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第148話 オルヴァールのちょうおんぱ

「なるほど、話は分かった」


 海底宮殿の王室。普段は王であるピスケスと彼が選んだ女しか立ち入れぬその場所には現在、四人がテーブルを挟んで会話を交わしていた。

 いや、正確に言えば会話しているのは三人だけだ。

 ピスケスに気に入られただけで連れて来られてしまった人魚のスィラという少女は状況についていけず場を静観している。

 リーブラとアイゴケロスがルファスの復活や、これまでに起こった事を説明し、ピスケスはそれにふむふむと頷く。


「ルファス様の復活、それ自体は喜ぶべき事だ。疑いの余地もない。

しかし何故、よりにもよってここに来るのがお前達なのだ。

もっと他にいるだろう? ポルクスとかアリエスとかマトモなのが」

「なるほど、私達はお呼びでないと。ならばスコルピウスとレオンがお望みでしたか?」

「冗談ではない。そんなのが来たら門前払いするぞ。バーサーカーレズビアンと筋肉馬鹿なぞ御免だ。

特にレオンは見た目も暑苦しいしな」


 ピスケスは基本的にまず、見た目の麗しさで相手を判断する。

 流石に美の神とも言われるアロヴィナスの子といったところだろうか。

 基本的に醜い者や暑苦しい者は嫌いなのだ。

 その彼にとって造り物の美でしかないリーブラやこの世の負を集約させたような山羊悪魔はあまり歓迎すべき相手ではない。

 十二星の中から誰かが迎えに来るというのなら、まだ見た目的には癒しになるポルクスやアリエスといった面々に来てほしかった。

 無論アリエスは人間形態を解除しない事前提だ。

 ちなみに一番来て欲しくないのは下半身を露出して歩き回る変態馬である。

 あの馬にはいい思い出がない……かつて町で見かけた少女を気に入って声をかけたら変態馬の変装だったのは今でもトラウマだ。


「それと余をエロスと呼ぶのは止めよ。名前を間違えられるネタはもうタウルスがやっているだろう」

「何を言う、全然違うぞ。タウルスはややこしいから間違えてしまうだけで悪意などない。

お前のを間違えるのはわざとだ」

「余計悪いわ!」

「まあ別に間違えてはいないですけどね。エロスは本名なのですから。そうでしょう、エロス」

「そうだぞエロス」

「おのれら……」


 ピスケスは不機嫌そうに頬杖をつき、これだからこの二人は嫌なんだ、と思った。

 常識人のポルクスや比較的良識派のアリエスならばこうしてわざと本名を呼ぶような事もしない。

 アリエスは時々場に流されて言ってしまう事もあるが少なくとも悪意はない。

 しかしこの二人はそれをやる。特にアイゴケロスは悪意たっぷりにやる。

 リーブラは何を考えているか分からないし、悪意などというものがあるのかも怪しいが、やはり本名を呼ぶ。

 全く、何故十二星はこんなにも変な奴ばかりなのだ。

 ピスケスは自分を棚にあげ、心底そう考えた。


「ところで汝こそ、そのルファス様を真似た一人称をどうにかせよ。

主を真似るなど無礼であろう」

「ぬっ……」


 アイゴケロスの指摘にピスケスが唸った。

 彼の言う通り、ピスケスの一人称はルファスを真似たものである。

 少なくともルファスと出会う前は自分の事を『俺様』などと言っていた事をアイゴケロス達は知っていた。

 加えて言うと、この宮殿にいる女が全員どこかしらルファスに似た部分がある事にも気付いている。


「まあそれはいい。それよりだ」


 ピスケスはこの話題は続ける気がないのか、早急に話を切り替えた。

 それはそれ、これはこれ。

 山羊にとやかく言われる謂れなどないのである。


「ルファス様の復活となれば今すぐにでも馳せ参じたい所ではあるのだが、今は少し間が悪い」

「主よりも優先するものがあると申すか。汝の愛など所詮その程度よ」

「ええい、一々煽るな鬱陶しい! 余はお前達と違ってこの海という広大な国を治める王なのだ。

面積にして実にミズガルズの七割! 守る物のないお前達と王たる余では何もかもが違う」


 ピスケスは大仰に手を広げ、リーブラとアイゴケロスはそれを冷めた目で見る。

 その顔には『また始まったか』という呆れが多分に含まれていたがピスケスが気にする事はない。


「大いなる海の統一国家『スキーズブラズニル』。

百八の領地と三百の都市、一億の人口より成る海の統一国家。

かつてミズガルズ史上、これほどに広大な地を統一支配した王がいただろうか?」

「ルファス様が一度世界を統一していますね」

「ああ、余は己の王としての才が恐い。

これほどの事を僅か二百年で為せるこの王才こそ世界の何にも勝る至高の宝よ。

そしてこの海の王国こそが余から最愛の人へと捧げるエンゲージリングとなるのだ。

分かるかこの違いが。お前達は下郎、余は偉大なる王。同列に並べるでないわ!」

「はいはいワロスワロス」

「はいはいエロスエロス」

「貴様等ァァァァ!」


 言っている事はアレだが、実際にこれは中々凄まじい事である。

 何せ支配領域だけを言えば魔神王すらも遥かに上回っているのだ。

 現在、世界の九割以上は魔神族が支配し、人類は残り僅か一割にも満たない大地の上で細々と暮らしている。

 だが結局のところそれは陸上での話に過ぎず、ミズガルズ全体から見れば三割にしか過ぎない。

 残り七割、海という広大な世界は全てピスケスの支配下だ。

 確かにこの功績は決して無視出来ないものだろう。

 何せ彼をルファスの手元に戻すという事は即ち、海の王国スキーズブラズニルがそのまま味方に加わる事を意味している。

 一瞬でルファスと魔神王の勢力圏がひっくり返り、パワーバランスが完全に逆転するのだ。


「しかし現在、我が王国は問題を抱えている」

「貴方のナルシストぶりですか?」

「確かに大問題だ」

「違うわ馬鹿者! 我等は現在、『深き者』と名乗る異形の侵略者との戦の最中にあるのだ」


 戦、と聞いてリーブラとアイゴケロスが顔が見合わせた。

 それはまた、何とも、十二星らしくない悩みである。

 そんなものは十二星ならば圧倒的な単体戦闘力でどうにでも出来てしまう問題ではないか。

 敵の数が千だろうが万だろうが関係ない。絶対的なレベル差から放たれる広範囲殲滅魔法やスキルで一網打尽に薙ぎ払ってしまえばいい。

 十二星、その中でも戦闘員に分類されるメンバーにはそれが出来るのだ。出来ない戦闘員など一人しかいない。

 本当に盾以外役に立たない蟹である。


「深き者……ひょっとしてそれは深海魚のような外見の魚人ですか?」

「お前達も遭遇したか。そうだ、あの醜い連中は身の程知らずにも余に喧嘩を売っている。

奴等を根絶せん事にはこの海を離れる事は出来ん。せっかく築き上げた美しい王国が蹂躙されてしまうからな」

「ならばさっさと滅ぼせばいいだろう。我も交戦したが何の事はない雑魚の群れだったぞ」

「それは尖兵だ。問題は奴等の裏に潜む者なのだ」


 ピスケスは忌々しそうに舌打ちをし、乱暴に髪をかきあげる。


「奴等の大将は海の邪神……と呼ばれている。一体いつから生きていたのかは余も分からんが、相当長い年月を深海で過ごしていたらしい事だけはハッキリしている。

そいつは簡単に言えば、マナによる変質が生み出した海の異端だ。

アイゴケロス、お前と同じく自然発生した、女神も意図せず誕生してしまった怪物と思えばいい」

「強いのか?」

「かなりな。少し小競り合いした程度だがその戦闘力は十二星級と見ていい。水中戦に限れば竜王にも並ぶかもしれん」


 十二星級――その言葉を聞いてリーブラとアイゴケロスの顔から侮りが消えた。

 マナによる変異の結果自然発生した怪物、というのは決して甘く見ていい相手ではない。

 何故なら他でもない十二星やかつてのルファスの配下もまた、そうした者達を集めた集団だったのだから。

 主な面子を言えばカルキノス、スコルピウス、アイゴケロス、フェニックス、ハイドラス辺りがこれに該当するだろう。


「深き者というのも同じ存在なのですか?」

「いや、奴等はここ二百年で発生した新種だ。

この海の王国の品位を乏しめる罪人を寛大にも殺さずに深海送りにしていたら、いつの間にか魔物化して邪神を奉っていた」

「完全に身から出た錆ではないか」

「ああ、それで男人魚しかいなかったんですか」

「余の温情が理解出来んとは、愚かな奴等よ」


 女好きなピスケスらしく、深海送りになったのはほぼ例外なく男人魚しかいないようだ。

 だから深き者は女人魚がいないし、そうである以上いずれは絶滅するしかない。

 つまりこれは彼等にとっては生き残りをかけた戦争。

 要するに『女寄越せこの糞ハーレム野郎』と突撃してきているのだ。何とも情けない理由の戦争である。

 付き合わされる邪神が哀れでならない。

 むしろ、こんな事にわざわざ付き合っている辺り実は結構いい魔物なのではないだろうか。

 少なくとも現在に至るまで、それほどの力を持ちながら何も悪事を働いていないというのは称賛に値した。


「理解しました。ならば私達も協力しましょう」

「面倒だ、早々に深き者とやらを根絶するぞ」


 リーブラとアイゴケロスにとって人魚がどうなろうと大して気にするべき事ではない。

 しかしそれがルファスの領土となるならば話は別。

 いざ主に渡した時に、それが滅亡した廃墟では話にならないのだ。

 ついでにその邪神とやらも放置しておくと主の邪魔になるかもしれない。

 手伝わない理由は見当たらなかった。


「ふむ、助力か。お前達は性格はともかく戦闘力だけは信頼出来る。

いいだろう、このピスケスに手を貸す事を特別に許してやる。有り難く思え。

まあお前達など居なくとも、どうにかなるのだがな」

「さ、帰りましょうかアイゴケロス」

「エロスは死んだと伝えておくぞ」

「ま、待て、行くな! わかった、感謝してやる! 感謝してやるから手伝え!」


 背を向けて帰ろうとするリーブラとアイゴケロスに、ピスケスが傲慢の仮面を捨てて泣き付いた。

 結局の所、この事態を一番どうにかしたいのはピスケスであり、十二星二人の助力というのは喉から手が出るほど欲しいものなのだ。

 何せこの件を解決しないと、いつまで経ってもルファスの元へ参じる事が出来ない。それは彼にしてみれば拷問に等しい事であった。


「よろしい。では早速敵の所へ向かいましょう」

「も、もう行くのか? まだこちらは軍を編成していないぞ」

「要らんだろう、そんなものは。我等がいれば全て事足りる」


 戦争において物を言うのは質よりも数である。

 それは古今東西、昔から今に至るまで変わらぬ絶対の摂理であり未来においてもやはり変わらないだろう。

 より多くの兵を持つ方が勝つ。これが戦争だ。

 無論戦略や戦術、武器や地形、天候などといった様々な要素が絡み合う事で圧倒的少数が多数を打ち負かすという例がないわけではない。

 しかしそれでも基本を語るならばまずは数だ。多い方が有利であるという事は何も変わらない。

 だが彼等は意思を持つ災害、覇道十二星。災害に戦争のセオリーなど通用しない。

 どれだけの大軍を用意しようと、そこに巨大隕石が三つ降り注げば国など容易く滅びてしまうのだ。


「まさかとは思いますが、王様生活が長すぎて鈍ったのですか?」

「誰に物を言っている。余は神の子ピスケスだぞ。そのような事があるはずなかろう」


 リーブラの挑発にピスケスが笑い、宮殿の扉を開いた。

 周囲の人魚達が何事かと見ているが、まさかこれからたった三人で敵陣に突撃するなどとは思うまい。


「出陣だ! 遅れるなよ、下郎共!」

「誰が下郎ですかエロス」

「先走るなよ、エロス」

「ピスケスと呼べい!」


 ピスケスが指を鳴らす。

 すると先程まで着ていた羽衣のような薄着から、一瞬にして全身黄金の趣味の悪い鎧へと換装された。

 背中にはマントをなびかせ、手には三又に別れたトライデントを持っている。

 更に彼の出陣に応じるように全長30mに達する巨大な鯱……オルヴァールが鳴き、彼を背中へと乗せた。


「フハハハハハ! ファーハハハハハハハ!」


 オルヴァールの上で腕を組みながら海の王が頭の悪そうな高笑いをあげる。

 その後を、呆れたような顔をしながら二人は付いて行った。

 見る見るうちに海底都市が遠ざかり、三人は深海へと踏み込んでいく。

 そんな彼等の行く手を塞ぐように数人の深き者が現れるが、所詮は雑兵だ。

 オルヴァールから発された超音波をマトモに浴びて全身の穴から血を吹き出し、そのまま纏めて鋭利な牙で噛み砕かれて捕食されてしまった。

 ピスケスが手ずから育てた彼のペットであるオルヴァールのレベルは500にも達する。

 少なくとも、数合わせの雑魚ならばピスケス自らが戦う必要すらなかった。

オルヴァールA「オイオイオイ。十二星の戦いにレベル500で突っ込む気かよ」

オルヴァールB「死ぬわアイツ」

オルヴァールC「どうでもいいけどよォ、相手はあの異形の邪神だぜ」

オルヴァールD「ほう……大したものですね。

…………死ぬわアイツ」

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