第123話 瀬衣はガンツをくりだした
『野生のラスボスが現れた!』3巻発売により、宣伝を兼ねて更新します。
気まずい空気が流れていた。
アルフィはかつて王に見出されて勇者一行に選ばれておきながら、怖気づいて一行から外れた少女だ。
つまり瀬衣から見て彼女は、逃げ出した人間という事になる。
無論瀬衣はそんな風に考えてなどいない。あの戦いを見てしまえば仕方のない事だろうと理解すら示している。
だが、だからといって『やあ久しぶり』などと気安く言えるはずもない。
アルフィにしても、瀬衣に対して罪悪感を感じていないわけではない。
共に戦うと言いながら逃げ出した事を恥じていないわけでもない。
だが、それでも怖いのだ。あんな怪物達と戦うなどと、考えただけで震えが止まらなくなるのだ。
だってそうだろう。あれは災害だ。
例えるならば雪崩が起きた時、雪崩に挑めと言われたようなもの。
津波が起きた時、逃げずに津波と戦えと言われたようなもの。
隕石が落ちて来た時、隕石を倒せと言われたようなもの。
――無理に決まっている。生物が出来る範疇を完全に逸脱している。
だがそれを出来てしまうのがルファスや魔神王なのだ。拳の一撃で雪崩を吹き飛ばし、津波を割り、隕石すらも砕き散らす。それがあの怪物達なのだ。
だからアルフィは逃げた。絶対に勝てない戦いに臨んで死ぬなど嫌だったから。
命を賭して戦えると思っていた。世界の未来の為ならばこの命を捧げる事が出来ると思っていた。
だが、それは勝ち目がほんの僅かにでもあれば、という弱い意思であった事を思い知らされた。
勝ち目がゼロの戦いに臨めるほどに自分は強くないと痛感した。
覇王や魔神王には挑むのではなく、逃げるのが正解であると理性が叫ぶ。
災害と同じでどうしようもないのだから、せめて被害を減らす事だけを考えるべきだ。彼女の頭はそう答えを出している。
だが、あの時は弱かったはずの少年は今も旅を続けており、その成長を目の当たりにさせられた。
まだ未熟なれど、あの時とは比較にならぬほどに成長を遂げている。
なのに自分はどうだ? 逃げ出して、そして助けられて……。
自分が、どうしようもなく恥ずかしい存在に思えた。……惨めだった。
「……ええと、その」
「……っ」
このままでは話が進まない、と思った瀬衣が意を決して声を出す。
するとアルフィはビクリと肩を震わせて瀬衣を見た。
その目にあるのは怯えだ。逃げた事を責められるのを恐れている。
卑怯者と罵られる事を怖がっている。
「ひ、久しぶり……元気そう……じゃないか。
ともかく、その、うん。こんな所で奇遇、だね」
「え、ええ、そうね。私もまさか会う事になるとは思わなかったわ」
瀬衣が差し当たりのない、彼女を傷付けない言葉を選んで話しかけ、アルフィもまたそれに安堵しつつぎこちなく答えた。
「と、とりあえずここから離れよう。ここは治安がよくない」
「そ、そうね」
互いに歯切れは悪いが、ともかく今やるべき事は理解している。
まずはこの路地裏を出る事。
でないと、いつまたチンピラが沸いてくるか分かったものではない。
チンピラという生き物は治安の悪い場所には無限と思えるほどに沸いてくる存在なのだ。
瀬衣とアルフィは大通りへと駆け足で移動し、それからゆっくり話せる場所を求めて近くにあった飲食店に入店した。
蟹の看板を掲げたなかなかお洒落な店で『キングクラブ四号店』と書いてある。
「いらっしゃいませ。ようこそキングクラブ・レーギャルン支店へ」
赤いベストを来た店員に迎えられ、窓際の席へ案内される。
それにしてもここの店員の服装がルファス一行のカルキノスという男と全く同じ服なのは気のせいだろうか?
二人は適当に料理を注文し、それからようやく落ち着いて会話を再開する事にした。
「ええと……それで、聞いてもいいかな? 何であんな連中に追われてたのかを」
「まあ……そうね。話しておいた方がいいかもね。知らないよりは知ってる方が下らない事に巻き込まれる可能性も減るでしょうし」
アルフィを追っていた男は、どう見ても普通ではなかった。
恐らくは貴族と呼ばれる富裕層。それもかなり傲慢な奴だ。
別にこれは珍しい事ではない。地球だって中世ヨーロッパでは貴族が支配する世の中だったし、歴史が証明するように横暴な貴族というのはかなりの数に登る。
日本だって武士にぶつかっただけで斬られたという話がある。
問題は、何故そんな輩にアルフィが追われていたか、だ。
「ちょっと、見ちゃいけない物を見ちゃってね。まあ要は口封じよ」
「見ちゃいけないもの?」
「この都では年に一度武闘会を開くっていうのは知ってる?」
「ああ、それはクルスさんから聞いた」
話している間に店員が訪れ、アルフィの頼んでいた紅茶を出した。
瀬衣の前には果実を絞ったジュースを置き、素早くその場を離れる。
「その武闘会なんだけどね、今年の優勝者には槍の領の勇者という栄誉が与えられる事になってるのよ」
「勇者?」
「そ。大方自分達の領から出した勇者が魔神王や覇王を倒せば王家への発言力と影響力も増すって魂胆でしょうね。……勝てるわけないのに」
アルフィの言葉を聞きながら瀬衣は、鎧を着込んだ勇者がルファスと魔神王に果敢に挑む姿を思い浮かべる。
想像の中のルファスは邪悪な笑みを浮かべ、その背後には巨大化して本性を露にした大怪獣こと、十二星天が控えていた。
……いや、無理だろこれ。一秒で殺されるって。
そう思い、そして瀬衣はジュースを飲んだ。
「ただ問題はここからでね。どうも領主……スペス家は自分達の家のボンボンを勇者にしたいらしいのよ」
「それが、あいつ?」
「そ。デブリ・スペス。スペス家の長男よ」
アルフィは紅茶を飲み、不機嫌そうに眉をひそめる。
「あいつは最低よ。自分が勝つ為に相手選手の飲食物に毒を入れてるんだからね」
「毒!?」
「ええ。とはいっても死ぬほどのものじゃないわ。
ちょっと眠気が凄くなってお腹が死ぬほど痛くなるだけの軽い毒よ。まあ試合なんて出来るわけもないだろうけどね」
毒、と聞いて瀬衣が真っ先に思い浮かべたのはルファスの部下であるスコルピウスだ。
あまりいいイメージは持てない。
「更に最悪なのはここからでね……あいつ、自分の気に入った女がいれば動けないのをいい事に治療の名目で攫って行くのよ。私の友達も参加してたんだけど、連れて行かれたわ」
「なるほど。で、君はそれを見てしまって追われていたと」
「そうよ。すぐにでも助け出したいけど、流石に一人じゃね。
それにあいつ、得体の知れない能力も使うし分が悪いわ」
得体の知れない能力、とはやはりあれだろう。
瀬衣相手にも使った、あの正体不明の技だ。
一瞬で移動し、攻撃された覚えもないのに攻撃を受け、そしてアルフィの杖を奪った。
あれの正体を掴まない限り、戦っても勝てる気はしない。
アルフィはそれから何か言いかけ、しかし口を噤んだ。
助けて、と。本当はそう言いたい。
だが一度瀬衣達を見捨てるように旅から逃げてしまったから、そんな事はとても言えない。
しかしそれでも友達は助けたい。だから恥と分かっていても助けを求めるべきだと思いつつも、筋違いである事も分かっているから口に出せない。
こうして話してしまったのだって、心のどこかで助けて貰える事を期待しての事ではないのか?
話せば助けてくれるかもしれないと、そう浅ましい打算を働かせていたのではないか?
何て……恥知らずな。アルフィは自分で自分を嫌悪し、唇を噛んだ。
「話したら少し楽になったわ、ありがとう」
だからアルフィは、これ以上の甘えが出ないうちに席を立つ事にした。
自分は彼等を見捨てた。怖くて逃げた。その過去と事実は変わらない。
なのにいざ自分が危なくなった時だけ助けて欲しい、などとそんな都合のいい事をどうして言えよう。
それは言えないし、言ってはいけない。
だからもう、これ以上は関わるべきではない。
何より彼等には使命がある。こんな下らない人間同士の争いに拘う必要などない。
「会計は私が済ませておくわ。ゆっくりしていって頂戴」
「まだ料理来てないぞ?」
「…………」
アルフィは目を泳がせた。
そういえばいつもの癖でつい、アップルパイを頼んでいた気がする。
「助けて貰ったお礼よ。貴方が食べていいわ」
「女の子に奢られるとか普通に恰好悪いから勘弁してくれ。
何でそんな急に出て行こうとするんだよ」
「それは……」
瀬衣は真っすぐにアルフィへと視線を向け、そして力強く言う。
「ここまで聞いて知らん振りなんて出来るわけないだろ。俺も手伝うよ」
それは期待していたかもしれない言葉であり、恐れていた言葉でもある。
誰かに助けて貰える事を浅ましくも望んで、しかし彼が真っすぐであればあるほどに自分の卑怯さと汚さが浮き彫りになる。
一緒にいた時間は余りにも短くて、彼の人と成りは分かっていない。
だがそれでも、召喚に応じて異世界から来たという時点で薄々は分かっていたのだ。
彼は、人が良すぎると。
「じゃあ、まずは俺の仲間を……」
「ま、待って!」
瀬衣が人手を集めようとしたのは極めて正しい。
相手は貴族で、当然配下だって大勢いるだろう。
そこに二人だけで挑むのはどう考えても無謀だ。
だが、アルフィにとって瀬衣の仲間というのは見捨ててしまった人達だ。
それがここに集まってはまさに針の筵。居心地が悪い所の話ではない。
だが瀬衣もそれが分からぬ程に鈍感ではない。
アルフィの悩みくらいは理解している。
「大丈夫だよ。あの時は居なかった面子を集めてくるから。それなら少しはやり易いだろ?」
「……そ、それなら、まあ」
「じゃあ少し待ってて。今呼んでくるから」
瀬衣はそれだけ言い、席を立った。
その際に料理の分の代金をさりげなく置いて行くのも忘れない。
この世界ではどうか知らないが、少なくとも彼が育った日本においては女性に奢らせるのは男の恥である。
――そして十分後。
アルフィの前には、確かにあの時はいなかったメンバーが集結していた。
「セイ、お前も大概お人よしだな。まあ、その貴族のボンボンは俺も気に入らねえから手を貸してやるぜ」
まず、冒険者のジャン。
彼は最初に旅に出た時点では加わっておらず、後から王が連れて来た人材だ。
よってアルフィとの面識もなく、アルフィにしてみれば『何かチンピラっぽいの連れて来たなあ』程度にしか思わない。まあ特に問題はない相手だ。
「権力を傘に着ての悪事、言語道断。我輩の剣で裁いてくれよう」
次に猫の獣人のカイネコ。
小さな身体を精一杯伸ばしながら猛るその姿に、アルフィは思わず撫でまわしたい衝動を必死に抑えた。
何これ超かわいい。凄い撫でたい。
猫とはそこに存在しているだけで相手を魅了する危険生物なのである。
「人間の街の事はよく分からぬが、君が協力を求めるならば私は義によってそれに応じよう。
案ずるな。脆弱な人の兵如きが何人束になろうと私には勝てん」
三人目は何か明らかにヤバイ。
全身をフードで隠すその様は、誰がどう見ても怪しい不審者だ。
しかも時折フードの隙間から蟲の脚のようなものが覗いている。
台詞も明らかに自分が人間でないかのようであり、一体瀬衣は何を連れて来たんだと不安にさせられる。
「話は伺いました。一緒に頑張りましょう!」
四人目は白い翼の天翼族の少女。
見た目は愛らしいが、しかし翼が白すぎるのが妙に気にかかる。
確か穢れのない純白の翼は王家の証だったはずだが、これ大丈夫だろうか?
たまたま翼は王家並に白いだけの無関係な少女だと思いたい。
「バウ!」
そして瀬衣の足元で尻尾を振る犬。
いやこれ、戦力になるの?
だがここまではギリギリ許容範囲内。
正直全然勇者一行らしくないな、と思わされるものの条件は満たしている。
確かにあの時は居なかったメンバーだし初対面だ。これなら居心地の悪さも感じない。
ただ一人だけを除いては。
「ようアルフィ! 父ちゃんが助けに来たぞ!」
「…………」
最後の一人は――ガンツ。
スキンヘッドが眩しい筋肉質の凄腕傭兵だ。
アルフィは勿論その勇名と強さを知っている。頼りになる事も知っている。
そりゃそうだ。だってこの人私のお父さんだもん。
アルフィはプルプルと震えながら、瀬衣を睨む。
何でこの男、よりにもよってお父さん連れてきてるの!?




