第120話 スコルピウスのブレイズキック! きゅうしょにあたった!
「マスター。レオンはあのままでよろしいのですか?」
「ああ、しばらくは頭を冷やさせるさ」
レオンを魔力の鎖で縛って無力化した俺達は、彼をそのまま放置して焼け野原となった元・亜人の里を後にしていた。
フォトンチェインの効果は敵一体を一定時間移動不能にしこちらの攻撃命中率を100%にするというずるいものだが、どうもゲームとは違うようで俺が解除するか相手が引き千切らない限り永続するらしい。
そもそもゲームだとボス級の敵には大体無効化されていたしな。
とはいえ、レオンならばしばらくすれば回復して自力で千切るだろうから問題ない。
現在田中と鈴木の二台は並んで走行し、次なる目的地であるアルフヘイムへと向かっている。
レオンは今は放っておくしかない。
今レオンを手持ちに戻しても余計なトラブルを起こすだけだろうし、だからといってあの戦力を殺してしまうのは余りに勿体無い。
力で屈服させて上下関係を叩き込むという手もあるが、それをやると折角のボスステータスがテイムモンスター仕様になってしまうだろうし、レベルも1000から800にダウンするだろう。
当然、150万という破格のHPも急激にダウンする事が予想される。
確かゲームの時の捕獲後のレオンのHPは……25万だったかな。
レベル800のテイム仕様にして尚、このHPというのも驚きだが、やはりボス仕様の時と比べると明らかに見劣りしている。
ゲームバランスの為といえば仕方ないんだが、何だかやり切れない。
RPGでは定番と言えばある意味定番ではある。敵の時はHP数万あったくせに味方になった途端HP数千程度の紙防御になる奴とかもいるしな。
で、だ。俺はこれを凄い勿体無いと思う。特にこれから先は女神との戦いになるわけだから、レオンのあの戦闘力をわざわざ下げてしまうのは余りに惜しい。
だから俺としては、上手く俺への対抗心と反意をそのままに、レベル1000のボス仕様のまま動かせないかなと思ってしまうわけだ。
ちょっと話しただけだけど、あいつ単純そうだし、上手く誘導すれば魔神王さん辺りと戦ってくれそうな気もするんだよな。
「それで、これからの予定ですが如何なさいます?」
「まずは予定通りアルフヘイムだ。ポルクスと合流する。ところでヘルヘイムに行くという選択肢は……」
この後の予定はアルフヘイムに向かい、そこで木龍を封印しているという双子のジェミニの片割れである妖精姫ポルクスと合流するというものだ。
というのも、他に龍を封じているとされるムスペルヘイムは完全に人類の生存圏の外であり、魔神族の領土に踏み込む事になるからだ。
いずれは向かわなければならない場所だろうが、ここには準備と戦力を整えてから向かいたい。
いかに魔神族が俺達にとって雑魚といっても、数万や数十万という物量で攻め込まれたら流石にきついだろうからな。
ヘルヘイムはタウルスが出て来たという事は入り口がこの付近にあるのだろうが、多分今行っても意味がない。
まず、龍の封印という役目がある以上タウルスを動かそうとすればせめて代役を用意しなきゃならんだろうし、だからといってそれを任せられる奴が今のメンバーにはいない。
封印とかそういう術系統に詳しい奴となるとアイゴケロス、ディーナ、サジタリウスのいずれかだろうが、アイゴケロスは逆に起こしそうで論外。ディーナは何をしでかすか分からない。サジタリウスは加入したばかりだし、早々にタウルスとの引換券にしてしまうのはいくら何でもあれだ。
だから、その代役になれるエインフェリアを召喚出来るポルクスを回収するのが順序としては先だ。
それにあいつは『全て終わったら来い』と言っていた。
これは多分、『今はまだ来るな』という事でもあるだろうし、下手に今の俺がノコノコ出ていくと『お前やっぱルファスじゃねーわ』と殴りかかってきそうな怖さがある。
何より……。
「嫌です、絶対行きません! 放っておきましょうよあんなの!
このまま最終戦までずっと放置してエンディングのスタッフロールまで出番無しなキャラにしちゃえばいいんです!」
……ディーナが滅茶苦茶嫌がるんだよなあ。
無理にヘルヘイムに行くとエクスゲートで逃げてそのまま帰ってこない気もするし、まあ後回しが妥当だろう。
それに今は勇者一行もいるわけで、彼等を連れて地獄に突入ってのは可哀想だ。というかあのレベルじゃ多分地獄に出てくる雑魚悪魔との戦いでも死ぬ。
ゲームの知識でしかないが、ヘルヘイムに出てくる悪魔は一番弱い雑魚でもレベル200は超えてるはずだ。基本的に初心者お断りな高難度ダンジョンの一つである。レベル縛りプレイであえてレベル二桁で突撃するような変態プレイヤーも何人かいたけど、それを彼等に強要する気はない。
瀬衣少年達は亜人絡みでここまで来てしまっただけで別に俺達の同行者ではない。
なら、何をするにもまずは彼等を近くの街なりに送るのが筋というものだろう。
それにしてもポルクスか。
ゲームの時は常にカストールとセットで『妖精兄妹』という扱いだったから単騎の時の戦闘力がどの程度なのかを実の所俺も知らない。
というかまず、戦闘データそのものが無かったんだ。
データがあるのはカストールだけで、ポルクスはその付近を浮遊しており攻撃してもダメージを受けない。
一応当たり判定はあったので攻撃を当てる事は出来たのだが、当てても何故かカストールが被弾した事になる。
で、時折天法を発射してカストールを援護する……というカストールのオプションみたいな扱いだな。
こいつの怖い所は、やはりその召喚能力だろうか。
意外な事にエクスゲート・オンラインには他のMMOでは結構見かける召喚師系統のクラスが存在せず、何もない所から幻獣やら魔獣やらを呼び出す事は出来ない。
多分、モンスターテイマーやアルケミストと被ってしまうから運営が要らねと判断したのだろう。
しかしポルクスだけはどういう事か、それが出来る。
戦闘が始まってから一定時間が経過するごとに召喚という形でどんどん敵増援を出すんだ、こいつ。
まあぶっちゃけると、どんなゲームにもいる『○○は仲間を呼んだ!』を頻繁に行う奴ってだけなんだが一応召喚って扱いだったはずだ。何でも死者の魂をエインフェリアとして呼び出せるらしい。
勿論この能力は味方になると何故か劣化する。
味方を増やすスキルではなく、全身鎧の大男やらをその場に一瞬だけ呼び出して敵を攻撃する攻撃スキルになってしまうので、味方にした当初はそれはもう拍子抜けしたものだ。
しかも呼び出された英雄は攻撃が終われば律儀に帰る。何でだ、敵の時はずっと場に残ってたくせに。
で、その本体であるカストールはこちら側にいるので……今のポルクスはオプションが単体で動いているようなもんだ。これ大丈夫か? 正直滅茶苦茶弱そうなんだが。
「ディーナ。アルフヘイムへの道中に適当な村か街はないか? 勇者達をそこに送りたい」
「でしたらルファス様。『武の都レーギャルン』なんかどうでしょう。
人口も多く、偽竜車などの交通手段もあるのでここならば彼等も問題なく旅を再開出来るはずですよ」
「どのような街だ?」
「レーヴァティンは剣、盾、槍、弓の領と呼ばれる四つの領で成り立っておりますが、そのうちの一つである槍の領の中心とも呼べる都です。かつてアリオトと共にルファス様を裏切った英雄の一人が初代領主となり、その後は彼の子孫たちが代々受け継いでいるそうです。確か槍の領主はスペス家という貴族だった気がします」
「マスター、命令があればブラキウムで一掃して御覧にいれますが、如何しましょう?」
「やらんでいい。其方は焼け野原に勇者達を降ろすつもりか?」
ディーナの説明に割って入って来たリーブラを諫め、俺は溜息を吐く。
どうしてこう、こいつはすぐに相手を殲滅する方向へ思考が働いてしまうのだろうか。
AIは最高の5のはずなのだが、どうにもポンコツすぎて泣けてくる。
それにしてもレーヴァティン領か……いつの間にか戻ってきていたんだな。
人類の生存圏自体が狭いのである意味当然なのかもしれないが、どうやら俺は一周グルリと周っていたらしい。
レーヴァティンから出発してスヴェルに行き、そこから王墓を経由してギャラルホルン。
ヴァナヘイムに立ち寄りブルートガング。それからドラウプニルに、途中でミョルニルに寄り道しつつティルウィング。
そして今、再び俺はレーヴァティンに戻って来た。つまり人類の生存圏に限定すれば大体一通り旅したわけだ。
随分速いと自分でも思うが、面積を考えれば日本を自動車で一周したようなものだ。速いに決まっている。
「それで、どのような都なのだ?」
「はい、まず各種施設が充実しており、特に戦士や騎士が扱う装備は良質な物を取り揃えています」
「悪質の間違いでは?」
「ゴミの間違いでしょう?」
ディーナの言葉に反応し、リーブラとスコルピウスが辛辣な評価を口にした。
まあ、俺達のレベルから見ればそうかもしれないが、今の世界じゃそれが限界なんだろう。
それに見てもいないのに評価するのもどうかと思う。案外業物が揃っている可能性だってあるじゃないか。
「それと、年に一度武闘会を開いて戦士達が己の武を誇示する場でもあります。
ファンタジーではテンプレの主人公の腕試しにもってこいの街ですね。参加してみますか?」
「余に参加者を殺せと?」
何度も繰り返すようだが今の時代は全体的にレベルが大幅ダウンしている。
世界最強とか言われている剣聖であれなのだから、レベル100を突破している奴すら稀だろう。
今の俺達は言うならばレベル99が限界の世界に場違いにもレベル1000が限界のRPG出身の連中が入り込んでいるに等しい状況であり、まず土俵そのものが違う。
俺に殺す気がなくても冗談抜きにデコピンしただけで相手の頭が弾け飛ぶくらいに差が開きすぎている。
勿論戦うとなれば『峰打ち』スキルを使用するが、もし俺がうっかりそれを発動し忘れたら殺人事件が一つ完成だ。やりたくない。
ところで今更なんだが、剣聖って虎だったんだな。
いや、うん。ドラウプニルで既にその姿は見ていたんだが……ほら、あの虎、何か知らんけど俺を見る度にビビッて逃げるから、あれが剣聖とか全然分からなかったわ。
何か臆病なでかい猫がいるなー程度にしか思ってなかった。ごめん、剣聖。
それはそうと……。
「どうしたサジタリウス。随分と静かではないか?」
「……いえ。今の俺に会話に加わる資格など……」
「そう気に病むな。もう終わった事だろう」
俺は隅の方で縮こまるように座っていたサジタリウスへと声をかけ、その隣へと移動した。
彼は人化すらせずにでかい図体で座っており、何とも窮屈そうだ。
「どうしても己を許せぬなら、これから先の戦いで余に貢献する事で返してくれればいい。
其方の弓の腕には期待しているのだぞ?」
いや、本当にな。
遠方からの狙撃ならばリーブラでも出来る事だが、狙撃要員は別に二人いて困るものでもない。
それにこいつの射程距離はリーブラ以上で絶対命中ときた。
テレポート代わりに使う事も出来るので、やり方次第ではかなり役立ってくれるだろう。
何より貴重な常識人枠だ。それだけで価値がある。
「ルファス様……」
「さ、いつまでそんな窮屈な姿でいる気だ。人化の術は使えるだろう?」
人化といってもこいつの場合、上半身は元々人間なので下半身が変わるだけだろう。
しかしそれでも馬のままでいるよりは幾分マシなはずだ。
俺がそう言うと、彼は少しばかりの笑みを見せて頷いた。
「あ、ルファス様。少し待っ……」
カルキノスが何かに気付いたように慌てて止めようとするが、止める理由が分からない。
俺の見ている前でサジタリウスの馬の下半身が光り、やがてそれは人間の下半身へと変化した。
カルキノスは咄嗟にウィルゴの目を塞ぎ、後ろを向かせる。
一体こいつ何を……そう思う俺だったが、次の瞬間にはその理由を察する事が出来た。
――何故なら、俺の目の前には下半身裸の変態が立っていたのだから。
「…………」
「oh……だから待ってくださいと言おうとしたのに」
股間で男の象徴がブラブラと揺れる。
幸いにしてディーナが咄嗟に水魔法を発動したせいか、まるでモザイクのように霞がかって直視を避ける事は出来たが、それにしてもこれは酷い。そしてでかい。
そして肝心のサジタリウスは全く気にした様子もなく、実に堂々としている。隠す気すらない。
「変化……完了」
何故かドヤ顔をしているサジタリウスの顔にスコルピウスの拳がめり込んだ。
「何をする」
「アンタ馬鹿あ!? 何、そんな汚らわしいモノをルファス様に見せてるのよお!
さっさと履きなさいよお、切り落とすわよお!?」
「そう言われても、俺はいつもこうなのだが」
「馬の時と人の時を同じにしてんじゃないわよお!?」
あまりの展開に流石に呆然としていた俺だが、サジタリウスの言葉を聞いて妙な納得をした。
そうか……そういう事か。
言われてみればこいつ――確かに普段から下半身裸だ! ケンタウロスの時も上半身はローブだが下半身は何も付けていない馬のそれだった。
思えばアリエスも最初人間形態になった時は何も着ていない状態だったがすぐにディーナが服を着せていたっけ。
アイゴケロスやスコルピウス、カルキノスやレオンはその辺、実は結構ちゃんとしていたという事なのだろう。こいつ等は自前で服を用意していたし。
しかしサジタリウスはなまじ半分は人間だったもんだから中途半端に『上は着る、下は履かない』という常識が染みついてしまったのかもしれない。
「案ずるな。俺は気にしない」
「こっちが気にするのよお、ドアホ!」
無表情で淡々と言ってのけたサジタリウスの股間に、スコルピウスの怒りの蹴りが炸裂した。
「!!?!?」
サジタリウスは股間を抑えて蹲り、スコルピウスが汚い物を見るように見下す。
うん、何だ、その。それは痛いから止めてやれ。
しかしまさかサジタリウスが下半身限定裸族だったとは思わなかった。
せっかくマトモな奴が参入したと思ったのに、またしても変な奴だったとか、どうなってるんだ十二星。
とりあえず、ズボンとパンツを錬成するか……。




