第118話 ポルクスはアルゴナウタイをくりだした
ポルクスが使用するスキル『アルゴナウタイ』は過去に死んだ英雄の魂を召喚し、仮初の肉体を与えて実体化させる神の如き術である。
そこに種族の隔たりはなく、彼女が英雄と認め志を同じくするならば魔物だろうと蘇らせる事が可能だ。
人間、吸血鬼、天翼族、エルフ、ドワーフ、フローレシエンシス、獣人。
更に蟲人、魚人、植物人、蛇人、遠い昔に絶滅したとされる巨人や竜人すらもが集い、彼女を護るように一斉に武器を掲げた。
呼び出す人数に制限はなく、ポルクスのSPが続く限り召喚は続く。
更にポルクスはもう一つ特殊な能力を有しており、今は眠りに就いている己の本体を経由する事でミズガルズという世界そのものから無尽蔵に魔力と天力を引き出す事を可能とする。
それは即ち、彼女というアバターを創り出した本体が無尽蔵の力を持つ事の証明に他ならないのだが――そこで彼女の本体が何者なのか、という答えに辿り着ける者は極僅かだろう。
「痛めつけてあげなさい。二度とここに来たいと思わない程度にね」
ポルクスの命令に応じ、英雄達が一斉に駆け出した。
テラも剣を抜き、先頭の一人へ素早く攻撃を繰り出した。
だが先頭を走っていた巨人は手にした大剣でテラの斬撃を容易く受け止め、押し返してしまう。
そこに空から二人の天翼族の騎士が切り込み、咄嗟に回避行動に移ったテラの肩を浅く切り裂いた。
「ぐっ!?」
「へえ、反応がいいわね」
咄嗟に致命傷を避けたテラの速度にポルクスが感心したような声をあげる。
しかしその声色にテラへの警戒心など微塵もない。
100%自分が勝つと確信した絶対者が、必死に頑張る者を見て凄い凄いと称賛しているだけだ。
当たり前だ、実際負ける要素がない。昼寝していても勝てる。
いわばこれは相手にキングしかないチェス。こちらはルールを超えて大量にクイーンやナイトを所持し、敵のキングを取り囲んでいる。これでどう警戒しろというのだ。
しかもこちらにはテラよりも強い英雄すら何人か控えているのだ。
これを乗り越えて勝とうというのなら、チェス盤ごとひっくり返すような出鱈目なキングである必要がある。
ポルクスは過去に一人、そんな出鱈目をやらかして己に敗けを認めさせた黒い翼の王を知っているが、残念ながら彼女とテラでは格が違う。
つまりは詰み。この戦いは始める前から終わっている。
「諦めてさっさと帰りなさい。私、弱い物虐めは趣味じゃないのよ」
「勝ったつもりになるのは気が早いのではないか?」
「そう。なら無駄な抵抗を続けるといいわ」
巨人が前に踏み出し、棍棒でテラを殴り飛ばす。
防御は間違いなく間に合っている。だがその防御諸共吹き飛ばす馬鹿げた怪力とレベルがあるだけだ。
飛んだ先には様々な種類の獣人がおり、一斉に切り込んできた。
それをテラはかろうじて避けるが反撃の糸口すらも見付からぬままに一方的に傷が増えていく。
何とか距離を取って剣を振るい、蒼い斬撃を発する。
だがその一撃は敵の一人すらも倒す事が出来ずに、間に発生した複数のシールドによって完全に阻まれてしまった。
それどころかお返しとばかりにあらゆる属性の魔法が発射され、それらのうちのいくつかは互いに打ち消し合いながらもテラへと着弾した。
「ぐっ、ぬうう!」
決してアルゴナウタイのチームワークは良いとは言い難い。
むしろ悪いと断言していいレベルの統率のなさで、各々がスタンドプレーで突っ走ってテラへ攻撃を仕掛けている。
テラがかろうじて負けていないのもそれが原因だ。
これがカストールならば英雄達を一つに纏め、全にして一の軍として運用出来ただろう。
しかしポルクスにそれは出来ない。何故なら彼女は戦闘力など有しておらず、そもそも戦場に立つ事自体がないからだ。
兵力の無限生産という反則的な技能はあっても、出来るのは本当に呼び出す事だけ。
上手く活用する術が彼女にはない。つまり彼女は自身のスキルを使いこなせない。
むしろこの大量召喚は英雄同士で足の引っ張り合いをさせてしまい、個々の戦闘力を著しく下げてしまってすらいる。時には互いが邪魔になって同士討ちをしてしまう事すらある。
しかし、ならば勝てるかと言えば答えは否。
いかに統制の取れていない烏合の衆といえど個々の力は紛れもなくミズガルズ最高水準。
一対一でも勝てるかどうか分からない英雄が徒党を組んで向かってくるというのは、それだけで信じがたい脅威だ。
そして仮に一人二人倒せたとしても、すぐにポルクスが再召喚で蘇生させてしまうので彼女自身を討たない限り決して敵の数は減らず、されど数が多すぎて近付く事すら出来ない。
そして彼女のスキルの反則加減はまだ終わらない。
「ダメ押しいくわよ。勇者達よ、その命を捧げて勝利の礎となりなさい」
ポルクスの命令に答えたのは何人かの『勇者』クラス持ちの英雄達であった。
二百年などという最近の勇者ではなく、恐らくは千年、あるいは万年単位昔の勇者達。
彼等はポルクスの命令を受け、まるで我先にと身投げするかのようにその命を自ら支払う。
――スキル『受け継がれる魂』。
勇者の持つスキルの一つで、敵への弱体化と味方の強化の両方の効果を持つ結界を永久展開するスキルである。
ただし強力な効果に比例して代償も高く、要求されるのは術者の命。
勇者達はそれを何の躊躇もなく発動し、光の粒子となって消滅する。
それと同時にアルゴナウタイ全体が数段階強化され、逆にテラのステータスはレベルにして200相当にまで急激ダウンさせられてしまった。
だが、まだ悪夢は終わらない。
「死せる魂は我が元へ。舞い戻りなさい、愛し子よ」
ポルクスが再びアルゴナウタイを発動する。
するとまさに今、命を捧げて散ったはずの勇者達が何事もなかったかのように戦場に復帰した。
これがアルゴナウタイの持つ最も大きな理不尽。無限蘇生。
命を代償にしようが何か大きなデメリットを伴おうが英霊には何の問題もない。
何故なら彼等は既に死者であり、ポルクスがいる限り何度でも蘇る事が出来るのだから。
一つでも強力無比な『受け継がれる魂』が多重展開される事により英雄達のステータスは最早レベル1000の域を逸脱し、能力値だけを見れば全員が七英雄級にまで上昇している。
一方のテラは急激な弱体化を受け、その戦闘力は最早七曜以下。
つまりこの戦いは数百人のアリオトと一人きりのマルスの戦いと呼んでも言い過ぎではなく、戦闘そのものが成立し得ない。
「さて、これ以上の戦いは無意味だと幼子でも分かりそうなものなのだけれど……まだ続ける気かしら?」
「無論だ。諦める気などない」
「愚かね。それは勇気ではなく、ただの自殺志願よ」
再び英雄達による猛攻が始まった。
いや、それはもうただの処刑であり、殺さぬように加減しながらいたぶっているに等しい。
殴られ蹴られ、無様に地を這わされる。
踏まれ、投げられ、誰がどう見ても勝敗は明らかであった。
その様子を見ながらポルクスの眉が苛立ったように吊り上がる。
「いい加減にしなさい。いつまで無駄な事を続けるつもり?」
「さあ……いつまでだろうな?」
余裕を見せるテラだが、余裕など勿論ない。
今だって大口を叩いた直後に『黙れ』とばかりに整った顔を殴られた。
もう戦いではない。ただのリンチだ。
その凄惨にして一方的な展開を見ながらポルクスは顔を歪める。
正直、やりにくい。
例えばテラが他の魔神族のように大口を叩き、こちらを見下して向かってくる分かりやすい悪党ならば何の遠慮もなく叩き潰してしまえただろう。
レオンのようなタイプならば全力で排除にかかる事も出来た。
ベネトナシュが相手ならばむしろ全力でいかないとこちらが死ぬ。
だが話してみて分かった事は、彼は別に悪党の類ではないという事。
しかも戦う理由は愛する誰かの為……こういうのは本当にやりにくい。
高潔で清い願いや信念はポルクスにとって愛すべきものだ。応援したいと思う事こそあれど、踏み躙りたいとは思わない。
こんな地獄のような世界で必死に咲こうとしている健気な花を潰す趣味はない。
それが周囲の迷惑を気にせずに毒を撒き散らす毒花ならば躊躇なく引き抜いてしまえるが、これは無理だ。どうしても気が乗らない。
(嫌になるわね、本当に。
しかも無駄にステータス異常耐性持ちだから睡眠状態にする事も出来ない、か……)
ポルクスは憂鬱気に目を閉じ、溜息を吐く。
そして踵を返し、戦場から離れてしまった。
「気絶するまで『峰打ち』スキル持ちで攻撃を続けなさい。
後の者は待機。魔神王の恨みを買う気はないから絶対に殺さないようにね」
自身の護衛として常に張り付かせていた鎧の戦士からも離れ、別の木陰にでも移動しようと歩を進める。
これ以上は見てられないし見ていたくない。
真っすぐな信念と誰かへの愛を持つ若者が一方的に甚振られるリンチの現場など面白いとは思わない。
しかしそれが油断だった。
それを待っていましたとばかり何者かが樹から飛び降り、ポルクスの背後に着地すると同時に首筋に刃を当てたのだ。
「――!」
「英霊達よ! 攻撃を止めよ!」
ポルクスを人質に襲撃者――ルーナは英霊達へ攻撃停止を命じた。
一見すると冷静な声だが、しかしポルクスは自身に押し当てられた刃が震えている事に気付く。
無理して後ろを見れば自分を拘束しているのは少年……いや、少女か。
その瞳には涙が浮かび、恐怖と怒りと、テラが嬲られているのに何も出来ない己の無力さへの嘆きが綯交ぜになっているような顔をしていた。
それを見て瞬時に理解する。ああ、なるほど。この子がテラの護りたい子か、と。
「へえ……私が護衛から離れる瞬間をずっと待っていたってわけ? 健気ね。
それで見事貴女は私の背後を取れたわけだけど、まさか勝てると思っているの?
見た所貴女、レベル300程度よね。私、これでも一応レベル800なのよ?」
「確かに貴女がレベル800本来の力を持っているならば私程度では勝てないでしょう。
しかし貴女は強力無比なスキルと引き換えに戦闘力というものを殆ど有していないはずです。違いますか?」
「悪くない読みだけど、それは貴女の考え? それともあっちの子の読みかしら?
どちらにせよ外れていたら、今から貴女は私の反撃を受けて死ぬことになるわよ」
クスリ、と笑いながらポルクスは強者の余裕を見せ付ける。
その事にルーナの手が一瞬震えるも、それ以上の動揺はなかった。
「テラ様のお考えです。そして私はあの方を信じている」
「へえ。じゃあ私があくまで協力を拒んだらどうする?
あの子の目的は私がいないと達成出来ないわけで、つまり私は殺される心配がないと最初から解っている。強情を張る事も出来るのよ?」
「その時は、私の独断で貴女を仕留めさせて頂きます。テラ様を殺させるわけにはいきません」
「…………」
ポルクスはルーナとテラを一瞥し、その絆の強さに思わず笑みを零した。
そして同時に思う。不憫な子達だ、と。
魔神族などに生まれなければ、こんな苦しむ事もなかっただろうに。
ともあれ、この場はどうやら勝負ありのようだ。
ポルクスは両手をあげると、降参の意を示した。
「OK、降参よ。貴方達の読み通り私自身の戦闘力はそこらの冒険者にも劣る程度でしかないわ。
アルゴナウタイも攻撃止め。回復術を施してあげなさい」
あの青年の粘りと作戦勝ちか。
そう思いながら、しかしポルクスは妙に嬉しい気持ちですらあった。
こんな者達がいるならば、案外魔神族も捨てたものではないのかもしれない。
そう感じ、少しだけ未来への光明が見えた気がしたのだ。
【アルゴナウタイ】
ポルクスが持つ基本にして最大スキル。
その効果は過去の英雄達を精霊化させての大量召喚。
歴史に記されているような勇者や英雄だろうと召喚可能で、一人あたりを召喚するのに使用するSPは1000と燃費は悪いが、ポルクスは問題なく数百人単位で呼び出す。
召喚する英雄の強さは消費に何ら影響せず、レベル10だろうと1000だろうと同じ消費で召喚される。
呼び出された英雄は死亡必至の犠牲戦法や自爆スキルを何の躊躇もなく使用可能で、すぐに蘇生可能というチート。全員がメガンテしても次の瞬間には復活出来ると思えばいい。
その戦闘力は生前の全盛期をほぼ再現されるので本当に手に負えない。
また、ポルクスは本体を経由する事で魔力と天力をミズガルズより供給されるのでSPが実質無限であり、文字通り無限に召喚と蘇生を繰り返す。
ただしこのスキルはポルクス自身が召喚対象を『彼(彼女)は紛れもない英雄である』と認めていなければ成立せず、故に七英雄は召喚されない。
(裏切り者である彼等の事をポルクスは英雄と認めていない)
弱点は召喚主であるポルクスを倒せば消える事。
そして肝心のポルクスがとんでもなく弱いという事。
ポルクスもこの弱点は把握しており、自分は召喚だけして軍勢は丸ごとカストールに預けて自分自身はアルフヘイムに引きこもっているのが最善であると理解している。
【『双子』のポルクス】
覇道十二星最強にして最弱。十二星随一の常識人。
他の連中と違い、変な性癖を持っているわけでもポンコツというわけでもなく、ガチでまともな人。
それだけに十二星で一番苦労性で、常識を全力で宇宙の果てに投げ飛ばしている主には頭を痛めている。
魔神族の対極の存在である妖精、精霊の長にしてミズガルズの光の象徴。
魔神王の対となる存在であり、世界の善と悪、光と闇のバランスを保つ調停者。
言うまでもなく元々は女神側の存在であり、パルテノスと似たような立場であった。
疑いの余地なく十二星最大のチートだが、同時に疑いの余地なく十二星で一番足手まとい。
その単体戦闘力はジャンにすら劣る。
『本体』は世界を一周する規模の馬鹿でかい樹のような何からしい。
『双子』はどちらか片方だけでも十分な戦力を発揮するが、やはりその真価は兄妹が揃った時に発揮される。
ちなみに彼女とカストールは実は十二星最年長。
その年齢は人類の歴史よりも永く、数千万年の時を生きているとも言われている。
【ルファス一行年齢順】
カストール>ポルクス>ピスケス>アクアリウス>レオン>アイゴケロス>タウルス>カルキノス>ルファス>スコルピウス>パルテノス(故人)>サジタリウス>アリエス>リーブラ>ウィルゴ>田中>アストライア>鈴木
ん? 一人忘れてるような……誰だったかな……




