第111話 アリエスのほのおのパンチ
ボス戦が始まるのにまだ到着しない主人公がいるらしい。
「なるほど、そういう事でしたか」
ダービーの家の中に集まったリーブラ達は情報交換を終え、互いの状況を何とか把握する事に成功していた。
そうして出た結論は、やはりサジタリウスは自らの意思でルファスを裏切っていたのではないという事だ。
レオンがケンタウロスの里を人質に取り、それで止む無く従わざるを得なかったのだろう。
だがそれでも大人しく従っていたわけではなく、敵対宣言の振りをしてリーブラに忠告を促し、ティルウィングへ来るように誘導した。
それは自分ではレオンに勝てぬからこそ、勝てる戦力をここに集めるという意図があったのだろうが、ここで一つの誤算が生じた。
本来ならばルファスの圧倒的な戦力でレオンを捻じ伏せてもらう、というのがサジタリウスの狙いだったはずだ。
だがルファスはベネトナシュの乱入によってこちらに訪れず、十二星だけが来てしまった。
本来ならば十二星だけでもレオンを倒す事は可能だったはずなのだが、しかしそれも今は事情が違う。
女神の余計な介入のせいでレオンの戦力が上がり、手に負えなくなってしまったのだ。
相性がいいはずのカルキノスですら今やレオンのパワーには対抗出来ない。
こちらには今、リーブラとスコルピウス、アイゴケロス、カルキノスという強大な戦力が四人いる。
更にそこにサジタリウスとカストールも加えれば六対一となるわけだが……それでも厳しいと全員が痛感していた。
普段ならばともかく、今のレオンの強さは異常だ。
ただでさえ十二星最強の男がルファスの支配を抜けて全盛期の力を取り戻し、そこに女神の力までもが上乗せされているのだ。
こんな馬鹿げた存在を正面から打破出来るのなど、それこそルファスか吸血姫、魔神王の三人くらいしか存在すまい。
「ともかく、奴は直にここへ来るだろう。
私達が居る居ないに関わらず、ケンタウロスを皆殺しにする為にな」
カストールがケンタウロス達を見ながら深刻に語り、それにサジタリウスも頷いた。
十二星を救う行動をしてしまった以上、もうどんな弁解も意味はない。
レオンは必ず、サジタリウスへの報復としてこの里を襲撃に来る。
サジタリウスもそれが分かっていたから、里を守れるようにとここへ来たのだ。
「だろうな。アレは器の小さい、そして短気な男だ。
必ず俺への見せしめとしてこの里を潰そうとする。だから俺は今まで表面上、奴に従順であるしかなかったのだ。
……もっとも、そんなのは言い訳にならんだろうがな」
「当然よお。ルファス様を裏切ったのは万死に値するわあ」
自嘲気味に語るサジタリウスへ、スコルピウスが厳しい口調で追い打ちをかけた。
しかし口では彼を責め立てているものの、行動には移っていない。
「ま、今はアンタの力も必要だろうから見逃してあげるわあ。
腹が立つけど、今のレオンと戦るなら戦力は多い方がいいしね」
「感謝する」
サジタリウスへの怒りがないわけではない。
だが彼の処遇はルファスに任せればいい事だ。
それよりも今は、どうやってレオンを倒すかが重要でありサジタリウスは貴重な戦力になる。
ならばいがみ合うよりも手を組んだ方がいい。
そう考える事が出来る程度にはスコルピウスも冷静であった。
ヒステリーさえ起こしていなければ、そしてルファスさえ絡まなければ彼女も結構普通に物事を考えるくらいは出来るのだ。
「レオンとの戦闘はカルキノスを軸にして行います。
彼をレオンの前に立たせ、ウィルゴとカストールが支援を行いつつ私とサジタリウスが援護射撃。
アイゴケロスは幻影でレオンを惑わし、スコルピウスは隙を見て毒を打ち込んで下さい」
リーブラがレオンとの戦いにおけるそれぞれの役割を説明し、全員が険しい顔つきで話を聞く。
多人数での袋叩きにも等しい戦法だが躊躇している余裕はない。
何せ相手はあのレオンなのだ。加減などしては逆にこちらがやられてしまう。
戦い方が決まったその時、まるで待っていたかのように森が揺れた。
地震……などと、この期に及んで言い出す者などいない。
リーブラ達は全員が一斉に小屋の外へと飛び出し、里の外を見た。
そして視界に映ったのは、木々を踏み潰しながらこちらへと接近してくる巨大な獅子の姿だ。
その威容に勇者一行は呆然とし、ガンツの手からは戦斧が落ちた。
でかい――ただひたすらに、でかすぎる!
かつてガンツはスヴェルを襲ったアリエスの姿を見ているが、レオンはそれと比較しても更に異常なサイズであった。
瀬衣は現在気絶中だが、彼はこのまま寝ている方が幸せなのかもしれない。
そして彼に倣うように、虎は地面に寝転がって死んだ振りをしている。
カイネコは全身の毛が逆立って身動きも取れず、唯一人実力差を理解しないジャンが突撃したがあまりに小さすぎて場の誰にも気づいて貰えない。
「きましたか……いきますよ、サジタリウス!」
「ああ、わかっている!」
リーブラがアストライア込みの全砲門一斉射撃を行い、それに合わせてサジタリウスが空へ向けて矢を放つ。
リーブラの放った破壊光が巨大獅子へと直撃し、更に空から無数の光の矢が降り注いでレオンの全身へと突き刺さった。
しかし刺さったのは僅かに表面のみ。皮膚をほんの僅かに刺したに過ぎずレオンの表情に変化はない。
そしてレオンの足元まで到着していたジャンは矢の一本が近くに刺さった衝撃で吹き飛んでしまった。
「小賢しい真似するじゃねえか。こんな攻撃など、今の俺には通じねえと……まだ理解してねえようだなあ!」
レオンが大口を開け、大きく息を吸い込む。
これから放つ攻撃に、別に何か気取った能力や付与効果があるわけではない。
要するにただの咆哮――体内のマナを空気と共に吐き出すだけの行為に過ぎない。
極論から言えばそこらの下級モンスターでも可能な、スキルとして考えれば間違いなく低級に位置する単純なだけの技。
しかしそんな技すらもが、レオンが使えば王都一つ消して余りある破壊兵器へと変貌する。
あまりに滅茶苦茶な話ではあるだろう。たかが一生物の放つ吐息だけで王都一つを上回るだけの規模の破壊を巻き起こせるなど出鱈目もいい所だ。
しかしこの世界で最強格に名を連ねるとはそういう事。単騎で世界すらも滅ぼしうる怪物であるという事、それが最強格の最低条件なのだ。
ルファスも、ベネトナシュも、魔神王もそれぞれが本気になればミズガルズなどすぐにでも宇宙の塵に出来てしまうだけの超越的な戦力を有している。
国家を消すなど児戯も同然、大陸を消す事すら出来て当たり前。故にこその強者。故にこその最強。
放たれる吐息はいとも容易くケンタウロスの里を……否、この亜人の集落である森そのものを焼き払い余りあるだろう。
多くの亜人を死に至らしめ、不幸にも射線上にいるジャンを滅却し、十二星すらもが多大なダメージを負うに違いあるまい。
そして、それを止める手段が十二星側にはない。
避ける方法はあっても、レオンの攻撃力が強大すぎて相殺が出来ないのだ。
せめて威力を削ごうとカルキノスが前に飛び出し、大ダメージ覚悟で巨大化をした。
その、直後――。
虹色の流星が飛び込み、レオンの顎を蹴り上げて無理矢理に口を閉じさせた。
「――がっ!?」
虹色の火炎に包まれた小柄な影は閉じた顎にもう一度蹴りを叩き込む。
すると冗談のような事にレオンの巨躯が浮き上がり、それと同時に手から炎を出して加速。レオンの上へと移動して今度は蹴り落した。
レオンもすぐに反撃へ転じるが……いかんせん、対象が小さすぎる。
でかいというのは強さだ。
大きければ必然的に攻撃には重さが加わり、相手から受けるダメージの面積も広くなるから威力も分散される。
人間にとっては巨岩でもレオンにしてみれば砂粒の一つでしかなく、十二星が使う巨大化とは見た目の威圧感は勿論としてステータスの数値だけでは表せない強さの上昇が発生しているのだ。
しかし小さい時には小さい時なりのメリットもある。
それがこれだ。ちっぽけであるが故に攻撃がそもそも当たらない。
そして虹色の火炎は相手の生命力に応じてダメージが増加する格上殺し。本体のサイズは威力に影響を及ぼさない。
そのちっぽけな存在――アリエスはリーブラ達の前に着地し、バツの悪そうな顔で振り返った。
「その……みんな、ごめん。遅くなっちゃった」
「いえ、いいタイミングですアリエス。貴方を待っていました」
レオンの強さは最早常軌を逸している。リーブラの一斉掃射すらほとんど通じぬ今、あの防御を貫く手段は限られてくるだろう。
十二星一の防御が唯一の取柄であるカルキノスすらも上回っているので、これでは蟹さんの立場がない。
しかしアリエスだけは別だ。彼の炎だけはあらゆる防御を貫通する。
レオンの無駄に高い生命力を相手にするならばそれはもう、乱射可能なブラキウムと呼んでも間違いではなく、相手の強さに左右されるものの今この場に限って言えばアリエスの火力は主であるルファスすらも凌駕している。
つまり、ルファスがいない今……アリエスだけがレオンを打倒し得る可能性を秘めているのだ。
とはいえ一騎打ちではやはり勝負になるはずもなく、彼を勝たせるにはリーブラ達の協力が必須であるわけだが。
「雑魚がァ……! テメェ風情が、この俺にィィ!」
レオンが怒りを滾らせてアリエスを睨み、アリエスもまた臆しながらもそれを正面から見返す。
獅子王レオン――最強の魔物。
それはアリエスにとって憧れだった。いつだってああなりたいと思っていた。あれだけ強ければどれだけいいだろうとずっと羨望していた。
何故なら彼はいつだって強くて、アリエスとはまるで違う世界を生きていたから。
しかし今のレオンに抱くのは尊敬でも羨望でも情景でもなく、哀れみと失望。
女神の操り人形でしかない今の彼は余りに滑稽で、あまりに相応しくなくて……それが心底、残念でならなかった。
「メサルティムVer.1」
アリエスの全身が虹色の炎で包まれ、髪が揺らめく。
その姿をもしルファスが見たならば『だからメサルティムってそういうスキルじゃ……あ、そういうスキルだったわ』と言った事だろう。
巨大な羊としての本来の姿は今は使わない。
今回の戦いだけはこの、ルファスに与えられた人としての姿で挑みたい。今はそういう気分だ。
その戦意に呼応しスコルピウスとアイゴケロスが同時に巨大化する。
今回の攻撃の主軸はアリエスだ。ならば彼への攻撃はなるべく防がねばならない。
ならばこその巨大化。ならばこその的の増加。
二人は瞬時に、勝利の為にアリエスの壁となる事を決意した。
「オオオオオオオオオオオッ!!」
「シャアアアアアアアアアッ!!」
アイゴケロスとスコルピウスが同時にレオンへと飛びかかり、その身体を抑えにかかる。
更にカルキノスも遅れまいと突撃し、ここに巨大魔物四体による取っ組み合いの格闘が開始された。
レオンが苛立ったように牙を剥くが、開いた大口にカルキノスの鋏が無理矢理ねじ込まれた。
更にカウンターのアクベンスが突き刺さり、レオンを出血させる。
だがカルキノスも無事では済まない。片方の鋏が噛み砕かれ、更に頭突きで弾き飛ばされてしまう。
だがそこに割り込むようにアリエスが蹴りを放ち、レオンの牙をへし折って彼の巨体を吹き飛ばした。
更に掌から炎を出して飛翔し、飛んで行ったレオンへと追撃をかける。
それに合わせてレオンが大口を開くが、地面から出現した黒い触手に全身を絡め取られて僅かに攻撃が遅れる。
すぐに振り解いて咆哮を放つももう遅い。
アリエスは地面に炎を発射して垂直に上昇。そして今度は天に炎を発射して急降下し、レオンの頭部へ拳を叩き込んだ。
一撃で地面が揺れ、レオンの頭が埋まる。
だが流石に獅子王の体力は桁外れだ。既にアリエスから五度攻撃を受け、数値にしてこれで50万に近いダメージを受けたはずなのだがまだ立ち上がり口を開ける。
咆哮を放つ直前――鈴木が発射したマナ・ライフルが眼球に迫った事でレオンは反射的に目を閉じ、寸での所でアリエスを外した。
しかし直撃を避けたにも関わらず、掠っただけでその華奢な身体を吹き飛ばした。
だがレオンが追撃に入るよりも速くアイゴケロスが飛び込み、レオンを下から持ち上げて投げ飛ばした。
「ぐっ……う……」
「アリエス! 無事ですか?」
「う、うん。まだ戦える……大丈夫だよ」
たったの一撃。それも掠っただけの攻撃だが、それだけでアリエスは満身創痍だった。
服はボロボロになり、彼が男だからいいものの女の子だったらすぐに後方に下がらせねばならないくらいには際どい感じに破損している。
白い肌にも傷が刻まれ、なまじ見た目が愛らしいので痛々しい限りだ。
しかしその瞳に宿した闘志に衰えはなく、再び虹色の火炎が全身を包み込んだ。
もしもディーナからかけてもらった防御術がなければ、あるいは今の一撃だけで終わっていたかもしれない。
そうしている間にもアイゴケロスとカルキノス、スコルピウスが奮戦し、サジタリウスとカストールが援護射撃を行い、鈴木はどうせダメージが通らないからと執拗に目ばかりを狙い撃っている。
ウィルゴはすぐにアリエスの元へ駆け寄って回復天法を施し、リーブラは隙を見て一斉掃射をレオンへと叩き込んだ。
そして、あまりに騒がしいので目を覚ましてしまった哀れな瀬衣と、一緒に起きたサージェスが揃って目を剥き、同時に叫ぶ。
「か……怪獣大決戦!?」
レオン:160m
スコルピウス:110m
カルキノス:105m
アイゴケロス:105m
鈴木:20mくらい
瀬衣「…………あのさ……もうさ……俺なんかじゃなくてウルト○マンとか召喚した方がよかったんじゃないの?
嘘みたいだろ? 俺……これ全部と戦うために呼ばれたんだぜ……」
主はドラゴン○ール染みた高速戦闘を行う化け物。部下は大怪獣。メイドはファンタジー無視の機械兵器。そして移動はキャンピングカー。自分で書いてあれですけど、何なんでしょうね、この意味わからん連中。
女神「いい加減にして下さい! ここはファンタジーなんですよ!?」
※ちなみにアリエスの攻撃が前回までと違ってやたら命中しているのは敏捷が上昇しているからです。
やっぱりバフってずるい。
ディーナ「(ドヤァ……)」




