第142話 ソルの破壊光線
――時間は、少し前に遡る。
人の寄り付かない不毛の荒野があった。
否、人だけではない。魔物も魔神族も等しく『彼』のテリトリーには近づかない。
近付けばいかなる言葉を重ねようと関係なく、問答無用に食われてしまうと分かっているからだ。
その事を理解せずに近付いた哀れな被害者は骨と化してその屍を晒しており、やがては風化してしまうだろう。
その荒野の中心で腕を組んでいる男こそはこの領域の支配者……意思ある災害と呼ばれる覇道十二星の中でも単体戦闘力最強と言われる獅子王レオンだ。
目を閉じ、ほんの数日前の敗戦を思い出しながら彼は自問する。何が足りない、と。
レベルはとっくに限界の1000に到達し、いくら他者を喰らおうとほんの僅かにすら上昇しない。
女神の定めた限界の壁を超える事が出来ない。
だがあれは破壊可能だ。出来るはずなのだ。
ルファスやベネトナシュは現実にそれを可能とし、自分達の先を往っている。
何が違う? 俺と奴等と、一体何が違う? 俺に何が足りていない?
素質は……生まれついての素質を語るならば間違いなくレオンはあの二人よりも上だ。比較対象にもならぬほどに勝っている。
ルファスもベネトナシュも確かに天才と呼ばれる存在だっただろう。あるいは神童と呼ばれたかもしれない。
だがそれでも生まれながらにレベル1000であったレオンと比較すれば明らかに劣っている。
初めから最強として生み出された者とそうでない者。負けているはずがない。あの二人よりも下であるはずがない。
だが現実としてルファスとベネトナシュは自分よりも先にいる。上にいる。
それが心底気に食わない。我慢ならない。
何故だ、何故俺はこの壁を超える事が出来ない。
何故レベル1000より先に進めない。
考えれば考えるほどに分からなくなり、理不尽な怒りだけが蓄積されていく。
レオンの丸太のような腕に血管が浮き出し、苛立ち紛れに近くにあった山を殴った。
文字通りの人外の怪力が岩を砕き、決して小さくはなかった岩山を粉々に破壊し尽す。
だがレオンは満足していなかった。足りていないと思い知らされた。
違う、こんなもんじゃない。この程度では『先を往く者』には届かない。
奴等は星すらも砕いてみせる。俺には出来ない。
ベネトナシュは軽々と星をも貫き、反対側の大地にまで到達する。俺には出来ない。
ルファスは魔法の一撃で星々を消し炭にする。俺には出来ない。
力では劣っていないはずなのに、破壊規模にどうしようもない程の差が生じている。
『壁』があるのだ。超越者とそうでない者を隔てる壁が。レベル1000とレベル1001の、僅か1レベル差の壁が。
これを超えない限りこの世界の法則であるダメージ限界のリミッターに阻まれる。いかにステータスを伸ばしても届かない頂がある。
尚、レベル800のくせに壁を無視出来るチート蟹さんの存在は何故かレオンの脳内でスルーされた。
「クソがァァァ! こんなもんなのか!?
俺の、俺の限界はこの程度なのか!」
「荒れているな」
「!?」
突如背後から聞こえた声。
それに対し、レオンはノータイムで振り返りながら腕を振るった。
それだけで破壊的な風圧が発生し、レオンの後ろの大地を放射状に削り飛ばす。
テリトリーに一歩でも踏み入ったならば問答無用。全て排除すべき塵でしかない。
だがその攻撃を浴びながら乱入者はまるで微動だにせず、腕を組んだまま涼し気に立っていた。
「……誰だ、テメェ」
振り返って視界に移ったのは白髪を伸ばした男だった。
肌の色は青く、瞳は縦割れの黄金。
魔神族か、と一目で推察するも同時に違和感を感じる。
何だ? こいつは。魔神族にしては随分と感じられる雰囲気がおかしい。
どこか神聖さすら感じられ、非常に不愉快な気持ちにさせられる。
それに今の一撃で微動だにしないのも不可解だし、自分に気付かれる事なく間近まで接近してきたのもまたレオンの警戒心を煽った。
「お初にお目にかかる、獅子王よ。私の名はソル……魔神族七曜『日』のソル。
もっとも、『日』という呼び名はあまり好きではないがね。美しくないし、第一読みがマルスの『火』と被ってよくない。
故に私を呼ぶときは、天……そう、『天』のソルと呼んでくれると嬉しい」
「七曜だァ? 何かと思えば下らねェ。雑魚の集まりじゃねェか」
「これは手厳しい。だが確かに否定は出来んな。レベル300の寄せ集めなど、確かに君から見れば弱兵の集まり……取るに足らん存在だろう」
白い男――ソルは侮辱された事を気にした様子もなく、薄ら笑いを浮かべたまま語る。
その様子は余裕に溢れており、獅子王を前にした七曜の対応とはとても思えない。
その不気味さがレオンに即座に飛びかかる事を躊躇させた。
何かヤバイと本能が警報を鳴らしたのだ。
「だが彼等の弱さを許してやってはくれないか。彼等とて弱くなりたくて弱く生まれたわけではない。
全体的に弱体化した人類を滅ぼしてしまわぬよう、意図的に弱者を集めた結果があれなのだ。
あれで中々、哀れな者達なのだよ。強者であるなら、それは寛大に受け止めてやるべき事ではないかね?」
「てめェは違うとでも言いたげだな?」
「ああ。事実、違うからな」
ソルは不敵に笑い――姿を消した。
それと同時にレオンの腹に蹴りがめり込み、獅子王の腹筋を易々と貫く衝撃がレオンを襲った。
胃の中の物を逆流しそうになる程の一撃! レオンの巨体がただの蹴り一発で吹き飛び、後方の岩山をいくつも貫通しながら一瞬で数㎞にも及ぶ距離を移動させられた。
咄嗟に立ち上がるレオンの前に、ソルが腕を組んだまま悠々と着地する。
「と、まあ、こんな具合だ。どうかね、私の蹴りの味は?
少しはお気に召して頂けたならば嬉しいのだが」
「野郎ォ!」
レオンの低い沸点が一瞬にして頂点に達し、一瞬で距離を詰めて豪腕を繰り出す。
ソルはその一撃を片腕でブロックするが、防ぎきれずに後ろへと弾き飛ばされた。
倒れこそしないものの、地面を削りながら後ろへと飛ばされて地面に二本の線を刻む。
しかし彼は自らの痺れる腕を見て、嬉しそうに笑みを深めた。
「いい攻撃だ。久しく感じなかった手応えだぞ」
「ほざけ!」
レオンが再び距離を詰め、今度はソルも同時に飛び出す。
互いの腕が衝突し、膝蹴りがぶつかり合う。
余波で周囲三百六十度に衝撃が拡散し、二人を中心に突風が巻き起こった。
(こ、こいつ……!)
「パワーは互角か。ならばスピードはどうかな?」
ソルが高速で拳と蹴りのラッシュを放つ。
それに対応するようにレオンも嵐のような連撃を放ち、二人の間で数多の攻防が交わされた。
殴り、蹴り、突き、弾き、逸らし、防ぎ、避け、互角の肉弾戦が展開される。
だがその攻防の一瞬の隙を突き、ソルの拳打がレオンの顎を跳ね上げた。
吹き飛んでいくレオンを追い越し、空中で踵落とし!
レオンが地面に叩き落されてクレーターが生まれ、それを追ってソルが急降下する。
そして立ち上がったレオンへ手刀を放つも、レオンが一瞬で姿を消す事で空しく空振りに終わった。
だがソルは冷静に首を横に動かし、直後彼の頬を掠めてレオンの拳が突き出された。
素早く背後に回ったレオンの奇襲――それを先読みして回避したのだ。
レオンの拳の風圧だけで前方の大地が抉れ、まるで柔らかい砂か何かをスコップを刺しながら引きずったような跡が出来上がる。
無論大地が砂のように脆いはずもなく、つまりはそれだけレオンの拳の威力が桁外れている事を示していた。
だがその拳も当たってこそ。ソルは振り返らずにレオンの拳を掴み、背負い投げの要領で投げ飛ばす。
空中という不安定な場に放り出されたレオンに素早く掌を翳し、マナを集約させて解き放った。
「ずあっ!」
日属性魔法『フォトンバスター』。単純明快にして捻りのないその名が示す通り、その効果は光のマナによる砲撃だ。
レオンの身体を飲み込んで余りある極太の光線が回避出来ぬレオンに直撃し、爆炎をあげる。
だがソルは手を休めない。その場から再び消え、テレポートと見紛う程の速度で墜落しているレオンの髪を掴んだ。
そして顔に膝蹴り! 反撃で振るわれたレオンの爪を避け、またも腕を掴んで投げ飛ばす。
近くにあった岩にレオンがめり込み、そこにまたもソルが掌を翳した。
「フォトンレイン!」
ソルの掌から次々と、まるで豪雨の如き速度で光の弾丸が発射される。
それがレオンに容赦なく着弾し、爆発し、彼の体力を削り取っていく。
妥協はない、手加減もない。レオンの生命力の強さを見越した上で、彼に完全な止めを刺すべく雨あられと魔法を叩き込んでいく。
だがその魔法の量はどうだ。いかに連射に優れた術とはいえ、これではまるで無尽蔵の魔力。
まるで尽きる様子もなく魔法を乱射し、レオンを追い詰めていく。
「こいつは駄目押しだ。受け取れ!」
ソルが両手の手首を重ね、前へと突き出す。
発射前の魔力の高まりだけで大気が震え、荒野に散らばる石や岩がまるで重力から解放されたように浮き上がる。
余りに巨大なエネルギーを発生させる事で彼自身が重力を生み出し、一時的な無重力状態をこの場に形成しているのだ。
ソルの身体を紫電が迸り、その全てが掌へと集約されていく。
「消し飛べ!」
日属性魔法『フォトンスマッシャー』。
『フォトンシューター』の更に上に位置する上位互換魔法であり、攻撃範囲こそ劣るがその威力はルファスが得意とする『ソーラーフレア』をも凌駕している。
無論これは術者の力量を無視した単純な魔法単体の格の話であり、実際に『ルファスのソーラーフレア』と衝突したならば話は違うのだろうが、今はそれは置いておこう。
今は関係のない事であるし、何より……どのみち、桁外れの破壊力を有するという点では疑いの余地もないのだから。
放たれた光の奔流は様式美のようにミズガルズを突破し、母なる惑星の外へと旅立っていく。
最早このレベルの戦いでは当然のように見られる光景だが、こんな化物が密集しているこの世界こそがやはり異常なのだろう。
ミズガルズに一直線の傷を刻み、そしてソルは爆煙を眺めながら腕を組んだ。
レオンが出てくる様子は……ない。
「……死んだか? 思ったよりも呆気なかったな。
それとも噂程ではなかったという事か」
煙が晴れても、そこにレオンの姿はなかった。
今ので消滅してしまったのか、それとも吹き飛んでどこかに行ったか。
あるいは尻尾を巻いて逃げてしまったのか?
だがどれでも関係はない。どれであろうと、結局は大した奴ではなかったという結果に行きつくだけだ。
「やれやれ、とんだ期待外れだったな。折角素晴らしい戦いが出来るかと思っていたのだが……獅子王レオンか。とんだ名前負けだ。
この分だと、他の十二星も余り期待出来る相手ではなさそうだな」
ソルは聊かつまらなそうに呟き、そして振り返る事もなくその場を飛び去った。
今ので強さの格差はもう分かった。これ以上時間をかける価値もない。
生きているかもしれないが、それもどうでもいい事だ。どのみち自分の敵にはならないだろう。
だが残念なのは、最強と呼ばれるレオンであの程度では、他の十二星も大した相手ではないだろうと分かってしまう事だ。
やはり自分を楽しませてくれそうな相手はルファス・マファールかベネトナシュくらいだろう。
いっそ、今からそちらに向かってみるのも一興だろうか?
「…………ああ、分かっている。心配するな。
まずは与えられた役割を、だろう?
正直つまらんが、そちらを優先してやるさ。メインディッシュはその後だ」
ソルは一人で、しかしまるで誰かと話しているように声を発した。
しかしその相手の姿はどこにもなく、まるで独り言を話しているようだ。
「火龍は……元々寝付きが悪い奴だ。放置しても問題はなかろう。
とりあえずまずは木龍、その次に土龍に指令を伝えれば後は君が一斉起動を出すだけだ。
それにしてもルファス・マファールか……ふふ、全く大した奴だよ。
遂に女神に、龍を動かす決意をさせてしまったのだからな」
ソルは空を飛び、目的地へ向かって一直線に進む。
その目指す先はアルフヘイム。木龍が眠っている場所だ。
「一番厄介なのはやはり月龍だな……あいつは何を考えているか分からんが、どうも女神とは異なる考えで動いているらしい。流石の私も奴を始末するのだけは骨が折れる。
ま、それはそれで面白いのだがな」
最後の七曜は不敵な笑みを浮かべ、そして遂に目的地であるアルフヘイムへと到着した。
侵入者を阻む結界があるようだが……知った事か。
ソルは正面から結界に衝突し、そのまま強引に身体を潜り込ませていく。
当然これに結界も反発するが、それが一体どれだけの意味を持つのだろう。
ソルはまるで薄い皮か何かを破るように結界を突破し、そしてポルクス達の前に着地した。
そこに集まっているメンバーは割と予想外だったが、やる事に変わりはないし勝利への確信は微塵も揺らがない。
何故なら、自分と彼等の間には埋めがたい格の差が存在しているのだから。
Q、他の七曜と比べてこいつだけ強すぎね?
A、後で出てくる敵幹部が序盤と比べて明らかに桁違いなのはインフレ物のお約束です。
ゲームとかで同じ四天王とか名乗ってても序盤で戦う奴がレベル10くらいで倒せるのに最後の一人はレベル60くらいないと勝てないのと同じです。
Q、レオン弱くね?
A、ソルさんには初登場補正という名のバフがかかってたから……。




