第9話 親切なおっさんが現れた
――その男は底辺だった。
底辺を彷徨い、放置プレイされながら上を見上げていた。
自分もいつかあそこに行きたい。具体的には日刊50位前後くらいに行きたい。
だから男は跳んだ。こんな自分でもきっと、飛べるはずだと信じて。
( ゜д゜ )
ノヽノ |
< <
<日刊1位>
……飛びすぎた。
( ´∀`)人 皆様ありがとうございます。
これも皆様のおかげ……これからも死なない程度にサボりつつ頑張って行きます。
「図書館? あんたらこの国は初めてかい?
図書館なら東エリアの方だぜ」
俺が声をかけたのは気さくそうな人間族の、いかつい男であった。
頭は頭髪なしのスキンヘッド。太い眉毛に鋭い瞳。
頬には傷があり腰には剣。そして傷だらけの鎧、といかにも『傭兵』といった出で立ちだ。
しかしそれでも尚俺が『気さく』と判断したのは、その人好きのしそうな活発な笑みのせいだろう。
その外見の恐ろしさを打ち消してしまうほどの明るさと人の良さを表情だけで感じさせる。
彼はそんな男であった。
「東エリアですか……と、いうと……」
「ここは南エリアだから、右側の橋を渡ればいい。
東エリアは偉い学者や勉強熱心な学生が集う、この国の中心とも言える場所だ。
図書館や学校、博物館など……まあ、要は調べ物や勉学に励みたいなら大体東エリアにあると思えば問題ない」
彼の説明になるほど、と俺とディーナは頷く。
この国はどうやら4つに仕切られたエリアにそれぞれの役割などがあるらしい。
そういうのを聞くと、何だか無性に探索意欲が湧いてくる。
図書館であらかた調べ終えた後は、一度この国をグルリと回るのも面白そうだ。
「ありがとうございます、参考になりました。
では私達はこれで」
「おいおい、ちょっと待ちなお嬢ちゃん。
まさか徒歩で行く気かい? 日が暮れちまうぜ」
再び歩き出そうとした俺達を男が呼び止める。
そして彼は懐から地図を出すと、俺達に説明をし始めた。
「この国は結構広いんだ。
一つのエリアだけで500㎢ある。中央王城エリアと橋、全部合わせりゃ2500㎢を超える。
徒歩でえっちらほっちら歩いてたら、それだけで時間を食っちまうぜ」
「では皆さんはどうやって移動を?」
「モノレールを使うのさ。付いてきな、ターミナルに案内するぜ」
モノレールか。何だか急に現代っぽくなってしまったぞ。
いやまあ、この世界だって科学がないわけじゃないし、魔法だってある。
ならば便利な乗り物の一つ二つあってもおかしくはないわけだ。
多分このモノレールも原動力は魔法か何かなのだろう。
「おっと、自己紹介を忘れてたな。
俺はガンツ。この国では国境警備の傭兵をやっている。
ま、今日は非番だがよ」
「私は自由商人のディーナと申します。
こちらの怪しさ全開の赤マントは私の雇い主のスファル様です」
俺は無言でディーナの足を踏んだ。
ディーナが「いったーい!」とか言っているが無視だ。
初対面の相手にいきなり怪しさ全開なんて紹介する奴がどこにいる。
まあ実際怪しさしかないんだが、この格好をするように勧めたのはお前だろーが。
「お前さんも珍妙な格好してるなあ。
まあ何か事情があるんだろうから、いちいち詮索はしねえけどよ」
「……助かる」
詮索されない、というのは有り難い。
俺は一言だけ礼を言い、前を歩くガンツの後を追った。
「あの、この国について少し教えてもらいたいんですが、いいでしょうか?」
「おう、いいぜ」
ディーナの問いにガンツは迷わず快諾を示した。
初対面だというのに随分と親切で気の良い男である。
やはり俺の抱いた第一印象は間違えていなかったようだ。
「まずこの国が5つのエリアに分けられてる事は話したな。
その分け方だが、まず入り口の南エリアが『商業区』。初めてこの国を訪れる奴の為にわざわざ最初に入る場所に設立されてるんだぜ。
ここはとにかく何でも揃う。色んな店が競い合っているからな。
ただ、ここ数年は12星天のアリエスが繰り返し攻めて来るせいで少し過疎っちまってるな」
……俺は頭が痛くなった。
まだ見ぬ自分の部下の行動に対し、何とも言えない気持ちとなってしまう。
とりあえずアリエス、お前会ったら出会い頭に蹴っ飛ばすから覚悟しておけ。
勿論手加減抜きの蹴りだ。大丈夫、俺の記憶が正しければアリエスのレベルは俺が使うモンスターとしてはMAXの800だったし、俺が本気で蹴っても死ぬ事はない。
余談だがモンスターテイマーの使うモンスターのレベルはプレイヤーを決して超えないよう設定されている。
例え加入時のレベルが1000だろうとテイマーのレベルが500なら絶対500以下となるのだ。
計算式は総合レベル÷2+[クラスレベル×3]だ。
つまり俺の場合は500+300で800が限界値となる。
また、仮にこの計算式でテイマーを超えていても(例えばテイマーの総合レベル100、クラスレベル100ならば理論上の限界値は350となる)、テイマーのレベルが限界値として設定される為、決してテイマーより強くなる事は出来ない。
つまり計算上、テイマーと同格のモンスターを連れまわせるのは総合レベル600までで、それもテイマーのクラスレベルを100にしている事が前提。
そして700より先は完全にテイマーより格下となってしまうので、そこまでいってしまえばもう普通に同格の他プレイヤーと組んだ方がいい。
しかもモンスターは1体しか連れ歩けない。例え100体モンスターを所持していようが出せるのは1体ずつという縛りがあるのだ。
勿論これはプレイヤー本人より強いモンスターなど連れ回されてはゲームバランスが崩壊するし、ソロプレイが横行してしまうからだ。
MMOというのは基本的にチームプレイ推奨なのである。
もっとも、課金すればこの問題は幾分か解消されてレベル1000の魔物を連れまわすのも不可能ではなくなる。
まあ、結局それでも二人PTになるだけなので他のプレイヤーと組んだ方がいい事は変わらないが。
「東エリアは『学業区』。これについてはさっきも説明したから省略するぞ。
次に西エリアの『工業区』。
さっき話したモノレールを始め、魔法機関で動く乗り物や道具などは全てここで生産される。
流石に職人の国と言われる『ブルートガング』には負けるが、多くの職人が集う有数の場所として有名だ」
「……魔法機関、ブルートガング……どちらも聞かぬ名だが」
俺は説明を聞き、小声で隣のディーナへと質問を送る。
両方とも俺の知識にはない名だ。
少なくともゲーム中にこんな単語は出ていない。
するとディーナは同じく小声で補足を加えてくれた。
「魔法機関はメグレズが20年前に考案した、マナを燃料として使用するシステムです。
従来の石炭などよりも安価で高いエネルギーを確保する事が可能で、注目を集めているんですよ。
ただ、天翼族との相性が悪すぎるので今のところ石炭の優位を崩せてはいません」
つまりあれか。
石油とかと同じようなものか。
マナがどれくらい世界にあるかは分からないが、使いすぎてマナの枯渇とかは引き起こさないんだろうか。
それともマナっていうのは無限に存在するものなのか……その辺、俺はどうも知識に疎い。
まあ俺自身マナを全然使わないから関心がないだけかもしれないが。
「ブルートガングは7英雄の一人である鍛冶王ミザールが建国した国で、ドワーフなどが集まる職人の国と呼ばれています。
世界の工業製品のほとんどはこの国で作られ、輸出されています」
「なるほど」
工業……生産職は俺にとって更に分からない領分だ。
適当に返事を返し、再びガンツの説明へと意識を戻す。
「北エリアは『住宅区』。ほとんどの住宅がここに密集している。
国境の門から一番遠い位置で、現状2番目に安全なエリアだな」
「何故2番目なんですか? 一番遠いなら一番安全なのでは?」
「そりゃお前さん、魔物が大人しく門から来るとは限らないからさ。
広大な湖に守られた天然の要塞とはいえ、魔物が背後から突撃してこないとも限らない。
実際、飛べる奴や泳げる奴が門をスルーして回り道し、別エリアから侵入する事もある」
それを聞いて俺はなるほど、と返す。
確かに礼儀正しくわざわざ国境警備隊を相手する必要などない。
むしろ何故そうしないのかが不思議なくらいだ。
その疑問を感じ取ったのだろう。ガンツはそこに補足説明を加えた。
「といっても、それも並大抵の労力じゃない。
この国を囲む湖は、実はメグレズ様によって練成されたウォーターゴーレムなんだ。
だから無理に湖を越えようと思えば、あっという間に湖から生えてきた顎門に食われちまうのさ。
すげえだろ? 国を覆う湖丸ごとゴーレムだぜ?
まさに国を守る守護神様ってわけだ」
それは凄い、と俺は素直に感心した。
俺もアルケミストのレベルは100に達しているが、湖丸ごとゴーレムという発想はなかった。
なるほど、ここはゲームじゃないんだからそういうのもアリなんだな。
ゲーム中だとフィールドに対して練成なんてやってもシステム上成立するわけがない。
だがここはリアル。それが素材であるならばフィールドだろうが何だろうが可能となる。
……機会があれば俺も試してみよう。
しかしウォーターゴーレムか。
メグレズもなかなかよさげなものを作るじゃないか。
マナを豊富に蓄えた水は練成の素材としてかなり上質な部類だ。
それでゴーレムを作ったならば、限界レベル500は届いていてもおかしくない。
……どれ、一応ステータスでも確認してみるか。
そう思い、俺は『観察眼』を起動した。
【守護神レヴィア】
レベル 500
種族:人造生命体
HP 180000
SP 0
STR(攻撃力) 2750
DEX(器用度) 800
VIT(生命力) 3400
INT(知力) 650
AGI(素早さ) 1028
MND(精神力) 722
LUK(幸運) 2300
【ガンツ】
レベル 82
種族:人間
クラスレベル
ウォーリア 82
HP 6860
SP 476
STR(攻撃力) 303
DEX(器用度) 263
VIT(生命力) 368
INT(知力) 99
AGI(素早さ) 245
MND(精神力) 72
LUK(幸運) 208
ふむ、レベルは予想通り500か。
剣聖さんでレベル120のこの世界なら充分すぎるほどの強さだ。
何より湖の水全部使っているせいかHPがぶっ飛んでいる。
何だ、レベル500で18万って。バグか。
ドーピングアイテムも使えないゴーレムでこの数値は中々凄まじいものだ。
普通にマナ水でレベル500ゴーレムを作ればそのHPは精々5万程度。水製ゴーレムはHPが少し高めになるが、あくまで少しだ。
それを18万まで引き上げると言うのはなるほど、流石に賢王と褒めるしかない。
これは最早ボスキャラに片足を突っ込んでいる。
一方のガンツは、まあ普通に序盤のウォーリアといったところだ。
いや、しかし、剣聖でレベル120って事はこの時代基準だとこいつ凄い強いって事にならないか?
相変わらずこの世界の基準がイマイチわからん……まあ弱くはないんだろう、多分。
そんな事を考えている間にもガンツの説明は続く。
「最後に中央の『貴族区』だ。
ここは王族や貴族といった一部階級が暮らすエリアで、俺達とは縁がない。
下手に侵入なんてしようもんなら即座に捕まるから、あんたらも気を付けろよ」
問題のメグレズがいるだろう中央は特権階級の溜まり場か。
こりゃあいよいよ正攻法で入るのが難しくなってきたな。
ま、この事は後で考えればいいだろう。
「さ、着いたぜ。ここがターミナルだ」
案内されたそこは、当たり前だが現代日本の駅とは随分違った。
本当にモノレールに乗るためだけにある、という感じのそこはまるで鉄に囲まれた棺桶だ。
エスカレーターもエレベーターもなく、落下防止の柵はあれど足元の黄色の線もない。
お洒落な内装や広告もないし、到着までの時間を知らせる電光掲示板などあるはずもない。
まさにモノレールに乗って降りるためだけにある無骨な鉄の棺桶。
そして肝心の、モノレールもまた鉄の棺桶だ。
四角い箱に窓とソファを取り付けただけのもので、そこには洒落た絵もなければ模様もない。
言うならば鉄の棺桶の中で鉄の棺桶に乗る、とでも表現しようか。
「さあて、俺が案内するのはここまでだ。
それじゃ、縁があったらまた会おうぜ」
「ええ、ありがとうございましたガンツさん」
「助かったぞ。礼を言う」
流石に一緒に学業区まで来てくれるつもりはないらしいガンツがここで別れると言い、俺もそれに同意を示した。
見知らぬ人間をここまで案内してくれるだけでも充分に過ぎる。
俺達は外見によらず親切だった傭兵に礼を告げ、そしてモノレールへ乗り込んだ。
さて、まずは学業区か。
とりあえずここで足りない知識のいくつかでも補完しておきたいものだ。
【別に覚えなくてもいい設定】
・ノベルシステム最大の問題
初期の頃こそ問題はなかったものの、プレイヤーの数が増えるにつれて作家の数が追いつかないという事態が発生。
運営はこれに対し、国外のネット小説サイトなどとも提携したがそれでも年々増えるプレイヤー人口には対処出来ず、ノベル化されるものは主に国同士の戦争、滅多に出ない超レアボスを撃破したPT、戦争で目立った活躍をしたプレイヤーなどに絞っているのが現状である。
(つまりあちこちに戦争を仕掛けていたルファスは嫌でも目に付く)
適当な依頼でノベル化したいならば、それこそ金を払わなければ誰もやってくれない。
世知辛い世の中だ。
・問題点2 著作権
エクスゲートオンラインでは当然のように人気のある版権キャラを模したアバターなどが大勢いたが、これらのプレイヤーのノベル化は不可能。
例えば『ブラックロッジ』を率いるマスターテ○オンと『修羅道至高天』を率いるライン○ルト・ハイドリヒが戦争をしたとして、それをノベル化出来るかと言ったら出来るわけがない。
この事からエクスゲートでは『版権キャラのロールプレイは避けるべし』と言われているが、それでもどこかで見たようなキャラ達が減る事はない。
\私は総てを愛している!/ \余は乾いたり!/