第10話 野生のラスボス本を読む
※変更点
PS2→ドリームステーションという架空ゲーム機。
動き出したモノレールは、これといって取り立てて騒ぐようなものではなかった。
原動力がマナだろうが電気だろうが乗っている側にすればそう大差はない。
少し速めかな、と思う程度の違いだ。
しかし窓から見える景色となれば話は変わる。
広大な、海と見紛うばかりの湖。その上に建設された都市と、そこに並ぶ数多の建物。
それは酷く俺の好奇心を刺激し、心を躍らせてくれた。
一体いくつなのかも分からない今の俺の視力は動くモノレールの中からでも人々の営みを見る事が可能で、まるで俺は子供のような気持ちで窓の外を眺めた。
モノレールから降りればまた空気は一変する。
利発な顔立ちの、そして華奢な人々が大半を占めるようになっていた。
道往く人々は誰も彼も運動不足なのではないか、と言いたくなるヒョロイ体格で少し心配にすらなってしまう。
だが特に目を惹いたのが耳長の美形達――エルフだ。
エルフといえばゲーム中ではほとんど森などから出ない森の民という扱いだった気がするが、200年で時代も変化したのだろう。
普通に堂々と街中を歩いており、それどころか人間と仲良く談笑しているエルフも見受けられる。
それどころか、よく見れば中年の人間とエルフの少女が恋人繋ぎで歩いているようなのすら確認出来た。
人間とエルフは寿命が違う。
だからああいった一見犯罪臭のする組み合わせでも実際はエルフの方が年上だったりするのだろう。
いわばずっと美しいままの恋人というわけだ。爆発しろ。
探していた図書館はすぐに見付かった。
学業区というだけあって一際目立つ、そして駅に近い位置に建てられていたのは俺にとって幸運だった。
図書館自体も他の建物より高く建設された、まるで塔のような造りだ。
俺は入り口を潜り、図書館の中へと入る、
途中、司書らしき女性があからさまに怪しそうな視線を俺に向けてきたが特に何も言われなかった。
図書館は全ての人々に開放される場だ。ならば問題行動さえ起こさなければ咎められる事もない、という事か。
図書館の中は円形のホールになっている。
中心部に机が並び、その周囲を囲むように本棚が並ぶ、という作りだ。
勿論360度隙間なく塞がれているわけではなく、ちゃんと通り道はいくつもあるので閉塞感はさほど感じない。
俺は早速歴史分野を取り扱う本棚へ向かい、そこに並ぶ表紙のタイトルを目で追った。
『ミズガルズ創世記~女神アロヴィナスが如何にして世界を作ったか~』
『ミズガルズ歴史表・7種族誕生の秘密』
『ミズガルズ戦争記―魔神族の登場から現代まで』
この辺は……別にいいか。
ここ200年の出来事ではないし、多分俺の知るゲームの設定とそう変わりはしないだろう。
俺が知りたいのは俺が7英雄に討たれてから今日までの200年の出来事だ。
『黒翼の覇王 ルファス・マファールの覇道と生涯』
『過去の偉人伝 ルファス・マファール編』
『歴史考察 ルファス・マファールは本当に悪だったのか?』
『ルファス・マファール 史上唯一、世界統一を成し遂げた覇王』
この辺は俺について書いた本だな。
世間に俺がどう思われているかを知るには丁度いいかもしれない。
とりあえず偉人伝と歴史考察の2冊を取り、次へ移る。
相変わらず腕を動かせないが、念力マジ便利です。
これならエスパーのレベルを50じゃなくて100にしておくべきだったか……。
でもエスパーってゲーム中の戦闘データでは微妙だったんだよな。念力で物を動かせて便利、なんて事ゲーム中じゃ設定だけのものだったし。
『7英雄 黒翼の覇王を打ち倒した勇者達』
『7英雄の栄光と愚行』
『過去の偉人伝 アリオト編』
『過去の偉人伝 ドゥーベ編』
『過去の偉人伝 ミザール編』
『過去の偉人伝 フェクダ編』
『人類の絶頂と失墜。人類は選択を間違えた!?』
『7英雄を斬る! 歴史学者ウィリアムが語る人類最大の過ち』
この辺にあるのは7英雄について取り扱った物で、俺が求めているここ200年の歴史もここらにありそうだ。
過去の偉人伝にメグレズなどが含まれていないのは……まあ、まだ生きているからだろう。
死んでないんだから過去の人間になるはずもない。
それにしても意外なのは、表紙から分かる7英雄批判物が思いの外多いという事だ。
いいのかこれ? この国は他でもない7英雄の一人が建国したものだ。
今はもう国王でないとはいえ、それでも国にしてみれば伝説の英雄である事に変わりはないはず。
それを批判した本を置くとか不敬罪にされても不思議じゃない気がするんだが。
「ふふっ、驚きました? 実はルファス様ってそんなに嫌われてないんですよ」
「……確かに不思議だな。余は全ての国を侵略した悪党として扱われているとばかり考えていたが」
「まあ実際そう扱っている本もありますけど、時間が経てば当時の恐怖も薄れます。
それに今となってはむしろルファス様に支配されたままの方が国同士の戦争もなく、魔神族に怯える事もなかったんじゃないか、と見直されているんですよ。
何よりルファス様ってぶっちゃけ、そこまで酷い暴政敷いてたわけでもないですし」
ディーナの言葉に俺は納得半分、不審半分といった心境だった。
人々の俺への心境は何となく予想出来る。
多分だが、ナポレオンとか織田信長とかそういうのと同じ扱いだ。
歴史を見ればわかるが、織田信長とかはかなり人に恐れられる事をやっていた。
しかし現代人はそれを『格好いい』と取る人間だらけだし、織田信長のファンだっているし漫画や小説の主人公に抜擢される事すらある。
実際その場にいて信長の恐怖を味わった人間ならばそんな事言ってられないだろうが所詮は過去の人間。
まるで物語の人物のように見る事が出来る故の、客観的感情というやつだ。
多分こういった本の著者はエルフとかじゃなくて人間なんだろう。
「ま、とりあえず読むとするか。
しばらくはここに篭る事になると思うが、ディーナ、其方はどうする?」
「勿論お供しますよ。私も読みたい本がありますし」
「ほう、どんなものだ?」
「これです! 機動戦死ガンボーイ、第一章~ガンボーイ、大地で死ぬ~」
小説かい。と、思わずそう突っ込みを入れそうになった俺は悪くない。
第一何だその小説。第一章タイトルでいきなり主人公が死んでるじゃないか。
意味がわからなすぎて逆にちょっと興味が出てきたぞ。
「ちなみに第2章の哀・戦死、と第3章の巡り会い死亡、もお勧めです」
「全部死んでるではないか」
少し見てみたい衝動に駆られるが、ここはぐっと我慢だ。
俺は中央にある席のうちの一つに座り、本を捲る。
とりあえず、まずはここ200年の歴史を様々な本を読んで見比べて見るとしよう。
そう決め、俺はテーブルに向かうと手にしていた本のうち一冊を広げる。
どれ……。
女神アロヴィナス。
司る力は水と金。
その姿は海を象徴するような青い髪と瞳を持つ美しい女性とされるが、一方で月の光を溶かし込んだような黄金の髪の女性とも言われ、真相は不明。
自らが創世した世界を愛する慈愛の女神とされるが、一説では醜い生き物を毛嫌いするとも言われており――。
……あ、間違えた。これじゃない。
今はこっちには用はないんだってば。
俺は間違えて取ってきてしまった本を脇に退けると、今度こそ目当ての本を開いた。
*
――ルファス・マファール。
200年前に突如現れ、瞬く間に世界を統一した天翼族。
禁忌とされる漆黒の翼を持ちながらその容姿は何よりも美しく、翼に美醜の比重を傾ける天翼族ですらその美貌は認めざるを得なかった、と7英雄の一人メラクは語る。
強く、強く、ただひたすら何よりも強く。
人も魔物も、魔神族すらも彼女の前では等しく雑兵。
彼女が世界を支配した理由は今でも謎に包まれている。
しかし、当時を知る者達は語る……ルファス・マファールは紛れもなく侵略者であったが、しかし暴君ではなかった。
世界を纏めるのに武力を用いはしたが、決して暴政を敷きはしなかった。
ノブレス・オブリージュ。高貴さは義務を強制する。
支配者はそれに伴う義務が生じる。
それがルファスの口癖であった、と当時を知るエルフは語った。
たとえ侵略という手段を用いたとしても一度己の領地となり己の領民となったからにはそれを守る義務が生じる。
生活を守り、未来を守り、生まれてくる子供達の未来を磐石にする責任を負わねばならない。
そう彼女は語った。
侵略者が何を、と言うかもしれない。
事実、当時彼女に反発した者たちの大半はこれを口にしただろう。
しかし彼女が己の国民に対し、必要以上の負担を強いなかったのもまた事実であった。
それどころか国民を苦しめる暴政ばかりを敷く王を打倒し、結果としてその国を救った事も一度二度ではない。
ルファス・マファールは善人ではなかったのだろう。
しかし果たして、悪人でもあったのか……200年の歳月を経た今、彼女を稀代の悪党とする事に疑問の声を上げる学者は多い。
何故彼女が世界の支配に乗り出したのか。
それは今でも分からない。
唯一それを知るだろう12星天は今や我々人類の恐るべき敵となり、対話など望むべくもないからだ。
しかし、暴政を一度として敷かなかった事実を省みるに、私利私欲の支配ではなかったのかもしれない。
真実は分からない。
だが事実として我々人類は彼女を拒絶し、打倒し、そしてその支配からの脱却を果たした。
しかしその後の歴史は人類にとっての黎明期とはならず、それどころか魔神族を喜ばせるだけの結果に終わった。
ルファス・マファールを脅威としていたのは人類だけではない。
魔神族こそ真に彼女を恐れ、そして警戒していたのだ。
黒翼の覇王という強大な力と、それに従う12の星々、そして力によって統率された英雄達を恐れ、息を潜めていたのだ。
最大の脅威が失われた魔神族は直に行動に出た。
ルファスという支配者を失った人類が分散した好機を逃さず、攻勢に出たのだ。
これに対し7英雄を始めとする当時の戦士達は立ち上がった。
だが彼等にルファス打倒時の結束はもはや無く、その戦いは実質上の敗北に終わる。
世界の6割は魔神族の領土となり、人類はその生存圏を著しく縮小せざるを得なかった。
そして今や、人類の生存圏は世界の3割にまで追い詰められつつある。
7英雄も3人にまで減り、この3人がかろうじて均衡を守っているがいつ崩れてもおかしくはない。
仮初の平穏、氷上の平和。
我々が暮らすこの世界はもはやいつ破滅しても不思議ではない。
そしてこの現状を打破する手段もまた、見付かってはいないのだ。
*
――世界、詰みかけてるやん!?
俺はここまで本を読み終え、予想以上の世界の不味さに放心しそうになっていた。
いや、魔神王さん健在は知ってたし勇者呼ぼうとするくらいに人類がやばいのは知っていたんだが、それでもまだ心のどこかで舐めていた。
まあ、放っておけばそのうち勇者が出て来て何とかするんだろう、くらいにしか思っていなかった。
だってこの国とか凄く綺麗だし、一見すると平和そのものだし。
まさかここまでやばい事になってるとか普通思わないわけで。
人類の生存圏が3割しかないって初耳なんですけど。
いや、まあ、実は少し疑問には思ってたんだよ。
国っていう割にはやけに面積狭いなーとか。
このスヴェル国だって総面積北海道以下だし。
しかもこれで7英雄の一人が建国した大国なんだから、世界どんだけ狭いんだよとか薄々は思っていたさ。
でもゲームとかでも国はフィールド上にポツン、とアイコンがあって、国っていう割には少しでかい街でしかない、とかよくあるパターンなわけで……だから俺もそこまで気にはしていなかったんだ。
まあ、こんなもんなのかな、と。
うん、甘かった。世界やばい。
しかしよく考えてみればこの劣勢は当然なのかもしれない。
魔神王さん側は肝心の魔神王さんが残ってて、しかも12星天のうち何人かは向こうに寝返り。
一方人類は俺と12星天が抜けて、当時の高レベル戦士達も多分もういない。
全体のレベルも大幅にダウンし、7英雄も4人が寿命でさようなら。
……そりゃ追い詰められるわ。むしろこれでまだ拮抗してるのが奇跡という他ない。
こりゃあ、早い所魔神王さん側に寝返ってる12星天を回収しとかないと不味いな。
寝返りの理由は聞いたところ、俺がやられた事に対する人類への怒りっていうし、まあ俺が説得すれば戻せない事もないだろう……多分、きっと、恐らく。楽観的に考えてギリギリ。
ゲームじゃただの遊びでやった事が、この世界じゃこうもドシリアスに、そんでもってやばい方向へ転がるか……。
倒された俺自身は全くもって気にしていないのに倒した側が後悔して、こんな歴史書を書くほどに追い詰められる……なんだかなあ。
……本当に、なんだかなあ……。
【割とどうでもいい設定】
・オークが紳士な理由
元々エクスゲートオンラインのオークは巷のイメージ通りの女攫う=すぐに子供産ませるという鬼畜モンスターを予定されていたが、エクスゲートはよい子もプレイするMMOであり、保護者からのクレームが怖かった。
そこで運営がチキって急遽マイルド化し、何だか可愛そうな事になったというのが真相である。