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第141話 七曜のソルが勝負を仕掛けて来た

※アルゴー船の乗組員である羅針盤座のロッキアムをピクシスに変名しました。

まあどうでもいいキャラなので別に覚える必要はありません。

 アリエスの炎が消えた時、もうそこにアバターの姿はなかった。

 どうやらメサルティムで無事消滅してくれたらしい。

 スコルピウスは「呆気ないわねえ」などと言っているが、むしろこれは当然の結果だ。

 今までアクアリウス一人で手に負えていた相手に、今回はアリエスとスコルピウス、カルキノスを加えた十二星の四人がかりである。

 しかも前座であるフェニックスとハイドラスもそれなりの実力者だ。むしろ苦戦する理由がない。

 だからこの結果自体は順当なものであるとアクアリウスは思っていたし、何か疑問に思う所もない。

 気になるのは最後の一瞬、アバターが見せた表情の変化だ。


(あいつ……『笑った』のか? 殆ど意識もなく寝惚けて徘徊しているだけのアバターが?)


 アバターは攻撃されれば反撃する。だがそれはいわば自動防衛機能のようなもので、そこに敵意や悪意があっての事ではない。

 例えるならば目の前に物が迫れば目を瞑るように。痛みを感じれば手を素早く引っ込めるように。

 要するにただの反射的行動……そこに火龍の意識はない。

 だからこそ、今までは一度もなかったはずだ。『笑う』などという明確な感情の発露は。


(龍は寝ている……間違いない。封印も緩んでいない。

考えすぎか? 夢を見て笑ったのと同じようなものなのか?)


 アクアリウスは厳しい視線で火龍を睨む。

 動く様子は当然ない。今もぐっすり寝ているはずだ。

 だが何故だろうか。不吉な予感がまるで止まらないのは。


「ちょっとアクアリウス。さっさと行くわよお。

もうここに用はないでしょお?」

「……ああ、そうだな……上に戻ろうか」


 スコルピウスに急かされ、アクアリウスは上に戻る事を決めた。

 ガニュメーデスに移動を命じ、それからもう一度だけ振り返る。

 変化は……やはりない。龍は眠っている。

 アクアリウスは腑に落ちないものを感じながらも、今までと変わらぬ龍の姿にそれ以上の疑問を募らせる事なくその場を後にした。

 故に彼女は気付かない。


 自分達が去った後――一度だけ龍の瞼が開き――そしてすぐに閉じられた事を。


*


「ではまず、これからの事を考えましょう」


 妖精郷アルフヘイム。

 現在そこに集ったメンバーは妖精姫ポルクスとその兄カストール。

 魔神王の息子テラと七曜のルーナ。そして十二星のウィルゴだ。

 更にポルクスは万一の時の護衛としてあらかじめ腕の立つ三人の英霊を呼び、自らの後ろに控えさせている。

 一人は『孔雀』のパーヴォ。元々は白い翼だったらしいのだが、何を血迷ったのか翼を派手に染めたり装飾したりした結果、まるで孔雀のように派手な翼になってしまい天翼族の里を追放されたという色々と駄目な男だ。

 一人は『風鳥』のアプス。木属性の天法を得意とし、特に風を操る術に長けた天翼族の元冒険者。

 在りし日は同じ天翼族であり冒険者でもあったルファスをライバル視していたというエピソードがあるらしいのだが、戦うまでもなく格の差を悟って軍門に下ったという少し情けない男だ。

 どうでもいいがテラとポルクスが交戦した際にテラの肩を斬った天翼族は彼である。

 そして最後の一人は『鴉』のコルブス。

 彼も元々は白い翼だったらしいのだが、ルファスに心酔する余りに自らの翼を黒く染め上げてしまったという色々とアレな男だ。

 そんな三人であるが実力は全員がレベル1000に達しており、あの二百年前の戦いでも最期までルファスの側で戦った信頼出来る忠臣達である。裏切りの心配はまずない。

 そんな彼等を従えたポルクスは腕を組んで木に寄りかかり、静かな声で話す。


「考えるべき事は一つ。次に女神様が何をするかよ」

「あ、あの……それはルファス様も交えてやるべき相談では?」


 ポルクスに対しおずおずとウィルゴが意見をする。

 今から行おうとする会話は今後を左右する重要なものだ。

 それを肝心のルファス抜きでやるというのは如何なものなのだろう。

 しかしポルクスは首を横に振った。


「問題ないわ。ルファス様は本人は自覚してないだろうけど、全て知った上で動いている。

これから話す事は、女神様の事をよく知らないだろう貴方達への簡単な説明でしかないわ」

「あの、それなら他の十二星は?」

「それも必要ないわ。というか脳筋ばかりだから下手に教えると逆効果よ。

特にスコルピウスやアイゴケロスなんて何を仕出かすか分かったものじゃないわ」


 ポルクスは暗に他の十二星はあまり信頼出来ないと告げる。

 それは仲間に対していささか厳しすぎる意見だが、この慎重さこそ一行の頭脳に求められるものだ。

 仲間だから信じる、背中を預ける。なるほど、素晴らしい事だ。美しくすらある。

 だが無条件の信頼など思考の放棄も同然……綺麗で聞こえのいい言葉で取り繕っているだけに過ぎない、とポルクスは考える。

 ましてや女神は他者を操る。記憶も操作する。

 その前提条件がある以上、疑うという行為を放棄する事は女神に『さあ好きに動け』と言っているに等しい。……絶対にやってはならない行為だ。

 ハッキリ言って、現在仲間側にいるメンバーで『こいつだけは絶対に女神側ではない』と断言出来るのなど、ルファスとベネトナシュの二人しかいない。

 そう、ポルクスは自分すらも疑っている。今の自分が記憶の操作や思考誘導を受けていないという保証は何処にもない。

 女神の影響から完全に外れるには、あの二人の型破りのような女神すらも跳ね除ける出鱈目さが必要なのだ。


「まず女神様の打つ手だけど……これは実は簡単に予測出来るわ。

というのも現状、あの方の打てる手は『駒を動かす』事だけだからよ。

心の弱い部分に付け込んで誘導する。私のように意識を憑依させて操る。あるいは元々女神様が用意した向こう側の駒に命令を出す……大きく分ければこの三つだけど、どれも結局は他人任せのしょっぱい一手よ」

「全知全能ではなかったのか?」


 ポルクスの語る意外なまでの女神の札の少なさにテラが疑問の声を発する。

 創世神アロヴィナスは全知全能……それがこの世界の常識のはずだ。

 しかしポルクスはそれにも首を振った。


「それに近いけど、本当の意味での全知全能ではないわ。

何と言えばいいのかしらね……存在の桁が違いすぎて逆に見えてないのよ。

例えば小さな砂粒一つが一つの世界だとして、そこに暮らす人々の営みや一人一人の細かな行動まで貴方は把握出来る?

その小さな世界の中に気に入らない異分子がいたとして、貴方はそれ“だけ”を潰せる?

……無理でしょう?」

「……ああ、無理だな。指で押すだけで全て潰れてしまうだろう」

「そういう事よ。女神様自身が動いたなら、この世界は指一本で潰れるし吐息一つで吹き飛ぶ。

けど女神様はこの世界の破滅を望んでいるわけではないから、手加減に手加減を重ねて小さな小さな手駒を動かしたりするしか出来ない」


 それは、決して明るい情報ではなかった。

 むしろ今、自分達が敵対しようとしている相手の想像を超えた強大さを認識させられてしまう嫌な情報ですらあった。

 しかしポルクスは皆の動揺を気にせずに話を進める。


「つまり女神様は今まで通りワンパターンに手駒を動かす事しか出来ない。

けれど洗脳や憑依ではルファス様に通じない事が分かった。タウルスがいる以上、何度やっても結果は同じでしょうね。もう一度私を操ったとしてもベネトナシュとルファス様が組んでしまった今、どうしようもないわ」

「つまり、より強い駒が必要というわけか」

「理解が早いわね。そう、そこで私達がやっている封印が活きる。

女神様が動かせる最強の札である『龍』を先手を打って封じる事で女神様の手札を制限しているのよ」


 女神の札は現状、驚く程に少ない。

 龍は月の龍以外全てが封じられ、更に本来女神側であったはずの妖精兄妹、パルテノス、アクアリウスもルファスに取り込まれた。

 つまり今、女神が動かせる札は三つ。魔神族、月龍、そしてアバターだけだ。

 だがそのうちの一つである魔神族はもはや当てにならない。

 仮にここでルーナを洗脳したとしても、その実力ではカストール一人にすら遠く及ばないだろう。

 一斉攻勢をかけたとして、ルファスの一撃で全滅するだけだ。

 唯一レベルが1000に達しているテラは女神の魔法ではなく、動かせない。

 つまり月龍とアバター……ディーナの動きにさえ警戒すればいい。

 後は、魔神族を動かすくらいだろうか? ポルクスはそう思い、ルーナを見た。


「まあ……ないとは思うけど貴女は一応注意しといてね。

もしかしたら操られる可能性もゼロではないから」

「は、はい」

「まあ、貴女を操るくらいなら再度私を操ると思うから、あまり心配はしなくていいと思うけどね」


 そこまで語り、ポルクスは己の指を見た。

 無論ポルクスとて洗脳に対して何の対策もしていないわけではない。

 現在彼女の指にはルファスが与えてくれた『スキル封じ』の指輪が嵌められており、アルゴナウタイを発動出来ない状態にある。

 しかもこの指輪にはアイゴケロスの呪いがかけられており、自力では絶対に外せない。

 これを外すにはルファスか、他の十二星誰かの許可が必要となる。

 つまり今のポルクスには操る価値がないのだ。

 ルファスは『縛りプレイ用のマゾアイテムがまさか役に立つ日が来るとは……』などと言っていたが、結構何でも役に立つものだ。

 ちなみに効果はスキルを封じる代わりに取得経験値が二倍になるというものである。


「で、月龍は……この際だからぶっちゃけるわ。

魔神王っているでしょ? あいつが月龍よ。

ついでに過去に人類を追い詰めて英雄に討たれてきた獣神やら邪神やら巨神やら大魔王やらも全部あいつよ」

「……は?」


 ポルクスのカミングアウトにテラが間の抜けた顔をし、ルーナやウィルゴも目を丸くした。

 カストールは何やら渋い顔をしており、嫌な事を思い出したような表情をしている。

 どうでもいいが、彼は魔神王の正体をポルクスに教えて貰っていなかった。

 

「後、ついでに私と兄さんは木龍のアバターよ。

もっとも、随分昔に自我に目覚めて妖精になったから今では殆ど別の存在だけどね」

「それは俺達に教えていい事なのか?」

「別に隠すような事でもないからね」


 あっさりと自分の正体を暴露したポルクスに、テラが呆れたような声を出すが仕方のない事だろう。

 まさか目の前の存在が女神の代行者である龍の化身であったなどと、どうして想像出来る。

 その事実を前に、少しばかりの動揺を見せたのはルーナだ。


「貴女は……魔神王様と対立していたはずでは……同じ存在だというなら、それはつまり……」

「…………そんなものはただの身内回しの、茶番劇よ。女神様がシナリオを描いた分かりやすい英雄譚……私とオルムは敵と味方という役に分かれて、それを何百万年も続けてきたに過ぎない」


 ポルクスの絞り出すような声に何も言えなくなり、ルーナは口を閉ざした。

 今まで人々が信じてきた神への信仰。過去の偉人達の物語。

 魔神族からすれば対立している最も大きな障害であった光の象徴。

 だがそんなものは存在しなかった。

 全てはただの喜劇。それぞれの役を忠実に演じていたに過ぎない。


「そして最も新しい英雄譚は二百年前。ルファス様を脅威に思った女神様は、ルファス様を英雄譚の敵、つまりラスボスに仕立て上げ、アリオト達に討たせた」

「それが、二百年前の真実か……紐を解いてみれば英雄譚どころか、とんだ茶番だな」


 テラが思い出したのは、自分達の前から姿を消す際にウェヌスが口にした言葉であった。

 人形……奴はルーナを指してそう言った。

 自分が玩具である事にも気付いていない哀れな人形であると。

 なるほど、解き明かしてみればその通りだ。

 ポルクスと魔神王がそれぞれの配置につき、魔神族と妖精という手駒を使ってさも闇と光で対立し続けているように演出する。これを知ってしまえば『人形劇』と感想を抱く他ない。

 七英雄すらも所詮は面白いように踊らされているだけの役者であり、そうでなかったのはルファスとベネトナシュだけだったのだ。

 ……いや。そういえばもう一つ奴は気になる事を言っていた。

 『かつての私と同じように』――まるで今の自分は違うとでも言うような言い草だが、これは妙ではないか?

 何故ならウェヌス(ディーナ)は女神のアバターで、ならば奴こそが女神の人形そのものではないか。

 なのに何故、あのような事を……?


「ああ、そういえばオルムの奴は元気にしてた? 最近は顔を合わせてないけれど」

「随分気安く名を呼ぶのだな。親しい間柄なのか?」

「親しいっていうか……腐れ縁? あんなのでも一応、何百万年来の付き合いだからね。

偶にフラリと現れてはお茶飲んで帰ったりもしてたし。

まあ、そうね。あいつの事は別に嫌いじゃないわよ」

 

 不倶戴天の間柄と思われていた妖精姫と魔神王のまさかのこの関係である。

 この話をメンタルの脆いクルス辺りに聞かせれば常識が崩壊して失神してしまう事だろう。

 話していてふと、ポルクスはそういえば、と思い出す。

 オルムがここに来るのはいつも決まって、英雄達を死地に送り出して自分が落ち込んでいる時だった気がする。

 今にして思えば、彼なりに気にかけてくれていたのだろうか。


「で、本題に戻るけど次の女神様の行動よ。

ルファス様の戦力が整った今、半端な駒を動かしても意味はない。となれば女神様はそろそろ龍を動かそうと考えるはずだわ。

つまり次に女神様は龍の封印を解くために動くはず。

恐らくは最も守りの薄い天龍。ヴァナヘイムが狙い所かしら」


 龍の封印は四か所。

 そのうち地にはタウルス、火にはアクアリウスがおり攻めるのは難しい。

 木は今、こうして自分達が集まっている。

 ならば現状最も守りが薄いのはヴァナヘイムだ。

 あそこにはパルテノスがいるが既に故人となっており、戦う力はない。

 亡霊として脅かす程度の事は出来るだろうが、逆に言えばそれしか出来ないはずだ。

 ならば狙い目は天龍。少なくとも自分が女神ならばそこに手勢を送り込んで龍を起こす。

 そう、考えていた。


「――いい読みだが、少し違うな。

私が狙うのは、まず木龍からだ」


「!」

「ッ!?」

「何奴!?」


 突如聞こえてきた声に咄嗟に反応したのはカストール、テラ、ルーナの三人であった。

 続いて全員が声のした方向へと顔を向け、武器を構える。

 そんな警戒の視線を物ともせずに歩くのは、白髪を伸ばした長身の男であった。

 その瞳は金色であり、瞳孔は縦に割れている。

 更に肌の色は青く、これは魔神族である事を示す特徴だ。

 その男を見て、ルーナが驚きの混じった声を上げる。


「お前は……ソル!?」




 ――魔神族七曜、最後の一人である『日』のソル。

 そのレベルは300のはずだが……しかし、テラはかつてない強敵との戦いの予感を感じ、無言で前へと歩み出た。

次にお前は『レベル300の雑魚が今更出てきても……』と言う。

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[一言] レベル300の雑魚が今更出てきても………ハッ‼︎
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