第147話 アイゴケロスのかまいたち
前々から要望がたまにあった人物紹介を1話前に挿んでおきました。
正直見なくても問題ないと思いますが、まあキャラを把握出来なくなった時などにどうぞ。
「今、僅かにですがエロスのマナと同じ反応を捉えました。
どうやらこの下にいるようです」
アルゴー船でしばらく空を飛び回っていた一行だが、リーブラのその言葉で船が一時停止した。
下、と言われてルファスが船から身を乗り出すが眼下に広がるのはどこまでも続く広大な海だけだ。
疎らに点在する孤島のどこかにいるのかと目に意識を集中させて凝視するも、どこにも人らしきものは見当たらない。
ルファスの視力は平常時ならば12.0であり、20m先にいる1cm以下の虫のシルエットを判別出来る程だ。
しかし魔力を使い、自身の眼の前に光のレンズを創り出す事で更に遠くを見る事も可能となる。
創り出すレンズは二枚。対物レンズと接眼レンズをマナで創り、光を逃さぬよう周囲をマナで囲う。
そうして見えない屈折式望遠鏡を即興で創ることで遠方の景色を見る事を可能とする、魔法としては珍しく補助系に属するその術の名を『ライトスコープ』といった。
ゲームでの効果は単なるズームアップ。それだけだ。
あまりキャラクターに近い場所でやるとポリゴンを突き抜けて反対側の景色が見えてしまう事もあった。運営修正しろ。
しかし、それを用いてもやはり人の姿はどこにもない。
「海中か」
「はい、恐らくは」
別にこれは不思議な事ではない。
『魚』のピスケスの名が示す通り、彼は陸を主な活動場所とする他の十二星とは異なり、海という領域でこそ真価を発揮するタイプで、その戦闘力も水中戦でこそ存分に発揮される。
ならばその彼が海の中にいるというのは予想出来た事であり、しかしだからこそ面倒であった。
海は広い。陸などよりも余程広く、そして深い。
つまり捜索すべき場所が陸などよりも余程広大なのだ。
更にルファス達のうちの誰一人として海中での行動を得意とはしていない。
無論それは、今回ピスケス捜索を担当するリーブラ、サジタリウス、アイゴケロスも同様だ。
つまり海に潜る前に、まずは海中対策をする必要がある。
「息を停めていられる時間は各々どのくらいだ?」
「呼吸を必要としませんので、いくらでも」
「試した事はありませんが、数時間は持つと思われます」
「最大で四十五分が自己ベストです」
ルファスの問いに三人が答えるが、やはり生物離れしている者とそうでない者の差がハッキリ出てしまっている。
完全非生物であるリーブラは時間制限なし。ただし彼女は見た目に反して重量300㎏もあるので、そのまま海に放り込めば間違いなく沈むだろう。
アイゴケロスは一体どうなっているのかルファスにも分からないが、半マナ生命体とも呼べる存在だ。
生物と魔神族などの中間に位置しているが、生物としての機能も完全に失っているわけではないらしい。
そして完全にケンタウロスという生物であるサジタリウスは一時間未満。四十五分というのも大概だが、これは種族というより彼個人が凄いだけだろう。
人間でも十分以上潜っていられる者がいるのと同じようなものだ。
「対策が必要だな。サジタリウス、出来るか?」
「お任せを。『オキシジェン・サクション』」
サジタリウスの発動した天法『オキシジェン・サクション』の効果は酸素を集めるというだけの単純なものだ。
これは生き物が持つ酸素吸引能力を高める事で、水中に溶けている酸素を陸上と同じように取り込めるようにする術である。
要するに水中でも呼吸出来るようになる術と思えばいい。
余談だがゲームではこうした水中に入る為の術を使わずに水中フィールドに入るとHPが自動減少するというペナルティが発生していたが、ルファスはお構いなしに突撃してHP自動回復天法で回復しながら無理矢理突き進んでいた。
圧倒的な生命力さえあれば酸素など要らぬ。ルファスも大概生物離れしていた。
もっともこの世界で同じ事をする気は流石にない。
「次はリーブラだな。水中移動用のオプションパーツを造れば何とかなるだろう」
ルファスはそう言い、一度作業の為に船室の中へと入って行った。
それからしばらくして鉄同士がぶつかるかのような音や、何かをへし折る音や、爆発音が響き渡る。
大凡何かを造っているとは思えない酷い音だが、それを気にする者は残念ながらこの場にはいなかった。
これが瀬衣少年であれば突っ込みを入れただろうが、生憎この場に突っ込み役はいないのだ。
それから待つ事数分。ルファスが青い翼のような物を抱えて部屋から戻って来た。見た目的にはリーブラの補助ゴーレムであるアストライアに酷似している。
よく見ればそれは四対八枚の翼になっている事が分かり、更に装着した時には腰から二門の砲が出るようになっている。
一方、アストライアにはあった肩の砲門はオミットされてしまったらしく見当たらない。
「出来たぞ。水中移動用合体ゴーレムで、名は……『アストライア・タイプM』と名付けよう。
小型のスクリューを翼の裏に内蔵し、翼を動かす事で移動方向を変える事が出来る。
腰の砲門からはアンカーが射出される仕組みで、突き刺した相手に振動と超音波による攻撃を加えて体内から破壊する事が可能だ。
これを装備すれば水中でも沈む事なく自在に動き回れるだろう」
ルファスは説明しながらアストライアMをリーブラにドッキングさせる。
リーブラは早速機能を試し、腰の砲門からアンカーを射出した。
発射されたアンカーにはワイヤーが付いており、長く長くどこまでも伸びる。
やがてアンカーは海の中へと飛び込み、たまたまそこにいた鮫のような魔物へと突き刺さった。
名を『ディープ・ブルー』といい、人肉を好む危険な魔物だ。
その魔物の体内に超音波が送り込まれると、ディープ・ブルーは目や口から壊れたように血を噴出して動かなくなった。
そうして息絶えた死体にアンカーを刺したままワイヤーが砲門の中へと戻り、鮫の死体がアルゴー船の上に打ち上げられる。
「素晴らしい装備です。これならば必ずやエロスを抹殺する事が出来るでしょう」
「いや、抹殺ではなく普通に連れて来てくれ」
話しながら、更にリーブラの水中戦仕様への換装は進む。
普段愛用している機関銃は水中では殆ど役に立たない為、アルゴー船へと残した。
代わりにルファスが造った水中アサルトライフルへと装備を変え、準備は万端といったところだ。
「それとアイゴケロスはこれだ」
リーブラの装備を整え、次にエクスゲートで空間の亀裂から武器を呼び出す。
しかしそのサイズがおかしい。
まるで船の床から生えるように出てくるそれは巨大な大鎌。
今回は最初から巨大化時に使う事を想定したのか明らかに人の持てるサイズではなく、柄の部分だけで長さ100mに達していた。
刃は禍々しく輝き、その巨大さたるや一撃で都市まで刈り取れてしまいそうだ。
「見ての通り、巨大化した時に使う事を想定している。
普段は影の中に収納しておける其方だからこその武器だ」
アイゴケロスは影の中に潜る事が出来る。
それは何も本人のみならず、着ている衣服などの物も同様だ。
これはアリエス達には決して出来ない。彼等には巨大化時前提で武器を与えようにも、まず普段収納しておく場所がない。
だがアイゴケロスだけはそれが出来る。だから彼にだけはこの巨大化前提の武器を渡せるのだ。
そして巨大さは即ち強さ。STR+2000という多大な攻撃力補正に加えて、即死効果をも付与されている。
無論ボス級の敵はその大半が即死攻撃など無効化してしまうだろうが、弱い相手ならば問答無用で死に至らしめる事だろう。
「有り難き幸せ。これがあれば必ずやエロスを抹殺する事が出来るでしょう」
「だから抹殺するな。連れてこい」
アイゴケロスに武器を渡し、彼はそれを影の中へと収納する。
どうでもいいが、仮にも100m級サイズの武器を片手でホイホイと受け渡す光景はなかなかに現実離れしていたが例によって突っ込み役はいなかった。
このくらいは彼女達の間では至って普通の事なのである。
それからサジタリウスを見ると何やら期待したような顔でルファスを見ていたが、しかしルファスは特に何も渡す事はなかった。
「其方はもう武器を持っているだろう。何も無いぞ」
「…………」
そう、サジタリウスは既にルファス製の武器を所持しているのである。
よって彼だけは何の梃入れもない。
その事にサジタリウスが肩を落として体育座りをしたが、下半身裸の男がいじけても鬱陶しいだけなのでベネトナシュが船から蹴り落してしまった。
初登場時はあんなにマトモそうだったのに、これはひどい。
「それでは行って参ります」
「朗報をお待ち下さい」
リーブラとアイゴケロスが続けて船から飛び降り、大きな水飛沫をあげて海へとダイブした。
まるでプールにでも飛び込むような気楽さだが、現在のアルゴー船の高度は一万mを保っており、落下速度は時速200㎞にも達する。
この速度で海に飛び込むというのはコンクリートに突撃するに等しく、しかしリーブラ達にダメージはなかった。
この程度でダメージを受けるようでは、この戦力バランスが狂ったミズガルズで最強のゴーレムだの魔王だのと呼ばれるわけがない。
「サジタリウスがいませんね」
水中だというのにリーブラがまるで何でもない事のように声を発した。
人が水中で声を発する事は出来ない。
だが彼女はゴーレムだ。空気を出さずに音だけを発する事で水中でも話す事を可能とする。
ルファスや瀬衣の知識に照らし合わせるならば、水中スピーカーから流れる音楽と同じようなものと思えばいい。
「恐らく既にエロス捜索を開始しているのだろう」
アイゴケロスもまた、水中という事を感じさせずに声を発した。
こちらはテレパシーの要領で声を水中に流しているらしい。
そしてサジタリウスについてだが、二人は特に何の心配もしていなかった。
元々サジタリウスは隠密を得意とし、味方の前にすら姿を滅多に現わさないはずの男であった。
ルファス復活後はそうでもなくなったが、むしろ姿を晦ましている今こそが本来のスタイルなのである。
きっと彼の事だから、ドラウプニルで実況の獣人に化けていたのと同じように人魚にでも化けて行動を開始している事だろう。
「それよりエロスの場所は分かるか?」
「この先から反応を感じます。行きますよ」
リーブラが行き先を示し、背中の翼を稼働させて飛ぶように水中を進んだ。
その後を、これまた飛ぶようにアイゴケロスが続く。
しばらく泳ぐと、やがて二人の行く手を阻むように奇妙な一団が姿を現した。
頭部が魚のように変質している人型の生物だ。
雄の人魚……なのだろうか?
しかしそれにしては随分不格好だ。男人魚も大概だが、この一団はより不気味な姿をしている。
腕はダラリと下がり、左右にだらしなくユラユラと揺れている。
尾を海底に引きずり、移動はまるでカエルのように跳躍して行っていた。
その顔は個性的といえば聞こえはいいが、どれも非常に不気味な造形をしている。
それは例えるならば深海魚の魚人であった。
「あれは人魚ですか?」
「知らん。どのみち邪魔をするというならば排除するだけだ」
アイゴケロスが右腕を薙ぐように動かした。
それと同時に巨大な悪魔の腕が実体化し、その手の中には巨大な鎌が握られている。
――一閃。
アイゴケロスが右腕が振るうのに合わせて悪魔の腕が動き、大鎌が人魚もどきを一瞬で惨殺した。
二人はその惨死体の間を表情一つ変える事なく潜り抜け、振り返る事もせずに通過した。
「二百年前には見なかった種ですね。変異したのでしょうか?」
「かもしれんな。深海というものは我が故郷であるヘルヘイム同様に濃密なマナが集まりやすい。
その影響で我等と同様の歪な変異をしていても不思議はあるまい」
マナは高い所から低い所へと流れる性質を持つ。何故そうなのかは長年研究されているが解明されていない。ともかく事実として地下や深海にマナが集まり易いという事だけは確かな事だ。
故に地下世界であるヘルヘイムには高濃度のマナが集い、その影響で生物達は悪魔染みた変異をしてきた。
人類もまた例外ではなく、ヘルヘイムで変異した人類は限りなく魔に近くなり、それが今の吸血鬼の祖である。
ならば同様の事が深海で起こっていても何の不思議もない。
予想するに今のは人魚がマナの影響を受けて完全に魔物化してしまったものだろう。
恐らくはまだ女神にも気付かれていない、いわば新世代の化物達だ。
「エロスと、未知の魔物達か。少しばかり厄介そうだな」
「そうであろうとやる事は変わりません。我等はマスターの命を果たすのみです」
「言われずともそのつもりだ」
敵が未知であろうと強敵であろうと変わりない。
リーブラとアイゴケロスはまるで揺らがず、目的地を目指して泳ぎ続ける。
そして、やがて彼等は海の中にある栄華に満ちた都へと辿り着いた。
ミズガルズ「あ、女神様。深海でまたバグ発生しましたよ」
女神「もうやだあ!」
【今日のバグ】
・ディープ・ワン
深海で男人魚が変異し、完全に魔物化してしまったもの。
種族的にはアイゴケロスと同じく悪魔に近い。
濃密なマナを生まれながらに浴びており、極めて高い戦闘力を有する。
その平均レベルは100。
しかし深海の世界においては彼等すら使い捨ての下級兵士に過ぎない。
インスマス顔。
・アストライア・タイプM
全長1、5m
重量280㎏
主武装:アンカーバスター×2(攻撃力9500固定)
副武装:自動追尾型ウイングカッター×8(攻撃力5000固定)
※アストライア・タイプMはリーブラと独立した攻撃力を持っているのでリーブラ本人の数値に関係なく攻撃力固定。