第132話 竜王の火炎放射
今回はライオンさん無双です。
今こそ汚名挽回の時。
「レオン……どうして君がここに?」
アリエスが地面に倒れたまま、予期せぬ救援者を見上げる。
レオンとアリエスの仲は決して良好とは言えない。むしろ最悪と呼んで間違いはないだろう。
アリエスはそこまでレオンを嫌っているわけではない。だがレオンはアリエスを明確に見下し、侮蔑している。
昔からずっと雑魚モンスター呼ばわりであったし、アリエスが敵にやられそうになっても助けようとする性格などでは断じてない。
むしろ『雑魚に相応しい末路』と呼んで気にもかけなかったに違いあるまい。レオンとはそういう、強さのみを評価し力のみを絶対の正義として考える男だ。
だから、これは有り得ない出来事であった。
「随分懐かしい匂いに誘われて来てみりゃあ、随分派手にパーティーをやってるじゃねェか。
てめェみたいな雑魚にこのご馳走は勿体ねェ……俺が残らず食い尽くしてやるぜ」
レオンの口が歪み、仮にも人型であるはずの顔が野生の獣の獰猛さそのままの凶相となる。
ミチミチ……という音と共に筋肉が膨張し、元々丸太のように太かった腕は更に太く。
胸筋は神鉄の強度へと変わり、割れた腹筋はいかなる鎧にも勝る硬度を得る。
全身に血管が浮き出し、彼の全身から発される熱気だけで周囲の空間が蜃気楼の如くに歪んだ。
「そこで寝たまま見てやがれ……俺が戦い方ってやつを教えてやる」
レオンが拳を握り、その場から消える。
次の瞬間には他の十二星が戦っている英霊の一人へ拳を振り下ろしており、鎧ごと叩き潰して地面へと陥没させていた。
ただの一撃で、仮にも英雄であるはずの戦士は手足があらぬ方向へと曲がり、ピクリとも動かない程のダメージを負っている。
更にレオンは英霊が多く集まっている場所へと突進し、ただの体当たりで数十人の英霊を纏めて吹き飛ばした。
無論英霊達とて黙ってなどいない。剣を握り、一斉にレオンへと斬りかかる。
獅子王はそれを前に何を考えたのか手をポケットへと突っ込み、無防備に受ける。
結果は――無傷。攻撃した側の剣が粉々に砕け、レオンの肌すらも裂けてはいない。
レオンの蹴りが無力な戦士達を纏めてひしゃげさせ、ハンドポケットを維持したまま緩慢とも言える動作で次の英霊達の所へと歩いていく。
それに英霊達は今度は魔法で応戦。あらゆる属性の上位魔法がレオンへ炸裂し、爆炎をあげた。
この時宇宙からミズガルズを見たならば、そこからでも尚、輝く魔法の煌きと爆発が見えた事だろう。それほどの規模と威力なのだ。
だがレオンは魔法の嵐の中を突っ切り、何事もなかったかのように英霊達の前へと立った。
「カスが……前菜にもならんッ!!」
不幸にも一番前に立っていた魔導師が頭を掴まれ、武器代わりに振り回される。
人で人を殴るという暴挙。一撃ごとに魔導師が壊れ、血と肉を飛び散らせながら英霊が蹂躙されていく。
哀れな魔導師は完全に人の形を失い、ただの肉の塊となってようやく解放された。
いや、あるいは一番不幸だったのは一番後ろにいた少年魔導師かもしれない。何故なら他の者よりも恐怖を長く味わう事になってしまったのだから。
英雄には珍しい年端もいかない少年は「ひっ」と悲鳴をあげて後ずさる。
だが無情。次の瞬間には彼の腰よりも太い剛腕が頭へと直撃し、首から上が血潮となって消え去った。
返り血を浴びながらレオンは血走った眼を次なる獲物へと向ける。
その姿を見ていたルファスが内心で『これ、どっちが敵だっけ?』などと思ってしまったのも仕方のない事だろう。
「オオオオオオオオッ!」
レオンが咆哮し、彼の前にいた無数の英霊が紙切れのように千切れ飛んだ。
獅子王の咆哮は単なる威嚇の為のものではない。
ただの叫び……それすらが破壊のエネルギーを伴い、大地を抉り、大気を払いながら敵陣を駆け抜ける。
戦士達の鼓膜が破れ、見えざる巨大な力で潰されたように歪む。
「皆殺しだ……!」
レオンが再び消えた。
あまりに速すぎるその速度を捉えるのは同じ十二星であっても困難だろう。
幾度も続けて打撃音と破砕音が響き、次々と英霊達の付近で空気が爆ぜたように数人が纏めて吹き飛ぶ。
無論一度や二度ではない。
アルゴナウタイの軍勢の至る所で空気が爆ぜ、次から次へと歴戦の英雄が砕け散っていく。
回避は間に合わず、防御すればそのガードごと破壊される。
それを為しているのは力、ただ力だ。
圧倒的な強さがあるならば、そこに特殊な能力など必要ない。
何の技術も伴わないただの力任せの拳打が。モーションが大きく、とても洗練されているとは言えない蹴りが。
歴戦の英雄達に一切の抵抗をさせる事なく、紙屑のように千切り、砕く。
強者とは強いから強いのだ。そう言わんばかりに単純にして明快。
余計な装飾など要らぬ。固有能力など弱者が必死に強者を気取って涙ぐましく努力しているだけの大道芸でしかなく、レオンにとっては不要の長物だ。
この身一つあれば全て足りる。そんなものを必要とせぬ圧倒的な力がこの拳にはある。
故に殴る。故に殺す。
ただそれだけの、言うならば通常攻撃に過ぎぬ全ての動作が――必殺の奥義!
どこまでも純化した暴力。これこそが覇道十二星の中において尚、彼を最強足らしめるものだ。
放つ攻撃が悉く相手に致命傷を与えるならば攻撃スキルなど使うまでもない。
ただ立っているだけで敵の剣を砕く筋肉の壁があるならば防御スキルすら必要ない。
獅子王が牙を剥いて戦場を駆け回り、次から次へと屍の山を築く。
こうなると、もうアルゴナウタイはどうする事も出来ない。
いや、あるいは出来る手段はあったのかもしれない。ルファスや七英雄には遥かに劣るといえど彼等もレベル1000へ到達した神話の英雄達。
スキルや魔法、天法の習得数は膨大であり、組み合わせ次第ではこの状況を打開どころか逆転だって出来たかもしれない。使い方次第ではかつての十二星とレオンの戦いのように封殺する事だって不可能ではなかった。
しかしそれも統制が取れていればの話。互いがスタンドプレーに走り、足を引っ張り合い、邪魔にすらなってしまう烏合の衆では最善の手など打てるはずもない。
英霊達は自身の持つ力の半分すらも発揮出来ぬままに次々と絶命し、やがてレオンが再び現れた時、大地は彼等の血で赤く赤く染め上げられていた。
「まだだ、物足りねェ……やっぱメインディッシュがないと腹は一杯にならねえよなァ……!」
レオンはそう言い、好戦的に竜王を見上げた。
それに呼応し竜王もまた十の頭全てがレオンを敵と認め、牙を剥いた。
かつて、ルファスが現れる以前の世界においてミズガルズの戦力バランスを四分していた最強の魔物。竜王ラードゥンと獅子王レオンが今、初めて直接邂逅の時を迎えたのだ。
そしてこの二者はその在り方も極めて近い。共に暴君。共に暴虐。
暴力と恐怖で他者を屈服させて支配する。それがこの二者に共通する在り方だ。
レオンの身体が膨張し、着ていた服が弾け飛ぶ。
全身が体毛に覆われ、人としての姿を捨て本来の獅子の姿へと変じていく。
そして現れたのは竜王にも並ぶ程の巨大な獅子の怪物だ。
いよいよ本性を露にした暴君が二匹、唸り声をあげながら正面から睨み合う。
そして、これに巻き込まれては堪らぬとポルクスが慌てて竜王から飛び降りた。
一方、レーギャルンの町中は完全に大パニックだ。
当たり前である。何せいきなり都市の外で神話級の戦いが発生したのだ。落ち着いている方がどうかしている。
本の中でしか見ないようなお伽噺の英雄達が集い、それが次々と吹き飛ばされるという現実感をまるで感じない光景。
それだけでも既に脳の許容限界を超えているというのに、今度は全長160mの獅子と170mの十頭の竜だ。
アルフィは地面にへたり込んであわあわ言っており、フリードリヒは結界で外に逃げられないと悟るや地面を掘り始めた。
クルスは「この世の終わりだ!」と叫んで半狂乱になり、サージェスは何か悟りを開いたらしく「ここで死ぬも生きるも全ては等価値……大いなる宇宙の意思なり。いあいあ」などと意味の解らない事を呟いている。
ジャンは「俺も戦うぜ!」と叫びながら結界の外に出ようと頑張っているらしい。
一方でガンツは落ち着いたものだ。宿の店主が気絶してしまったからと自分で泥水のようなコーヒーを淹れ、不味いと顔をしかめている。
「あ、あの……落ち着いてますね」
瀬衣は椅子に座り、向かいに座るガンツの出してくれたコーヒーを受け取った。
隣にはウィルゴがおり、コーヒーの苦さに硬直している。
「騒いだってどうにもならんからな。あいつ等の戦いは俺達の理解なんざ及ばない領域なんだ。
泣こうが喚こうが祈ろうが結果が変わるわけでもねえ。だったらこうしてコーヒーの一杯でも飲んでた方がマシってもんだろ」
「で、でも、他にやる事とか……例えば皆の混乱を鎮めるとか」
「無理だな、町全体が大混乱を起こしてるんだ。俺等が何を言っても聞きゃしねえし、周囲の声でかき消されるだけだ。それどころか最悪、暴徒の怒りの捌け口にされるぞ。
第一そういうのは、お貴族様の役目だ。畑違いだよ」
「貴族ならさっきルファスさんがやっつけちゃいましたけど」
「……そうだったな」
ガンツは窓の外を見る。
そこでは相変わらず町の住人が右往左往しながら意味の分からない事を叫んでおり、人というのはパニックに陥るとこうも統制が取れなくなるのだなと思わされる。
しかしその中に仮にも勇者一行であるクルスが混ざっているのは正直どうなのだろう。
一方フリードリヒは温泉を掘り当てて水圧で穴から追い出されていた。何してるんだ、あの虎。
「ルオオオオオオオオオオオオッ!!」
「ジャオオオオオオオオオオオッ!!」
巨大な怪物二頭が叫びをあげ、小細工なしに正面から突撃した。
まずは互いに最も自信のある力の比べ合いを選択したのだろう。
レオンとラードゥンの衝突の余波でレーギャルンを覆う結界が軋み、周囲にソニックブームが吹き荒れる。
一瞬でレーギャルン以外の全てが削れて荒野へと変わり、それを為した怪物二頭は被害を気にもせず力を込め続けていた。
退くという選択はない。これはどちらが上かを決める力と力の決闘だ。
しかしこの体勢はラードゥンが有利だ。彼の十の首が一斉に動き、レオンの身体へと喰らい付く。
強固な皮膚と筋肉を、それよりも更に強靭な牙で貫き抉り、千切って咀嚼する。
だがレオンもまたそれに合わせるように口を開き、ラードゥンの胴体へ齧り付いた。
この世のどんな物質よりも硬いとまで謳われた竜王の鱗を噛み砕き、肉を食いちぎって嚥下する。
その凄惨な光景を目の当たりにしてしまったルーナは口元を抑え、吐き気を堪えた。
「く、喰い合っている……自分が食べられているのに、それを全く気にせずに相手を喰い尽そうと……正気の沙汰じゃない……!」
互いに全身は血に塗れ、だが動きは鈍らない。
次に行動を起こしたのはレオンだ。
彼は大口を開けると、ラードゥンへ零距離の咆哮を放つ。
マナを収束させた破壊の咆哮が竜王の身体を呑み込み、大地を蒸発させながら突き進む。
そのまま人類の生存圏を飛び出し、進路上に存在していた孤島を抹消してドーム状の大爆発を起こした。
だがラードゥンは健在だ。お返しとばかりに十の口が一斉に開き、業火を吐き出した。
一発でも人間の都市など蒸発させてしまう炎弾を十の口から、凄まじい速度で連射する。
いわばそれはミサイルの機関銃。自身をも爆炎に巻き込みながら次々と炎の柱が立ち昇る。
「……っ!」
ルーナは咄嗟にテラを抱きしめ、この直後に襲い掛かるだろう余波から彼を守る盾となろうとした。
最早自分など、この化物達の宴の前では虫にも等しい存在だろうという自覚はある。が、それでも七曜の一人だ。盾くらいにはなれる。
その悲壮な決意でテラを抱きしめた彼女だが、しかしいつまで経っても予想した熱さが訪れない事を疑問に感じて眼を開ける。
そして見たのは、自分達の前に立って片手を突き出しているルファスの背だ。
彼女が障壁を張る事で出来た、彼女の後方の僅かな空間だけが安全地帯となっていた。
まるで洪水の如くに炎がルーナ達の後ろへ向けて迸っており、まるでガラス瓶の中から赤い激流を見ているようだ。
「迂闊に手を出すなよ。其方ではこの余波に触れただけで炭化してしまうぞ」
どうやらルファスに助けられたらしい。
その事にまずルーナは安堵し、続いて感じたのは疑問だ。
自分達が……というよりもテラが助かったのは有り難い。
しかしルファスは自分の部下を気にしなくてもいいのか、と考えたのだ。
だが彼女はすぐにそれが余計な心配であったと悟る。
この激流の如き熱風の中にあって、十二星はまるで気にした様子もなくレオンと竜王の戦いを観戦していたのだ。
いかに強力な攻撃といえど所詮余波は余波。彼等を揺るがせる程ではない。
いや、よく見れば火が弱点のリーブラだけはカルキノスを前に突き出して盾にしている。
(ば……化物だ……こいつ等、全員……!)
岩すらが沸騰するこの馬鹿げた熱量の地獄の中で、何故こうも平然としていられる。
ベネトナシュは岩の上に腰を下ろしているが、その岩も絶賛沸騰中だ。
いわばそれはマグマの上に座っているに等しく、しかし彼女は全く気にしていない。
そもそもこの吸血姫はつい今しがた、マントルの中を掘り進んで来た化物なのだ。この程度は少し暑いな、くらいにしか感じないのだろう。
次元違いの戦いを前に、ルーナはただ、自分達がいかに無謀で勝ち目のない戦いを行っていたかを思い知るしかなかった。
※ちなみにポルクスはバリアを張れる英霊を出してちゃんと防いでおります。
尚、マントルの熱にも耐える癖に真夏とかには普通に暑いと感じる模様。
こいつ等にとってはマグマも、夏の日のちょっと熱い石も同じレベル。
つまり1000度の熱に耐えられるからといって数百度以下は暑いとすら感じないわけではなく、熱い、暑い、寒い、冷たいと感じる下限は結構普通の人と同じ。
ただ、耐えられる上限が馬鹿みたいに高いのでその温度が1000度やマイナス数百度になっても同じようにしか感じないだけ。
つまりこういう事。
・夏のちょっと暑い日
一般人「あっちー」
ベネト「今日は暑いな」
・炎天下の砂漠
一般人「……コヒュー、コヒュー……み、水……」
ベネト「今日は暑いな」
・マグマの上
一般人「」焼死
ベネト「今日は暑いな」
やっぱバグってますわ、これ。




