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第138話 アリエスの火炎放射

※更新日時変更のお知らせ。

今までは日曜日、月曜日更新でしたがリアルの都合により(具体的には仕事のシフト変更により)更新を土曜、日曜へ変更させて頂きます。

 酒場の中に入ったアリエス達が見たのは、この暗黒大陸にはいないはずの活気に満ちた『人々』の姿であった。

 その種族こそ人間、獣人、エルフ、天翼族、ドワーフ、小人族と纏まりがないが、確かに人類が暮らしている姿は軽い驚愕ものだ。

 かつて七英雄が魔神王に敗れて以降、人類はその生存圏を徐々に追いやられ、今では僅かな面積――即ち今までアリエス達が行動していたほんの少しの土地でしか暮らしていない。

 それがまさか、暗黒大陸の中でも随一の危険度を誇るムスペルヘイムで普通に暮らしているなどとは。

 消えない氷に包まれた店内には防寒具を着込んだ人々が所狭しと座っており、酒を飲んだり談笑したりしている。

 少なくとも、明日を生きるにも怯えている、といった暗い雰囲気ではない。


「当たり前だけど家具は氷じゃないのねえ」


 適当な机に触れながらスコルピウスがどうでもよさそうに呟く。

 いくら消えないといっても、流石に椅子やテーブルまで氷製というわけではないらしい。

 とはいえ、やはり周囲が周囲だ。冷たいのには変わりない。

 だが、それでも氷で閉じ込められている事を考えれば、この酒場は不自然なまでに暖かいと言えた。


「寒い事は寒いけど、外に比べると結構暖かいんだね」

「アリエス様、それは恐らくこの氷に秘密があるのかと。

この氷はただ溶けないだけではありません。

多分に空気を含んでおり、氷というよりは雪に近い性質のようです」


 雪というのは空気を含み、優れた断熱作用を持つ。

 故に、雪で造り上げた空洞や家というのは驚くほど暖かいのだ。

 勿論それは外に比べれば相対的に暖かく感じる、程度のものである事は言うまでもないが、体感的には相当に居心地のいい空間に思てしまう。

 ハイドラスはその細かに造られた消えない氷に、同じ水属性として称賛の目を向けながら説明をした。


「おや、あんた達。見ない顔だね」


 アリエス達が物珍しそうに店内を見ていると、そこに店主らしきドワーフが声をかけてきた。

 その姿を見てスコルピウスは、『こいつら本当、どいつもこいつも同じような顔してるわね』と失礼な感想を抱く。

 ルファスはドワーフについて二百年前に『ミザール以外は見分けがつかん』と言っていたがスコルピウスも概ね同じ意見だ。

 もっともスコルピウスにはミザールと他のドワーフの見分けも付いていないが。


「そっちは見飽きた顔ねえ。ドワーフって何処でも同じ顔なのかしらあ?」

「失敬な」


 スコルピウスは基本的にルファス以外には礼儀を払わない。

 だからこうした、相手によっては無礼とも取るかもしれない言動を平然と行ってしまう。

 これでは余計なトラブルを生むだけだと考えたカルキノスは彼女を下がらせ、代わりにカウンター前へと座った。


「Sorry。彼女も悪気があって言ったわけではないのです。

ところでマスター、この町はどういう場所なのですか?」

「何だ、知らんのか」

「Yes。ミー達は旅人ですから」

「旅人って……この魔神族に支配された世界をかね?

そりゃまた酔狂な。それとも余程腕に自信があるのかい」

「まあ、そんな所ですね」


 カルキノスは、そのふざけた口調とは裏腹にこれで中々コミュニケーション能力は高い。

 少なくとも、ルファスの失脚後にずっと落ち込んでいたアリエスや、侵略者化したスコルピウスとは比較にもならないだろう。

 何故なら彼だけが十二星の中で唯一、人間達の中に紛れて生活する道を選び、成功させていたのだ。

 あるいはルファスも、それを見越して彼をここに配置したのかもしれない。

 普段の軽い言動からは意外に思われるが、彼はこれで結構慎重かつ気長な性格なのだ。


「この町か……そうだな、ここは『ネクタール』。

かつては灼熱の世界ムスペルヘイムと呼ばれていた地さ」

「それはミーも知っています。だからこそ驚きました。

まさかムスペルヘイムに町があるとは思いませんでしたから」

「あんた、いつの時代の人だい? ここが灼熱の世界だったのは二百年近く昔の事だぞ」

「Oh! 二百年も前ですか」

「ああ。二百年前、人類が魔神族に負けたのはアンタも知っているだろう。

その時に多くの人々は死ぬか、あるいは住んでいた土地を捨てて逃げた。

だが、そのうちの何割かは逃げ遅れたり、住んでいた土地から離れるのを拒否して、この地に残ったんだ」


 店主の言葉は納得出来るものだ。

 確かに人類は追い詰められてその生存圏を狭めたが、全員が逃げ切れたなどというのは有り得ない。

 逃げられなかった者、最期まで戦う事を選択した者も当然いるだろう。

 だが問題はその後だ。

 そうした者達がいた事は予想の範疇ではあるが、それがこうして生き延びて町に暮らしているというのは更に有り得ない。

 魔神族が支配するこの大地の上でいつまでも見逃されるわけがないのだ。


「ま、その後は散々だったらしくてな。魔神族に抗ったはいいが、当たり前のように次々と人々は殺された。んで、もう駄目かって時に我等が王、アクアリウス様がムスペルヘイムを氷で閉ざし、近付く魔神族を片っ端から氷漬けにしたのさ。

それを見た儂等の先祖はこの方に縋るしかないと確信したんだろうな。皆があの方に忠誠を誓う代わりにあの方の庇護を得る事が出来た。

そればかりか、こうして町まで与えて下さり、儂等はこの暗黒の大地の上でも安心して暮らせるようになったってわけだ」

「ほうほう、なるほど。そのような事があったのですね」


 カルキノスはポケットに手を入れ、硬貨を出そうとする。

 だがふと、何かに気付いたように懐へと手を入れた。

 そして出て来たのは、小さな宝石だ。


「Thank you、いい話を聞けました。これはお代です」

「お、おい、こりゃ宝石じゃないか! 受け取れないよ、こんな高価なの!」

「いえいえ。生憎とこの町のMoneyを持ち合わせていなくてですね。

これがお支払い出来る中では一番安い物なんですよ」

「い、いや、しかし……これは高すぎるぞ。釣り合わん」

「でしたらもう一つ、情報を提供して頂いてもよろしいですか? それでチャラとしましょう」

「む……ぬう、わかった。どんな事でも話そう。それでもまだ高すぎるがな。

さあ、何が聞きたい?」


 店主の言葉を受け、カルキノスの眼鏡が怪しく光った。

 これから聞く事は、こちらから切り出したならば怪しまれるかもしれない際どい話題だ。

 だが向こうから何でも話す、と言った以上それを違える事はないだろう。

 ドワーフというのは基本的に義理堅く、相手に借りを作るのを嫌う。

 だから、高い宝石を出せば必ず向こうからそれに釣り合う条件を出してくれると踏んでいた。

 何でも話すという言質は取った。そしてドワーフは前言を違える事もまた好まない。

 上手く行き過ぎて怖いくらいだ。案外、自分には参謀の素質もあるのかもしれない、とカルキノスは勝手に自画自賛する。

 もしもこの内心の声がポルクスに聞こえていたならば、『ただの偶然でしょ』と一刀両断されていた事だろう。


「では、この国のQueenにお会いする方法を」

「くいーん?」

「女王様の事ですよ」

「何を言っとるんだ。アクアリウス様は男だろう」

「……ああ、なるほど! それは失礼、お名前の響きからてっきりLadyとばかり」


 カルキノスは軽い調子で合わせながら、スコルピウスとアリエスへ目配せをする。

 すると、二人も小さく頷いた。

 どうやら少しばかり面倒臭い事になりそうだ、と目が語っている。


「いやあ……直接会うのは流石に無理なんじゃないのか?

余程大きな手柄を立てればあるいはお目通りも叶うかもしれんが」

「大きな手柄?」

「例えば、外から襲ってくる魔神族を倒しちまうとか、そいつ等を率いているプルートゥを倒すとか……まあ無理だろうがな」

「プルートゥ?」

「ここらの魔神族を指揮している奴さ。アクアリウス様ほどじゃないんだが、とんでもなく強くて、ここ数十年くらいずっと睨み合いをしてんのさ。

アクアリウス様は何故かこの町を離れられないらしくて、この町にも何度か被害が出ている。忌々しい奴だよ」


 その情報を聞き、カルキノスの口元が笑みに歪んだ。

 なるほど、それを倒せば事を荒立てずにアクアリウスへの面会が叶うのか。

 無理に押し入ったり潜入したりするよりも、余程『彼女』の機嫌を損ねない……『簡単な手段』だ。


「いい情報でした、マスター」

「もう行くのかい?」

「ええ。やる事が見付かりましたから」

「そうか。近くに来たらまた寄りな。アンタ等なら無料で飲ませてやるよ」


 宝石は先払い、という事だろう。何とも義理堅いドワーフだ。

 情報の見返りと言っているのに、それで納得しないとは頑固というかお人好しというか。

 しかしカルキノスは彼のような男は嫌いではない。

 「その時があれば是非」とだけ返し、それからスコルピウス達と共に外へと出た。


*


 ネクタールから約500㎞離れた場所。そこに一つの都市があった。

 都市――と呼ぶには、それは余りにも大きすぎるかもしれない。

 何故ならその面積は人類の生存圏全てを合わせたよりも上なのだから。

 もはやそれは国家にも等しく、錬金術で造られた高層建築物が並ぶ様は、まるで勇者瀬衣の故郷、地球の文明大国を思わせる。

 夜でもマナの明かりで道を照らし、娯楽施設も充実したそこはまさに地上の支配者と呼ぶに相応しい栄華に満ち溢れている。

 もっとも、彼等は決して善良なる民とは言えないだろう。

 娯楽施設の中を見れば、そこには悪趣味な遊戯が並んでいるのが分かる。

 『人間叩き』……捕らえた人間をハンマーで叩き潰し、その数を競う遊びだ。

 『獣人闘戯』……飼いならした獣人同士を殺し合わせ、どちらのペットが強いかを自慢し合う。

 『人類ダーツ』……捕まえた人類を的にして部位ごとに点数を設定し、ダーツで突き刺す遊びだ。

 魔神族達は恐怖など一切ないといった顔で町中を歩き、我が世の春を謳歌していた。

 彼等は自分達の平穏を疑っていない。

 人類など最早眼中にもなく、そのうち魔神王が滅ぼすだろうと安心し切っている。


 故に、それは突然の事であった。


 ――巨大な足音が響いた。

 続いて聞こえて来たのは、巨大な何かの咆哮。

 大地を震わせ、空を切り裂く魔の叫び。

 魔神族達は何事かと思い顔をあげ、まだ平和ボケの抜けていない様子で、興味本位にその場へと向かう。そして見た。

 大地を揺らしながらこちらへと向かってくる――巨大な羊の姿を。

 全身は虹色の炎で包まれ、建物を溶かしながら無慈悲に何もかもを踏み潰し、前進している。


「な、何だあれは!? モンスターか!?」

「馬鹿な……でかすぎる!」

「軍隊は!? 軍は何をしているんだ!」


 巨大な羊が歩くだけで建物が崩れる。

 築き上げた文明を。文化を。営みを。

 壊している事にすら気付かず、歩いているだけで粉砕する。

 だが悪夢は終わらない。

 心せよ魔神族。お前達の平穏は今日をもって終わりを告げるのだ。


 次に現れたのは巨大な蠍の怪物。

 地面を割り、その亀裂の中からおぞましい全貌を露にする。

 尾の一振りで建物を薙ぎ払い、鋏を動かすだけで大地が砕ける。

 海からは蟹の怪物が姿を現し、上陸を開始した。

 それに対し、魔神族は軍隊を動員して攻撃へと移る。

 空を飛ぶ魔神族が一斉に魔法を発射し、大砲が三体の怪物へと次々に炸裂する。

 だが怪物達は止まらない。その歩みを緩めない。

 正面から攻撃を浴びながら、まるで蚊に刺されたかのように気にせず進む。


「キシャアアァァ……!」


 巨大な蠍が鋏を開いた。

 解放された鋏の内側に炎が集約され、熱量が加速度的に上昇していく。

 不吉な鳴動が町全体を揺らし、避けられない『死』を誰もが予感する。

 それを止めようと軍が必死に攻撃するが、まるで通じていない。

 蠍の怪物はまるで嘲笑うように鳴き、そして破滅の炎を解き放った。

 それはまるで、どこまでも続く熱閃。

 地平線の彼方まで届く炎が建造物を貫通して焼き尽くし、更に鋏を動かすことで町全体を薙ぎ払う。

 いや、鋏だけではない。

 口や尾からも熱閃を発射し、左右前後全てに対し攻撃を仕掛けていた。

 羊の吐き出す虹色の炎が広大な面積を焼きながら次々と引火を繰り返し、軍が発射した実弾は何故か吸い込まれるように蟹へ炸裂し、そして次の瞬間には反撃の鋏で叩き落される。

 それはまさに災害であった。

 二百年の時を経て、彼等の元へ再び訪れた災厄であった。

 災厄を前に出来る事など何もない。ただ逃げまどい、隠れ、立ち去るのを祈りながら待つ事しか出来ない。

 壊される町の中、一際大きな塔の中で一人の男が目を見開きながら震えていた。

 プルートゥ、と呼ばれるその魔神族はレベルにして420。七曜すらも凌駕する実力者であり、しかし人界侵攻よりも己が支配する町造りに執心していた為、テラの誘いを断ってこの立場に甘んじていた男だ。

 いや、それは言い訳だ。本当は恐れていたから此処に留まっていたに過ぎない。

 二百年前の数少ない生き残りである彼はルファス・マファールを知っていた。彼女に従う意思ある災害達を知っていた。

 誰もが自分を強いと言う。七曜などよりも強い本当の実力者だと持ち上げる。

 嗚呼、違う。違うのだ。この町に本当の強者など存在しない。

 所詮は弱者同士の背比べ……本物の化物と比べてしまえば、等しく虫けらに等しい。

 だから人界侵略の幹部の座を蹴った。七曜などになりたくもなかった。

 何故なら人界にはまだ、あの化物達がいて……何よりも、あれでルファス・マファールが死んだなどと到底信じられなかったからだ。

 そしてその予感は正しかった。

 見よ、この絶望に満ちた光景を。この悪夢を。

 二百年の時を超えて、目の前に現れた地獄の具現を。

 

「二百年か……まあ、長く続いた方だな」


 プルートゥは震える手で葉巻をくわえ、火を付けた。

 ああ、分かっていたさ。いつかこんな日が来るだろうと思っていた。

 何故ならここは女神の遊技場で、そして自分達はその人形で。

 その事実に気付いた自分だけが、みっともなく逃げ回って生き残り、こうして強者の椅子に座る事が出来た。今日まで贅沢を貪れた。


「嗚呼……」


 故に男は自嘲するような笑みを浮かべ、最後の一服を堪能する。

 塔の外では巨大な羊が口を開き、こちらへ炎を吐き出そうとしているが今更逃げようという気は起きなかった。

 時代は変わるものだ。かつてルファス・マファールが台頭したように。そして彼女が失脚したように。

 今度は自分達の番が来た……それだけの事に過ぎない。

 煙を吐き出し、迫る炎を見ながら男は薄く笑った。


「終わりってのは呆気ないもんだな」


 二百年前を知る魔神族の一人が諦めに満ちた声で呟き、直後に虹色の炎に建造物ごと消された。


 魔神族の栄華は終わりを告げた。

 今日まで人類を迫害し、そして平穏を貪っていた代償を払う時がやってきたのだ。

 昔を知る者達は思い知るだろう。知らぬ若い世代は何も知らずに恐怖するだろう。

 意思を持つ災害『覇道十二星』が、再び黒翼の覇王の元に集いつつある、その絶望に満ちた事実を。

※味方です


130話以上も日本と同じくらいの面積の中でウロウロしてたくせに、外に出た途端それ以上の面積をあっさり焼き払う十二星の図。

ちなみに言うまでもない事ですが、生存圏の外は暗黒大陸とか言ってますが全然暗黒大陸じゃありません。むしろワンピで言う所のイーストブルーです。

ルファス、アリエス、スコルピウス、カルキノス、タウルス、ポルクス、パルテノス、女神のアバター、アイゴケロス、リーブラ、サジタリウス、レオン、ベネト、七英雄、天龍、木龍、土龍が密集している人類生存圏の方がどう考えてもヤバイです。お前等何でこんな狭い所に集合してるんだよ……。

物語というのは普通、今までの舞台だった小さい世界を出たら外はもっとやばかった、というのが基本ですがこの物語は逆です。小さい世界の中に化物が密集していたので初期位置こそが修羅の国だったのです。


瀬衣「召喚地点から既に詰んでるとか……」

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[一言] 村の前の草原  野生の中ボスが現れた
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