第13話 メグレズはレヴィアをくりだした
レヴィア「俺が守護らねばならぬッッ!!」
「いくぞおッ! 本隊が来るまで何としても持ち堪えろ!」
隊長の号令が響き、兵士全員が剣を抜く。
傭兵達もまた各々の得物を手にし、大地を蹴った。
敵の数は未知数。
遠距離からの魔法掃射で少しは減らせたはずだが、元の数が多すぎて本当に減っているのかどうかさえ分からない。
「おおらあああッ!!」
ガンツが吼え、手にした巨大戦斧で近付いてきた魔物を両断する。
傭兵として生きるならばその名を一度は耳にする、とまで言われる豪傑。それが彼だ。
かの剣聖にこそ及ばないものの、その技量は世界トップレベル。
生半可な魔物など一撃で葬り、盾や鎧があればそれごと敵を両断する。
「来いよ、魔物共! 全員ぶった斬ってやるぜ!」
2撃目。飛びかかって来た狼型魔物のハウリンウルフを真っ二つにする。
3撃目。背後から襲撃してきた中身のない鎧、リビングアーマーを無造作に斬り捨てる。
4撃目。頭上から降下してきた鳥の魔物を斧の柄で叩き落とし、地面に落ちたところを斬り殺す。
「るおおおおおおおおおおッ!!」
斬る、斬る、斬る!
近付く魔物を次々と屠り、返り血に染まりながらもその手を休める事はない。
瞬く間に彼の周囲には屍の山が出来上がり、そしてその屍の量は増え続ける。
「す、すごい! あれが最強の傭兵とまで言われるガンツさんの実力……」
「なんて出鱈目な強さだ……」
他の兵士がその強さに感嘆の声を漏らす。
それほどにガンツは強く、そして隔絶していた。
しかしいかに強くとも彼は人間だ。
相手出来る魔物の数には限りがあるし、いかに多く葬ろうとこの数の魔物を押し返すほどの超然とした強さなどない。
獅子奮迅の活躍である事は間違いない。
しかしそれも、この物量を前にしてはまるで意味がない。
「ぐわあああああああ!」
「っ、ジョニー!」
見知った仲間の断末魔の叫びが上がる。
見れば傭兵仲間のジョニーが豹の魔物に喉仏を食い千切られており、そして次の瞬間には魔物の波に飲まれて消えた。
戦場は無慈悲だ。親しい者だろうとそうでなかろうと等しく命を消し去って行く。
ついさっきまで談笑してた仲間がいとも容易く無惨な姿へ変わる。
そんなのは散々経験してきた事であり、思い知らされてきた事だ。
だが何度経験しようと、この怒りを消す事など出来やしない。
「てめえら、よくも!」
ジョニーに群がる魔物達を斧で蹴散らす。
だがもう手遅れだ。
魔物の波を払いのけ、わずかに見えたジョニーはもう人の形をしていない。
それもすぐに他の魔物に踏まれ、彼はこれからきっと戦闘が終わるまで潰され続け、この戦場を彩るオブジェとなるのだろう。
「うぎゃあああ!」
「ひいいいいっ!?」
至る所で兵士や傭兵の断末魔の悲鳴が響き、確実に味方の数が減っていく。
敵の数も減らしてはいるはずだが、どれだけ減ったのかも分からない。
未だ魔物はワラワラと湧いてくるし、数の底が把握出来ない。
「ちいっ!」
人間サイズの蟷螂、アンベーテリンの鎌がガンツの肩を裂く。
すぐに反撃の刃で首を刎ねるも、今の一撃は痛すぎた。
痛覚的な意味も勿論あるが、それ以上に戦力として痛い。
まだ腕は動くが確実に力が弱まる。
これからどれだけ長引くかも分からない戦闘においてこの傷は致命傷にも等しい一撃だ。
「くそっ、本隊はまだか!」
斧を振るいながら毒づき、飛びかかってきた魔物を斬る。
後何分だ? 何分待てばいい?
5分か? 10分か? それともそれ以上か?
焦燥が胸に募り、動きが精彩を欠く。
時間の経過と共に傷が増え、体力は減り続ける。
魔術の国の欠点がこれだ。
豊富なマナがありメイジやソーサラーには事欠かない。
だが魔力とは対極の力……即ち天力を操る天法使いたるアコライトやプリーストがほとんどいない。
特に最も天法を得意とする天翼族がマナを嫌って近付かないのは致命的とすら言えた。
つまり、戦闘中の回復役が欠けている。
居ないわけではない。だがその数は明らかに不足している。
この戦場において、これはあまりに大きな問題だ。
「ぐあっ!」
また一撃、今度は足に傷を負ってしまう。
これで機動力も削がれた。
疲労と合わせて考えれば、もうベストコンディションの半分以下の力しか出せないだろう。
ガンツの心を諦めと恐怖が支配し始める。
ここまでか……? 俺はここまでなのか……?
脳裏に今は亡き妻と、彼女が遺した愛しい娘の顔が浮かぶ。
武器を振り回すだけが脳の自分と違い、賢く利発な自慢の娘。
今はきっと学業区で勉学に勤しんでいるだろう彼女を思い出し、ガンツは諦めを振り払った。
まだだ! まだ死ぬわけにはいかない!
――瞬間、巨大な水の槍が一斉に魔物達を貫いた。
「!? な、なんだあ!?」
天より降り注ぐ、幾筋もの水の刃。
それらは不思議な事に魔物を貫いた後、空へと戻って行く。
それに合わせて視線を動かし……ガンツは、いや、この戦場にいる全ての者が見た。
天を舞うその顎門は大きさにして100メートル以上。
魔力を豊富に蓄えた水で構成された体は透き通り、スヴェル国全体を取り巻くように蠢いている。
全長は不明。元より国全てを覆う湖だ……恐らくだが、数kmは間違いなくあるだろう。
かつて黒翼の覇王の支配を打ち破った7人の英雄の一人、賢王メグレズが湖を媒介とし生み出した水の巨龍。
人造の守護神――レヴィア。
スヴェル国を守護する聖獣が吼え、世界を揺るがすかのような咆哮を響かせる。
そして次の瞬間数百もの魔物が一斉にその顎門に食われ、姿を消した。
「しゅ、守護神レヴィア……遂に守護神が動いたのか……!」
満身創痍の隊長が呆然と呟き、その巨体を見る。
おお、見よ、その雄雄しき姿を。
何たる巨大な勇姿。そして何と美しい龍なのだ。
これぞスヴェルが誇る最強にして鉄壁の守護神、レヴィアの御姿!
負ける気がまるでしない。
この大いなる守護神がいれば、たとえ魔神王や黒翼の覇王が来ようとも勝てる!
そう確信してしまえる程に、その龍は圧倒的であった。
「兵士達よ、よくぞ持ち堪えてくれた」
続けて聞こえた声こそ、この国の守りの要。
全員の視線が集中し、声の主に敬意の念を向ける。
なびく髪は白銀。
知性を宿した刃のように鋭い瞳に、エルフ特有の人形のような整った顔立ち。
伊達と噂される眼鏡に、全身を包む白のローブ。
かつての魔神王との戦いで足が動かなくなったとされる彼は車椅子に乗っているが、だからといってその頼もしさが薄れる事はない。
7英雄――賢王メグレズ。単騎で戦場を塗り替える超越者の登場に兵士達が沸き立つ。
「おお、メグレズ様! メグレズ様が来て下さったぞ!」
「偉大なる賢王メグレズ様! 守護神レヴィア! おお、俺達は助かったんだ!」
「はははは! 見ろ、魔物達がまるでゴミのようだ!」
魔物が次々とレヴィアに噛み千切られ、瞬く間にその数を減らしていく。
その戦いはまさに龍と蟻の戦い。
レヴィアの巨体を前に何も出来ず、一方的に屠られて行く。
いや、何か出来たとして果たしてそれが何の脅威となろう。
レヴィアと魔物達の間にはどうしようもない程のレベル差が横たわっており、仮に攻撃を当てたとしてもどうにかなる次元にないのだ。
しかし守護神の登場に浮かれる人々は気付かない。
レヴィアはこの国の最後の防衛ラインであり、これが動き出したという事はそれだけ自分達が追い詰められているのだという事に。
もう後がないのだという事……それを彼等は知らない。
*
……俺、やる事なくね?
ディーナと一緒に何とか国境まで来た俺だが、既に戦闘は佳境へと突入していた。
現在俺は念力で浮かせている土台の上に立ち、地上で行われている戦いを眺めていた。
レヴィアパネェ。
俺の感想はこの一言に尽きる。
相手側の魔物軍の質が悪い事を踏まえても、水龍の活躍は凄まじいの一言に尽きた。
巨大というのは、もうそれだけで一つの武器であり強さだ。
あの質量の水となれば簡単に削る事も出来ず、斬ろうが貫こうがほとんど意味を成さない。
しかもメグレズの奴が常時レヴィアの回復とサポートに徹しているせいで益々手が付けられない事になっている。
ゴーレムは錬金術師のスキル以外の方法では回復出来ない。
逆を言えば錬金術師がいれば回復も効くという事。
18万のHPが常時回復し続け、暴れ回る様はまさに圧巻だった。
「あらあ、これはルファス様のやる事なさそうですねえ」
「うむ、見事という他ない」
相手の魔物側は強い物でも精々レベル50がやっとと言うところだ。ハッキリ言って雑魚の集団である。
これではレベル500のレヴィアに歯が立つはずもない。
質よりも数を重視しているのか、軍を構成している魔物もゲーム中でよく見る魔物――つまり繁殖力の強い奴ばかりで個々の強さはまるで脅威ではない。
こりゃあアリエスが出て来ても案外レヴィアが勝ってしまうかもしれないな。
レベル差はあるがアリエスはステータスそのものは大した事がなく、一方レヴィアはボスキャラに片足を突っ込んでいる。片足ないけど。
錬金術師のサポートを万全に受ける事も出来て、何より相性による優位が大きい。
……アリエスの属性、火なんだよな。
しかもメグレズが控えているときた。
こりゃあもう、勝負あったかもな。
ふむ、多分見れないだろうが一応メグレズのステータスでも見ておくか。
この『観察眼』はレベルに倍以上の開きがないと名前とレベルが表示されるだけでステータスが表示されない。
そして同レベル以上だと何も見えない。
だから俺がメグレズを観察しても何も見えないとは分かっているが……まあ、一応な。
【メグレズ】
レベル 500
種族:エルフ
クラスレベル
メイジ 100
ソーサラー 100
アコライト 100
シーカー 100
アルケミスト 100
HP 29500
SP 9400
STR(攻撃力) 980
DEX(器用度) 1250
VIT(生命力) 1028
INT(知力) 5720
AGI(素早さ) 723
MND(精神力) 4290
LUK(幸運) 1311
【Bad Status】下半身不随
【Bad Status】敗者の烙印
……あれ、普通に表示された。
というかメグレズ、めっちゃ弱体化してね?
しかも変な状態異常かかってね? 何、敗者の烙印って。
下半身不随はまだ分かるんだが。
「ディーナ」
「はい、何でしょう」
「メグレズが『敗者の烙印』という妙な状態異常にかかっているようだが……余の知識にはないものだ。
あれが何なのか分かるか?」
困った時はとりあえずディーナに聞く。
それがこの世界に来て俺が学んだ手っ取り早い方法だ。
俺から欠落している200年分の知識を持っている人間が近くにいるというのは本当にありがたい。
もしディーナも知らなければ、それは200年の間云々の問題ではないという事になるし、それが分かるだけでも全然違う。
「ああ、そんな状態異常があるんですか。
となると、あの噂は本当のようですねえ」
「噂?」
「はい。7英雄は魔神王に敗れたというのはもう話したと思いますが、実はその時彼等は魔神王から呪いを受けたという噂があるんです」
呪い、か。
こりゃまた随分と厄介なのを貰っているようだな。
「それのせいで7英雄は本来の力の半分も発揮出来ないようになっている、と何処かで聞いた気がします。
だからもし本当に呪いで弱体化しているのなら、あのレヴィアがまさに最後の防衛ラインという事になりますね」
「……レベルが半分になっている上にいくつかクラスまで消えているようだが」
「うわっ、そりゃまた随分えげつない……。
つまりそれ、もうあのクラスのゴーレムを作れないって事じゃないですか」
メグレズの弱体化が『敗者の烙印』とやらのせいだとすると、これ滅茶苦茶やばい呪いだ、と俺は戦慄した。
まずレベル。見て分かるように半減している。
更にステータスだが、これも多分半減している。
後衛特化のメグレズの知力が俺より下とか絶対に有り得ない。
しかもクラスが半分消えてるとか、もうギャグの域だ。
あいつエスパーとかアーチャーとかのクラスもあったはずなのに、どこにも見当たらない。
敗者の烙印の効果やばすぎるだろ……。
「おやルファス様。見て下さい、どうやらお出ましのようですよ」
「……! アリエスか」
肌で感じられるほどの圧迫感。存在感。
それを感じ、俺は視線を向ける。
遥か遠方でありながら目立つその体毛は見る角度によって色の変わる虹色。
全長軽く100mに達する巨体に、正気を失ったかのような凶相、そして白眼。
ゲーム上で見るデフォルメされたものとはまるで異なる巨大な羊の怪物。
――12星天アリエス。
かつて俺の配下だった魔物が大地を揺らしながら、スヴェル国へ迫っていた。
・この世界の属性作用
この世界の属性は火、水、木、金、土、月、日の7属性で成り立つ。
相性関係は 火>金>木>土>水>火。
属性はキャラメイク時に選ぶ事が可能で初期能力値とレベルアップ時のステ上昇に影響する。
日と月は互いに弱点となり、天敵同士の間柄。
ちなみにルファスの属性は日。