第110話 ディーナのてだすけ
「全く無茶をする」
気絶した瀬衣を見ながら、しかしカストールの口元は綻んでいた。
まだ未熟ではあるが、なかなか見所のある少年だと素直に感心させられる。
自らの実力が足りない事を自覚し、だがそこで諦めずに事態を打開する一手へと繋げるというのは中々出来る事ではない。
実力も経験もまるで足りていない。しかしもし彼に優秀な師がつけば……あるいは化けるかもしれない。
そう思い、カストールは瀬衣の今後の成長へと期待を寄せた。
とはいえ、今はそんな先の事を考えている時ではない。
せっかく瀬衣が捨て身で好機を作ってくれたのだ。ならばその好機を勝機へと繋げるのが彼等の守りを任された己の役目だ。
「ストームプレッシャー!」
カストールから放たれた二発のマナがラミアとドライアドの真上で風へと変わった。
そして凄まじい風圧にて敵を押しつぶす重圧となり、二人を強引に行動不能へと追い詰める。
軍勢は既にカストールが蹴散らし、蜘蛛男は瀬衣が倒した。
つまりこの二人を倒してしまえば、それでこの場の戦いは終わりという事だ。
「な、なによこれえ!? うごけな、い……」
「ぐっ、くそ……こんな事で……」
ドライアドとラミアは必死に逃れようとしているが、残念ながらレベルが違う。
カストールが続けて指を振ると見えざる風の縄が二人を拘束し、完全に無力化してしまった。
「ま、こんなところか」
「さっすが。伊達に十二星じゃねえってか」
事もなげに敵を鎮圧してしまったカストールにジャンが称賛を送る。
カストールもそれに笑みで応えようとし……だが、次の瞬間にその表情は強張ったものとなった。
何を感じ取ったのかは説明する必要もない。
何故なら次の瞬間、彼等の前にサジタリウスが姿を現したのだから。
いや、彼だけではない。
リーブラやスコルピウス、アイゴケロス、カルキノスといった面々も一緒であり、全員が少なくないダメージを負っていた。
「な、何だあ!?」
「み、皆……!? 一体何が……」
突然の登場にガンツが驚き、ウィルゴも動揺を露にする。
単純に突然現れた事に驚いているのではない。
それもあるが、それ以上に彼等が激しく傷付いている事に驚いているのだ。
十二星とは歩く災害。単騎で一国に匹敵する怪物の集団だ。
それが複数いてここまで追い詰められるなど信じられる事ではなかった。
リーブラは周囲を見回し、すぐに状況を把握して立ち上がる。
「ここは……亜人の里ですか。
どうやら貴方に助けられたようですね、サジタリウス」
つい先程まで、ティルヴィングでレオンと戦っていたリーブラ達がここにいるのはサジタリウスの能力のおかげだ。
狙った場所へ一瞬で転移し必ず命中するスキル『アルナスル』を使い、レオンに止めを刺される寸前であった十二星を救助したのだ。
そしてそれは、彼が本心からレオンに従っていたわけではないという事も意味していた。
「Thank youサジタリウス! 危うくミー達は全滅する所でした」
「……礼を言われる事はしていない」
カルキノスの感謝の言葉に、サジタリウスは顔を背けてしまう。
彼なりにルファスや他の十二星を裏切ってしまっていた事に罪悪感を抱いているのかもしれない。
しかし衝動的な行動だったとしても、これで彼はこちら側だ。そうならざるを得ない。
少なくともレオンはこの行動を自分への敵対としか判断しないだろう。
「サジタリウス様!」
「ダービーか。それに、そこに倒れているのはサージェス達……?
一体何があった?」
ダービーに声をかけられ、サジタリウスは不思議そうに里を見る。
明らかな戦闘の跡に、捕らえられている亜人達。
しかも亜人連合の中では幹部と呼んで間違いではない蜘蛛男のサージェスまでいる。
この里で何かがあったのは一目瞭然だろう。
「それはこちらの台詞だ。ティルヴィングに向かったはずのお前達が何故ここに?
しかもサジタリウスまで一緒とは……どういう状況か教えてくれないか?」
しかし状況が把握出来ないのはカストール達も同じ事だ。
彼等にしてみれば、ティルヴィングに向かったはずのメンバーがいきなりこちらに出てきたようにしか見えない。
リーブラはふむ、と呟き、まずは現状の把握が必要だと考えた。
「そうですね。ではまずは互いの情報交換といきましょう」
*
アリエスは崩れた城壁にもたれかかり、蹲っていた。
本当は今すぐにでもレオンを追いかけたくて、しかし自分では彼には勝てぬと分かり切っていて、どうしても足が竦んでしまう。
これは彼の勇気や意思の問題もあるが、それだけではない。本能的なものであって、彼がレオンという絶対的捕食者と相対するならば何をどうしようと付きまとう感情だ。
生まれたその瞬間に決められた位階の差。アリエスは誰にも勝てぬ弱者として生まれ、食われる側として生まれた。
だから本来、有り得ないのだ。アリエスがレオンに挑むという構図は摂理に反している。
捕食する側とされる側。強者と弱者。同じ魔物であっても、そこには大きな差が存在する。埋めがたい生まれながらの開きがある。
他の十二星とは違う、彼だけが違う。
十二星は怪物の集団で、それぞれが最強の名を冠していた。ルファスに仕える以前は広大な地域を支配していた者もいた。
地獄の魔王、毒の女王、最強のゴーレム、最硬の魔物、聖域の管轄者、妖精の姫に、その片割れたる妖精最強の男、世界一の射手。
女神の息子、迷宮の王者、海の女帝――そして獅子王。
そんな中にあって自分は何だ。一体何者だ?
他の十二星は皆、最初から強かった。強者の椅子にも座るべくして座った者達だ。
固有能力にしても、それぞれが最初から持っているものをルファスに見込まれて部下に加えられた者達だ。
だが自分は……自分だけは違う。自分だけは座らせてもらった。与えてもらった。
レオンの言った事は正しい。否定の言葉も思いつかない。
力も技も地位も、何もかもをルファスが与えてくれた。自力で勝ち取ったものなど一つとしてない。
結局の所羊は羊、弱者は弱者。
七曜程度ならばあしらえても、本当の強者と相対してしまえば化けの皮が剥がれてしまう。生来の弱さが露呈してしまう。
元々アリエスは戦える魔物ではないし、戦闘意欲などというものも段違いに薄い。
だから出来る事など何もない。
レオンに勝てるわけがないし、何かが出来るわけでもない。
きっと今回だって、アイゴケロス達が何とかしてくれる。だって彼等は自分なんかと違って強いんだから。
「戦わないんですか?」
声が聞こえ、顔をあげる。
そこにいたのはいつの間にか戻ってきていたディーナだ。
戦闘の最中、レオンの脅威を見て真っ先に離脱した彼女だが、ちゃっかり戻ってきたらしい。
ディーナはアリエスの前にかがみ込み、彼の目を見る。
「レオン様は皆を追いかけて行きましたよ」
「……知ってる」
自分だって逃げたのに説教だろうか? と思うが口には出さなかった。
実際自分は臆病者で、戦いに赴いていない。
なら、何を言われても仕方なしと思ったのだ。
「僕が行ったって……意味、ないよ。
何も出来ないし、レオンに勝てるわけがない」
「あら、そんな事はないですよ。だってレオン様が一番怖がってるのってアリエス様じゃないですか」
何やらディーナが間抜けな事を口にするが、アリエスの表情は変わらなかった。
煽てて持ち上げるのは常套手段だが、それも過ぎれば嘘と分かってしまう。白けてしまう。
まるで子供扱い……紙で出来た玩具の剣を振り回す子供を前に屈強な大男が「うわー凄い凄い、魔神王だってイチコロだ」と言っているようなもの。
馬鹿にされている、とは感じても本気で受け止める事など出来やしない。
「ルファス様が貴方に与えた炎は、あらゆる存在の生命力に応じて威力が変わる有り得ざる火炎。
その力がどれだけであろうと、貴方が敵に与える脅威は変わらない。敵が強ければ強い程に貴方の炎もまた、その威力を無限に上昇させる。
遥かな上位存在を打破する為にルファス様が編み出し、貴方だけに与えた神殺しの炎」
「……よく、そんな煽てる言葉がスラスラと出てくるね」
「だって事実ですもの」
呆れたようにディーナを見るが、彼女はいつも通りの笑みを浮かべたままだ。
相変わらず何を考えているか分からないし、飄々としたその態度はまるで揺らがない。
得体が知れない、と改めて思う。
自分の中には今でも、彼女が二百年前に居たという記憶がある。
だがリーブラが言うにはそれは虚構の記憶で、ディーナが植え付けたものらしい。
ならば彼女は一体誰なのだろう? 何故ここにいるのだろう?
「でも、無理だよ。レオンのさっきの力を見たでしょ?
元々強いのに、何か変な事になっちゃって……どうしようもないよ、あんなの」
「ああ、女神様の補正ですね。
確かに厄介ですが……大丈夫です。あれ、実は見た目ほど強くなってませんから」
ディーナはニコリと笑い、そしてとんでもない発言を口にした。
「だってあれ――女神様の一番嫌いなタイプの男ですもの。
与えられて当然、恵まれて当然。感謝も何もなく、貰えるのが当然の権利だと思い上がっている。
まさに愚民。あんな輩ばかりだから神は人を救う事を止め、新たな手を考えなければならなかった。
そんなものに本気で力を与えるわけがありません。愛を注ぐわけがありません」
それは、まるで女神の好みを把握しているようで。
「レオン様が勝って、ルファス様達を倒してしまった方が、そりゃあ女神様にとっては都合がいいでしょうし、だからああしたのでしょうが……本当は内心複雑でしょうし、拒否感で溢れている事でしょう。
だから与える力はほんの僅か、切れ端のようなもの。勝ってくれた方が都合がいいけれど、一方で負けてしまえとも思っている。負けてくれと思っている」
それは、まるで女神の思考を読んでいるようで。
「あの男は勝つに相応しくない。他にもっと相応しくて、勇者の名に恥じなくて、物語の主人公に仕立ててもいい勇敢な子がいるから……だから極論、レオン様は負けてしまっても構わないのです。
運よく一人か二人くらい十二星を削ってくれればそれで上出来。それ以上は望まない。
最悪、何も為せずとも十二星最強であるレオン様がヘイトを溜めて袋叩きにされて死んでくれればそれで良し。期待なんて最初からしていないから、力も少ししか与えない」
それは、まるで女神の目的を知っているようで……。
「要りませんよ、あんな男」
――それは、まるで女神そのもののような口ぶりで。
アリエスは今、初めてディーナに警戒心を抱いていた。
今までもリーブラから忠告を受けていたが、それでも心のどこかで甘く考えていた。
本気で敵とみなす事は出来なかった。
しかし今は違う。もしかしたら本当に敵かもしれない、と困惑する気持ちが彼の中にある。
ディーナへの猜疑心が強まっている。
「ディーナさん……貴方は、一体何者なの?」
「何者、という程の存在ではないですね。あえて言うならば何者にもなれない者、でしょうか」
ディーナはそう言い、一瞬だけ自嘲するかのような笑みを見せた。
そして立ち上がり、アリエスへ掌を翳す。
するとアリエスに様々な補助の術がかかり、全てのステータスを上昇させた。
「これは……」
「女神様の補正には及びませんが、私の全力の補助天法です。
これで少しはマシになるでしょう。
さあ、もうお行きなさい。貴方の戦場はここではありません」
「ディーナさんは?」
「私は戦いませんよ。だってか弱い女の子ですもの」
笑顔のまま堂々と不参戦を言い放ち、ディーナは空間の亀裂を生み出した。
どうやらサボる気満々らしい。
しかしそれが妙に彼女らしくて、アリエスは何とも言えない気持ちにさせられた。
「それではご武運を」
最後にそう言い、ディーナの姿が完全に消えた。
後に残されたアリエスはしばらく狸にでも化かされたような顔をしていたが、やがて顔をあげるとレオンの跳んで行った方向へ向けて跳躍した。
よく分からないが、レオンに対する恐怖も大分薄まっている。
あるいはディーナが何かしたのかもしれない。
どちらにせよ考えるのは後だ。今は仲間達が待つ戦場へ向かわねばならない。
正直、今でも自分などで太刀打ち出来るのかという不安はある。
だがそれでも、自分などの力が少しでも通じるならば……いや、自分の力など信じてはいない。
だがルファスの事は信じている。
そして、そのルファスから与えられた力が自分にはある。
ならば……ならば通じるはずだ。通じないはずがない。
この炎は、レオンが言うようにあの主から貰ったものなのだから、女神の力などに劣るわけがない。
そう信じている。疑っていない。
だからアリエスは跳んだ。自分が怯えている事で主の力があんなものに劣る事になるのが嫌だったから。
【アリエスにブーストがかかりました】
・攻撃力増加
・生命力増加
・物理ダメージ半減
・魔法ダメージ半減
・速度増加
・常時自動回復
・状態異常『勇敢』:クリティカル発生率UP
ディーナ「バフかけたので私の役目は終わりです! 戦いたくありません!」
ま さ に ニ ー ト !




