


「中々凄まじいものだったな。以前奴の事をペットと馬鹿にしたが、アレならば私も危ういかもしれん」

「謙遜はよせ、ベネト。正面からやり合えば十中八九其方が勝つさ」


 ベネトが心にもない負けるかも発言をしているが、俺はそれを鼻で笑った。

 確かにあの状態のアイゴケロスは俺もビビるやばさだったが、それでもまだベネトの方が上だ。

 殴り合いならば巨体が仇になってベネトの速度に滅多打ちにされるだけだろうし、最後は銀の矢放つ乙女で消し飛ばされて終わるだろう。

 というかベネトが強すぎて笑えない。

 しかし、ちょっと勿体なかったな。一瞬見ただけだが、アイゴケロスに吹き飛ばされたあのキモい変なモンスター、レベル1000あったぞ。

 HPは280万でレオン以上。捕獲すれば当然弱体化してしまうだろうが、あれだけ強いなら手持ちに加えておきたかった。

 いい耐久受けの壁になれただろうに。

 あ、それやるとカルキノスの立場がなくなるか。


「ところで、次は何処に行く気だ?」


 ベネトの問いに俺は目を閉じ、しばし思案した。

 俺達は現在、行方を晦ましたディーナを追っているが現在まで全く足取りを掴めていない。

 マファール塔などのあいつが居そうな場所にも行ってみたんだが、手掛かりすらなし。

 こうなると後は、少し危ない所へ行くしかないな。

 例えば……そう、例えば魔神王の所とかな。

 俺は目を開き、意を決してそれを口にする。


「……魔神族の居城へ行くぞ」

「ほう」


 俺の言葉に、ベネトが牙を見せて笑った。

 ディーナの事を恐らく一番知っているのは魔神王だ。

 何故なら奴はディーナのスパイ活動……つまりウェヌスの存在を黙認していた。

 勿論単純に気付いていなかったと考える事も出来るが、仮にも魔神族を統治する男がそれではあまりに間抜けだろう。

 それに奴はどうも、俺がまだ知らない情報を握っているような気がする。

 ここは一度、腹を割って話してみるのも悪くないだろう。

 最悪危なくなれば逃げればいい。


「面白い。奴等との二百年超しの決着をつけるわけか」

「それは相手の出方次第だ。こちらから事を荒立てる気はないさ」


 魔神族の居城となれば当然、そこには多くの魔神族や魔物がいるだろう。

 だがそれはハッキリ言って物の数ではない。

 仮に数万……いや、数億いようが俺に対しては意味がない。

 物量は確かに戦争のセオリーで、そして勝敗をそのまま分ける要素になる。

 だがもう、そんなレベルはとっくに過ぎてしまっているのだ。

 いくら数を揃えようと、無理なものは無理だ。

 極端な話、今から核ミサイルが飛んでくるから素手の人間数万人集めて、さあ受け止めろと言われたって無理だろう。

 ま、雑魚は威圧で適当に脅せばどうにでもなるかな。


「進路変更。目的地、暗黒大陸……魔神王の城へ」


 俺が指示を送ると同時にアルゴナウタイ達がせわしなく動き、船の進路を変えた。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。吉と出るか凶と出るか。

 ま、後は流れに任せて突き進むしかないな。

VS異形の神終了。今まで噛ませ山羊に甘んじていたアイゴケロスが魔王の意地をようやく見せてくれました。

本気を出した山羊さんは惑星規模にまで巨大化出来ます。強い(確信)。

まあ今まで威圧的な外見の割に負けてばっかで、ちょっと不遇ポジでしたからね、彼。

本当はこんなに強いんだぞ、というのを一度は出しておきたかったのです。


そして次回以降はようやく主役の出番です。

でもただでさえ変な戦闘力のルファスに今はベネトまでいるから、多分あんまり盛り上がりません。


Q、邪神さんこの後どうなるの?

A、光よりも速く飛んだ事で過去へ飛び、更にブラックホールに突っ込んで別の宇宙にまで飛んだ挙句、地球に無事着地します。

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[一言] クトゥルフがいるならその先祖も居るんじゃ…
[良い点] 地球に来ちゃったのはアイゴケロスさんのせいだったか~…。
[一言] ミズガルズはゾス星だった...!?
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